俺は忙しいんだ。今日も東京の本社から主力工場のひとつに出張した。 あさイチ空港着、迎えの車で工場に。 車窓から見えた小学校、なんだか人数が少ないな。運動場がやけに広くて懐かしい木造校舎だ。 収穫前の稲穂が風に揺れている。ところどころに赤い瓦屋根の家々。 工場に付くと、早速打ち合わせを、と思いきや 『まあまあ』といわれランチタイム… なんて田舎なんだ! ランチタイムの話題は、最近のニューヨークの株価とか、原油の価格だとか、受注と生産の状況とか、ではなく 今年の米の収穫だの、地元のおまつりで石見神楽の出演どうするだの、熊が出ただの、 なんて田舎なんだ!! 打ち合わせが終わりもう午後3時。 工場長が『宿に送りますよ。どこですか?』。 冗談じゃない!!今日中に本社に帰るんだよ!! 『そうですか、おいしい酒とおいしいサカナ、仕入れてたんですがねえ。』 心底残念そうな工場長。 『でも、飛行機間に合いませんよ。5時半発しかありませんから。』 なんて、なんて田舎なんだ!!! 羽田行き1日2便、帰りは夕方早く発しかない。 『でも、広島まで出れば新幹線で帰れるかなあ。』 わかったよ、駅まで送ってくれ!!一番近い駅に!! |
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『本当に芸北高原駅までじゃなくて最寄の駅で良いですか?』 工場長に言いつけられ送ってくれた若い社員が言った。 良いよ!!とにかく急げよ!! 『鈍行しかないですけど、本数は結構ありますんで』 時計を気にして若い社員の言ったことはうわの空で聞いていた。 駅についた。 時刻表をみると田舎の割には確かに本数があるぞ。意外だ。 しかし、すべて各停。本当にそうだったんだ。 快速は…、とまらないのか。途中駅で乗り換えるしか無い。1分でも惜しい!! 電車接近のアナウンス。来た。やっぱり田舎だ。東京ではもう走ってないような昔よくみた国電だ。どうせ乗客ガラガラなのにダラダラ長い列車… |
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??? 目が丸くなった。 2両。ある意味異様だ。このタイプの電車は東京だともっと長い8両とかで走ってるぞ。拍子抜けのような、たったの2両。ホームの先端で待ってたから、真ん中の方に止まられたら動かないといけないじゃないか。なんて不親切、非効率!! 乗客は2両だからか、結構乗ってる。 おかしい。変だ、妙だ、の意味もこめた可笑しさだ。 少し笑えて来た。 中国山地越えの2両編成は登り坂で振り絞るモーター音。なんだか全力って感じ。 これも可笑しい。ワクワクするな。 車窓の紅葉が綺麗だ。 |
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いかがでしょうか?芸北高原鉄道で2両編成の珍車T01編成に乗車してみたくは無いですか? |
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窓から紅葉が舞い込んだのかと思ったら、小さな赤い手が栗を持っている。 『どうぞ』と、この小さい女の子と一緒に乗っている老人が言った。 どうも、と会釈し車窓に目をうつすと、子供のころにみたような真っ赤な夕焼けが目に入った。 快速乗り換え駅についた。 少し考え、 このまま、 この2両編成に乗り続ける事にした。 この出張で、ここに着いた時の苛立ちは、ここが良い場所だという事への嫉妬だと、気づいた。 もの心ついて東京で暮らしているのに、なんだか懐かしくとても温かい所。 工場長が言ってたな。今は松茸のシーズンですよ、とびきりのを山でとって来ました。 女の子も言っていたな。栗、すごくおいしいよ。 短い車両のジョイント音が、やがて夕闇に包まれる中国山地に響いていた。 |
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屋根上は独特のWAU202クーラー。効きが良いとは言えないかも知れませんが、懐かしい気分になります。 |
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