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中 量 交 通 シ ス テ ム に お け る 『 一 国 両 制 』 と は ?

−トラムとLRT 香港における似て異なる?2つの中量交通機関を見る−



TAKA  2008年02月24日


  

同じ国を走る中量交通機関なのに此れほど異なる物か? 左:香港の中心部を行く前時代的なトラム 右:郊外の住宅街を行く近代的LRT



 ※一部中国の地名に関しては漢字にて表示がで無いため、漢字とカタカナ(英語読み)の併用にて表示しております。
 ※参考サイト
   西船junctionどっと混む アジアの地下鉄・都市鉄道より 「 路面電車 」「 香港地下鉄(MTR) 軽鉄
  香港観光ナビ: トラム  wikipedia: 軽鉄

 ※本文は「 交通総合フォーラム 」「 TAKAの交通論の部屋 」のシェアコンテンツです。


 ☆ ま え が き

 「中華民族」というと色々なイメージがありますが、私的に見ると「中華民族は理想主義と現実主義を上手く使い分ける民族」であると思っています。
 私が学生時代に勉強していたのは中国共産党を中心とした現代中国論ですが、中国共産党もその歴史の中で理想主義と現実主義を上手く使い分けて政権運営を行って居ます。(処々が有るのを承知の上で)一言で言えば理想主義的思想が強いといえるのが毛沢東であり、現実主義的思考で政治を行ったのが周恩来・鄧小平で有るという事が出来ます。
 その現実主義者の鄧小平の考え方を示すのに良く使われる言葉が「白猫でも黒猫でも鼠を取る猫が良い猫だ」という「白猫黒猫論」であり、この鄧小平の現実的思考が今の「共産党支配下の資本主義」という中国の状況を作り出して居ます。

 今回2008年の正月旅行で香港を訪問しましたが、現在の香港の状況も鄧小平の「白猫黒猫論」的現実主義で作り出されたといえます。1997年に香港は英国から中華人民共和国に返還されましたが、その時に中国が香港に与えた「制度的保証」が「一国両制(一国家二制度)」でした。元々台湾問題を意識して打ち出された考え方が、1984年の中英共同声明で(返還に際しての)香港の現状維持を保証する思想として持ちいられ、香港特別行政区基本法で外交・防衛を除く行政権が香港特別行政区政府に分与されることで「一国両制」が作り出されました。
 其処に中華人民共和国の「資本主義香港を維持する魂胆」が見え隠れしています。実際中華人民共和国は1949年の建国以来、建国後直ぐに中華人民共和国を承認した英国の対応と共産主義国家の直ぐ隣に比較的出入が自由に出来る資本主義国家という英国領香港の立地を最大限に生かし、政治・外交・経済的に西側資本主義圏への窓口として最大限に活用していました。その様な事が有り香港が有る程度中国から独立した状況で資本主義体制を維持する事に対してのメリットを感じて「一国両制」を採用したといえます。
 その様な中国の下心を除いても、実際問題として現在の香港の体制と繁栄を作り上げた大元には中華民族の現実主義的思考が有る事を考えると、英国が統治して居ても中国人が幅を効かして居る「中英混合」状態である香港を考える時に、その中華民族の現実主義的思考を無視する事は出来ません。

 その様な中華的発想の真髄ともいえる現実的「一国両制」では有りませんが、「一国両制」下の香港で交通の面でも「一国両制」的な「一つの都市に2つの似た様で違う交通システム」が存在している例を今回の旅行で見る事が出来ました。それは香港島を走るトラムと新界の屯門のニュータウンを走るLRTです。
 香港と言う一つの都市国家の中で、香港島の都心と新界のニュータウンという違う都市環境では有りますが、中量交通機関として「20世紀的な」古典的トラムと「21世紀的な」最先端といえる近代的なLRTが一つの都市で共存して居るのは、正しく「交通の世界の一国両制」であると感じました。
 確かに香港島都心部を走るトラムは1904年開業で典型的20世紀の交通機関で有り、屯門ニュータウンのLRTは1988年開業の新しい交通機関で有り、21世紀的というと大げさかもしれませんが開業後20年経過した今でも先進的な軌道交通で有るといえます。では何故香港にはこの様に20世紀的な香港島のトラムと21世紀的な屯門ニュータウンのLRTがへ依存して居るのでしょうか?
 今回は鄧小平の考え出した「一国両制」にかけて、香港に有る2つの中量交通機関の姿を見てみたいと思います。

