| 頚城鉄道昭和39年とはいえたかだか15kmの軽便鉄道で未だ貨車が現役で活躍するのを見て感激。当時の駅の定番である日通支店扱いで正しく?行われていた。豪雪地帯ゆえまだ道路よりも鉄路が頼りにされていたようだ。1964.03新黒井駅
頚城鉄道線はは、頸城鉄道自動車が運営。新黒井駅から5.4km百間町駅は本社もある唯一大きな交換駅。さすが自動車会社の運営か小荷物を扱う駅務員もバス車掌のいでたち。 上り列車との交換 浦川原駅 折り返し上り列車として出発を待つ 途中百間町駅にて再度上り貨物の組成を行う。バス車掌さん(兼務?)も大活躍 新黒井駅を出発、早春の残雪ののなかを好ましい混合編成でにぶい機関音を靡かせてまた蒲川原に向けて走り去っていった。 今では運用される機会はほとんどないであろう文字通りマッチ箱のような客車がいつでも動ける状態で留置されていた。 黒井駅は各種工場の専用線が終結し、専用線の蒸機が元気に活躍していた。 |