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外 資 は 悪 者 な の か ?
−交通事業における外資規制の有り方について考える−
TAKA 2008年03月10日
☆ ま え が き
近年日本の経済は国際化が進み、日本企業も多く海外に進出して居ますが、その逆の海外から日本国内への直接投資も大幅に増加しています。平成7年度には3,697億円だった対日直接投資が平成12年度には31,251億円・平成18年度52,661億円という様に急拡大しています。(出典
①
:
②
)
この外資導入の急拡大は、バブル経済の崩壊とその後の不良債権処理の段階で拡大した物です。不良債権問題で破綻した銀行・生保・証券会社から始まって、地価下落で経営が破綻したゴルフ場・ホテルや業績不振に喘ぐ製造業など、海外の企業・ファンドが買収した企業は数多くになります。又近年では破綻企業の買収というハゲタカ的買収ではなく、通信等の有望な分野の企業を買収するという形の買収が増加しつつ有ります。
その様な外資の投資の動きは、運輸業など今までは海外の直接投資など考えられなかった業界にも及んでいます。
運輸業界といえども、海運や航空などで国際線を運行する会社は、世界と繋がりを持っていて、日本航空・全日空・日本郵船・商船三井等の会社は、国際的会社で有るといえます。しかし日本の運輸業の中でも国際的な大規模企業が有る一面で、国内事業がメインの鉄道事業の場合、国内でのメインプレーヤーで有るJR各社や大手民鉄各社でも、ホテル等の副業で海外進出をしている企業グループは有れども、本業の鉄道事業で国際的に進出を果たした企業は有りません。そういう意味では国内企業の集合体で有るといえます。
一部を除いてその様な国内事業主体で、海外との繋がりが殆ど無かった運輸事業でも、海外からの直接投資の流れは着実に押し寄せています。その中で国内主体の事業で、しかも交通というインフラを担当する公共性の高い運輸事業の場合、外資が投資をして株を持つ事で企業に一定の支配権を持つ事に対して拒否的反応が出る事が有ります。
その様な事が、少し前ですが日本で問題になりました。オーストラリアの
マッコーリー・グループ
による
日本空港ビルディング
株式の20%を保有した事に対しての、国土交通省の空港会社への外資規制を盛り込んだ空港整備法改正案を提出しようとした一連の動きです。
最終的に今回の問題は「
空港整備法改正案 政府、外資規制条項削除の方針固める
」という形で取りあえずの決着を見ましたが、この問題が起きてからになりますが振り返ってみると、意外に交通事業に対して外資の参入が進んで居る事に気が付きます。今回は問題発生から少々時間が経過しましたが、交通事業と外資の問題について考えて見たいと思います。
☆ 今回のマッコリーグループによる日本空港ビルディング株の保有問題と空港整備法改正問題の概要
今回の問題の発端は、国土交通省が空港整備法の改正に伴い空港運営会社への外資規制を盛り込もうとした事です。
外資による対内直接投資に関する規制は、「
外国為替及び外国貿易法(外為法)第27条
」で定められています。この条項には「国の安全を損ない、公の秩序の維持を妨げ、又は公衆の安全の保護に支障を来すことになること。我が国経済の円滑な運営に著しい悪影響を及ぼすことになること。」に該当する対内直接投資に関しては届出を義務付けており、届出に関して先の内容に該当する物に対しては「関税・外国為替等審議会の意見を聞いて変更・中止を勧告・命令できる」という様になっています。