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 ☆ 香港トラム&LRT訪問記

 ● − 市 街 地 を 行 く 香 港 ト ラ ム 試 乗 記 −

 ● − 新界西部の新興ニュータウンを行く香港軽鉄(LRT)試乗記 −

 今回の香港旅行では、香港島を走る2階建てトラムと、新界西部のニュータウンを走るLRTの両方を駆け足でしたが見る事が出来ました。
 このトラムとLRTは、歴史・走って居る場所の環境・システム・運営主体等々異なる物は多々有り「全くの別物」という事も出来ますが、それでも(昔の英国領香港を含めて)香港特別行政区という同一の自治体内で、並存する似た様な中量輸送システムで有る事は間違い有りません。
 しかも似て異なるどちらの中量交通機関も、利用者から支持を受けていて大量の利用客に使われて活況です。
 香港島のトラムは新しいシステムが続々と出て来る中で、20世紀前半のシステムで有るトラムも未だに支持されて、多数の人に利用され香港ではスターフェリーと並んで「数少ない民間の運営する公共交通(MTRは上場会社だが半官半民だから除外)」として十分ペイして成立して居るのは、特筆すべき物で有るといえます。
 又新界の軽鉄は1989年開業とLRTと見れば比較的早い時代に開業したシステムで、併用軌道で市街地を走るトラムに対して専用軌道で郊外(ニュータウン)を走る高床型LRTと、香港にあるもう一つの中量輸送機関で有るトラムと比べると、システム的には大きく違い現代的なシステムとなって居ますが、先に存在していたトラムと比べて全く別のシステムですが、ニュータウンの住民に支持されて鉄道のフィーダー路線として、多くの人々に利用されて居ます。
 ではこの二つの似て異なる中量交通機関が、何故此れだけ利用されて利用者に支持されて居るのでしょうか?その事に関して分析して見たいと思います。

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 ☆ 香港のトラムとLRTの特徴を比較してみよう

 香港という同じ都市に並存している、トラムと軽鉄(LRT)は上記の訪問記で見て来た様に、同じ都市に有る似たような輸送規模の中量輸送機関で有りながら、似て異なる物で有るといえます。ではどの様な部分が異なっていて、その部分が似て居るのでしょうか?同じシステムで無い以上色々な点が異なりますが、比較の為に一部を抜粋して見る事にしましょう。

 ○ 決定的に異なる沿線環境と周囲を取り巻く状況

 まず決定的に異なる事は、その環境と状況です。同じ香港という都市の中に有りながら走って居る周辺の環境は決定的に異なります。
 トラムは香港の中でも香港島北部の上環(ショウワン)・中環(セントラル)・灣仔(ワンチャイ)・銅鑼灣(コーズウエイベイ)というビジネス街・繁華街を結んで居ます。要は市街地のど真ん中を走って居ます。実際香港の中心市街地だけ有り、平行路線も複数有り、トラムには地下鉄MTRの港島線が上環(ショウワン)〜サウケイワン間で殆ど平行していて、電停と地下鉄の出入口が近くに並んで居る所も有ります。又同じ道路にはバス路線も有りバスも複数走って居ます。その様な都市内の競争環境の中でトラムは走って居ます。
 それに対して軽鉄(LRT)は、香港でも郊外に当る新界の西部地区のニュータウンで有り、都市の中でもベットタウン地区になります。又このLRTには競合路線が有りません。元々このLRTは香港中心部とニュータウン地域の足で有る西鉄線と同じ九広鉄路有限公司が建設し、今は九広鉄路(KCRC)と香港地下鉄(MTR)の実質的合併により、MTRが西鉄線・軽鉄(LRT)どちらも運営しています。しかもLRT建設時に「軽鉄独占エリア」という考え方に基き実質的なニュータウン内のフィーダー輸送に関してバスを制限すると同時に、西鉄線開業後は「西鉄線と軽鉄を利用する時には軽鉄料金は無料」制度により、軽鉄はニュータウン内の西鉄線のフィーダー輸送の地位を独占的に確保して、安定的にかつ西鉄線と同じ事業主体により一体的に経営が行われて居ます。

