このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
いわゆる「1000円高速」の効果と課題
「劇薬」と引き換えに得た経済効果
この表示も見慣れましたか? |
2009年3月にスタートしたいわゆる「1000円高速」
当時の麻生内閣による生活対策、景気刺激策として2年間の期間限定でスタートしたこの政策に対しては、当初意味が無いとか、やるなら無料と言う批判が相次ぎました。
ところが蓋を開けてみると、まずまずの滑り出しをみせるとともに、そのインパクトの大きさから一種の社会現象となった感もありました。そして渋滞の多発や並行交通機関の苦戦が明らかになると共に、当初の批判はどこへやらで、行き過ぎを指摘したり、クルマ重視は環境重視に逆行と、今度はブレーキをかける方向での批判が相次いでいます。
当時の「自公」連立政権の政策ですから、当時の野党第一党である民主党はさぞやこの政策を攻撃したと思いきや、「1000円高速」など生ぬるいとばかりに、「高速道路無料化」を謳い、2009年8月の総選挙のマニフェストでは「子ども手当て」にならぶ目玉として選挙戦を戦い、そして政権を奪取したことで、この「高速道路無料化」の実現がスポットライトを浴びています。
一定の効果を挙げ、そして批判も多い「1000円高速」。今回は、休日の行楽から旧盆帰省まで「1000円高速」を体験した記録を交えながら、さらには政権交代後の鳩山政権が実現を目指す「高速道路無料化」も含めて、その是非と効果を語ってみましょう。
なお、2009年年末の「1000円高速」適用見送りについては別稿の
「暮れは故郷に帰れない」
をご覧ください。
※写真は2006年5月、2008年12月、2009年4月、5月、8月、10月、11月撮影
◆その1 「1000円高速」の導入
●「1000円高速」とは
正確には「休日特別割引」と言う名称である今回の「1000円高速」、「1000円乗り放題」とされることもしばしばですが、その正確なルールはあまり知られていません。
基本的なルールは、
1.地方区間の走行(一般有料道路も通算)
2.休日(土日祝日)にかかる走行
3.回数制限はなし
4.ETC無線通行の普通車、軽自動車のみ
で、1回の通行料金が5割引で上限が1000円となります。
なお大都市近郊区間のみの利用は早朝夜間割引の適用の無い6時から22時までの走行に関して3割引になります。
大都市近郊区間は適用除外 |
このほか代表的な例外ルールとして、
1.首都高速、アクアライン、本四道路、均一区間及び一部の分断区間を挟む前後の通算(ただし前後とも基本条件の適用を充足し、かつ乗り継ぎに時間制限あり)
2.乗り継ぎの場合は最初の流出から暦日で2日後までに流出しないと通算しない
3.大都市近郊区間にかかる走行の場合、所定の割増(早朝深夜は5割引、その他3割引で当該区間の通行料金からターミナルチャージを引いた額)を加算。(ただし深夜割引、早朝夜間割引が安い場合はそちらを適用)
4.京葉道路と第二神明道路は除外(京葉道路の千葉西TB以南は5割引にはならないが、上限1000円は適用)
というものがあります。
「1000円均一」と言うイメージが大きいですが、まず5割引で計算して上限1000円というルールのため、西湘バイパスなど1000円もかからない地方の一般有料道路を走行する際にも「5割引」の適用があります。(西湘バイパス、小田原厚木道路、箱根新道はこれら相互および東名の間で乗り継ぎ制度があるため、東名と合わせて1000円上限となる)
●相次ぐ割引の追加
この「休日特別割引」と言う名称からも分かる通り、2005年にスタートした「深夜割引」「早朝夜間割引」「通勤割引」の時間帯割引の一族となるわけで、これと同時実施となる「平日昼間割引」を合わせて、地方区間では終日何かしらの割引が適用されることになっています。
しかしETC割引は、当初の期間限定割引、前払割引からマイレージに到る流れと並行して、曜日、時間帯による割引体系が矢継ぎ早に追加されており、非常に分かりにくいことも確かです。
以下、主だった割引について例示します。(基本的にNEXCOの割引に限定。別納制度の流れを汲む「大口・多頻度割引」は省略)
【利用全体に対する割引】
期間限定 割引 | 2001年11月〜2004年6月 | JH、首都高、阪神高速のそれぞれ走行50000円分まで20%割引 |
前払割引 | 2002年7月〜2005年12月 | 最大50000円分の前払で8000円のプレミアム 2005年12月の新規受付の停止後も残高は有効 |
マイレージ | 2005年4月〜 | 最大50000円分の利用で8000円のプレミアム 有効期限最大2年。首都高と一部地方公社は対象外 阪神高速など一部の高速、公社は独自のプレミアム |
【時間帯割引】
深夜割引 | 2004年11月〜 | 0時〜4時にかかる利用で30%割引 2008年2月からは土休日のみ40%割引、2008年10月からは通年50%割引 |
早朝夜間 割引 | 2005年1月〜 | 22時〜6時にかかる大都市近郊区間を含む100km以内の利用 50%割引 |
通勤割引 | 2005年1月〜 | 6時〜9時、17時〜20時にかかる大都市近郊区間以外を含む100km以内の利用 朝夕各1回ずつに限定 大都市近郊区間以外の区間相当の料金を50%割引 2009年7月から100kmを超える利用であっても100kmまでの適用料金を50%割引 |