この法律が「総側」という形で規制しているのに対し、その上を行く各個対応という形での厳しい外資規制が、放送法・電波法・航空法・NTT法にも存在しています(
参考資料
)。これらは此処の法による個別の外資規制であり、一般的には「○○%以上の株を外資が保有した場合、免許を取り消す・株の名義書き換えを拒否する」という形で、外資がそれらの法の規制下の会社に対して支配権を行使する事を阻止する規定が盛り込まれています。
外為法では対内直接投資に対する総則の規制ですが、個々の法律で「外資に国内会社の支配権を握らせない」という強い規制を設けて居るのは、放送法・航空法・NTT法が規制している放送業界・航空会社・NTTが「国の安全・公的秩序・公衆の安全・経済の円滑な運営」に対して、普通の企業より重い役割を果たし高い公共性を持つからだといえます。その公共性を担保する為に「一段と厳しい規制」が作られています。
日本政府に「公共性に高い事業に対しては外為法の規定より強い規制を掛けるべき」という発想が有り、その発想が放送法・電波法・航空法・NTT法で実際の規制として行われている中で発生したのが、オーストラリアのマッコーリー・グループによる羽田空港の管理会社で有る日本空港ビルディングの株式の20%を保有した事例です。
日本空港ビルディングは、主な事業として「羽田空港の国内線・国際線旅客ターミナルビル建設・管理運営、航空会社・空港構内営業者に対する事務室・店舗等の賃貸・駐車場の管理運営、羽田・成田・関空・セントレアでの物品販売・販売業務受託・免税品の卸売等」を営む会社で東証一部上場企業です。要は羽田空港の「空港ビルの大家さん」といっても過言では無い役割の会社です。しかし日本空港ビルディングは「空港ビルの大家」であり「空港の直接の運営」にはタッチして居ません。東京国際空港は空港運用者⇒国土交通省東京航空局東京国際空港事務所・施設運営者⇒日本空港ビルディングという関係で運営されています。
その東証上場会社の日本空港ビルディングの筆頭株主となり20%超の株を握ったのが、オーストラリアのマッコーリーグループです。マッコーリーグループは世界中で投資・金融・コンサルティングを営んでいる企業集団ですが、日本には1990年代に進出後、不動産・証券・半導体装置関連事業などを行い、2002年には社会インフラ専門チームを立ちあげ、2004年には政府系金融機関の日本政策投資銀行とインフラ投資目的のファンド設立し、その後東急から箱根ターンパイク・近鉄から伊吹山ドライブウェイを買収し日本のインフラへの投資事業を本格化させました。その不動産事業・インフラ投資事業への流れの中で、今回インフラ施設で有る空港の施設運営者で有り、しかも空港ビルと言う優良不動産施設を持つ、日本空港ビルディングの株式保有という投資を行ったと推察されます。
このマッコーリーグループの日本空港ビルディング株保有の動きに反応したのが国土交通省です。
今回の事例の場合日本空港ビルディング㈱は「施設運営者」であり、実際の所空港の運用は国土交通省が行って居るため、例えばマッコーリーグループが日本空港ビルディングにTOBを仕掛けて日本空港ビルディングの全株を取得したとしても、羽田空港のビル等の日本空港ビルディングの資産を保有する事は出来ても空港の運用に直接関わる事は出来ません。その為この事例だけを見ると「日本の空港への影響は少ない」という事が出来ます。
しかし国土交通省は、この事例が「蟻の一穴」になる可能性が有ると考えている節が有ります。それは平成14年12月17日閣議決定「
