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TOP > 西鉄路線バス写真集 > 第29弾 金武宿(かなたけしゅく) 由緒ある宿場町からバスの姿が消える日 |
天神からバスで1時間弱。福岡市西区の西山の麓に残る旧宿場町、金武(かなたけ)。 江戸時代には海産物を運ぶ馬や、旅人が行き交った三瀬街道の宿場町として栄え、 今でも旧醸造所の建物や白壁が残る、自然と歴史情緒あふれるエリアです。
この幅1車線ほどの道は、西鉄バスの幹線系統の一つ「2番 金武線」のメインコース。 僅か500m程の区間ですが、歴史ある建物が立ち並ぶ、離合が不可能な道を、住民を乗せた西鉄バスが駆け抜けていました。 2016年6月17日深夜、この区間の経路変更に伴い『金武宿』を走るバスは最終日を迎えることとなりました。
西鉄バス有数の狭隘路であり、由緒あるバスの通い路だった最後数週間の光景をご紹介します。 ※撮影に際しては、安全に留意し、車道に出ず、公共用地から三脚・フラッシュ・ストロボを使わずに撮影しています。 ※肖像権等への配慮から、運転士、乗客、通行者、自家用車のナンバープレートについて、ぼかし等の画像加工を行っています。 | ||||||
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小雨降る日曜日の朝、金武営業所から金武宿を経由して都心へ向かう系統が集中する時間を狙い、撮影に向かいました。 金武バス停付近で待つと、天神行の赤バスの96MCがやって来ました。
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歴史が詰まっていると思しき建物をかすめるように、バスは路地を進みます。
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もう少し上の方へ。比較的新しい住宅が並ぶ角から、新型エアロスターが姿を現しました。 2014年のダイヤ改正で、306番が金武まで延伸されたため、 この区間を『都市高速経由』のバスが通るようになりました。 バスの背後、見事に積まれた石垣からも、この地区の只ならぬ歴史を思い知らされます。
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306番は、地下鉄空港線の乗換駅、藤崎までは2番と同じ経路を辿りますが、 その先、福岡タワーやヤフオクドーム、都市高速を経由し博多駅まで向かいます。 日中は四箇田団地止めの便が中心ですが、朝夕を中心に金武宿を経由し金武営業所発着となる便が走ります。
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バスの両側をご覧いただくように、乗用車との離合も苦労する道幅。 よく21世紀までこのようなバス区間が福岡市内に残っていたと感心させられます。
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金武バス停手前のクランク。離合する際は、左側の膨らみを利用して大回りでカーブします。
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一番道幅の狭い区間を登って来る赤バス。 道の両側には風情ある建物が残っています。
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日曜日でも朝ラッシュ時。次々にバスがやって来ます。 都心行きは始発地の金武営業所から離れていない事もあり、ほぼ定刻でやって来ることからそのまま通行しますが、 都心から来る郊外行(金武営業所行)のバスは、途中で離合しないよう手前の金武バス停で待機します。
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狭隘路区間の終点、南金武バス停の手前の分岐路です。 右側の建物は消防団と地域の集会所。 背景の山々の雲の近さからも、郊外に来たことを実感させられます。
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上の写真から少々下ったところにある三つ角。 バスは90度方向を変えます。 言われなければ、まさかバス通りとは気が付かないだろう場所です。
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日曜日、金武宿の周辺に一番早く辿り付けるバスは、姪浜駅からの1番(姪浜駅→野方→金武営業所)。 南金武のバス停を降りると、田植え前の田圃の水鏡が広がっていました。
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この金武宿、マイカーや歩行者の通行量も意外とあり、 時折バスと離合する光景に出くわします。 手前のやや広いところでバスが待機中。
金武営業所の新型エアロスター4916号車が、大きなボディを潜らせながら坂を下ります。 | ||||||
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坂の下には金武バス停。片側にしかポールがありません。
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2番の金武営業所行の始発便。背景には四箇田団地の高層マンション群が広がります。 都会的な背景と道幅のミスマッチ。これもまた、金武宿の魅力。
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恵みの雨粒がボディに、新緑が窓ガラスに映え渡る季節。 白壁とスマートループのシンプルな塗装が意外に似合います。
再び天神行の赤バスがやって来ました。昔から残る次郎丸経由の天神行。 | ||||||
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金武バス停に乗車のため停車。この時間は休日でも1時間5本程度が運行され、なかなか使いやすくあります。
続いてやってきたのは、スマートループの純正エルガ。 こちらはサブルートの田隈新町経由。 | ||||||
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金武営業所の標記は『○武』。○金ではなく、あえて2文字目をとった事で格好良くなりました。
石壁を手前に入れながら、306番博多駅行のエアロスター。 | ||||||
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30キロの速度制限ですが、30キロでも結構速く感じます。
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金武宿に残る一番クラシカルな建物を背景に、新型エアロスター。 違う時代の物がいっぺんに集まったと申しますか、なかなかの違和感を感じます。。これも金武宿。
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金武宿の周辺 | ||||||
四箇田団地から金武営業所へ向かうバス経路は、昔からの「金武宿経由」のほかに、 新設された「西入部五丁目経由」があります。 金武営業所新設後、しばらくして延伸された19番・201番・501番や502番は、狭隘路の金武宿経由ではなく、 この室見川の畔を快走する西入部5丁目経由で運行されています。 森の向こうの住宅地は、イトーピア室見が丘。最上部に金武営業所が位置します。