平日昼間割引 | 2009年3月〜 | 平日9時〜17時にかかる大都市近郊区間以外を含む100km以内の利用 1日2回までに限定 大都市近郊区間以外の区間相当の料金を30%割引 2009年7月から100kmを超える利用であっても100kmまでの適用料金を50%割引 回数制限を撤廃 |
平日夜間割引 | 2008年9月〜 2009年3月 | 平日22時〜0時の流出で30%割引 |
平日夜間割引 | 2009年3月〜 | 平日4時〜6時、20時〜22時にかかる利用で30%割引 早朝夜間割引の条件が適用可能な場合は早朝夜間割引を適用 |
休日昼間割引 | 2008年9月〜 2009年3月 | 土休日9時〜17時にかかる大都市近郊区間以外を含む100km以内の利用 普通車、軽自動車限定 1日2回までに限定 大都市近郊区間以外の区間相当の料金を50%割引 通勤割引と適用時間帯が重複する場合は通勤割引を優先適用 |
休日特別割引 | 2009年3月〜 | 土休日0時から24時にかかる大都市近郊区間外を含む利用で50%割引 上限1000円 普通車、軽自動車限定 大都市近郊区間を含む利用の場合は同区間相当の所定の割引料金を加算 (早朝夜間割引、深夜割引適用のほうが安い場合はそちらを適用) 大都市近郊区間のみ利用で早朝夜間割引の適用が無い場合は30%割引 |
基本的な割引に社会実験としての実施が加わり、さらに社会実験による割引の深度化もあることが、制度の煩雑さや頻繁な変更による分かりづらさを際立たせている傾向は否めません。
ちなみに今回の休日特別割引は「100km縛り」がなく、休日昼間割引の発展的解消ではありますが、深夜割引の一族ということができます。
さらに7月からは平日昼間割引は回数制限がなくなり、通勤割引と平日昼間割引は100km以上の利用でも100km分は割引になるといった改正がなされており、利用しやすい方向にながれているようです。
●派生した割引
さらに本四高速も3つの路線ごとにはなりますが、1週間ほど先行して上限1000円の休日特別割引を導入しました。
これによりNEXCOと本四を連続走行した場合、例えば神戸北ICから高知ICまで走行すると、NEXCOは通算されるため2000円となります。
ただし本四の場合は流入もしくは流出の時刻が休日特別割引の適用時間帯にかかることが条件になるため、本四高速の路線内で土日終日を過ごすと割引の対象外になります。
また、東京湾アクアラインは他の一般有料道路と違い一種の均一区間であることから(木更津金田TBでの徴収)、「1000円高速」の通算はないですが、こちらも本四同様1週間先行して1000円の休日特別割引が導入されました。
ただし、4月に就任した千葉県の森田県知事の選挙公約であった「アクアライン値下げ」との平仄を合わせるべく、千葉県の負担も追加して、8月から普通車はさらに200円引いて800円となり、全車種全日終日の適用となる社会実験に衣替えしています。
このほか、横浜横須賀道路については大都市近郊区間扱いですが独自に5割引を実施しています。
●なぜ「1000円高速」なのか
今回の政策は景気対策、生活対策と銘打ったそのまんまでしょう。
2008年夏の「リーマンショック」で決定的となった今回の景気後退、というよりも景気のクラッシュにより、特に地方経済に深刻な影響が見込まれました。
そこで地方への観光を促進することで地方経済を活性化する目的で、地方へクルマで観光しに行きやすく、と言うことで思い切った根太下に踏み切ったわけです。
後ほど詳述しますが、今回の政策はまずこの目的があるわけで、数多の批判のなかには、この目的を忘れていたり、この目的の優先順位を低く見ているとしか思えないものが見られます。
リーマンショック以降、確かにレジャー目的の移動需要は冷え込んでおり、2008年の年末には帰省目的の移動も減った印象を受けました。実際、仕事納め翌日の午前中という下りのピークに、広島への帰省途上、東名の大和トンネル付近の渋滞が全くなかったのを実見したときには、夏までのガソリン価格暴騰時にも見られなかった事態であり、事態の深刻さを実感したのです。
流れていた大和TN手前(2008年12月27日) |
暮れの帰省ですらこの状態ですからいわんやレジャー目的においておや、と言う感じですから梃入れも頷けるところですが、一方でうがった見方をすれば、「改革」路線の推進により地方の疲弊が指摘される中、2006年の参院選で民主党に連立与党が地方を中心に大敗したことを踏まえ、間近に控えた総選挙での地方票へ配慮した政策ということも指摘できました。
●効果はあった
上記のように、生活対策というよりも、総選挙対策ということが透けて見える部分が大きかったこともあり、連立与党、特に自民党へ批判的な傾向が総じて強いメディアの取り上げ方は、冷淡と言うかネガティブなものでした。
地方の観光地対策と言う謳い文句を逆手にとって、制度がスタートしたのに閑散とした観光地をクローズアップして効果を疑問視するケースも多々見られましたが、そういった報道の中には首都圏近郊の観光地であり、もともと「大都市近郊区間」がその行程の大半であったり、近場ゆえ割引効果が薄いケースが多く見受けられました。
実態はと言うと、まず先行した本四方面で顕著に効果が現れました。さらにNEXCOの割引がスタートしたことで、明石大橋を経由して香川県にうどんを食べに行く、というドライブが流行し、香川県を中心とした四国の入り込みが急増しました。
