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─ 水素は資源なのか?(ガスエンジン) ─




(ガスエンジン解説のつづき)

燃料電池を使った自動車が試作、研究され、販売されることになった。(本稿2015年作成)
「水素」を燃料とするので、排気ガスとして炭酸ガスを出さない、ので環境にいいのだという。
ここから、さらに、「水素なので、化石燃料を使わない」とまでいわれている。
「水素は無尽蔵の資源」とか「クリーンエネルギ」という記述さえ見られる。(注1)
が、ここまで言うと、「はァ?」と言いたくなる。

地球上で、「水素」が地面から湧いて出るところはない。将来的にも湧いて出るところを探し当てることはない。(注2)
なぜなら、水素は軽い気体なので、地球の重力でつなぎとめておくことができないから。
もし、地球生成時に水素があったとしても、宇宙空間に離れて行ってしまっている。
人為的な方法以外に地球上に「気体の水素、そのままエネルギとして利用できる水素」は存在しない。(注3)
つまり、「水素」はエネルギを変換した、ひとつの形態であって、資源ではない。
水素をどのような方法で得るか。誰でも思いつくのは、理科の実験でやったように、水を電気分解して得る方法。
これは電力が「水素」という形に変換されたにすぎないから、元をたどれば、在来のエネルギを使って得た水素ということになる。
水素を得るために、化石燃料を使うことになり、化石燃料が水素、という形に変わっただけのこととなる。

実用的に水素を得る最も簡単な方法は、石炭を蒸し焼きにすることであろう。
石炭は製鉄になくてはならない原料なのだが、鉄鉱石から鉄を精錬するのに必要なのは、 石炭の炭素分(コークス)だけなので、石炭に含まれる水素分は除去する。
筆者がガスエンジンを扱っていた1980年頃、まだ、都市ガスの多くは水素が主成分であって、 石炭を蒸し焼きにして製造していた。
当時は、水素を多く含む都市ガスでエンジンを動かすことができるか、さんざん実験を重ねた。
水素はメタンガスに比べると自己着火しやすく、内燃機関で燃焼することが難しいが、 圧縮比を下げるなどの工夫で動かすことができる。
ただし、1m3(0℃1気圧)の発熱量を比較すると、メタンが約9,800kcal、水素が約4,400kcalなので、 同じ出力を得るのに、ざっと2倍の量を必要とする。(注4)

1980年頃から「13Aガス転換」といって、都市ガスは従来の水素系のガスからメタンを主成分とするガスに転換してきた。
都市ガスが水素からメタンガスに移行してきたのは、メタンガスの方が発熱量が大きいので、 都市に張り巡らせた従来の配管を掘り返して交換することなく、2倍の容量の燃料を送ることができるからである。
水素というのは、体積あたりのエネルギが低く、内燃機関にも向かない扱い難い燃料であった。

燃料電池がアポロ宇宙船に使われたことはよく知られているが、宇宙船ではなく、地上の設備として、 実はもうかなり以前から実用化されている。自家発電装置としてビルの屋上に設置されていたりする。
燃料は都市ガスで、改質器というのを備えていて、メタンガスを水素に変換して使う。(注5)
燃料電池は純粋に化学変化を利用するので、なるべく純度の高い水素の方が良い(はず)。
これに対し、内燃機関というのは、燃えさえすれば、何が入っていても気にしない。
石炭から製造するガスは、空気不足の状態で焼くので、不完全燃焼の生成物、一酸化炭素(CO)を含んでいる。
空気中に撒き散らせば有毒ガスとなるCOガスも空気中の酸素と化合(燃えるということ)すれば、熱量は少ないが発熱する。
つまり、COガスも燃料である。燃料電池では使えないが、内燃機関ならば、燃料として利用できる。
内燃機関(蒸気機関のような外燃機関も)の利点のひとつは、燃料の自由度が比較的高いことにある。

