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〜 雪月花 新撰組異聞外伝 編 〜


〜 蜩慕情と女郎花慕情 咲きたる野辺を 〜


登場人物

藤田五郎、藤田時尾、藤田勉、敬一[沖田総司の息子]、美鈴[沖田総司の妻、敬一の母]



「ひぐらしの 鳴きぬる時は をみなへし 咲きたる野辺を 行きつつ見べし」

「万葉集 第十七巻 三九五一番」より

作者:秦八千島(はたのやちしま)



幕府の治世から政府の治世へと移った。

時代の呼び方も明治へと変わっている。



政府に最後まで戦いを挑んでいた幕府側の者達の中に、新撰組がいた。

新撰組隊士の中には、新撰組一番組組長を務めていた沖田総司がいた。

沖田総司は病気のために、政府と幕府の戦いに加わる事は、ほとんどなかった。

戦いの結末を知る事なく、病気のために亡くなっている。

戦ではなく病気で亡くなっているが、新撰組隊士として亡くなっている。

周りから見ると、政府に最後まで戦いを挑んでいた新撰組隊士の一人という事になる。



沖田総司には、妻の美鈴と幼い息子の敬一がいる。

敬一は沖田総司が亡くなる直前に生まれたため、一度も出逢った事がない。



政府も世間も、新政府に最後まで戦いを挑んでいた幕府側の者と身内への扱いは冷たい。

本人や身内の中には、身の危険も含めて、身分や素性を隠して生活をしている者も多い。



美鈴は、沖田総司を誇りに想い慕う気持ちも抱きながらも、敬一の身を案じて静かに暮らしている。

敬一は、美鈴の優しさに包まれながら暮らしている。



そんな夏が終わり掛けている日の事。



ここは、京都。



季節は秋へと変わろうとしているが、夏の本格的な暑さが続いている。



陽がゆっくりと落ち始めようとしている。



日差しが弱まってきているので、僅かずつだが暑さは和らぎ始めている。



辺りには蜩の鳴き声が響いている。



ここは、敬一と美鈴の住む家。



美鈴と敬一は、縁に座っている。



蜩の鳴き声が、美鈴と敬一の元にも響いてくる。



美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「敬一。蜩が鳴いているわね。」

敬一は美鈴に笑顔で頷いた。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「蜩は“かなかな”と鳴くから、“かなかな”とも呼ぶの。」

敬一は美鈴に笑顔で話し出す。

「かなかな”。」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「敬一は、“蜩”と“かなかな”のどちらの呼び方が好き?」

敬一は美鈴に笑顔で話し出す。

「“かなかな”。」

美鈴は敬一を微笑んで見た。

敬一は美鈴を笑顔で見た。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「“かなかな”は、生れてから鳴くまでに七年も必要なの。今年の蝉は、敬一よりお兄さんとお姉さんになるの。」

敬一は美鈴に笑顔で話し出す。

「“かなかな”。おにいさん。おねえさん。ぼく。おとうと。」

美鈴は敬一に微笑んで頷いた。

敬一は美鈴に笑顔で話し出す。

「“かなかな”。おかあさん。ぼく。ゆうはん。いっしょ。たべる。」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「夕飯の支度は、ほとんど終わっているの。少し経ったら夕飯を食べる事が出来るから、食卓の前で座って待っていてね。」

敬一は美鈴に笑顔で話し出す。

「“かなかな”聞く。」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「敬一。“かなかな”を聞くために、一人で庭に出ないでね。暑いと思ったら、我慢せずに食卓の前に座って待っていてね。」

敬一は美鈴に笑顔で頷いた。



美鈴は立ち上がると、台所へと向かった。



敬一は笑顔のまま一人で縁に座っている。



敬一は蜩の鳴き声を聞きながら、笑顔で話し出す。

「“かなかな”。おにいさん。おねえさん。たくさん。」



辺りには、蜩の鳴き声が途切れる事なく響いている。



敬一は縁に笑顔で座り続けている。



美鈴は敬一の横に微笑んで来た。

敬一は美鈴を笑顔で見た。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「夕飯の支度が出来たから、一緒に食べましょう。」