このあたりは関西ローカルや四国ローカルの報道では当初から取り上げられており、さらに社会面だけでなく「暮らし」や「レジャー」といったいわゆる生活面で取り上げられることも多く、これに誘われる格好でさらに増加と言うわけで、一種の社会現象となった感がありました。
そのほか、流動の足が伸びた、誘発されたこともあり、これまで通行量が少なくて顕在化することがなかった地方路線の構造的なボトルネック区間での渋滞が目に付くようになりました。例えば対面2車線区間が残る上信越道の長野新潟県境区間や、阿賀野川沿いのトンネル連続区間がある磐越道の福島新潟県境区間といったケースが典型で、広域流動が増えたことを如実にうかがわせます。
磐越道経由も混みました(新潟中央JCT) |
●しかしその限界も
しかし、土日ごとに激しい渋滞が、というと、必ずしもそうではないわけです。
当時は景気が良かったとか、また道路改良が進捗していることもありますが、バブル期の通常の週末渋滞と比べると実はたいしたことがないわけで、どちらかと言うと拍子抜けともいえます。
さらにいえば、「1000円高速」で大渋滞というステレオタイプの報道もありますが、実際には混み合うのは特定の区間ともいえます。結局は近年の改良に漏れた、もしくは改良中のボトルネック区間がその対象ということが多く、交通量が増えるにしたがって余裕の無いところから混んでくると言う当たり前の事象が交通量の増加に従って発生しているわけです。
さらにいえば高速道路は混んでいるが、一般道路はガラガラというケースもあるわけで、そういう意味では需要喚起の目的達成度としては必ずしも高くないのかもしれません。(下げ止まっているということは確実だが、プラスαまでは来ていないということ)
大型連休中の午後上り線と言うのに... (栃木県小金井付近の新4号バイパス) |
また、今年は旧盆帰省による集中を避けるべく、前週の木金も「1000円高速」の適用としたのですが、ふたを開けてみると前週の交通集中は例年並みと言える状況に終わりました。
特に「1000円高速」の適用となった前週の木金の利用は拍子抜けと言っていいものであり、平日の利用はいかに交通費が安くなっても、笛を吹いても利用者は踊らない、休暇をずらしてまでも移動しない、という結果が出たことは非常に興味深いです。
逆にカレンダーそのものが連休となった9月のシルバーウィークには大型連休並みの混雑となったわけで、利用者が時間と値段、さらにはカレンダーの何を優先しているかという意識行動調査としても貴重なデータと言えます。
ただ、だからといって「1000円高速」が無意味と言うことにはなりません。効果が出たが、ここまで踏み切っても、景気後退の流れに棹差す程度だったというのが正しい評価であり、もし「1000円高速」無かりせば、と考えたとき、移動需要の冷え込みと言うものが底なしのものであった可能性が指摘できます。
実際、シルバーウィーク以降は土日の混雑も「例年並み」と言うレベルでしたし、「1000円高速」が無ければどうなっていたかは容易に想像がつきます。
◆「1000円高速」を実体験する
●ケース1・吾妻小富士へのドライブ
ドライブが趣味とはいえ、高速料金が安くなったからと言って闇雲に出かけるわけにも行きません。
景気後退の影響は所得の減少と言う形になって現れており、特に家族持ちの場合、レジャーにかける費用そのものを削減する傾向があるわけです。
とはいえせっかくのチャンスに何もしないというのも無理があるわけで、帰省はしないといけないし(それすら一般的に間隔を空ける傾向にある)、まあ厳選して出かけることになります。
どこへお出かけ、となるにはそのきっかけが必要ですが、近場のお出かけだと、その手のムック本で見繕うことが多いです。
しかし遠出となるとエリアが分散するわけで、ムック本も網羅するだけでコストもかかります。そういう時に新聞の生活面は意外と使えるわけで、最初の「遠出」となった吾妻小富士のケースはまさにそれでした。
4月某日の夕刊生活面に磐梯吾妻スカイラインの「雪の回廊」が特集されており、福島なら時間的にも日帰りが可能で、「1000円高速」ならお値段も手ごろ、と思い立ったのです。
千葉県下の我が家から福島方面となると東北道か常磐道〜磐越道になるのですが、素直に川口や三郷から乗ると、大都市近郊区間の割増に加え、下り渋滞の洗礼を少なからず受けることになります。
千葉県北西部の道路事情の悪さは折り紙つきで、三郷まで出ることを考えると、実は思い切って北上し、圏央道の牛久阿見ICに出るという手があります。県境の栄橋付近が混みますが、龍ヶ崎市域に入ると牛久阿見IC近くまで4車線道路が伸びており、ストレスなく高速にアプローチできます。
それと牛久阿見ICおよび圏央道は大都市近郊区間でないため、割増が無いのも魅力です。(常磐道は矢田部ICまで大都市近郊区間)
さて往復とも同じルートと言うのも芸がなく、少し大回りになるのですが、使い勝手の確認と言うもっともらしい理由をつけて、往路は北関東道経由で早々と東北道に合流しました。
この3月に桜川築西−真岡間が開通して東北道と常磐道がつながり、外環道、磐越道とあわせてラダー効果を発揮することが期待される北関東道ですが、まだ知られて無いのか極め付けに空いていました。さらに真岡まで北上しながら、都賀JCTまで南下するため、東北道下り線に向かう場合、三角形の二辺を辿るイメージであり、積極的に使う気にはなりません。
笠間西−桜川筑西間の北関東道 |