  
どちらも「香港的風景?」左:市街地を行くトラム 右:ニュータウンを行く軽鉄

 トラムに関しては、決定的に利用客の多い香港の中心市街地で「自由競争下」で地下鉄・バスと競争しながら、観光の側面や都市内短距離移動など「地下鉄には出来ないサービス」を一番の売りにして、1949年以降製の2軸台車・ポール集電・釣りかけ駆動・非冷房の旧型の2階建て電車を主力にしながら、今までしぶとく生き残って独特の存在感を出して居ます。
 又軽鉄(LRT)は、郊外の居住地で有るニュータウンで「軽鉄独占エリア」という「保護」の下で、西鉄線という鉄道路線と一体経営の下でのフィーダーサービスという、有る意味「成功が保証された下」で事業を営んで居ます。又バリアフリーな施設・専用軌道・ステンレス車体のボギー車という現代的なシステム・車両を用いて、世界的に見ても見劣りしない現代的なLRTシステムとして運営されて居ます。
 この様にトラムと軽鉄を比較すると、市街地と郊外のニュータウンという様に走行環境も異なりますし、自由競争に晒されて居るトラムと香港政庁の統制的都市計画下で独占的フィーダー輸送を保証されて居る軽鉄という様にその経営環境も異なります。同じ都市内にある中量輸送機関でありながらトラムと軽鉄は「180度正反対」である環境・状況下で運営が行われて居るのが大きな違いといえます。

 ○ システムの根本的な差を大きく感じる運賃収受システム

 もう一つ異なる点を取り上げるとすると、気になったのが「運賃収受システム」です。一言で運賃収受システムといっても「システムの差から来る運賃収受方法の差」と「共通のシステムを導入する事のメリット」という点で、なるほどと感じる物が有りました。
 まずトラムとL軽鉄では運賃収受システムが大きく異なります。どちらもワンマン運転の単行(軽鉄には2量編成も有るが)が主体で有りますが、トラムでは「後乗り前降り」で前方で運賃を運転手が収受するという「日本的ワンマンシステム」といえる運賃収受形態を取っています。それに対し軽鉄では車内で運賃を払う事が出来ません。予めホームで切符購入orカードのタッチで自主的に入鉄し、降車時にカードの場合は再度タッチして運賃を精算し、その間改札など運賃を取る改札・ゲート等は無くその代わりに時々車内に検札が回ってきて正しい運賃を支払いして居ないと高額の罰金を取るという、欧米のLRTでは良く有る「信用乗車システム」を採用しています。
 どちらも結局の所「車内に運賃収受の機能が有るか?」「ホームに運賃収受の機能が有るか?」という差が最大の差になります。
 トラムの場合「全区間均一料金」である為に運転手への負担を少なく簡単に運賃収受が出来ます。その為に運転手が運賃収受するシステムが採用されて居ると推察します。実際トラムの路線は全長約13kmに約24万人/日の集まる集客力の強い路線ですが、電停の平均間隔は250mで実際の所多くの乗客は数電停程度の利用距離で有ると思います(遠ければ早い地下鉄を使うでしょう)。だからこそトラムは2香港ドルの均一運賃を導入しても採算が取れるのですし、この低運賃が魅力で多くの乗客が集まります。低運賃で有る以上コストの面からもシステムは簡易で有る事が望ましいといえます。その様な点から現行のトラムの運賃収受システムは成立して居るといえます。
 それに対し軽鉄は、6つのゾーン運賃制をして居るため複数の運賃収受が存在します。その上ICカードのオクトパスカードでは運賃計算が異なったり、オクトパスカードで西鉄線⇒軽鉄を乗り継いだ場合に軽鉄区間運賃が無料になるなどの複数の運賃体系が存在します。しかも運行系統が複雑で有る事から考えると、トラムの様に運転士に全ての運賃収受を任せるのは困難ですし、それに対応した券売機等を車内に置くのもスペース的に厳しい物が有ります。其処からホームに券売機を置いて客に買ってもらい、運賃収受に対する公平性は検札と高額の罰金で担保する「信用乗車システム」を採用したのだと思います。トラムの利用率の高さは「西鉄線との乗り継ぎ割引」等の運賃制度に有ると考えると、今の運賃システムはベターなシステムで有り、そうするとこの運賃体系でスムーズかつ低コストに運賃収受を行うには、乗客に積極的に動いてもらう「信用乗車システム」を採用するのがベターではなかったのでは?と考えます。
 確かに「運転士による運賃収受」も「信用乗車システム」も、どちらも一長一短は有りますがそれなりに合理的なシステムです。しかし似たような中量交通機関で何故このように運賃収受システムが変わったのか?といえば、都心を走る短距離客主体のトラムVS郊外を走るフィーダーサービスの軽鉄という差が有るからこそ、その差の中で最適な運賃体系を探し、その最適な運賃体系に従った運賃収受システムを探したからこそ、この様な差が出来たのでは?と感じました。