敬一は美鈴に笑顔で頷いた。

美鈴は微笑んで立ち上がった。

敬一は笑顔で立ち上がった。



敬一と美鈴は、食卓へと向かった。



それから幾つかの季節が過ぎた。



敬一と美鈴は、京都から東京へと場所を移して暮らしている。



そんな夏の終わりの日の事。



ここは、東京の町。



日中は暑いが、陽が落ち始めると僅かに暑さが和らぐようになってきた。



空の色が青色から橙色へと変わる気配を見せ始めた。



辺りには蜩の鳴き声が響いている。



ここは、藤田五郎、妻の時尾、幼い息子の勉の住む家。



敬一は藤田五郎に逢うために訪れていたが、自分の家へと帰る時間が近づいてきた。



ここは、藤田五郎の家の縁。



藤田五郎は玄関へと向かうために、普通の表情で歩いている。

敬一は玄関へと向かうために、微笑みながら歩いている。



勉は藤田五郎と敬一の前に笑顔で来た。

時尾は勉の後に続いて、微笑んで来た。

敬一は立ち止まると、時尾と勉を微笑んで見た。

藤田五郎は立ち止まると、時尾と勉を普通の表情で見た。

勉は敬一に笑顔で話し出す。

「あそぼ。」

時尾は勉に微笑んで話し出す。

「敬一君は家に帰る時間になったの。別な日に遊んでもらいましょうね。」

敬一は勉に微笑んで話し出す。

「今日は一緒に遊ぶ事が出来なくてごめんね。近い内に勉君と遊ぶ時間を作るから、それまで待っていてね。」

勉は敬一に笑顔で頷いた。

敬一は勉を微笑んで見た。

勉は敬一に笑顔で話し出す。

「“ひぐらし”。なく。」

敬一は勉に微笑んで話し出す。

「勉君は蜩の鳴き声が分かるんだ。凄いね。」

時尾は敬一に微笑んで話し出す。

「三人で居る時に、蜩の話をしたの。」

敬一は勉に微笑んで話し出す。

「勉君。蜩は“かなかな”と鳴くから、“かなかな”とも呼ぶんだよ。」

勉は敬一に笑顔で話し出す。

「“ひぐらし”。“かなかな”。おなじ。」

時尾は敬一に微笑んで話し出す。

「勉に“かなかな”という呼び方の話をしていなかったわ。ありがとう。」

敬一は時尾を恥ずかしそうに見た。

時尾は勉を見ると、微笑んで話し出す。

「敬一君に良い事を教えてもらったわね。」

勉は時尾に笑顔で頷いた。

敬一は時尾と勉を恥ずかしそうに見た。

勉は藤田五郎と時尾と敬一に笑顔で話し出す。

「“かなかな”。なく。」

敬一は勉に微笑んで頷いた。

藤田五郎は勉と敬一を普通の表情で見た。

時尾は勉と敬一を微笑んで見た。



藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「敬一。帰りに寄る所があるだろ。念のために家まで送っていく。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「陽が落ちるまでには時間があります。寄り道をしても間に合います。一人で帰ります。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「遠慮するな。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出そうとした。