しかも東北道に入ると程なく渋滞。上河内付近が先頭のおなじみの渋滞であり、さらに矢板付近でも若干の渋滞。規模的には通常の週末レベルと言えます。
渋滞を抜けると快適と言うか空いています。スカイラインへは通常なら二本松で降りるのが近いのですが、ちょっと回り道。磐梯山を愛でながらスカイラインへのR115を選択するべく磐越道の猪苗代磐梯高原ICで降りましたが、料金が一緒と言うのは大きいです。
スカイラインへの道中で早や雪が現れ、所々で子供のリクエストで雪遊びをしながらスカイラインに入ります。ここで1000円オーバーの通行料金と言うのは「1000円高速」で来ただけに割高感がどうしても拭えません。いろいろな体験と風景を考えるとお値打ちなんですが。
そしてスカイラインの「雪の回廊」へ。
名高い立山黒部アルペンルートの「雪の大谷」に比べるとたいしたことがないのでしょうが、道路の両脇に切り立った雪の壁と言うのは初めて見るだけに感動しました。
雪の回廊をゆく |
雪の回廊を抜けると程なく浄土平。吾妻小富士を控えたスポットで、ドライブインなどがあるスカイラインの中枢です。
昼食を摂り、吾妻小富士に登り、一面の雪原に、活火山で硫黄の匂いが立ち込め、噴煙があちこちから上がる山々という「奇景」にしばし見入ると既に夕方前。アプローチの時間はかかりましたが、思ったよりも長く楽しめました。
帰路は福島方面に下ることとして、土湯温泉の露天風呂でくつろいでから福島西ICへ。
帰りは矢板付近での渋滞があることから磐越道経由として、常磐道から圏央道と辿って帰りましたが、こちらは渋滞もなく順調でした、
時間とガソリン代はかかりましたが、高速料金が片道6000円程度のところが1000円と、「1000円高速」ならではのメリットを享受した一日でした。
●ケース2・広島への帰省
通常の休日レベルだと「こんなもんか」の世界でしたが、GWや旧盆帰省、さらにはこの秋の連休「シルバーウィーク」はさすがに大渋滞となりました。ただ、それとて往年のピーク時と比べれば同水準かそれ以下といっていいレベルです。
とはいえ新線開通や車線拡幅などの対策が進行した現在ではそうなること自体が許されないのかもしれませんが。
そしてこの夏、広島県下の実家への帰省をどうするか、と考えました。
「1000円高速」による大渋滞が喧伝される中、今回は公共交通機関にするかをまず考えましたが、航空機で一番安い便を使っても親子4人、往復で12万円、新幹線でも11万円です。航空機は新幹線との競合区間なので特割が旧盆期間にも設定されているのが救いですが、もし特割がなければ20万円となるわけで、遠隔地に実家がある人が、数年に一度しか帰省しない、と言う話を聞くのも頷けます。
一方でクルマはガソリン代を入れても2万円強。「1000円高速」導入前の深夜5割引でも3万円程度と比較するのも馬鹿らしい水準です。
だいたい、「定価」でも5万円程度ですからそもそも金額的には全然違うわけで、ドアtoドアで7〜8時間の短縮にこれだけの差額をかけるのか、と言う話になります。
しかも今年は家族の日程が合わず、8月13日出発、16日帰着というまさにピーク中のピークの往復が確定しており、途方もない事態、と言うより想像がつかない状態であり、大渋滞に加え、不慣れなサンドラの大量流入による事故のリスクを大いに懸念したのですが、結局はコストに負けてクルマにしたのです。
その様子はルポとして
別稿
に仕立てましたのでそちらをご覧頂くとして、静岡県内の大地震による東名の崩落、通行止も絡み、事態が激変した状態ではありますが、最ピークの移動とは思えないレベルの混み具合に終わったといえます。
●ケース3・清里へのレジャー
これまでの利用はなんだかんだと言っても常磐道方面を活用して渋滞を上手に回避してきたわけです。
旧盆帰省時は東名を使いましたが、これも裾野付近まで6車線化が完了しており、容量に余裕がある中での交通量増加ですから、それほど酷くはなかったわけです。
しかし、この秋の3連休に清里、八ヶ岳方面に久々に友人と出かけることになりました。
目的地がこのエリアだと素直に考えたら中央道です。しかしただでさえ6車線化が上野原−大月だけで輸送力増強が追いつかない中央道は、日頃から小仏トンネル付近を中心に激しく渋滞するわけで、そこに「1000円高速」が加わり、各方面の週末の渋滞の中でも中央道の渋滞は群を抜いた感じと言われています。
そのため経路選択に頭を悩ました揚句、関越、上信越道経由で佐久ICから南下することとして、友人と関越道のPAで待ち合わせたのですが、中央道の渋滞は午前中こそ目立ったものの、早くも昼頃には解消に向かい、関越道で見た情報では中央道は既に渋滞解消。悪いことに関越道は事故渋滞と肩透かしどころか裏目に出ました。
この3連休は人出が少なかったかと言うとそうでもなく、清里などの観光地はクルマでそこそこ混み合っていたわけですが、それでも往時に比べると少ないわけで、国内観光需要低迷の深刻さがうかがえます。
清里・萌木の村 |
その中道は3連休の最終日の帰路に利用しましたが、渋滞を避ける目的もあってお昼前に長坂ICから入ったのに、午後早い時間から上野原IC手前の鶴川大橋付近から渋滞です。
毎度おなじみの小仏トンネル先頭の渋滞ですが、同時間帯、上信越道から関越道経由だと渋滞知らずだったわけで、往復とも経路選択を失敗した格好になりました。
小仏へ続く長い渋滞(鶴川大橋) |
