このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

芭蕉の句碑


原中やものにもつかす啼雲雀

印西市の県道12号鎌ケ谷本埜線沿いに下井鳥見神社がある。


下井鳥見神社


下井鳥見神社の由来

 印西地方には、祭神、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)を奉祀する鳥見神社が、数多く鎮座する。当社の由緒は詳らかでないが、寛文年間(1661年代)に、埜原村長門屋字土手通りに、新田開発に伴って勧請されたといわれる。爾来、家業繁盛、家内安全の守護神として、広く崇敬されてきました。

 明治16年(1883年)本殿建替えの棟札が現存するが、平成17年(2005年)9月、本殿造替。

鳥居の左手に芭蕉の句碑があった。


原中やものにもつかす啼雲雀

出典は 『あつめ句』

貞亨4年(1687年)、芭蕉44歳の時の句。

『続虚栗』 (其角編)に収録されている。

 明治29年(1896年)4月、四世半香舎小池東水74歳の長寿を祝って稻穗連建立。

碑の裏に四世半香舎東水の句が刻まれている。

聞やうて淋しくもなし荻の聲

東水は 杉野東山 に書を学んでいる。

辺りに水田が広がる。


 印旛村萩原から長門川沿いに安食へ出る道路の途中、歌人吉植庄亮の生家近くに、長門屋地区の産土神鳥見神社の祠があり、その鳥居の左脇に芭蕉句碑が立つ。

『房総の芭蕉句碑』(井上脩之介著)

「歌人吉植庄亮の生家」 に立ち寄ってみた。

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