このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

神俣石材軌道 2

〜軌道跡を辿る〜

 

 

金曜日に来たのは失敗だった。

 

平日の工場は活気に溢れ、道路の奥ではフォークリフトが忙しそうに動き回っている。

 

軌道跡は市道(旧滝根町道)になっている筈なので通行しても良いと思われるのだが、この状況で軌道跡に踏み込むのは如何なものか。

 

工場の作業員の方が私を一瞥する。咎められる事は無かった。通っても良いと言う事か?

 

 

 

 

 

 

フォークリフトは忙しく積替作業を行なっている。

 

フォークリフトの動きが一瞬停止した隙を突いて通り抜けた。

 

一般の人は並行する町道を使うので、わざわざ平日にこの道を使用する人はいないのだろう。

 

赤い屋根の建物辺りが工場の端あたりだろうか。

 

そこを目指して一気に走り抜ける。

 

 

 

 

 

工場の端と思われる場所まで来た。

 

軌道跡を小さい道が横断している。右手(東側)を並行する町道から分岐しているようだ。

 

交差点の先の軌道跡は道幅が絞り込まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工場内(?)を通り抜けた軌道跡は平穏を取り戻した。

 

平日午前のゆったりした空気が流れる。

 

軌道跡は暫くの間直進するようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く進むと、軌道の両脇は切り通しになっていた。

 

切り通しの上は畑になっている。

 

白い道路、緑の切り通し、そして木陰…良い雰囲気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切り通しの頂点の両脇には石垣が組まれていた。

 

「街道Web」のTUKA氏によると、この場所には跨線橋が架けられていたのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

跨線橋の橋台であった石垣は緑に彩られている。

 

石垣は一辺が30〜60㎝位の比較的大きな石を、非常にうまく組み合わせて作られている。

 

浜通りの鉄道、軌道跡で見られる石垣とは作りがやや異なるようだ。

 

石垣の上は普通の民家が建っており、軌道廃止後からかなりの年月が経過したであろう事を伺わせる。

 

 

 

 

 

 

ふと、振り返る。

 

神俣駅に向かって真っ直ぐ伸びていく軌道跡。

 

昔の機関士が見た景色もこのようなものだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軌道跡は僅かに右に曲がりながら町道(市道)に合流する。

 

軌道跡は民家の庭先になっている。黒い車が止めてある場所が軌道跡に違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軌道跡は町道に呑み込まれ一旦その姿を消す。

 

だが、軌道跡はすぐに復活する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梵天川(ぼんてんがわ)と呼ばれる川の側に軌道跡は残されていた。

 

梵天川はあぶくま洞の下層水を源流とする清流であるという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住宅街を通る舗装道路と梵天川に挟まれ、何とも使い道の無い空間になっている軌道跡。

 

足元は刈り払いが為されてはいるものの、凸凹としてどうにも歩きにくい。

 

親水公園を装って樹木が所々に植えられているが、中途半端感は否めない。

 

付近住民の方の散歩道くらいしか使い道は無いだろう。

 

足元を良く見てみたが、 玉山鉄道 のようにバラストなどは残されていなかった。

 

 

 

 

 

それなりに気分の良い軌道跡巡りは余り続かなかった。

 

画像奥に見える新しい民家に阻まれ、軌道跡はまたも途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軌道はこの地点あたりからカーブしていたようである。

 

神俣駅からここまで直線的に敷設されていた石材軌道だが、この先、軌道跡はカーブを繰り返しながら滝根鉱山へ向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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