もともと渋滞に対する備えが薄い中央道の場合は、渋滞が激化しやすいことは確かであり、前述の通り地方におけるボトルネック箇所が顕在化したように、道路整備の立ち遅れがあるとこの手の政策がマイナスに働くという実証になっていると言えます。
ただし、その規模は「過去に例が無い」というものでもないわけで、需要喚起、景気対策と言う観点で見た場合、その「副作用」を大目に見ると言う選択肢も十分考えるべきでしょう。
◆「1000円高速」の講評
●高まる批判
さすがに「1000円高速」が意味が無い、誰も使わない、と言うような批判は、利用の増大が明白になると共に姿を消しましたが、代わりに日増しに大きくなっているのが「環境に悪い」「公共交通機関に悪影響」というものです。
最初に言ってしまえば、これらの批判は正しいです。そうした弊害が明らかに発生しています。
そういうデメリットをもたらすことが最初から見えていたわけで、それが予想通りの形で実現しているのです。
しかし、そもそも「1000円高速」とはどういう目的で実施されている政策でしょうか。
そして、政府はその目的を優先しているわけであり、それによる「影響」を甘受する姿勢なのです。
交通量が増え、渋滞が激化し、競合交通機関に影響が出ると言うことは、それだけこの政策の効果が出ていることにほかなりません。また住民が出かけてしまうことで地元の商業施設が空いている、ということも政策の効果の裏返しです。
つまり、効果が出ているから、副作用も目立ってきたと言うことです。
もちろん副作用を無視していいものではないですが、副作用を恐れるがあまり、効果を捨ててしまうというのも本末転倒であり、効果を十分に享受できる範囲で、副作用を低減することを考えるべきです。
別稿
でも指摘しましたが2009年の年末はまさに「副作用」である物流への影響を配慮して、12月最終週の土日への適用を見送り(平日扱い)としましたが、それによる効果の減殺はどう出るのか。年末の適用が一切ないという今回の対応がこの施策の目的と照らし合わせて適切なのか、よく考えるべきでしょう。
●効果はあったのか
地方の観光地には多くの観光客が詰め掛けているのに、効果が無いとする見方、批判もあるわけです。
平日の観光客が減少しているからトータルでは、と言う類の話ですが、そもそも平休日の観光客の比率はどちらに偏っていたのでしょうか。休日が多ければ、それが増加するのですから、平日の減少を補って余りあるはずですし、平日が多いとなると、どちらかと言うと平日にも動きやすい年齢層、つまり「1000円高速」と無縁である団体客に依存した観光地であり、「1000円高速」で休日の観光に移行したと言うよりも、「1000円高速」の影響よりも、まず景気後退による需要減少を疑うべきでしょう。
この手の「減少」において気をつけたいのは、「前年同期比」のなかには、「1000円高速」効果と景気後退、さらに付け加えれば新型インフルエンザによる影響がネットされているということです。まず景気後退などによる需要減少がありきと考えられるケースが多く、「1000円高速」による効果でどれだけ戻せたかと言うことです。
定性的な評価として効果を確信できるのは、各地の賑わいもありますが、特に首都圏において大都市近郊区間に属する箇所での渋滞も激化していることです。
つまり、「1000円高速」で高速料金の負担コストに差がなくなったことで、近場の観光地化から遠方の観光地にスイッチしただけ、という評価に対し、総ての観光地へのアプローチとなる根元区間での交通量が増加したと言うことは、近場と遠方のトータルで見ても増加している証左にほかならないからです。
景気後退で新しいライフスタイルとして「巣ごもり」が脚光を浴びていますが、そうした経済を強く押し下げる方向に働く動きをどう食い止めるか。特にレジャーなど娯楽分野においては、これまで定番と思われていたことが何かのきっかけで下火になり、それが新しい「定番」になってしまうことがあるわけで、「巣ごもり」の流行は旅行などのレジャーに時間やお金を割いていたことを「過去のもの」にしてしまう危険性をはらんでいると言えます。
そう考えたとき、「1000円高速」は一定の効果を挙げているわけで、
明治安田生命が夏のレジャーに関する意識調査を行った結果
で「帰省」が急増し、かつ「自宅でゆっくり」が減少し、他のレジャーとの差し繰りとは認められなかったことから、「巣ごもり」を食い止めた、「巣」から引き出した、と言う効果が認められるのです。
さらに効果の算定において気になるのは、当初の目的である経済効果の評価が抜けているものが目に付くこと。
最近も公共交通機関の減少等を加味すると効果は限定的という論文がありましたが、その効果算定に経済効果が入っていないことへの批判もまた多かったです。
今回の政策を評価する際には、その目的の達成度を評価しないと話になりません。それを欠いて、通行料金の軽減と言った直接効果だけを評価したり、逆にデメリットは厚巻きに積み上げて効果を否定することは、そもそも結論ありきの議論と言えます。
そのパーツごとの数字は全く正しいが、積み上げ方が公平を欠くケースは、最近この手の議論でよく目にする「手法」であり、気をつけたいところです。
●公共交通機関への影響をどう見るか
環境への悪影響は直接的な被害や影響を与えることも無いので、割り切ることも可能ですが、公共交通機関は悩ましいです。
国によるダンピングに対して競争しろと言うのも無理ですし、フェアでないことは確かです。しかも「1000円高速」は2年間の期間限定ですから、その間に公共交通機関が耐えかねて退場した場合、通行料金が元に戻った時に、「そして誰もいなくなった」状態に陥ります。