  
左:信用乗車システムを支える「オクトパスチャージ機・券売機・カードリーダー」  右:信用乗車のもう一つの側面 検札風景

  
左:カードリーダーにオクトパスカードをかざす乗客  右:トラムにも有るオクトパスのリーダー

 その様なトラムと軽鉄の「異なる運賃収受システム」の中で共通の事項が有ります。それはオクトパスカードがトラム・軽鉄の全ての段階で使える状況になって居る という点です。
 オクトパスカードは「香港版suica」ともいえる交通系ICカードで、トラム・軽鉄だけでなく大手バス会社のバス路線・スターフェリー・地下鉄MTR・九龍鐵路KCR等の香港中の交通機関で使用可能なICカードで、私が香港に言った時にはコンビニなどでも使えるなど、2001年導入の日本のSuicaより早い1997年秋に導入されており「Suicaの兄貴」みたいな存在です。又それだけ便利なICカードだけ有り、私も今回の香港旅行では重用しましたが、香港でもその利用しやすさから人気が高く、導入以来香港の人口約685万人を越す約710万枚が発行されて居る程の状況です。
 実際の所、今回の訪問時にトラムと軽鉄で料金収受の時にICカードの利用率を見てみると、トラムの場合で観光客の利用が多いのが影響して居るのか約半分程度でしたが、軽鉄の方は券売機で切符を買う手間よりICカードでタッチだけで料金収受がOKという点がポイントが高いのか?殆どの人がオクトパスカードを利用していました。
 トラムと軽鉄では運賃体系・運賃収受制度が異なり、しかもトラムはICカードが似合わない「前時代的」ともいえる交通機関で有りながら、最新のシステムといえるオクトパスカードに完全対応して居るのは利用者の利便性から見ると大きく評価できると思います。
 まあ現実問題として「オクトパスカード導入から既に10年が経過している」という事も有りますし、「香港の全人口以上の枚数が発行されて居るほど普及している」という事からも、トラムとてICカードシステムを無視は出来ず、ICカード保有利用客の逸走を防ぐ為にもオクトパスカードを導入せざる得なかったのかもしれません。又軽鉄の場合信用乗車システムを効率よくしかも抵抗無く普及させる為にも、利用者の取り使いやすいICカードシステムを積極的に導入する必然性が有ったのかもしれません。しかし利用者の側面から見ると利便性の高いICカードシステムを積極的に採用する姿勢は評価しても良いと思いますし、色々な点に差異が有るトラムと軽鉄の間で利用者の利便性の高いシステムに共通点が有るのは大きなポイントなのかな?と感じました。


 ☆(結論に変えて)新しくても古くても便利な中量交通機関は良い交通機関?