道路関係四公団、国際拠点空港及び政策金融機関の改革について
」で方向性が明示された、成田空港・関西国際空港の民営化問題が有るからだといわれています。
元々関西空港を建設運営して来た関西国際空港株式会社は特殊会社として空港を運営してきましたし、成田空港に関しては空港建設時以来新東京国際空港公団が建設・運営を行ってきましたが上記の閣議決定を受けて全額国出資の特殊会社成田国際空港株式会社として再出発しました。関西国際空港㈱に関しては重い建設費負担と利用低迷が響いて「ヨチヨチ歩き」状態で有り民営化は夢としか言えない状態ですが、成田国際空港㈱の場合
2007年3月期決算
で純利益117億円という好成績で、「何時でも優良会社として民営化できる」状況です。
けれども今の状態で成田空港会社を完全民営化・株式上場した場合、日本空港ビルディング㈱の様に成田空港会社が「外資による買収の脅威」に晒される可能性が有る事は間違いありません。その事を睨んで今回国土交通省は日本空港ビルディングの株式問題を口実にして、空港への外資の参入規制を「成田空港民営化の前に成立させる」為に、今回空港整備法を改正し、外為法より厳しい放送法・電波法・航空法・NTT法の規定と同じレベルで外資の参入規制を掛ける様に動いたと考えられます。
しかしこの国土交通省の動きに対して、内閣の中から外資への規制に対して反対の動きが出ます。内閣では岸田文雄沖縄北方担当相・大田弘子経済財政担当相・渡辺喜美金融行政改革担当相の3人の大臣が空港整備法改正による外資の参入規制に反対し、特に渡辺金融・行革担当相は「安全保障の問題であれば資本規制をしなくても、とりうる手段はいくらでもある。他にとりうる手段があるにも関わらず、資本規制という、鎖国的・閉鎖的な手段をとるのは間違いだ。日本市場の競争力を強化して外国からの投資を促進しようと、首相を先頭にダボス会議にまで行ってきた。ダボス会議から帰ってきたらいきなり外資規制とは、日本がどちらの方向を向いているのか疑われる。」とコメントをして、今回の空港整備法改正案に対して明確に反対を表明しています(
空港の外資規制にあらためて反対、「鎖国的」手段は間違い=金融担当相
:2月15日ロイター)。
要は実質的に「閣内不一致」ともいえる状況が発生してしまい、最終的に官邸に調整を委ね、取りあえず国土交通省は引き下がる形で今回は外資規制を除いた空港整備法改正案を閣議決定し、空港への外資規制に関しては成田国際空港会社の予定する09年秋の上場前に、外資規制には固執しない形での「投資促進と国民の安全確保を両立できる何らかの規制」を盛り込んだ空港整備法の再改正を目指す形で、当座の決着を見る事になりました。(参考:
<外資規制条項>空港整備法改正案からの削除を了承 閣僚懇
:2月29日毎日新聞)
☆ 意外に多い!? 交通事業への外資参入の歴史と実例
この様に今回の事態は、空港の施設保有会社に対し外資が筆頭株主になり、空港の所有権に対して外資が影響力を持とうとする事態に対して、国土交通省が外資の規制に乗り出そうとして反対を受けたというのが大筋での流れです。
しかし今回の動きは日本の交通の一分野である「空港」分野に関して、国が規制を掛ける事で外資の参入を規制するという動きでした。この動きの根源の発想には「空港等の交通事業は公共性の高いインフラ事業だから外資に所有・コントロールされる事は好ましくない」という考えが有った事は間違いありません。では実際の所、空港分野だけ出なく日本の交通全般の中で、外資はどれ位の影響力を占めているのでしょうか?
