TOYOHASHI SHIDEN
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

雨の柳生橋終点

柳生橋支線
 柳生橋支線は、市電開通の頃渥美半島への足として

敷設された渥美電鉄線と終点の柳生橋で連絡するため

に計画された。市内線の札木、八町、東田方面に出向

く人や沿線にあった豊橋中学を予想した。戦後は都市

計画にそって、本線が広小路経由から駅大通り経由に

変更になるまでは、神明町で本線に連絡していたが、

本線の移設や複線化に伴い支線は新川——柳生橋間、

0.9kmに短縮された。途中の中柴停留場に電車の行違

い線路があり、常時2両が両端の停留場を同時に発車

してはここですれちがっていた。

 しかし、マイカー進出による利用客減少のため、昭

和35年12月8日からワンマンカーによる運行を開始し

た。当時路面電車のワンマン化は名古屋、岡山につい

で全国三番目のものだった。主力をなしていた500形

16両のうち3両をZパンダに取り替え、伝声管を備え

たワンマンカーに改造した。かくして懐しい車掌の声

とハサミの音は消えて行った。17年後の昭和51年3月

7日柳生橋線は廃線となった。


NEXT
伊奈彦定のイラストでつづる車両たち | 豊橋鉄道市内線の軌道変遷略図 | 伊奈 彦定

HOME


とよはし市電を愛する会
www.toyohasisiden.com

とよはし市電を愛する会
© 1997 Hikosada Ina and Amita Internet. All rights reserved.
Republication and redissemination is expressly prohibited without
the prior written consent of the author and artist, Hikosada Ina.
Copyright 2008-2009 Toyohashi Shiden wo Aisurukai , Kazuhiko NAKANO & Kaz Laboratory All Rights reserved.

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください