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第10編 海洋の区分(8):公海

第1章 意義
 古くから万民共有物res communis omnium)」とされてきた公海(High seaは、 排他的経済水域 制度の発足でその範囲を狭めたものの、依然として確立された国際慣習法として機能している(※注1)

※図1 新海洋法秩序(再録)

第1節 公海使用の自由(積極的意義)
 全ての国・国民(内陸国も含む)は、公海を自由に使用することが出来る。
 公海の使用には、伝統的には(1)航行、(2)漁業、(3)海底電線・海底パイプラインの設置、(4)上空飛行が含まれ、更に(5)国際法の一般原則により承認された自由」(例えば、人工島その他の施設の建設科学的調査)であれば構わないことになっている( 海洋法条約第87条①(※注2)
 もっとも、全ての公海使用の自由は、他国の利益に妥当な考慮due regard)」を払って行使する必要がある海洋法条約第87条②(※注3)。例えば、近隣諸国への事前通報協議危険水域の設定・公示、実績のある事業活動に対する損失補償・損害賠償などがこれにあたる。1948年1月、アメリカ合衆国は、マーシャル諸島ビキニ環礁における水爆実験のため「危険水域」を設定(1953年5月に拡大)、実験を行った(1954年3月1日)。ところが、当該水域の19カイリ外側(環礁の東160キロ)で操業中だった我が国のマグロ延縄漁船「第五福竜丸」(140総トン)が放射性降下物(「死の灰」)を浴びて乗組員23人とマグロが被曝、無線長が死亡した他、他の856隻の漁船から水揚げされたマグロ457トンが放射能汚染を受け、約20億円(時価)の損害を生じた(第五福竜丸事件(※注4)。アメリカ政府は、「法的責任に基づくものではない」としながらも補償の支払いを通告し、これに対して我が国政府も「核実験の中止を求める意図なし」としつつも補償を要求。1955年「ビキニ被災事件の補償問題に関する日米交換公文」が取り交わされ、「200万ドル」が「好意により」提供され、日本側は「全ての請求に対する完全な解決」としてこれを受領した(※注5)
 また、公海の使用は、原則として
平和目的のために留保されている( 海洋法条約第88条。但し、公海における軍事演習兵器実験、国連憲章に規定する国際法の諸原則と両立する軍事行動は「平和目的」と抵触しないと理解されており、我が国海上自衛隊もときどき行っている(※注6)。もっとも、公海における軍事演習を近傍で傍観することは規制出来ないので、東西冷戦華やかなりしころは米ソ両国の軍事演習に互いに情報収集艦や偵察目的の戦闘艦艇を派遣し、周囲をうろつかせていた。

第2節 公海の帰属からの自由(消極的意義)
 いかなる国も、公海の領有権を主張したり、属地的な支配権・管轄権を設定・行使できない海洋法条約第89条(※注7)

※注釈
1:香西前掲書、150ページ。
 但し、「
万民共有物」とは「誰のものでもない」ということであって、「みんなのものである」ということではない。よって、ある国の核実験によって公海自由の一般的利益が害されたとしても、具体的な被害を受けて国家責任を追及するのでない限り、民衆的訴訟(客観訴訟)を提起することは出来ない。
2:山本前掲書、419〜420ページ。また、栗林前掲書、298ページ。香西前掲書、150ページ。

3:山本前掲書、420ページ。また、栗林前掲書、299ページ。
4:栗林前掲書、299ページ。
 この事件を経て我が国では1955年原水爆禁止世界大会が開催されるなどし、反核運動が盛り上がった(放射能汚染の恐怖に関しては、1945年の広島・長崎原爆投下よりも遥かにインパクトがあったという)。但し、「第五福竜丸」無線長の死因そのものについては、放射能による白血病であるという説と輸血血液の肝炎ウイルスによる劇症肝炎とする説(当時の輸血血液は、肝炎ウイルスに汚染された売血が主であった)がある。
5:その後、「第五福竜丸」そのものは文部省が購入して放射線の測定を行い、1956年から東京水産大学の練習船「はやぶさ」として67年まで使用。廃船後、東京港夢の島に放置してあるのに保存運動が高まり、76年「都立第五福竜丸展示館」が開館して永久保存された。また、同船のエンジンは紀伊半島御浜町沖に海没していたが、これも引き上げられた。
6:栗林前掲書、299ページ。
7:山本前掲書、297ページ及び419ページ。また、栗林前掲書、298ページ。

第2章 公海に対する管轄権の行使

第1節 原則:旗国主義
 上述したように公海は万民共有物ではあるが、だからといって国家の管轄権が全く及ばない「野放しの世界」なのではない。 海洋法条約第89条 は「いかなる国も、公海のいずれかの部分をその主権の下に置くことを有効に主張することができない。」と定めているが、船舶については、特殊な属地主義浮かべる領土)として、その船の所属する国船籍国、旗国flag state立法・執行・司法管轄下に置かれ、法令・裁判権が及ぶ( 海洋法条約第92条、第94条(※注1)
 船舶は、真正な関係」(genuin linkを有する船籍国の国旗を掲げて航行し、その国の排他的管轄権に服する海洋法条約第92条。従って、2ヶ国以上の国旗を勝手に使い分けたり、国旗を掲揚しないで航行したりすると無国籍船扱いされ海洋法条約第92条(※注2)、また他国の旗を勝手に使うことの無いよう、旗国は自国船に「船舶国籍証書(Certificate of Registry)」を発給する海洋法条約第91条。近年、特に先進国の船会社が、船員の労働条件や船舶に対する規制・税制が緩やかな二〜三の国に敢えて船籍を移す便宜置籍船FOC=Flag of Convenience vessel)」が増加しているが(※注3)、事故や汚染を招きやすいので、1986年「船舶登録要件に関する国連条約」(国連船舶登録要件条約)が締結され、一定の基準が示された(※注4)