藤田五郎は敬一が話し出す前に、時尾に普通に話し出す。

「敬一を送っていく。」

時尾は藤田五郎に微笑んで軽く礼をした。

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「行くぞ。」

敬一は藤田五郎に僅かに慌てた様子で話し出す。

「はい。」

藤田五郎は玄関へと普通に歩きだした。

敬一は藤田五郎の後を慌てた様子で歩き出した。



それから少し後の事。



ここは、藤田五郎の家。



藤田五郎は敬一を家へと送っている最中のため、家に居ない。

時尾と勉の二人だけになっている。



ここは、藤田五郎の家の縁。



時尾と勉は、一緒に居る。



時尾と勉の元に、蜩の鳴き声が響いてくる。



勉は時尾に笑顔で話し出す。

「“かなかな”。たくさん。」

時尾は勉に微笑んで頷いた。

勉は時尾を笑顔で見た。

時尾は勉に微笑んで話し出す。

「“ひぐらしの 鳴きぬる時は をみなへし 咲きたる野辺を 行きつつ見べし”」

勉は時尾を不思議そうに見た。

時尾は勉に微笑んで話し出す。

「“かなかな”が鳴く時には、女郎花が咲いている野をめぐって眺めるのが良いですよ。という意味の歌なの。敬一君とお母さんが、この歌のように楽しむ事が出来ると良いわね。」

勉と時尾に笑顔で頷いた。

時尾は勉に微笑んで話し出す。

「敬一君が次に勉と一緒に遊んでくれる時にも、“かなかな”が鳴いていると良いわね。」

勉は時尾に笑顔で頷いた。

時尾は勉を微笑んで見た。



それから少し後の事。



ここは、東京の町のとある場所。



女郎花がたくさん咲いている。



辺りには蜩の鳴き声が響いている。



藤田五郎と敬一は、一緒に居る。



敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「綺麗ですね。」

藤田五郎は敬一に普通の表情で頷いた。

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「時尾さんと斉藤さんは凄いです。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「時尾は凄いかも知れないが、俺は凄くない。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「斉藤さんはお父さんとお母さんが信頼している人です。時尾さんは斉藤さんの奥さんです。僕が困った時には、お母さんだけでなく斉藤さんと時尾さんも助けてくれます。だから、凄いです。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「俺をおだてても何も起こらないぞ。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「おだてていません。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「どうでも良い話は、暇な時にしろ。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「どうでも良い話ではないと思います。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「凄いのは、俺や時尾ではなくて、美鈴さんだろ。」

敬一は藤田五郎を嬉しそうに見た。

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「しっかりと理解は出来ているんだな。」

敬一は藤田五郎を嬉しそうに見ている。

藤田五郎は敬一に普通話し出す。

「美鈴さんが敬一の帰りを待っているぞ。話しがしたければ、用事が終わってからにしろ。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「はい。」

藤田五郎は敬一に普通の表情で頷いた。



それから少し後の事。



ここは、敬一と美鈴の住む家の近く。



藤田五郎と敬一は、一緒に居る。



藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「今日は美鈴さんに挨拶をしないで、このまま帰る。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「一緒に家に来てください。お母さんも喜びます。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「今日は総司と美鈴さんと敬一の三人でゆっくりと過ごせ。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「分かりました。」

藤田五郎は敬一に普通の表情で頷いた。

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「今日はありがとうございました。気を付けて帰ってください。」

