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菊池寛 (きくち・かん) 1888〜1948。




勝負事  (青空文庫)
掌編。「勝負事は、身を滅ぼす基(もと)じゃから、真似でもしてはならんぞ」。小学校時代、家が貧乏のために、旅費が払えず、修学旅行に行けなかった私は、天性の賭博(ばくち)好きであった祖父のせいで、金持ちだった一家が一文なしになってしまったことを知る…。「今度も、わしが勝ちじゃぞ、ははははは」。改心したはずの祖父が人生最後にした勝負事とは? ほのぼのとしたちょっといい話。

心形問答  (網迫の電子テキスト乞校正@Wiki)
掌編。人に頼まれて書いた写経が、よこしまな態度で書いたとして皆から訴えられてしまった歌人のてん末や、よこしまな企てによって仏師に薬師如来を造らせた悪党の男のてん末を通して、どんな態度で写そうとも、どんな態度で造らせようとも、お経は、お経そのものが尊いのであり、仏像は、仏像そのものが尊いのであるということを説いた、とってもありがたいお話。ショートショートとして面白い。

真珠夫人  (青空文庫)
長編。
会社員・渥美信一郎が乗車した乗合自動車が事故を起こし、同乗していた大学生・青木淳が死亡してしまう。青木の手記を読んだ信一郎は、彼がある女性に純愛を弄(もてあそ)ばれ、心を傷つけられ、失意の中、死場所を求めて彷徨っていたことを知る。彼の死は、形は奇禍だが、心持ちは自殺だったのだ…。

「汝(なんじ)妖婦よ!」──。

成金の実業家・荘田勝平が主催する園遊会に顔を出した唐沢男爵の娘・瑠璃子とその恋人・直也(杉野子爵の息子)だが、勝平の金力を罵倒したため、勝平の恨みを買ってしまう。金力に物を言わせて、瑠璃子の父親・正徳を迫害していく勝平。唐沢家を守るため、瑠璃子は四十男の勝平とあえて結婚し、復讐する決心をするが…。

「妾(わたくし)、男性がしてもよいことは、女性がしてもよいと云うことを、男性に思い知らしてやりたいと思いますの。男性が平気で女性を弄ぶのなら、女性も平気で男性を弄び得ることを示してやりたいと思いますの。妾(わたくし)一身を賭して男性の暴虐と我儘とを懲(こら)してやりたいと思いますの。男性に弄ばれて、綿々の恨みを懐いている女性の生きた死骸のために復讐をしてやりたいと思いますの。本当に妾(わたくし)だって、生きた死骸のお仲間かも知れませんですもの」

群がる男性たちを翻弄し去る、真珠の如く美しき妖婦・瑠璃子。その本当の心、その本当の姿は?──。

ミステリー、復讐譚、三角関係などの要素を盛り込みながら展開される恋愛悲劇。大正時代に書かれた偉大なる通俗小説。昼ドラ人気で文庫本が復刻された珍しいパターン。ちなみに文春文庫版の解説は川端康成。

●瑠璃子のサロン(客間)に集まる男たちが交わす文学談義が面白い。明治時代第一の文豪は誰かという議論で、尾崎紅葉「金色夜叉」と、樋口一葉「たけくらべ」の対決! (森鴎外や夏目漱石の名前が全然出てこないところが何だが興味深い) 結局、「金色夜叉」は通俗小説で、「たけくらべ」は芸術小説という事で決着?

ゼラール中尉  (青空文庫)
掌編。ベルギー・リエージュにあるフレロン要塞の砲兵士官であるゼラール中尉。自分の意志を絶対に曲げない我執(がしゅう)な性格のため、深い交友が得られず、友人が一人もできない。せっかく新任のガスコアン大尉と仲良くなるも、葡萄酒の話で揉め、独軍がベルギーに侵入するかどうかで激しい議論となり、二人の仲はすっかり険悪になってしまう…。「時が証明するのを待とう」、「むろん! お互いにさ」──。最後まで“意地”につきまとわれたゼラール中尉の姿が、滑稽すぎて、哀れすぎて、立派すぎて、凄すぎる!!