先ず「交通」の分野といっても色々な分野が有りますが、その中でも外資が支配権を握るほどの出資等の直接投資が出来る分野と出来ない分野があります。
外資が日本の事業会社の支配権を握る事が法的に出来ないのは「航空」分野です。航空に関しては航空法で「①航空機の登録で、外国人・外国法人・これらの者が直接支配を及ぼす法人が所有する航空機は登録できない(第4条第1項第1号・第3号・第4号)。②航空運送事業の国土交通大臣の許可(同法第100条第1項)には、同法第4条第1項各号に掲げる者に該当しないことが必要(同法101条第1項第5号イ)。③航空運送事業の申請会社について、その議決権の3分の1以上を外国人が占めないこと等が航空運送事業の許可の要件です(同号ホ)。(此れは[
参考資料
]内より該当部を要約引用しています)」と規定されています。航空法のこの規定により日本では、外国国籍会社や外資が一定の出資をしている会社は航空記を登録できない為航空事業を行う事も出来ませんし、日本の航空会社の3分の1以上の保有が実質的に出来なくなっています。それにより国際線の日本乗り入れ以外、日本国内で外国資本の会社が航空事業を行う事が実質的に不可能になっています。
それ以外の交通関連の分野に関しては、前述の「外国為替及び外国貿易法(外為法)第27条」の規定以外に外資の投資を規制する規定はありません。その為外資会社が直接投資する以外、例えば子会社で日本法人を作った場合などは基本的に制約無しで投資・企業の保有を行う事が可能になっています。
その為日本の交通事業者でも、公共性が高く事業が国内完結の鉄道・バス等でも実質的に規制のハードルが低い状況の為、外資が比較的多く出資している企業も存在します。
その場合外資が出資が存在している場合、2つのパターンが存在しています。一つ目は市場で買う事が出来る上場会社の株を複数の外国人投資家が保有している場合と、二つ目は営む事業の不調に伴い経営再建の為の資本増強策に対して外資から出資を仰ぐという形です。
「外国人投資家の投資」という点では、今やSONYやCanonの様に日本企業でありながら株主の外国人比率が半分を越える会社も存在して居ます。この状況は鉄道・バス分野でも流れとしては変わりません。「外国人投資家の市場でも株購入」に関しては、株式市場に上場しているJR東日本・JR東海・JR西日本の3社と西武鉄道を除く大手民鉄13社には大なり小なり当てはまる事です。実際JR上場3社に関しては18年度3月期有価証券報告書では外国人持株比率はJR西33.89%、JR東30.70%、JR東海20.81%という状況で、SONYやCanon程では有りませんが、日本の交通事業に外国人の投資がかなり入り混んでいる証拠です。此れが第一のパターンです。
又「経営再建の為の資本増強策」として外資の投資を招くという事例は、極度の経営不振に陥り銀行等の経営再建への介入等が発生した場合に起きます。その象徴的事例が経営不振でみずほフィナンシャルグループから社長を招き
外資を中心とした投資家による約1600億円の資本注入
を受けて経営再建中の西武鉄道と、UFJホールディングスが保有債権を外資に売却した事が引き金となり外資による約1000億円の資本注入が行われ外資傘下で経営再建が行われている国際興業です。
どちらのパターンも外資系のファンドで有る
サーベラス・キャピタル・マネジメント
が出資をした事例です。西武鉄道の場合サーベラスグループが議決権ベースで30%の株を保有しています。又国際興業の場合
債権買取+約65%の株保有
という形で完全に傘下に収めています。西武鉄道の場合「筆頭株主では有るが単体で拒否権を持たないギリギリのレベル」での外資の導入ですが、国際興業の場合債権・株の両面から完全に経営の主導権が外資のサーベラスに握られている状況です。これが第二のパターンです。
加えてもう一つのパターンが「外資が直接交通事業を運営しよう」というパターンです。その場合「経営再建の為の資本注入」の時のような交通部門に関するノウハウを持たない投資ファンドが「金融投資に対するリターン」を基軸に投資を行うのに対し、この場合世界的にインフラ事業を営んでいる国際企業が、交通事業自体に投資の魅力を持ち資本を投下して直接運営まで手を出すパターンです。
この様な「外資のよる交通事業の直接運営」という動きが無い訳ではありません。実際2004年に表面化した
名鉄岐阜4線廃止
の時には、結局決裂しましたが引受けにフランスのヴェオリアグループの大手交通会社コネックス社が名乗りを上げた事(
参考資料
)が有りました。