藤田五郎は敬一に普通の表情で頷いた。



敬一は家の中へと静かに入って行った。



藤田五郎は敬一が家の中に入った事を確認すると、自分の家へと帰っていった。



それから僅かに後の事。



ここは、敬一と美鈴の住む家。



蜩の鳴き声が家の中にも響いてくる。



美鈴は夕飯の支度をほぼ終えた。



沖田総司の位牌の有る部屋から、人の居る気配と音がした。



気配も音も怪しさは感じない。



美鈴は沖田総司の位牌の有る部屋へと不思議そうに向かった。



それから僅かに後の事。



ここは、沖田総司の位牌の有る部屋。



美鈴は障子を開けると、不思議そうに部屋の中を見た。



部屋の中には誰も居ない。



美鈴は沖田総司の位牌の前で、不思議そうな表情のまま視線を止めた。



沖田総司の位牌の前に、小さく手折った一輪の女郎花と小さい紙が置いてある。



美鈴は沖田総司の位牌の前に不思議そうに来た。



蜩の鳴き声が沖田総司の位牌の前にも響いてくる。



美鈴は、沖田総司の位牌の前に有る小さい紙を不思議そうに手に取った。



小さい紙には、蜩と女郎花が詠み込まれた歌が書いてある。



美鈴は小さい紙に書かれた歌を読むと、微笑んだ表情なった。



敬一の穏やかな声が、美鈴の後ろから聞こえてきた。

「お母さん。ただいま。」



美鈴は小さい紙を沖田総司の位牌の前に戻すと、敬一を見て、微笑んで話し出す。

「お帰りなさい。」

敬一は美鈴の傍に来ると、沖田総司の位牌の前に有る小さい紙と女郎花を微笑んで見た。

美鈴は敬一を微笑んで見た。

敬一は美鈴を見ると、微笑んで話し出す。

「女郎花は一輪だけど、蜩の鳴き声が聞こえるから、この歌に少しだけ似ているね。」

美鈴は敬一に微笑んで頷いた。

敬一は美鈴に微笑んで話し出す。

「お母さん。蜩の鳴く時間に、女郎花が咲いている様子を見に行こうよ。」

美鈴は敬一に微笑んで頷いた。

敬一は美鈴を微笑んで見た。



それから少し後の事。



ここは、敬一と美鈴の住む家の食卓。



敬一と美鈴は、食卓を囲みながら食事をしている。



敬一は美鈴に微笑んで話し出す。

「勉君に、蜩には“かなかな”という別な呼び名があると話しをしたんだ。勉君は笑顔で何度も“かなかな”と言っていたんだ。」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「敬一が幼い頃に、“かなかな”という名前を教えたら、嬉しそうに“かなかな”と何度も話していたの。」

敬一は美鈴を笑顔で見た。

美鈴は敬一を微笑んで見た。



「ひぐらしの 鳴きぬる時は をみなへし 咲きたる野辺を 行きつつ見べし」

蜩の鳴き声。

黄色い女郎花がたくさん咲く野原。

夏の終わりから秋の初めの頃に経験できる素敵な風情。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は、「万葉集 第十七巻 三九五一番」です。

「ひぐらしの 鳴きぬる時は をみなへし 咲きたる野辺を 行きつつ見べし」

ひらがなの読み方は、「ひぐらしの なきぬるときは をみなへし さきたるのへを いきつつみべし」です。

作者は、「秦八千島(はたのやちしま)」です。

意味は、「ひぐらしが鳴く時には、女郎花(おみなえし)が咲いている野をめぐって眺めるのがいいですよ〜」となるそうです。

原文は、「日晩之乃 奈吉奴登吉波 乎美奈敝之 佐伎多流野邊乎 遊吉都見倍之」です。

「蜩(ひぐらし)」は「蝉(せみ)」の一種類です。

七月から九月に掛けて現れます。

早朝や夕方に「カナカナ」と鳴きます。

そのため、別名は「かなかな」と言います。

「蝉」が、卵から孵って、地下に潜り、地上に出てくるまで、七年の期間が掛かるという話しを聞く事があります。

「蝉」の種類によって、年数に違いがあるそうです。

「蝉」が鳴いて地上で過ごす期間も、一週間(七日間)という話しを聞く事があります。

「蝉」が地上で過ごす期間は、一週間ではなく、数週間ほどになるようです。

状況によっては、一ヶ月ほど地上で過ごす「蝉」もいるようです。

地上に出るまでの期間と地上で過ごす期間は、気温や場所などに影響を受ける事があるので、前後する事があるそうです。

この物語では、「七年」「一週間」という期間を基にして書きました。

「女郎花」は「秋の七草」の一つです。

夏の終わりから秋に掛けて咲きます。

「蜩」も「女郎花」も秋の季語です。

「慕情(ぼじょう)」は、「慕わしく思う気持ち。特に、異性を慕わしく思う気持ち。」という意味です。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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