船医の立場  (青空文庫)
短編。「夷人(いじん)の利器によって夷人を追い払うのだ」。アメリカへの密航を企てた青年武士・吉田寅二郎(松陰)と金子重輔は、下田に入港した黒船に命からがら乗り込む。副艦長・ゲビスは、二人の志望を容れるべきだと熱弁し、ペリー提督を感動させるが…。「私は船医の立場から、ただ一言申しておきたい」。正義人道Vs実際問題! 船医・ワトソンの苦悩を通して、感情論の良し悪しを描く。

忠直卿行状記  (青空文庫)
短編。大阪夏の陣で功名を挙げ、自分が誰よりも優秀な人間であると確信するに至った六十七万石の福井藩主・松平忠直(ただなお)は、槍術に秀れた家臣たちを集めた仕合で勝利し、有頂天になる。「以前ほど、勝をお譲り致すのに、骨が折れなくなったわ」。しかし、その勝利が実力ではなく忠義による偽りのものであったと知った時、忠直卿は…。「ならぬ! ならぬと申せば、しかと相ならぬぞ」。人間としての人情を味わったことのない暴君の孤独…。封建制度の不幸を描いた歴史時代小説の名編。 →林不忘「稲生播磨守」

父帰る  (青空文庫)
掌編。戯曲。不義理な借金をこさえ情婦を連れて出奔(しゅっぽん)した父・黒田宗太郎が、二十年ぶりに突然家に帰って来た。家族が温かく迎え入れる中、長男・賢一郎だけは強硬に反対する。すっかり落ちぶれ年老いた宗太郎は、仕方なく家を出て行くが…。「俺たちに父親(てておや)があるもんか、あればあんな苦労はしとりゃせん。俺に父親があるとしたら、それは俺の敵(かたき)じゃ」──。父親に積年の恨みをぶつける賢一郎だが、心の中では既に父親を許していたことが判るラストが感動的だ。

貞操問答  (青空文庫)
長編。没落した家族を支えるため、金持ちの前川家で家庭教師をする新子は、いつしか主人の準之助と純愛関係に。準之助の出資で銀座のバーのマダムになった新子だが、高慢な妻・綾子に感付かれてしまい…。「女学生のような恋愛」の行方は? 新子の妹・美和子の愛称はベビー・エロ(少女魅力)! サクサク読めちゃう通俗小説。

●『貞操問答』は、「真珠夫人」の成功で一躍流行作家となった菊池寛の通俗小説。
贅沢がやめられず、生活をかえりみない家族を支えるため、軽井沢に別荘を持つ前川家の家庭教師になった主人公の新子。しかし、高慢な夫人・綾子によって解雇されてしまう。
そのきっかけとなった「事件」がなかなか笑えます。「仕度」という字は、「支度」の方が正しいと新子が指摘したがために、綾子の怒りを買ってしまったのだ(笑)。

「私が教えた仕度という字、違っておりますの?」
「………」
「ああ書きますと、誰にも通じませんかしら……」
「いいえ、通じますわ。」
「そうでしょう。通じれば、それでいいじゃありませんか。」
「はあ。」
「言葉というものは、通用するということが、第一じゃありませんの。貴女は、英語の方は、お精(くわ)しいそうだからご存知でしょうが、保護者(パトロン)という字だって、本当に発音すれば、ペイトロンか、ペトロンでしょう。」
「はあ。」
「でも、パトロンはパトロンでいいじゃありませんか。もう、それは日本語なんですもの。それを知ったかぶりで直すのこそ、おかしいと思いになりません。それから、大統領のリンコルンだって、本当はリンカーンでしょう。でも、リンコルンというのも、それで何だか、昔風でなつかしくっていいじゃありませんか。」
「はあ!」
「日本の言葉にだって、間違ってそのまま通用している言葉が、沢山あるでしょう。殊に仕度という字なんか、十人の中で七、八人まで、仕度とかいていやしませんかしら。」
「はあ。」
「十二、三の子供の綴方に、仕度と書いてあったからといって、それを一々直すには及ばないと思いますが。」
「はあ。」
「些細な誤りを訂正して下さる利益と、親の云うことにも間違いがあるという観念を植えつける害悪と、差し引きが付くものでしょうかしら……」、「第一、貴女が私の家にお客に来ている若い男の人と、すぐ馴々しくなって、散歩にでたり……」

女としての悪徳である、嫉妬心、高慢、わがまま、邪推をさらけ出す綾子夫人でした…。

藤十郎の恋  (青空文庫)
短編。江戸歌舞伎の中村七三郎の人気と、自身の芸の行き詰まりに、烈しい焦燥と不安を覚えた上方の人気役者・坂田藤十郎。新しい役に挑戦することにした藤十郎は、近松門左衛門に脚本を書いてもらうが、役作りに苦悩する。芸のために、人妻・お梶(茶屋の女房)を口説く藤十郎だが…。「藤様、今仰(おっしゃ)った事は、皆本心かいな」──。“偽りの恋”の功罪を描いた時代小説の名作。