又今は鉄道・バスでは無い物の、日本の交通インフラを直接買収して直営で運営している外資企業があります。それが今回話題に上ったマッコリーグループです。マッコーリーグループは2002年に社会インフラ専門チームを立ちあげ、2004年には政府系金融機関の日本政策投資銀行とインフラ投資目的のファンドを設立して、箱根ターンパイク・伊吹山ドライブウェイを買収し、有料道路ですが日本の交通インフラを見事に運営して、昔の大手民鉄グループが運営していた時と比べて色々な意味で見違える状況にしています。
この様に見れば、何を「外資参入」というのか?という定義の問題も有りますが、「外国の個人投資家が日本の会社の株を買うのも外資の投資だ」と考えれば、鉄道・バス・有料道路等の日本国内で完結するドメスティックな交通事業であっても、外国人の株購入・直接投資・直接運営など色々な形での外資の参入は既に現実となっています。
私は東京23区の北西部に住んで居ますが、鉄道の最寄駅は西武鉄道の駅で、最寄を走るバス会社の四つの内二つは国際興業と西武バスです。要は家の廻りの公共交通のかなりの部分をサーベラスグループという外資の投資ファンドの大きな影響下に置かれている事です。まあ住んでいる地域が地域なので、偶々「外資系が出資している会社が集まっている地域」という事は有りますが、一般的に見れば本州のJR3社の外国人の持ち株比率が2割〜3割程度有る事から、「我々の身近な公共交通機関と外資は無煙な関係ではない」といえます。
☆ あとがきに変えて 〜安全保障と公共性の確保と自由な経済活動の並立は如何に図るべきか?〜
日本経済は近年グローバル化が進んでおり、日本企業でも世界に羽ばたく大企業が登場して居ると同時に、日本国内にも欧米を中心とした数多くの外資が投資をしています。日産自動車・三洋電機・山一證券等々、約15年前の私の就職活動の時には「憧れの大企業」だった会社がバブル崩壊後の不況と混乱で今や外資の傘下に入ったり消滅したりしています。その様なバブル崩壊後の「失われた10年」に発生した「日本企業の苦境に投資をする外資」が、日本における投資ファンドのデビュー戦でした。その後投資ファンドは経営不振の企業・銀行の不良債権の不動産から始まり、次第に不動産を中心に色々な所に投資を広げて行きました。
交通分野における外資の投資も、今や流れが変わりつつ有るのかもしれません。最初は西武グループや国際興業など「不動産を沢山持つが過剰債務で苦しむ経営不振交通系企業」に投資ファンドが投資をするというのが一般的な形でした。それらの会社を安く買う事が出来れば不動産売却などで多くのリターンを期待する事が出来ます。それが投資ファンドの目的であり、その為に交通には知識が乏しいファンドでも、「安値買い」と「不動産」を目的に交通事業に投資をしてきました。
その中で外資による日本の交通事業への投資・進出の流れは、近年確実に流れが変わってきているのかもしれません。今まではサーベラスグループの様な投資ファンドが主役でしたが、近年交通事業への外資の投資で話題に出て来る様になったのは、フランスのコネックス社やオーストラリアのマッコーリーグループ等海外でインフラへの投資を行っている「国際的インフラ運営企業」です。そういう意味では日本の交通企業への外資の投資は、短期的リターンを重視する投資ファンドからインフラを運営する事で長期的に収益を上げて行く国際インフラ運営企業へ主役が変わりつつ有るのかもしれません。
その様に外資と日本の交通事業の関係は少しずつでは有りますが変化しつつあり、外資と日本の交通事業の関係は「外資の実業への参入」という新しい状況になりつつ有ります。
その中で外資が「空港事業」という交通の一分野に影響力を発揮しようとした段階で、摩擦が発生したというのが今回の「マッコーリーグループによる日本空港ビルディング株取得」とそれに対する「国土交通省による空港整備法改正への動き」で有るといえます。
一つとして「経済のグローバル化」という流れの中で「日本に外資の投資を呼びこむ事が経済の発展に貢献する」という考え方が有ると同時に、もう一つの考え方として「経済的な安全保障」の側面から「国の基幹を握る分野に関しては日本国内の資本で運営する」という考え方も有ります。この二つの考え方の鬩ぎ合いが存在している中で、今回国土交通省は後者の考え方で空港整備法の改正を図ろうとしましたし、内閣の中で3人の閣僚が国土交通省の空港整備法改正案に置ける外資規制に対して「閣内不一致」という極めて重い状況を生み出してまで反対したのは前者の考え方が有ったからだといえます。
その外資と公共交通機関の付き合い方として、外資導入賛成派は「自由な経済活動が経済を発展させる」事が交通にも応用出来る事で外資が交通の世界を変えるメリットを重視して居ると思いますし、外資規制派は「社会のインフラで有る公共交通を日本企業で行わせる」事で日本自体の(色々な意味での)安全保障と公共性の確保を確保する事を重視して居ると思います。この考えどちらも正しく聞えますし、両方が両立すればベストで有る事は間違いありません。その中でどの様にすれば良いのでしょうか?
