このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

イタリア40 パンテオン編

  ナヴォーナ広場 から東に向かって数分歩くと、パンテオンだ。パンテオンの前も広場になっており、オベリスクが立っている。

パンテオン

 パンテオンの歴史は古い。唯一完全に残るローマ時代の建物だ。
 最初に建てたのは、アウグストゥスの右腕であったアグリッパである。アグリッパは「サエプタ・ユリア」を完成させ、選挙の時期には会場、それ以外の時は市民の憩いの場となった。その西側に建てた神殿が、パンテオンである。紀元前27年頃といわれている。
 正面左側が補修工事をしていたのでやや見にくいが、左下の写真を見ると、柱の上に文字が書いてあるのがお分かりいただけると思う。これは「M.AGRIPPA.L.F.COS.TERTIUM.FECIT」と書かれており、 WIKIPEDIA によれば「Marcus Agrippa, son of Lucius, having been consul three times, built it. (マルクス・アグリッパ、ルキウスの息子、三度目の執政官職にて建造)」という意味だそうだ。
 パンテオンは建造後何度か火災に遭い、西暦126年にハドリアヌス帝が再建した。
 その後、609年よりカトリックの教会として使われた。

パンテオンオベリスク


やや左から

 うまく写真で撮れないのだが、パンテオンの内部は直径43.3メートルの球で出来ている。床から天井までの高さが43.3メートルで、床の直径も43.3メートルである。天井を見上げると、真中に直径9メートルの天窓があって、そこから青い空が見え、日が差し込む。
 この球で屋根を作る構造にヒントを得て、ブルネレスキはフィレンツェの ドゥオーモ を建設したという説もあるそうだ。

天井内部

 歴史があり、当時の建築技術の高さを感じさせる建物ではあるものの、特に何か展示されているということはなく、観光時間は短かった。この後昼食を取った。



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