そういう意味では公共交通機関をこの2年間は支える必要はあります。
しかし、現状を見ると、「1000円高速」の影響と言うよりも、主因は景気後退ではないか、と言うケースが目に付きます。
上記の観光地における効果への「疑問」と同様、景気後退、さらに付け加えれば新型インフルエンザによる影響がネットされているはずなのに、「1000円高速」だけをやり玉に挙げるのは分析としてフェアでありません。
さらに言えばフェリーの場合、主たる顧客はトラックであり、普通車、軽自動車限定の「1000円高速」とは関係ないのに、減収の原因が「1000円高速」というのはどうなんでしょうか。燃料油の高騰、景気後退と構造的な危機が続く中、「政策による影響」を主張することで何らかの救済を引き出したいのかもしれませんが、因果関係に疑いがある部分まで影響とするのはいかがなものでしょうか。
そして景気後退による需要減少に対し、十分な対策を採っていなかったとしか言いようの無いケースもあるわけで、鉄道や高速バスへの影響も大きいですが、こちらは十分な対策を取っているのか、というと微妙なケースも多く、残念ながら単純に「官製ダンピング」の犠牲者として無条件に保護すべきとはいえません。
特に高速バスはツアーバスも絡んだ安売り合戦で疲弊しているだけに価格競争力で目立った施策を打ち出せないこともあり、手詰まり感が出ているのですが、「1000円高速」以前から対応している九州地区の共通パス「SUNQパス」のような業界挙げての対応となると立ち遅れ感が強く、12月から東北地方で「東北おとくパス」の社会実験が始まったのが目立つ程度です。
こちらは高速道路と言うまさに「同じ土俵」でクルマと勝負しているだけに条件が厳しいのですが、一方で他の交通機関に対しては高速道路の利便性や価格優位性を武器に競争、圧倒してきた経緯があるだけに、旗色が悪くなったときだけ料金などの施策を目の敵にすることには若干の違和感も感じます。
ちなみに環境にやさしい公共交通機関こそ「ダンピング」すべきと言う声もありますが、目的が環境ではなく景気である以上、公共交通機関を支援したところで、同じ税金投入で「1000円高速」ほどの効果が得られたかどうか。
客を奪われてと言いながら抜本的な対策が見られない「業界」が、「1000円高速」のようなインパクトのある施策を打ち出せたかどうか疑問であり、目的を重視すれば、中途半端な結果に終わる危険性が高かったと言えます。
●フェリーは本当に犠牲者か
今回の「官製ダンピング」により価格の裁定が崩れたわけですが、一方でこれまで価格の裁定が成立し、競合交通機関が存在できた前提そのものが「いびつ」だったケースもあるわけで、そうした「いびつな前提」で成立していた公共交通機関への配慮も必要なのか、と言う疑問もあるのです。
端的に言うと、フェリー会社からの批判がそれに該当するわけです。
離島航路はさすがに「生活の足」ですが、本四架橋をはじめとして、本来は橋が架かれば航路はお役御免になります。
ところが建設費を通行料金で償還することになった本四架橋やアクアラインは、償還のために通行料金をかなり高額に設定せざるを得ませんでした。
このため、1年365日24時間通行出来る橋に対して、時間も遅く本数に縛られるフェリーが価格的優位性を持つことになり、競争力を維持するどころか、橋の経営を圧迫していたわけです。逆に本四架橋でも初期の開通で比較的通行料金が安く設定されている大鳴門橋の場合、並行する福良−鳴門の航路は競争力が無いため全廃されています。
船では覚束ないから橋を架けてほしいと言う要望に応えたのに、その船が橋の償還の邪魔をすると言うのは、架橋の意義を根本から否定する話であり、船も橋も残してほしいと言うのも「贅沢」な話です。
そもそも橋の開通で航路が撤退するのは当たり前の話であり、その際には船会社の廃転業に対する補助が行われており、本四架橋においても例外ではなかったのです。
下蒲刈島・見戸代港(交差点右手) 後方の安芸灘大橋開通で本土との航路は全廃。 |
そういった過去の経緯を考えると、通行料金の高止まりを奇貨として経営が継続できていた状態を正常として、路線維持のための補助を行うことが妥当なのかどうか。ついでに言えば今回苦境に陥った航路の中には、通行料金が高いことを幸い、航送料金を相当割高に設定していて利用者から少なからぬ不満の声が常々上がっていた航路もあります。
もちろん地元や利用者が必要と認めてフェリーを支えることまでは否定しませんが、少なくとも国費で支える必要性までは疑いがあります。
もちろんこうした橋を必要とするくらいの「ドル箱」航路により離島の生活航路を維持してきたと言う建前もあるのでしょうが、その内部補填の原資と、フェリーと橋が競合することで発生した橋のコストを比較したらどうでしょうか。本四公団は道路特定財源の直接投入(厳密には建前上は一般財源である自動車重量税)で累積赤字を解消して民営化しましたが、もし並行航路による圧迫がなければ、その実に1兆4000億円に上る費用はそこまで発生しなかったでしょうし、民営化後の料金水準も社会実験レベル以下に下がっていたかもしれません。
そしてその費用見合いの金額で離島航路を補助するのとどちらが効率的だったのか。そこまで考えるとどうでしょうか。
広島−呉−松山航路(呉港) |
もう一つ、長距離フェリーへの対応が悩ましいですが、これらも本四架橋や山陽道などの高速道の未整備で成立していた面が大きいわけで、こうした道路交通の整備により代替されていく運命であることは確かです。
