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私の旅日記2011年

示現寺〜瓜生岩子〜
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喜多方市熱塩加納町熱塩に示現寺という寺がある。


護法山示現寺


永和元年(1375年)、源翁禅師開山。

曹洞宗 の寺である。

石段の途中左手に芭蕉の句碑があった。


山中や菊はたおらぬ湯のにほひ

出典は『奥の細道』。

 元禄2年(1689年)7月27日、芭蕉は山中温泉を訪れ、8月6日まで 「和泉屋」 に逗留。

弘化2年(1845年)、六稚園社建立。

示現寺山門


明治39年(1906年)10月25日、河東碧梧桐は示現寺を訪れた。

温泉のほとりに護法山示現寺がある。源翁禅師の開山である。源翁の古事は謡曲殺生石で多くの人に知られておる。宝物というのは源翁に関した物ばかりで、殺生石面を打った藜(あかざ)の杖を始め、その硯、香炉、足駄等くさぐさあった。源翁の墓、その坐禅石というものも現存しておる。昔は御朱印寺であったが、今は境内堂宇悉く大破に及んでおる。

楼門の側の銀杏が、地を覆うて真黄に落葉していた。


山門を入ると左手に瓜生岩子の銅像があった。


瓜生岩子は明治時代の社会事業家である。

 文政12年(1829年)2月15日、耶麻郡熱塩村(現:喜多方市)の母りえの実家に生まれた。

今の熱塩温泉「山形屋」である。

   会津熱塩温泉即景

遊園に囲ひし山の芒かな


昭和7年(1932年)に建立されたが、戦争で供出される。

昭和30年(1955年)、再建された。

東京の浅草公園に瓜生岩子の銅像がある。慈善家として聞えておる。岩子はこの熱塩の温泉のほとりで生れた。その生れた家は旧体のまま存しておる。小さい白壁の蔵作りで、表は店つきである。店には香水やシャボンのビラが下っておった。その主人というのは、岩子の実子であるそうな。五十左右の年輩で、かつて見た浅草公園の銅像の横幅の広い顔を想起せしめた。


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