似たような事例は有るのでしょうか?実際に有る外資によるインフラ事業の買収に関する問題はアメリカにも有ります。
丁度2年前ですが、アラブ首長国連邦の国営企業「ドバイ・ポーツ・ワールド」がイギリス企業を買収した時に入手した「ボルティモア、ニューヨーク、ニューアーク、フィラデルフィア、マイアミ、ニューオーリンズの主要6港の港湾施設管理業務」に関して、アメリカ国内でアラブ系企業が港湾管理業務を行う事について「国際テロ対策上、問題がある。港湾の安全が冒される」という理由で反対が起きて、最終的にアメリカ企業への委譲を迫られた事が有ります(
参考記事
)。日本の空港の規制問題と極めて似た関係に有る問題だといえます。
この問題は、現実として「安全保障に絡む管理の大部分は国が対応しているので安全保障上実害は少ない」という事で、感情論が先行したという点で日本の空港問題と似ているともいえます。最終的にアメリカの問題は賛成のブッシュ大統領が反対の民主党議員を説得できず「ドバイ・ポーツ・ワールドが6港湾の管理業務をアメリカ企業へ委譲」という形で決着が付きました。しかしアメリカとペルシャ湾岸のアメリカ友好国のアラブ首長国連邦との国家間関係に亀裂を入れてしまった事は間違いありません。この様な事が布石として有ったから、
アラブ首長国連邦のフランスへの接近
(原子力協定・フランス軍駐留)を誘引したとも見れるでしょう。しかも世界有数のオイルマネーで有るアラブ首長国連邦の投資をアメリカから遠ざけた可能性も当然指摘出来ます。こう見るとアメリカの「港湾業務においてのアラブ系外資の締め出し」はマイナスの方が大きかったのかもしれません。
この先例を見る限り「安全保障・公共性の確保」という大義名分が有れども、規制の方が弊害が大きいという事が出来るかもしれません。只アメリカの場合世界中に色々な利害関係を持ちすぎていますから一つの事の波紋が色々な所に広がる事は多々有り、日本で同じ事をすると同じ影響が有るとは一概にはいえません。
少なくとも、何処の国に於いても空港でも港湾でも「運営と出入国管理の根幹の部分」など公共性の高い部分や安全保障に関係の高い部分は、大概の場合国が管理している事が多く、民間はその下での業務受託や施設保有など二次的な分野での関係を持つ場合が多いといえます。運営の根幹に関して公的セクターが主導権を握っている段階で関連業務を営む民間企業に「国籍で色を付ける」事に効果が有るのでしょうか?私はNOで有ると思います。
しかも「国内企業だから公共性が確保された運営が担保される」保障は何処にもありません。国内資本で有っても「
村上ファンドによる阪神電鉄買収問題
」のように、国内資本で有っても公共交通運営の経験も無く違法行為を行う組織が公共交通事業者を手に入れる事で、公共交通機関が担うべき公共性を国内資本の企業が損ねる可能性も有るのです。
では果たして公共性の高い公共交通運営者として、「海外資本では有るが世界中で公共交通を運営していて公共交通運営ノウハウを持つ誠実な企業」と「国内資本だが公共交通運営の実績も無く略奪的行動をするファンド」のどちらが好ましいのでしょうか?これは前者で有る事は間違いありません。という事は「国籍」だけで規制を掛けても意味が無い事は明らかです。つまり国土交通省の考える「空港整備法改正での外資規制」は「外資系の不良企業・ファンド」を規制する意味は有れども「国内資本の不良企業・ファンド」を規制できないため、真の意味で「国民に取り必要な公共性の高い公共交通事業者を確保する」為の規制になりません。