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金武宿経由と西入部五丁目経由の分岐点、松風橋。 この分岐を真っ直ぐ奥に進むと、金武宿です。
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同じく松風橋にやって来た新型エアロスター、19番城南線・博多駅経由の中央ふ頭行。 博多駅から中央ふ頭までの区間は、プサン行の高速船にのる韓国人旅行者を満載で走る路線です。 とても、この金武の光景からは想像もできませんが・・。
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方向幕だったころ(2000年代半ば) | ||||||
夏の午後の金武宿。まだ西鉄バスがLEDになる以前、方向幕を使っていた頃の金武宿の光景です。 58MCが、いすゞの乾いたエンジン音を響かせ坂を下りてきました。
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当時はフィルムカメラ(リバーサルフィルム)でバスを撮っていた頃。 1枚1枚が覚悟の連続でしたが、その分、透明感があり色も鮮やかな仕上がりを見るのが楽しみでした。 2415号車(1989年式)。
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金武バス停を出発し、狭隘路に挑む2477号車(1990年式)。 今も昔も、この雰囲気は変わりません。
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(おまけ)2016年6月改正で無くなるもう一つの区間。室見が丘2丁目付近を走る2番。 まだ住宅も少なく、分譲に先だってバス路線を通したような区間でした。 今では家が立ち並び、信号が立ち、立派な住宅街になっています。4068号車(1986年式)
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6月13日 月曜日 夕方 | ||||||
平日ですが、会社の溜まった代休日を消化。夕方から金武宿の撮影に行って参りました。 狭い急勾配からのっと顔を出すノンステップエルガ。
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夕方ラッシュの時間帯だけに、乗客も多めです。 大型車の本領を発揮。
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西鉄に導入された三菱ふそうの96MCとしては最終年式となる、3605号車(2001年式)。 マイノリティな車種ではありますが、スマートループに塗り替えられ活躍中。 白壁を背景に。
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日も暮れてきました。 ラッシュ時でもバスが30分ほど来ない時間帯があり、金武宿の周辺を散策してみました。 左側の大きな立方体のビルは、福岡歯科大。
金武営業所からの都心行の便がやって来ました。 | ||||||
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県道から金武宿に入る道を歩むエアロスター。 この周辺には、品のある日本家屋が多く立ち並んでいます。
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竹林の向こうに都心の灯りをのぞかせながら、金武営業所行の便がやって来ました。
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室見が丘に上る坂道をラストスパート。 家庭の灯りは、もう間近。 | ||||||
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6月13日 月曜日 夜 | ||||||
20時前。日没の遅い6月ですが、 辺りは徐々に闇に包まれます。金武宿には、ところどころオレンジ色の街灯が設置され、街の風情を高めています。 | ||||||
金武営業所行の2番。この時間帯でも、マイカーとの離合が発生しました。
この白壁の土蔵と、バスを一緒に表現したく、数度粘っているうちに納得のいく光景を撮れました。 煌々と道を照らすエアロスター。 | ||||||
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道の向こうはもう真っ暗。 こうもりが飛び、カエルの大合唱が聞こえ、蚊が飛び交う、どことなくそれらしい日本の田舎の光景。
四箇田団地の家の明かりをバックに臨み、力いっぱいカーブを曲がる金武宿の入口。 | ||||||
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バスが通り過ぎれば、周囲はまた闇に包まれます。 どこか田舎に帰ってきたかのような、懐かしさを感じる夜。 夜の金武宿を堪能して、これで撮り納めにしよう・・と思っていました。
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6月17日 金曜日ー最終日 夜 | ||||||
最終日、金曜日の夜ということもあり、仕事を早めに切り上げ、 また金武宿へ向かってしまいました。
地下鉄七隈線次郎丸駅でバスに乗り換え、タッチの差で金武宿経由の2番に乗り遅れ、 後続の西入部五丁目経由の19番で金武中学校前へ。 そこから金武宿バスの一バス停を徒歩で移動。
先ほど乗り遅れた2番のバスが、金武バス停の手前でハザードランプを点滅して停車していました。 奥の壁の向こう側は狭隘路「金武宿」。これが金武に聞く離合待ちです。 運転士のスタフに記載された時刻により、坂を下りてくる下り便が通り過ぎるまで、この場所で待機します。
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白壁の立派な家屋を背景に2番を撮影。 梅雨の真っただ中にも関わらず。この日は快晴・・とまでいかずとも、晴れていてくれました。
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三つ角を右折するエルガノンステップ。
『ここを通るバスが今日が最後になるとね!そりゃ知らんかった!良い写真ば撮ってください!』 ・・撮影中、近所にお住まいと思しきご夫婦と言葉を交わす機会がありましたが、 バスを邪魔者扱いせず、更に町角にお邪魔してカメラを構える私ら来訪者へも暖かいお言葉を頂きました。 ・・なんて暖かい町なんだろう。天神までバスで1時間。地下鉄を乗りつけば40分。転居を考えました・・。
最終日の金武宿でのバスの雄姿を写真に収めるべくいらした、他のバスファンの方と一緒にバスを見送り、 更に南金武のバス停でお声をかけて頂いた方と初対面の方とも話が盛り上がり、 金武宿を通る上りの最終便に皆様で乗って、更に原の王将で遅い夕食までご一緒させて頂きました。 この場を借りて心より御礼を申し上げます。 (その後、無事に深夜の四箇田団地→金武にご乗車叶いましたでしょうか・・)
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そうして静かな歴史を閉じた金武宿。 6月18日からは、金武交差点を画面では左折し、西鉄系の住宅街へ迂回するコースに変わります。
・・いつまでもこの町、この道の思い出を忘れずに。。 西鉄バス有数の狭隘路、そして風情の残る道でした。 記憶を記録に。また一つ、伝統の経路がその役目を終えました。 | ||||||
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