 この様に今回香港旅行で、「トラム」と「軽鉄」という香港特別行政区内にある2つの中量輸送機関を駆け足ですが見る事が出来ました。
 見ての通り、トラムと軽鉄は「軌道系の中量輸送機関」で「似たような輸送力を持って居る」という点では類似点の有る交通機関では有りますが、同じ都市に有る中量交通機関で有りながら、沿線の環境・車両・システム・運賃収受システムなど色々な点で異なるといえます。実際の所一言で表現すれば、「トラム=都市内の短区間輸送を担う観光にも対応しているが前近代的な路面電車」・「軽鉄=ニュータウンでの鉄道のフィーダーサービスをメインにした実用的かつ現代的なLRT」といえるかもしれません。
 この感想はあくまで私個人の感想ですが、強ち外れては居ないのでは?と思います。又私的には「トラムは自由放任経済的」であり「LRTは計画経済的」とも感じました。それは「トラム=地下鉄・バスとの競争に晒されながら競争に勝ち生き残って居る」「LRT=ニュータウン計画と一体で作られ軽鉄独占エリアという考え方で独占的に保護されて居る」という所に起因しているのでは?と考えます。その中でどちらが香港的?といえば、自由放任主義経済の典型例と言われる香港ですから、やはり民間企業で自由放任競争経済下に置かれて居るトラムの方が「香港的」だとは今回改めて感じさせられました。

 しかし「似て異なる中量輸送機関」といえるトラムと軽鉄ですが、一番根幹の部分では「非常に似通って居る」点が有ります。それは「非常に利用しやすい」「利用客の利便性が高い」という点です。
 トラムは香港島内の中心市街地を数百メートル間隔に電停を設置して結んでおり、この中心市街地間・中心市街地内を移動する場合、地下鉄を利用した場合の「一々上下に大きく移動する」様な手間がなく、水平エレベーター的な使われ方をされています。実際私も滞在中にはその様な使い方をしましたし、朝はホテルの有る金鐘(アドミラリティ)から上環(ショウワン)にある粥の専門店で朝食を取る為にわざわざトラムに乗る事もしていました。地下鉄に乗り朝食を食べに行く気はしませんが、気軽に乗れるトラムならば別です。そういう意味でこの様な「ゲタ電」的な使われ方が、トラムの利便性を示しています。
 又軽鉄の関しても、走行空間は違えどもやはり数百メートル間隔に電停が設置されており、加えてニュータウン内で網の目を張り巡らすようにきめ細やかに路線網が敷設されており、ニュータウンの住民が正しく「日常の足」として使っていました。しかもシステムとして「軸となる西鉄線と乗り換えやすく駅を造る」「電停の近くに拠点的施設や商業施設が有る」など、利用者の利便性の側面に当初から考慮してインフラを構築していた為に、非常に利用しやすい交通機関となっています。
 この様にトラムと軽鉄をみると、システムも根本的に異なり古典的と近代的という差は有れども、大元の部分である利用客の利便性という所では、どちらも同じという事が出来ます。だからこそ今までトラムも軽鉄もその役割を果たして来る事が出来たのだと思います。要は「新しくても古くても便利な中量交通機関は良い交通機関」であり、だからこそ利用者に支持されてこれだけ繁盛しているのです。

  
余りに形態が違うが両方とも「利用しやすい」事には変わり無い? 左:香港市街地を行くトラム  右:西鉄線と簡単に乗り換えの出来る軽鉄

 けれども何故「香港」という一つの都市に前近代的な路面電車であるトラムと現代的なLRTである軽鉄が今もって並立して居るのでしょうか?
 今まで見ての通り、香港のトラムと軽鉄は似たような輸送規模の軌道系中量輸送機関ではありますが、似て居るのはそれだけでその他は殆ど大部分にわたり「別物」といえる交通機関となっています。一つの都市にその様な別物の軌道系中量輸送機関が並立している今の状況に違和感を感じるのは私だけでしょうか?
 「トラムと軽鉄は生まれた時代背景が違うのだから異なるのは当然だ」といえばそれまでですが、例えば開業から100年以上が経過して車両等も老朽化が進んで居るトラムに関して、実際此れだけ香港市民に使われて居るのだからより利便性の高い欧州的なLRTに改変する事も出来た筈です。しかしそれを行わずに今の形態のまま「トラム」「軽鉄」を並立させて居ます。何故この様な不自然な新旧並存関係が香港では続いて居るのでしょうか?