第2節 例外(1):接続水域
 沿岸国が、その領海に接続する公海において、特定の国内法令の履行確保のために必要な規制を行う海域を接続水域contiguous zone)という。接続水域については、 本論第5章「海洋の区分(3)接続水域」 を参照のこと。

第3節 例外(2):継続追跡権
 沿岸国が、その領海・内水で発見した外国不審船(沿岸国法令に違反した外国船)を領海・内水または接続水域内で捕捉できれば何も問題無い。しかし、船舶性能が向上するに連れて、基線から24カイリ以内では捕捉できないケースが当然生じる。そして、「公海に逃げ込めば手出しが出来ない」というのでは、領海・内水における領域主権を貫徹できない。そこで、沿岸国の軍艦・軍用機・政府公用船舶・政府公用航空機は、国内法令に違反したと信ずるに足りる十分な理由のある外国船舶を、その内水・領海・経済水域・大陸棚・海洋構築物周囲の安全地域から他国の領海手前までの公海で追跡し、乗船・臨検・拿捕・港への引致を行うことが出来る継続追跡権Right of Hot Pursuit海洋法条約第111条(※注5)。無論その際、必要な範囲で実力を行使することも認められるが、撃沈まで出来るかは争いがある。なお、追跡される船が船団を組んでいるときは、その母船も継続追跡権の対象になる。
 この法理は、1906年の
ノース号事件(カナダ最高裁判決)、1935年の「アイム・アローン」号事件(判例国際法45事件)(酒類取締水域からの継続追跡)における英米合同委員会の判断がきっかけとなって形成された(※注6)。ただ、同事件の合同委員会報告では、停船命令に従わない密輸容疑船舶に対する意図的な撃沈は、過剰であり違法であるとしている。

第4節 例外(3):海上警察権
 公海自由の原則に基づき、公海においては旗国主義が原則であるが、公海上の法秩序を維持するため、海賊行為、無許可放送、奴隷取引海洋法条約第99条、海底電線保護海洋法条約第113条、海水汚濁の防止、海上衝突防止・救助、無国籍外国船、自国船舶の他国旗掲揚の場合には、全ての国の軍艦・軍用機・政府公用船舶・政府公用航空機は(公海)海上警察権を行使することが出来る海洋法条約第110条(※注7)。もっとも、外国軍艦や外国政府公用船舶(非商業的任務のもの)は完全な管轄権の免除を享有する海洋法条約第95条・第96条ので、海上警察権の対象外となる(※注8)
 具体的には、各国軍艦等は、嫌疑のある外国船舶を発見した場合、まず国旗と国籍を確認するためボートを派遣し、書類提示を求めることが出来る
近接権Right of Approach海洋法条約第110条②。この近接権はあくまで外部から容疑船を観察し交信するに留まるもので、その結果容疑が疑うに足りるに十分と考えられると、臨検の権利Right of Visit(乗船・船舶書類の検閲・船内検査)を行使し、更には拿捕・抑留・引致を行うことが出来る。臨検visit)の際、容疑船舶に停船を命じても応じないときはまず空砲を発射し、それでも停船しないときは船の前方に向けて威嚇射撃を行い、臨検して容疑が確定すれば拿捕seizure)する(軍艦の乗員を派遣するか、国旗を下げさせ随行させる)ことができる(※注9)

第5節 例外(4):自衛権の行使
 前述したように、公海の使用は、原則として平和目的のために留保されている( 海洋法条約第88条 )が、自衛権の行使としての軍事行動は認められる。

※注釈
1:栗林前掲書、300ページ。
2:但し、
国際連合、その専門機関又は国際原子力機関(IAEA)の旗を掲げる船舶は、例外である( 海洋法条約第93条 )。
3:1922年にパナマではじまった制度で、その後1948年にはリベリアも採用した。ロイド船級協会編「
World Fleet Statistics1997」によると、平成9年末の世界の船腹量は、第1位がパナマで世界全体の17.5%・91128千総トン(6188隻)、第2位がリベリアで11.5%・60058千総トン(1697隻)の保有となっている。また、こうした流れに連れて、日本国籍を有する商船の数が年々減少しているため、運輸省は1996年、新たな「国際船舶」制度を導入し、1998年船舶職員法を改正し外国人承認船員の制度を採用して、船長と機関長の2名が日本人であれば国籍を付与することとした。
4:栗林前掲書、301ページ。
5:山本前掲書、432ページ。栗林前掲書、301ページ。香西他前掲書、153ページ。
6:山本前掲書、432ページ。栗林前掲書、301ページ。香西他前掲書、152ページ。
7:山本前掲書、426ページ〜。栗林前掲書、302ページ。
8:山本前掲書、427ページ。
9:『新法律学辞典』新版。香西他前掲書、152ページ。


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