なんだ、そんなことなら、最初から天然ガスで自動車を動かした方がいいじゃないか、ということになる。
最近はCNG(Compressed Natural Gas)といって、圧縮天然ガスで動くバスを見かけることもある。
一方、都市部のタクシーはプロパンガスで動いているものもある。
燃料の発熱量、という点から見れば、プロパンガスはメタンの約2倍、約22000kcalぐらいある。水素の実に5倍にもなる。
しかも、プロパンガスはちょっと圧力をかけると簡単に液化して体積が小さくなる。
プロパンより分子量の大きいブタンガスはもっと液化しやすく、100円ライターや登山用のガスボンベに使われている。
調べてみると、意外にも全国各地にオートガスといって「プロパンのガススタンド」がある。
その多くはプロパンを燃料とするタクシーや宅配トラックなどの営業車を対象にしている。
ガススタンドが成立するのは、これらの営業車が動くのは地域が限られていて、あまり遠くまで走って行かないこと、 毎日かなりの距離を走って、それなりの消費があるからであろう。
水素で動くわずかな数、大した距離を走らない自動車のために、全国各地に「水素のガススタンド」をつくることが 現実的でない、ことはちょっと考えればすぐにわかる。
もちろん、プロパンガスでエンジンを動かすこともさんざん実験した。水素同様、 プロパンでも実用的にエンジンを動かすことは可能である。

筆者は、将来的に自動車を動かす動力は水素ではなく、「電池に充電した電気」となるであろう、と考えている。
電気で回るモータというのは、低速で大きな力が出るから、自動車や電車には都合が良い。
また、減速するとき、坂道を下るときに、発電した電力を充電することが容易なことも大きな利点である。
将来的には電線を接続することなく充電することができるようになるであろう。
充電シートのようなものを各家庭の車庫に敷いておけば、そこに停めるだけで充電できるようになる。
そして、各家庭の車庫だけでなく、スーパーや都心の駐車場などにも同様の充電器が備えられ、駐車するだけで充電され、 使用電力料金はETCカードから引き落とし、ということになるであろう。

電力は送電ロスがあるのに対し、水素は運搬の途中で失われることがない、という。
が、運ぶための動力(タンク車の燃料)は必要ない、というのであろうか。
電力ならば、送電線など既存の設備で間に合ってしまうのに、新規に水素を利用しようとすれば、圧縮する設備と動力、 充填する設備、運ぶ車両とその燃料など、たくさんの設備と動力を用意しなければならない。

自動車に水素タンク、燃料電池を積み、その発生電力でモータを回す、という手法は、いくら外観を現代風につくりあげても、 戦時中の「木炭バス」や内燃機関が発明される前の蒸気自動車の不細工さを連想させてならない。

(注1)水素は燃えたときに硫黄酸化物や窒素酸化物を出さない、と宣伝されているが、大きな間違いである。
硫黄分を含まないから硫黄酸化物を出さないのは当然だが、窒素酸化物は空気中の窒素と酸素が化合して生成するから、 水素であろうと、燃やす条件によっては盛大に窒素酸化物を生成する。

(注2)火山の近くで、水が高温の岩石に触れて、分解され、水素が出るところがあるのだそうだ。

(注3)水素は海水中に無限に含まれているから無尽蔵の資源なのだという。
が、水というのは水素が燃えて「酸化水素」となった「灰」である。これを資源というなら練炭火鉢の灰も資源ということになる。

(注4)通常、気体は体積で比較する。これは、どんな気体も1mol(モル)が22.4リットル(0℃1気圧換算)という体積となり、 計算する単位として都合が良いから。
一方、重量(質量)は気体によって異なり、メタンは1molが16gであるのに対し、水素は2gで、8倍の差がある。
同じ体積で比較すると、メタンは水素のざっと2倍の発熱量があるのに対し、重量で比較をすると、逆転してしまい、 水素はメタンの4倍の発熱量となってしまう。
水素を良く見せようとする記述では、計算の都合を無視して重量あたりの発熱量を記載している。
なお、1molというのは、分子の数、6.02×1023個を集めた量。分子の数が一定しているので、 反応(燃えるとか)したときの化学的計算に都合が良い。詳しいことは省略。

(注5)改質器内の反応は複雑な過程を経ているが、単純に書くと、
CH4(メタン)+O2(空気中の酸素)→2H2(水素)+CO2(炭酸ガス)
となっている。メタンに元々含まれている水素を化学的に取り出す装置である。
原子核反応か何かで、炭素を水素に変換するわけではない。
ちなみに「燃料電池」を良いディバイスに見せようとする説明書には、 「改質器からわずかな量の炭酸ガスが出る」と書いてある。が、
メタンを燃焼したときの化学式
CH4(メタン)+2O2(酸素)→2H2O(水)+CO2(炭酸ガス)
と比較してわかる通り、メタンをそのまま燃焼したときと同じ量の炭酸ガスが出る。



添付写真は
名古屋市内のガスステーション。
天然ガスとLPG(プロパン)を扱っている。
宅配トラック(左写真)とタクシー(右写真)が充填に来ている。

ガスエンジンの話は今回で終了です。

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