 それに関して確証を持った答えを出すことは私には出来ませんが、一つ思い付くのは「現実主義的な考え方」という物です。
 香港は1997年まで英国により統治されていた植民地です。その英国領で有りながら英領香港では英国人の統治下で、統治の頂点で有る「香港総督」や香港の大企業香港上海銀行・スワイヤーグループ(キャセイパシフィック航空等)等の頂点には英国人が統治者として君臨し、又1950年代から統治の実務と経済活動のかなり部分が中国系の華僑がかなりの範囲で勢力を拡大してきており、特に香港返還が視野に入りつつ有った1970年代後半以降中国系の勢力が経済面を中心に拡大してきており、トラムの運営会社で有る香港電車公司もこの時期に英国系資本から華僑系資本に変わっています。その為香港では長い間にわたって英国・中国が混ざり合い、考え方もその両方が微妙に存在しています。
 英国人も中国人もどちらも持ち合わせて居るのが「現実主義的なドライな思考」です。だからこそ当初は国民党を支持していた英国が1949年の中華人民共和国成立後真っ先に共産中国を承認したり、香港返還では永久租借の香港島を含む全面返還をした代わりに英国も経済面で一定の存在を許容するなど、中・英両国は過去の歴史的場面で現実の状況を見据えた上で対応を行い、その為に歴史的経緯が色々有りながら上手く推移して来たといえます。
 その象徴が、元々中国共産党が国共合作の延長として考え出された「一国両制(一国家二制度)」という思考を香港返還に当てはめて、今の香港を作り出した事でしょう。

 その「現実主義的思考」が発想として香港の交通の世界で存在したのが、今回取り上げたトラムと軽鉄の関係なのではないでしょうか?
 確かにトラムも軽鉄も、比較すると色々な相違点が有る軌道系中量交通機関ではあります。しかし実際に利用してみると「どちらも非常に利便性が高い交通機関」で有る事は間違い有りません。その(利用者から見ての)利便性が高い交通機関というのは最大の共通点ですし、それに加えて観光地で有る香港市街地には観光性の有る二階建てトラムを残し、郊外のニュータウンには現代的なLRTとして軽鉄を造るというのも「適材適所を考えた現実的発想」で有るといえます。
 良く現実的発想の重要性を示した中国の諺が「白猫でも黒猫でも鼠を取る猫が良い猫だ」という言葉で有り、それを鄧小平が引用してその現実的発想を示す物として、所謂「白猫黒猫論」といわれ鄧小平理論の象徴と位置づけられ「改革・開放の象徴」として一躍有名になりました。
 この現実的発想が、香港における軌道系中量輸送機関の選択に適用されたが故に、今の様な一つの都市に前近代的なトラムと現代的なLRTが並存する状況が生まれたと推察します。実際の所香港の軌道系中量交通機関に取って「鼠(=最優先に目指す物)」は「利用者の利便性」です。ですからそうみれば「トラムでも軽鉄でも利用者の利便性が高い交通機関は良い交通機関だ」という事になります。

 実際交通を考えるに当り、この様な現実的視点で物事を見て「適材適所」を考えてシステムを選択する事も必要なのでは?と思います。日本では今LRTがブームの様になり、色々な都市でLRTの導入を図る動きが出ています。しかしその議論の中で「本当にLRTが適材適所なのか?」という事を真面目に考えて、現実的に考えてシステム導入を図って居るのでしょうか?。過去にLRT導入に関しては「 本当に「LRT」新設は必要なのだろうか? 」で、現実問題としてLRT導入がベストなのか?という事について一度述べた事が有りますが、その時の疑問が今回の訪問で再燃してきました。
 私は物事を考える時に重要な物は「現実的視点」で有ると思います。何事を考えるにしても「現実に有る物・起きて居る事」を直視しないと正しい方向に物事を導けません。それは何も特定限定の範囲の話ではなく、一般に通ずる普遍的理論で有ると思います。
 交通とは普通の不特定多数の人が利用する物です。その「普通の人達」は何を重視するのか?といえば、価格・利便性等々色々な基準が有り一概にいえる物では有りませんが、最大公約数的にその解を見出す事は出来るはずです。けれどもその解を見出すのにはその置かれて居る現実を見て、実際に何が必要かを柔軟に見定めて最適解を導かなければなりません。
 その最適解は状況により変わり、現実を見つつ柔軟に対応する事で現実を見定めつつ最適解を見出す必要が有ると同時に、その最適解は決して一つではないと、今回香港でトラムと軽鉄という二つの軌道系中量交通機関を見比べて改めて感じさせられました。





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