猫騒動異聞  (四国の山なみ)
短編。怪猫の祟りの噂で恐々としている佐賀藩の人々。飼っていた小鳥を、野良猫に殺された少年武士・小野半之丞は、弓で猫を射ち殺すが、それ以来、猫の声の幻聴に悩まされ、憔悴しきってしまう。叔父・伊東惣太に言われ、切腹を決心する半之丞だが…。「武士は死を覚悟しておれ。死を覚悟していれば、あらゆる迷いはないのじゃ」──。サムライ的ココロ構えのススメを描いて素晴らしい。

奉行と人相学  (青空文庫)
短編。旗本・山中左膳から人相学を教わった江戸町奉行・大岡越前守。「わたくしめは、変な性分で、裕福そうなお人を見ると、つい盗んでやりたくなります。貧乏なお人を見ると、ついくれてやりたくなります。もって生れた性分で、理屈もわけもございません」。陰徳の相にめでて、盗賊・長吉の罪を赦してやる越前だが…。長吉の義賊すぎる素敵なエピソードに涙。大岡裁きの真髄が味わえる感動作。
→浜尾四郎「殺された天一坊」 →林不忘「魔像 新版大岡政談」

弁財天の使  (網迫の電子テキスト乞校正@Wiki)
掌編。庭の池にお社を作るほど弁財天に対する信仰があつい豪商・住吉屋藤兵衛。不忍池の弁財天にもよくお参りしている藤兵衛は、不忍池で池浚(さら)いが行われると知り、心を痛める。そこへ弁財天の使者だという美女が現れて…。「他聞をはばかることでござりますゆえ、もう少し近うお寄り下さいませ」。岡本綺堂の伝奇小説っぽいなあと思いつつ読んでいると…。オチが楽しいショートショート。

報恩紙帳売  (四国の山なみ)
掌編。若党・新助と奥女中・琴の不義密通を知った彦根藩士・向坂次郎左衛門と妻・お滝は、二人を手打ちにせず、暇を出すが、そのために食禄を召し上げられてしまう。江戸で所帯を持った新助と琴は、次郎左衛門夫婦と再会するが…。「向坂様の奥方なら、どうぞお名乗り下さいませ。貴女様御夫婦から大恩を受けました若党の新助でございます」。北町奉行・能勢肥後守の裁きが実に素晴らしい。

謀略  (四国の山なみ)
掌編。「困ったのう」。龍口山の城主・最所治部が毛利方に寝返ったと知り、頭を悩ませる備前の浮田直家。「これは奇怪な、賭け碁に待てはござりませぬ」、「いや、待てと申すに!」、「なりませぬ」、「待て」、「御卑怯な」、「何を」。囲碁の勝負ですっかり直家を怒らせてしまった腹心・岡郷介は、やむなく直家の許を出奔するが…。戦国武将・宇喜多直家の家臣・岡剛介の武勇伝を描いた時代小説。
→国枝史郎「郷介法師」

身投げ救助業  (青空文庫)
掌編。自殺者の絶えない琵琶湖疎水のほとりに住む老婆。「私でも、これで人さんの命をよっぼど助けているさかえ、極楽へ行かれますわ」。長い竿を差し出して、数多くの投身者を助けてきた老婆だが、助けてやった人たちがまったくお礼を言って来ないことに不満を抱く…。「折角命を助けてやったのに、薄情な人だなあ」──。自分が当事者になった時、気づかされることとは? ブラック・ユーモア。

無名作家の日記  (青空文庫)
短編。作家としての天分に恵まれた友人・山野(芥川龍之介)たちの不快な圧迫から逃れるため、京都へやって来た文科大学生・富井(菊池寛)。自分を除け者にして同人雑誌「×××」を出版する山野に、嫉妬・反感・孤独・不安・焦燥を感じる。一躍して文壇に認められ、すっかり流行作家になった山野の好意で、同人雑誌に作品を発表するチャンスを得た富井だが…。「俺は山野より天分が劣っていることを自覚しながら、なお山野の出世を呪っているのだ」──。天才・山野に対する負け犬の遠吠えを描いて面白すぎる。傑作。

無憂華夫人  (網迫の電子テキスト新着情報)
長編。親族同士でありながら、維新の時の旧怨を引きずり、懇親を結べないでいる康為侯爵と康正伯爵。恋に落ちた康為の妹・絢子と康正の弟・康貞だが、頑固な旧臣達の反対で縁談は破談になってしまう。「僕は、貴女以外の女性とは、絶対結婚しません。つまり、僕は生涯独身を続けようと思います」、「まあ! 私も、そういたしますわ」。しかし絢子は義姉の弟・芳徳との結婚を余儀なくされ…。華族ならではの恋愛悲劇を描いた通俗小説。

