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更新日 2008/5/19

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三菱(鉱)バス路線図

〜大夕張地区〜

ここでは三菱(鉱)バス(三菱鉱業・三菱鉱業セメント)時代の大夕張営業所所管系統路線図(残存資料に基づく復刻版)を掲載します。60年代は夕張急行線,札幌特急線,清水沢急行線,南部線の開業などで,大夕張管内の三菱バス路線は最盛期を迎えます。山内バスは常盤線の保育所前経由,明石線の朝日荘前発などの新設系統もありました。
大夕張管内の 時刻表運行系統 も併せてご覧ください。



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三菱バス路線図 昭和37年10月7日改正(再構成) 大夕張管内 (1962.10)
念願の大夕張(鹿島)〜南部間の道路が開通し,孤立していた鹿島地区と夕張本町を結ぶ最初のバス路線が開通した。当時の夕張バスとの協定で,三菱7往復,夕張8往復の共同運行路線となった。1956(昭和31)年開業の「山内バス」(常盤線・明石線)は特急・急行線開業のための布石であったとも言われる。当初の急行線は停留所が少ないことが目につくが,並行して走る夕張バス路線(丁未若菜線,若菜清水沢線,南部線など)との競合を考慮したものか。その後「炭砿病院前」「北高前」「清栄町」「若美町」「三菱南大夕張」など,停留所が順次新設されることになる。



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三菱バス路線図 昭和40年12月11日改正(再構成) 大夕張管内 (1965.12)
札幌特急線開業時の系統図。路線申請は鹿ノ谷〜二股間の旧道経由で行われたが,夕張隧道開通により新千代田〜二股間を臨時免許申請し,開業後に正式な経路変更が行われたようである。札幌側は北1条〜大通公園経由。その後地域住民の要望により特急線「清水沢」,急行線「清栄町」バス停が設置されることになる。なお札幌特急線とほぼ同時期に夕鉄バス・大夕張〜札幌急行線も開業したようだが,こちらは夕張急行線と異なり共同運行の形を取っていない(経路が異なるためと思われる)。



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三菱バス路線図 昭和42年10月21日改正(再構成) 大夕張管内 (1967.10)
急行・清水沢線開業時の系統図。清水沢線は他の特急・急行線と異なり砿業所前始発で鹿島地区(砿業所〜明石町駅前)は各停の扱い。清水沢〜南部間は夕鉄バス・南部線(清水沢〜南部〜青葉町)が普通(各停)便で,こちらは急行線停留所の他に「南町」「清湖町入口」「清水沢炭砿」「住ノ江町」「岳見町」「幌南中」「北夕」「南部入口」の各停留所が設けられていたと思われる(時期により呼称が異なる可能性あり)。札幌特急線は大通の交通規制(イベント時)を嫌い北2条経由に経路変更となった(1967年頃から臨時免許で対応)。



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三菱バス路線図 昭和44年11月7日改正(再構成) 大夕張管内 (1969.11)
南部線開業時の系統図。翌年の南大夕張砿業所操業開始を前に,大夕張(鹿島地区)〜南部間の路線増強が計られた。60年代後半は札幌特急線,急行・清水沢線の開業とともに,大夕張〜南部〜清水沢間の路線開通が相次ぎ,大夕張営業所の最盛期を迎える。山内バス(常盤線)では保育所前経由が新設された(1968.1)。



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三菱バス路線図 昭和46年6月24日改正(再構成) 大夕張管内 (1971.6)
前年に特急・急行便が「三菱南大夕張」停車となり,南部線と清水沢急行線の砿業所前(車庫前)〜南部間は「診療所前」バス停以外にほとんど差がなくなっている。そのほか「若美町」「吉野沢公園」停留所,明石線・朝日荘前発便が新設された。夕張急行線の「レースイハイランド前」停留所新設は1973年3月,「住ノ江町」新設は1976年11月である。
大夕張砿業所閉山(1973.12)後は,南部線に保育所前経由が新設されるなど変更は細部に留まるが,鹿島地区人口減少により山内バス(常盤線・明石線)は休止状態であることが多かった。

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