その前提において、高速代や燃料費との裁定で成立していた微妙なバランスが崩れた事をどう評価するのか。RORO船のように人件費の削減などによる裁定まで成立しなくなるとは思えませんが、単なるフェリーはやはり厳しいと言うことを認識すべきでしょう。
●鉄道の対応はどうなのか
一方鉄道も相当苦しいようにも見えます。
JR四国は一般列車の編成短縮に踏み切るなど、地方路線の比率が高い会社はかなり厳しい状況にあります。
しかし、JRは基本的に民営化の際に不採算路線の廃止を済ませており、大都市部の通勤輸送と都市間輸送からの収益、つまりもっぱら平日の収入に頼る構造改革をすでに実施していることから今回の「1000円高速」は必ずしも各社の経営の屋台骨に直接影響を及ぼしていないといえます。
そのため、各社の対応には非常に温度差があるわけで、JR西日本、四国、九州が早々と「西日本パス」を発売して、特にクルマに流れそうな2人以上の利用に対して大幅に割り引くことでアピールしていますが、JR東海はほとんど音なし、JR東日本も「ツーデーパス」を発売しましたが、東京を中心とした中距離圏を2日連続で普通列車に乗り放題と言う、普通の家族連れ、つまり「非鉄」の人には非常に使いづらい商品を目玉にしているあたり、ある程度の割り切りが見て取れました。
西日本パス |
今回明らかなのは、「1000円高速」の利用者はコストを重視しており、時間的優位性をあまり気にしていないということ。
ところがそうした層にアピールする商品が並んでいるとは必ずしも言いがたい状況です。
クルマに寝泊りをしてまで遠方に出かける人々に対抗するのは難しい、とは言いながらも、JRには青春18きっぷと言うコスト重視でかつ知名度もある人気商品があるわけで、例えばこの商品を「1000円高速」の実施期間は、通常の土日も通用させる(ただし発行後2ヶ月と言った有効期間を設ける)事で有効な対策になりえるのですが、現実は特に動かないばかりか、JR西日本は夜行快速の運行を中止するなど、この商品による「反撃」は全く考えていないようです。
実際には在来線を中心に特急列車の利用に影響が出ているわけですが、極端な安売りをするくらいなら減少に甘んじると言うスタンスであり、同様に普通列車の利用を促進する気も無いという感じから伺えるのは、メディアでの「1000円高速」批判とは裏腹に、客を選ぶ余裕が当初はありありとしていました。
しかしここにきて景気の二番底と言うか底割れが現実味を帯びてきただけに、利用の減退が深刻化したのか、JR東海もエクスプレス予約会員用とはいえ大幅な割引となる「EXお出かけ割引」を発売しましたし、JR東日本も「お正月は列車でふるさとへ」キャンペーンの展開とともに、最近では異例の乗車券タイプの割引商品である「ふるさと行きの乗車券」を発売するなど、「1000円高速」対応と言うより自身の需要喚起に本腰を入れて取り組んでいるようです。
ふるさと行きの乗車券 |
●「高速道路無料化」の急浮上
さて、2009年8月の総選挙で民主党は圧倒的勝利を収め、参院との関係もあり社民、国民新との連立内閣が成立しました。
民主党が選挙戦を戦うにあたり提示したマニフェストには「高速道路の原則無料化」があり、政権交代が実現した今、選挙公約である「高速道路の原則無料化」をどう実現させるのかに注目が集まっています。
これは「子ども手当て」と並んで実はあまり支持が高くない政策ですが、政権公約に掲げた以上、その実現に邁進すべきであり、それが不可能であれば、「公約違反」の責に任ずべき問題です。
もともと民主党が掲げてきた政策ですが、総選挙の政策論争における財源論の中で「原則」の中身が明らかになった経緯があり、それまでは「原則」の部分をネグった形で喧伝されていた傾向が否めないだけに、首都高などの都市高速、さらに東名などの幹線や渋滞区間は除外するという「原則」の中身が判明したとき、公約違反の批判に耐えられるのか。些細な差異に対して公約違反を問うてきた民主党ですから、ここはきちんと筋を通すべきでしょう。
「1000円高速」に対しての「無料化」ですが、ETC限定、普通車限定の「1000円高速」に対し、総てのクルマが対象ということでさらにインパクトがあるわけで、「良くない政策」と評価していても、実際には「安ければ歓迎」として支持している可能性も高いです。
実際、麻生政権の「定額給付金」に対する批判は強かったですが、だからといって定額給付金を受け取らないと言う矜持を持った人はほとんどいなかったわけですし。
●「無料化」と「1000円高速」の決定的な違い
同じような「値下げ」ですが、その意義、効果には決定的な違いがあります。
そしてその違いを考えたとき、経済に与える影響は全く正反対なのです。
「1000円高速」は、「巣ごもり」に代表される消費行動から、外出して地方で金を使うように仕向ける「経済刺激策」です。もちろん今まで休日にクルマで出かけていた層にとっては値下げですが、期待されるのは今まで使っていなかった、もしくは最近使うのを諦めた層の利用です。
一方の「無料化」ですが、確かにこちらも経済刺激策と言う面はあります。今まで使っていなかった、もしくは最近使うのを諦めた層の利用もより安くなることでさらに期待できます。
しかも、あらゆる利用を無料化することにより、休日のお出かけ需要だけでなく、業務用の流動などあらゆる流動も値下げになります。
一見バラ色のようですが、果たしてそうか。
