このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
芭蕉の句碑
花さかり山は日ころの朝ほらけ
加須市多門寺に愛宕神社がある。
多門寺の獅子舞は加須市指定無形文化財。
愛宕神社
愛宕神社に芭蕉の句碑があった。
花さかり山は日ころの朝ほらけ
出典は
『芭蕉庵小文庫』
。
貞亨5年(1688年)春、
『笈の小文』
の旅の折、吉野で詠まれた句。
明治24年(1891年)6月、建立。
東久世通禧書
東久世通禧
(ひがしくぜみちとみ)
は、幕末の朝廷で尊皇攘夷を唱え活躍した。文久3年(1863年)8月18日、文久の政変で京都から追放された7人の公卿のひとり。
明治45年(1912年)1月4日、歿。
芭蕉の句の下に許十の句が大きく刻まれている。
敷島ややまと心を花に退く
許十は鈴木氏。通称多宮、実名忠全。「
諸術の免許皆伝十種なりと桜を愛玩ありしに
」より一櫻居許十と号したそうだ。
文久2年(1862年)4月24日、50歳で卒す。
ちなみに
許六
は槍術・剣術・馬術・書道・絵画・俳諧の6芸に通じていたとして、芭蕉は「六」の字を与えたのだという。
久米幹文書
久米幹文
(くめもとぶみ)
は国学者。明治27年(1894年)、67歳で歿。
芭蕉の句碑
に戻る
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください