このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
石田波郷
『江東歳時記』を歩く
柴又帝釈天門前
草餅やをぐらき方の煙草の火
葛飾区柴又に
帝釈天
がある。
帝釈堂
昭和32年(1957年)、石田波郷は柴又帝釈天に参詣している。
草餅やをぐらき方の煙草の火
二十五年程前に帝釈天に参詣したことがある。
草餅や帝釈天へ茶屋櫛比 秋桜子
の句にひかれて行ったのであるが、全く句の通りであった。戦災で焼けたわけでもないのに今日参道の茶屋は数うるに足りない。一昨年(昭和三十年)帝釈天こと経栄山題経寺は大鐘楼堂を建立した。しかし江戸末期の庚申待の信仰が次第に失われてきた今日、かつての宵庚申殷賑は懐古趣味の夢であろう。櫛比した茶屋も、一つ欠け二つ欠け、改廃業してしまったものらしい。
かわらないのは草団子の素朴な匂いと味である。彼岸にはともかく一年中使う蓬はどこから補充してくるのか。
「房州ですよ。房州の山と山の間の日だまりには寒中でも蓬がとれます。昔からそうですよ」
亀家の主人は何の不思議もない顔で答える。
「今日だって朝からこうしてちぎりどおしですがね。初庚申や花見時には四人がかりでも休むひまがありません」
草餅のかたまりよ片手に絶えずぬらしながら、団子にちぎっては並べちぎっては並べ、店頭の老人は少しも手を休めない。
秋桜子の句は
『葛飾』
に収録されている。
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