高速料金が安くなって(無料になって)得ることになる経済的利益がどう再配分されるかを考えると、「1000円高速」と「無料化」では真逆の効果になるのです。
「1000円高速」は受益者が普通車(軽自動車)に限定されていることから、経済的利益は基本的に家計に入ります。もちろん貯蓄に回る部分も多いでしょうが、別の消費に回り、経済を活性化する方向に回ると見るのが妥当です。
しかし「無料化」の場合は、業務用自動車の受益部分が大きいわけです。ここでの経済的利益は企業にいったん入りますが、原価が安くなることはすなわち利益の増大よりも、顧客からの値下げ圧力につながるわけです。特に企業努力ではない一種のガラス張りの原価低減ですから、顧客も簡単にその経済的利益の還元を主張できます。
結局それは回りまわって最終消費者の購入価格が下がるところに行き着くわけで、従業員への分配率向上によるプラスの経済的利益となって家計に還元されるのではなく、購入価格が下がることによるマイナスの経済的利益になって家計に還元されることになります。
要はデフレを促進するだけであり、経済は決して刺激されません。
直近のデフレが何をもたらしたのかを考えたとき、更なる生活破壊の進行につながる懸念が高まります。
●さらに言えば「悪いとこどり」
さらに言えば、環境問題、公共交通機関への影響については「1000円高速」も「無料化」も同じベクトルであり、「1000円」の分だけ「無料化」のほうが影響が大きいのです。
そのうえあらゆる利用に対して開放することにより、本来分離すべき中長距離流動と近距離流動が同じ高速道路に集中する(線形がよく、短絡しているケースが多いのだから当然そうした「チョイのり」が増える)ことで、速達性を著しく損います。(無料高規格道の名阪国道の伊賀市内で現在も見られる)
また、有料であることでアクセスをためらっていた層というものが存在しなくなるフリーアクセス状態だと、治安面を中心とした問題もまた発生します。「1000円高速」による利用者の増加とともに、SAやPAでの仮眠が「ブーム」にもなっていますが、それが可能なほどの治安の良さが担保できるのか。「走りやすい環境」が開放されることで暴走族などの進出も容易に想像されますし、そうしたリスクが相対的に高い一般道路の場合、道の駅や国道沿いのパーキングスペースでの仮眠は大型トラックを除けばほとんど見られない現実が高速道路にも展開される危険性があります。
キャンピングカーなどで寝泊まりも(常磐道・中郷SA) |
ただこのあたりは最近急増している無料の地域高規格道の実態によっては、杞憂に終わる可能性もありますが、現状そういった道路が人口がそれなりにいる地方都市圏には少ないうえに、暫定2車線といった「走りにくい」環境であることも多いだけに、実例として参考になるかは微妙です。
そして事故のリスクもまた指摘できるところですが、その利用者は高速料金を負担している、しかもその大半がETCを利用しているという現状からは、クレジットカードの与信を持てる層ということであり、そうした経済的地位があれば、不幸にも加害者になった場合でも任意保険などによる賠償能力が期待できるわけです。
そしてETCの普及率と利用率のギャップを考えると、フリーアクセスとなった場合は確実に非ETC車、つまりクレジットカードの与信があるかどうかが定かでない層の流入が増えるわけで、これは事故発生時の賠償負担能力という観点でもリスクを増大させる方向に働きます。
衝撃力は速度の二乗に比例することから、事故発生時に重大事故になる確率が高い高速道路においては、より高い賠償負担能力が求められてもおかしくないのに、逆方向に働くのは問題です。
こうした問題点を見るにつけ、これでは悪いとこ取りではないでしょうか。
●「劇薬」としての処方なのか
以前この論点について論じたとき、「値下げ」が当たり前になったときの弊害を指摘し、期間を限定して速やかに元に戻すべきと指摘しました。足下の経済情勢は2年と言う当初設定の期間が過ぎたときの「値上げ」が許容されるか微妙であり、政治日程次第ではポピュリズムに流されて値上げの「延期」もあるかもしれません。
しかし、この「劇薬」には効果もあるが、様々な諸問題と言う副作用もあるわけで、景気動向もあるでしょうが、いったんは期限が来たらいかなる事情があってもいったん中止することが必要です。
一方でフェリーについての論点で取り上げましたが、これまで通行料金の設定により価格の裁定が成立し、競合交通機関が存在できた前提そのものが「いびつ」だったケースもあるわけで、今回の「官製ダンピング」は異常事態ではなく正常化という見方もできるわけです。
そうなると、足元の公共交通機関というものは、そうした「いびつな前提」で成立し、かつその内部補填で路線網が維持されてきたということもできるのです。
本当に必要な交通機関は維持確保しないといけませんが、その「ビジネスモデル」を成立させるために「通行料金の徴収」が不可欠というのではこれは本末転倒ではないでしょうか。
そもそも道路は原則無料と言う建前であり、建設費償還までの特例としての通行料徴収と言う建て付けである以上、道路走行が総て無料になると言う日を必ず想定する必要があります。
もちろん微妙なバランスを敢えて崩すこともないと言われそうですが、実は白紙の立場で考え直すべき時期に来ているのかもしれません。
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |