このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
芭蕉の句碑
世の人の見つけぬ花や軒の栗
横浜市戸塚区戸塚町に清源院という寺がある。
南向山清源院
浄土宗
の寺である。
元和6年(1620年)、
徳川家康
の側室於万の方が家康の菩提を弔うため、小石川
伝通院
白誉
(びゃくよ)
上人を請じて開山。
「清源院」は、於万の方の法号。
清源院境内右手に芭蕉の句碑があった。
栗といふ文字は西の木と書きて
西方に便ありと行基菩薩
一生杖にも柱にも此木を用玉ふとかや
世の人の見つけぬ花や軒の栗
元禄2年(1689年)4月24日(陽暦6月11日)、『奥の細道』の旅で須賀川の
可伸庵
を訪れて詠んだ句。
天保14年(1843年)盈稻舎味岡露繍建立と推定されるそうだ。
『諸国翁墳記』
に「
栗花塚 相模国鎌倉郡戸塚駅浄土宗清源院境内 味岡露繍建之
」とある。
碑の裏には盈稻舎露繍の句が刻まれているらしい。
無常迅速一心念佛
罌粟のはな風も吹ぬに散にけり
心中句碑というのもあった。
井にうかぶ番ひの果てや秋の蝶
当地の薬屋の息子清三郎と飯盛女ヤマが寺の井戸で心中したという。
文久3年(1863年)8月、句碑が建てられたそうだ。
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