それでは如何するべきか?答えは簡単です。「外資規制」という「国の色」で規制をするのではなく、もっと具体的な形で「認められる理由も無く公共交通に必要な公共性に反する行為をする事業主は追放する」という規制を盛り込めば良い話です。しかも「安全保障上必要な場合は一時的に国の管理下に置く」という一文を組みこめば良い話です。此れも又「公共性に反する行為」という事への判断基準が難しい側面がありますが、「国の色」で規制するよりかは合理的な判断基準で有るといえます。
しかも「空港会社」の限定する必要性は無いと思います。確かに空港も公共性が高い事は間違い有りませんが、鉄道・バス等々空港以外の公共交通の分野全体にこの様な「認められる理由も無く公共交通に必要な公共性に反する行為をする事業主は追放する」という規制を盛り込むべきでしょう。そうすれば空港だけでなく、既に外資が30%の株を持っている私の家の前の電車の公共性も担保する事が出来ます。この様な考え方が一番合理的では無いでしょうか?
少なくとも今の段階で「外為法27条」の規制が有るのですから、外資の関する規制はこれで十分でしょう。後は運用で慎重に審査するようにすれば良いだけです。不要に厳しい規制はアメリカの失敗が示すように、外資の投資促進に逆効果になりかねません。ですから外資の投資規制派最低限にしつつ、公共性の高いインフラ事業に関して公共性の維持と安全保障を担保する規制を別途に課するようにしておけば、「安全保障と公共性の確保と自由な経済活動の並立」を図る事は難しくないと思います。
* * * * * * * * * *
今回の空港事業への外資参入問題は、最終的に「空港整備法に外資規制を導入する事は見送り」という事になりましたが、国土交通省や政府の一部には「来年度改めて導入を検討する」という動きが有るとも聞いています。
確かに国土交通省の考え方に「分からないでもない」点が有る事は否定出来ません。しかし物事はもっと「マクロ的視点」で見て判断しなければならない点が多数あります。実際アメリカでは前述の様に「規制を掛けたのは良いが国全体で見れば損失の方が大きい」という実例が出ているのです。その点を先ず学ぶべきなのでしょう。
その上で「国民と日本の公共交通に取って何が最善の策であるか?」という点を考えるべきでしょう。そうすれば必然的に「最善の政策」というのは見えてくると思います。まず国と国土交通省に必要なのはこの様な視点で有ると思います。その視点に立ち政策を行うべきです。
前にTAKAの交通論の部屋の「
中量交通システムにおける『一国両制』とは?
」で、鄧小平の「白猫でも黒猫でも鼠を取る猫が良い猫だ」という『白猫黒猫論』と取り上げましたが、政策を考える時に真に必要な事は「現実に即した考え方」です。政策に必要な事は「外資でも国内資本でも国と国民にメリットをもたらす事業主が良い事業主」なのです。この視点が一番重要でしょう。そう考えればどの政策・規制が好ましいのか?結論は明らかです。
国土交通省と政治家にはこの様な「現実的な思考」が政治を行うのには必要な事です。その点を国土交通省と政治家は考えて「正しい政策」を行って欲しいものだと思います。
※「
TAKAの交通論の部屋
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