このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
『奥の細道』
〜東北〜
〜「芭蕉止宿の地」〜
JR仙石線本塩釜駅から塩竃海道を行き、鹽竈神社裏坂へ。
「芭蕉止宿の地」の碑があった。
芭蕉止宿の地
元禄2年5月8日(陽暦6月24日)午後2時頃、塩竈に着いた芭蕉は野田の玉川、
末の松山
などの歌枕を巡り帰った。「宿、治兵へ、法蓮寺門前。……」(曽良旅日記)とあり止宿したのはこの付近。隆盛をきわめた鹽竈神社別当法蓮寺は明治4年廃寺となった。
奥の細道紀行300年記念建立
塩竈市観光協会 塩竈市物産振興協会
翌5月9日(新暦6月25日)早朝、芭蕉は
鹽竈神社
に詣でた。
嘉永5年(1852年)3月18日、
吉田松陰
は法蓮寺 に登り、塩竃神社を参拝した。
十八日 朝微雨 已にして晴る。鹽竈の當別鈴木隼人を訪ふ。隼人吾れら二人を導きて法蓮寺に登る。地高敞にして松島を望むべし。寺に藩侯望む所の室あり。鹽竈明神の祠を拝す、是を陸奥一の宮と爲す。
『東北遊日記』
法蓮寺跡「勝画楼」入口に古い句碑があった。
妙なるや浪の華見る法蓮寺
「東都 瓢菴 午長」とある。
嘉永6年(1853年)4月、建立。
松島の
瑞巌寺
にも午長の句碑がある。
『奥の細道』
〜東北〜
に戻る
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください