このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
石田波郷
『江東歳時記』を歩く
向島百花園
青萩に風立ちやすし百花園
東武伊勢崎線東向島駅を降りる。
東向島は旧玉ノ井。永井荷風『墨東綺譚』の舞台である。
明治通りを越えると、
向島百花園
がある。
昭和32年(1957年)、石田波郷は向島百花園を訪れた。
久しぶりに百花園を訪ねた。昭和18年仲秋雨月、どしゃぶりでだれも来ない百花園芭蕉庵で友人2、3人と酒を飲んだ以来である。あの夜雨が上がった萩薄
(はぎすすき)
のくさむらに、園主の佐原さんが雪洞
(ぼんぼり)
をいくつも並べてくれた。なつかしい志だった。その芭蕉庵も、佐原さんも戦災で失われてしまった。私は雨月の宴後4、5日して大陸に召集され病む身となった。すでに穂の出はじめた薄やはしり咲の紅萩の見られる細道を歩いていると、歳月の思いしきりである。
『江東歳時記』(向島百花園)
昭和18年(1943年)9月末、石田波郷は千葉佐倉連隊に入隊。
留別
雁やのこるものみな美しき
「昭和18年9月23日召集令状来。雁のきのふの夕とわかちなし、夕映が昨日の如く美しかった。何もかも急に美しく眺められた。それら悉くを残してゆかねばならぬのであつた。」
「波郷百句自註」にこのように誌されている。この年、5月19日、長男修大
(のぶお)
が生れると、目黒の駒場会館から浦和市本太後原2145に引越した。瓦葺平屋建、今でいえば3DK小庭つきの手頃な借家で、北浦和駅から徒歩3分、松並木のつづく中山道を突切り、だらだら坂を降りた所で隣が桐畠、夏は一日中蛙と蝉の合唱、のどかな田園である。
石田あき子「波郷句鑑賞」
駒場会館は子どものいる人は住めない規則であった。したがって、子どもができると直ちに引越さねばならない。折よく、実家の借家が8件、北浦和にあり、1件だけまだ貸してなかった。おそらく母が、この日のためにあけてあいたのではないだろうか。母は何も言わず、実行する人だから……。
ここは北浦和の駅から、2、3分の所で、左側は桐畑、庭には桜や桃、梅、何本かの木も植えられ、粗末ながら、玄関、四畳半の応接間、居間、六畳に床の間と縁側がつき、風呂、お勝手と、庭もあり、中級サラリーマンにはちょうどよいくらいの所である。家賃37円也。駅からすぐの川越街道は、昔を偲ばせる古い松並木が遠くはるかにつづき、大名行列まで目の前にうかぶような、静かな古い町である。
石田あき子『夫
(つま)
帰り来よ』
さいたま市民局市民部市民総務課に問い合わせたところ、「浦和市本太後原2145」は現在のさいたま市浦和区元町1丁目14番であるということだった。さいたま市浦和区元町1丁目14番は「北浦和の駅から二、三分の所で」はないので、何かの間違いではないか。
夏涯やなほ穀象を篩ひつゝ
昭和18年夏北浦和に住んでゐた頃、その頃は米の配給は2合3勺、遅配などは絶対になかつた。町の食堂では尚外食券がなくても米飯を食はせた。勤先で夜の会合が多かつたり、友達と飲んだりで、家で確実に食ふのは朝飯だけといふ有様で、その上夏は食が進まない。従つて家では配給米が余つて仕方がなかつた。縁側に米を拡げて穀象の始末が大変だつた。(こんなことを書いてゐると夢のやうな気がする)
石田波郷『波郷句自解』
10月初め、華北に渡り山東省臨邑に駐留。
大陸に向ふ
出征つや疾風の如く稲雀
「三ヒメンコイ」佐倉連隊からの電報を受け取ると、いよいよ外地へ行くのだと胸の緊る思いで面会に行く準備をととのえる。
北支派遣軍衣第4294部隊出野隊より、華北に渡った夫から最初の軍事郵便が届いたのは、北浦和の秋もすっかり深まった頃であった。日本を離れる時の句に次のような句がある。
一夜根岸見習士官と別談、一茶七番日記其の他を贈らる
芋の秋七番日記読み得るや
石田あき子「波郷句鑑賞」
昭和19年(1944年)3月、左湿性胸膜炎を病み、野戦病院に入院。
春の鳩肩に頭に戦記かな
或日、上官に呼び出され
「石田、お前は鳩兵になれ」
ということで、3月には鳩兵として、華北の片田舎で通信用の鳩を飼って暮していたという。
石田あき子「波郷句鑑賞」
昭和20年(1945年)1月22日、博多に帰還。
内地上陸
よろめくや白衣に浴ぶる冬日さし
その足ですぐ別府に運ばれ、検疫をませて命令を待ち愈々東京に移されることとなった。
石田波郷『清瀬村』
向島百花園に入ると
芭蕉の句碑
が2つあった。
山上憶良の歌碑もあった。
秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花
萩の花尾花葛花瞿麦の花姫部志女郎花また藤袴朝貌の花
『万葉集』
(巻第八)収録の歌である。
向島百花園には
鈴木道彦の句碑
もある。
蝉が鳴いていた。
今年は猛暑で、蝉が多い。
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