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おもしろ化合物第23話:「天然ポリテトラヒドロフランの謎」




 天然物にはおもしろい構造をもったものがたくさんあります。第19話でとりあげた シクロプロペノン脂肪酸 などはその代表でしょう。今回の化合物はジャマイカ産のミカン科植物Spathelia glabrescensからとられたグラブレスコールという トリテルペン アルコールです。

 図のように テトラヒドロフラン 環が5個つながって両端がアルコールになったおもしろい構造をしています。左右は立体化学も含めて完全に対称であり、実際に NMR スペクトルでは半分のシグナルしか観測されず、 旋光性 も示しません([α]D= 0°)。分子は メソ体 と考えられます。ちょっと見には海洋 天然物 によくある ポリエーテル に似ていますが、よく見るとメチル側鎖の規則的配置からトリテルペン骨格をもっていることがわかります。海産ポリエーテルは ポリケチド ですから、 生合成 的にはまったく由来が異なるものです。
 それにしても端正な構造ですね。環のつなぎ目部分の立体化学がすべて同じ向きというのがなかなかに美しいです。この立体化学は NOE を駆使して決められたものですが、同じ環内の 相対配置 はともかく、ある環と隣の環との関係は分子全体の コンホメーション が決まらないと難しそうです。事実、妙なことになりました。
 こんなおもしろい構造をどうやって植物は生合成しているのかというと、おそらくトリテルペン炭化水素であるスクアレンのポリ エポキシド から連続的な開環閉環反応でできてくるだろうことが容易に予想されます。そこでXiongとCoreyは実際に生合成類似反応によってこのグラブレスコールの合成を試みました。

 図のように、スクアレンの末端を Sharpless ジヒドロキシ化によって キラル なジオールにしたあと、 不斉エポキシ化 反応で残りの二重結合をすべてエポキシ化します。できたキラルなペンタエポキシドをカンファースルホン酸で処理すると、予想通りパタパタと転位反応が一挙に進み、目的のグラブレスコール構造のできあがりです。めでたしめでたしといいたいところですが、残念ながら生成物の スペクトル はグラブレスコールのそれとは一致しませんでした。どうやら 立体異性 体をつくってしまったようです。反応機構から考えて合成品の立体化学は正しいはずです。念のため合成品のビスp-ブロモベンゾエートを X線結晶構造解析 にかけてみましたが予想構造と同じでした。とすると、必然的に最初にグラブレスコールとして提出された構造の立体配置が間違っていたということになります。
 グラブレスコールは左右対称なメソ体であり、すべてのテトラヒドロフラン環がシス置換であるというところまでは正しいと仮定すると、考えられる構造は他に3種類しかありません(○○○○○が否定されたので、残りは○○●○○、○●○●○、●○○○●)。もし環の置換様式がトランスも含むとするともっと可能性は広がります。XiongとCoreyおよびそれと相前後してMorimotoら、児玉らによって他に6種類のメソ構造をもつ立体異性体の合成がなされましたが、いずれも天然品とは一致しませんでした。

 ここまでは謎は深まるばかりですが、このうちMorimotoらは類似の部分構造をもつ他の天然化合物との関連から、メソ体ではない C2対称 構造の異性体を合成したところ、なんとこれが天然のグラブレスコールと一致することがわかりました。ということで、正しい構造は 絶対配置 も含めて下図のとおりという結論になっています。

 ところで、合成品はちゃんと旋光性をもっています(([α]D= -22.4°)。天然由来のものも CDスペクトル によって短波長域では合成品と同じ旋光性を示すことがわかりました。なぜ[α]Dがゼロだったのかは不明です。


 単離: W.W.Harding, P.A.Lewis, H.Jacobs, S.McLean, W.F.Reynolds, L.-L.Tay and J.-P.Yang,Tetrahedron Lett.,1995,36, 9137.
 合成: Z.Xiong and E.J.Corey,J. Am. Chem. Soc.,2000,122, 4831.; Y.Morimoto, T.Iwai and T.Kinoshita,J. Am. Chem. Soc.,2000,122, 7124.; 児玉, 日置, 吉尾,有合化,2000,58, 1167.


  付記:glabrescolの正しい構造につきまして、阪市大森本善樹氏よりご教示をいただきました。


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