●『無憂華夫人』は、典型的なメロドラマの乗りで描く悲恋小説。菊池寛版「ロミオとジュリエット」といったところ。 渡欧した康貞のことを想い続ける絢子は、芳徳との結婚生活が嫌で嫌で堪らない。その辺の件(くだり)が楽しい。

 絢子は、旅行中読む本として、「万葉集」と「樋口一葉全集」をトランクの中に入れて来た。芳徳は、黒岩涙香の探偵小説はまだいいが、押川春浪の冒険譚を幾冊も入れて来た。「万葉集」と冒険譚とでは、どうしても話の合いようがなかった。
 伊香保に着いたのは、一時過ぎであった。少し遅い昼食をたべてから、二人は散歩に出た。
 伊香保の裏山を歩いた。絢子は、その頃急に有名になりかかっていた徳富蘆花の「不如帰(ほととぎす)」のことを思い出した。
「浪子が歩いたのも、このあたりでしょうか。」
「浪子!」
 芳徳は、「不如帰」など読んでいなかった。
「ほととぎすの浪子ですわ。」
「ほととぎす?」
「徳富さんの『不如帰』ですわ。不如帰(ふにょき)ですわ。」
「『不如帰(ふにょき)』と書いてほととぎすと読むのかな。」
 絢子は、それは文学を知らないというよりも、常識がないということだと思ったので、少し厭になって黙ってしまった。
 すると、芳徳はいかにも感心したような顔をして、
「徳富さんは、評論のほかに、小説も書くのかな。」
 と、云った。
 絢子は、黙っていられず、
「評論をお書きになるのは、国民新聞の徳富さんですわ。小説は、弟さんの蘆花ですわ。」
 と、云った。
「そうか。そうか。」
 人のいい芳徳は、新知識を獲(え)たことを喜んでいたようであった。
 こんなことは、今までも時々あった。しかし、絢子は、本当の良人のような気がしていなかったので、余り気にならなかった。しかし、今宵こそ、自分の身体を許し、本当の妻になろうと決心していただけに、急に憂鬱になってしまった。
 一生涯、こんな話の相手ばかりしているということは、どんなにか悲惨なことであろう。

そうか、兄の徳富蘇峰が評論家で、弟の徳富蘆花が小説家か、よし勉強になったぞ(笑)。

蘭学事始  (青空文庫)
短編。蘭学者・前野良沢に軽い反感を抱いている蘭方医・杉田玄白は、入手した蘭書「ターヘルアナトミア」を良沢の前で得意げに披露しようと企むが…。「これは紛れもなく同本じゃ。不思議な奇遇でござる。奇遇でござる」。良沢たちと「ターヘルアナトミア」を翻訳して「解体新書」を出版するに至る玄白の心情(良沢との考え方の相違)を描いて興味深い。先駆者ゆえの地道な翻訳作業に頭が下がる。

乱世  (青空文庫)
短編。官軍に帰順(投降)する道を選び、愁眉を開いた桑名藩だが、鳥羽伏見の戦で官軍の錦旗に向かって発砲した十三人の敗兵たちは、官軍の命令によって四日市のお寺に幽閉されてしまう。獄門台が作られる光景を目の当たりにした彼らは、死罪となる運命を受け入れていくが、青年藩士・新谷格之介だけは、愛妻・おもとが恋しいこともあって、どうしても死ぬ気になれず…。「えい! まだ逃げおる! 未練なやつじゃ、射て! 射て! かまわぬ、射て!」──。どんでん返しと皮肉なラストが面白くも悲しい幕末もの時代小説。

六宮姫君  (網迫の電子テキスト乞校正@Wiki)
掌編。五年などは、待たさない。きっと何かの機会を得て、二、三年で都へ帰って来る──。ただでさえ貧乏な上に、相次いで両親を亡くした六の宮の姫君。彼女を見初めた男(越前の前の国司の長男)は、毎夜のように姫の家に通うが、父親の任地である奥州へ行かなければならなくなってしまう…。「六の宮の姫君」は、芥川龍之介版の方が有名だが、菊池寛版の方が分りやすくて読みやすいと思う。

若杉裁判長  (青空文庫)
掌編。罪人に対して寛大な判決を下すことで有名な裁判長・若杉浩三。恐喝未遂事件を起こした少年の公判で若杉裁判長は、県立中学の優等生で級長もしている少年に大いに同情する。実刑を課さずに、執行猶予を言い渡すだろうと思われたが…。罪人の側からのみ、罪を考えるのではなく、犯罪被害者の感情(罪の及ぼす影響)を考慮した裁判の必要性を説いた作品。結末に共感を覚える。
→菊池寛「ある抗議書」




  菊池寛・翻訳のモーリス・ルブラン『奇巌城 アルセーヌ・ルパン』は こちら



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