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山本周五郎 (やまもと・しゅうごろう) 1903〜1967。




秋の駕籠  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。駕籠(かご)屋の相棒同士である中次と六助。普段は実の兄弟よりも仲が良いのに、いつもつまらないことで喧嘩してしまう。またもや喧嘩して、なかなか仲直りできないでいる二人は、行きつけのめし屋「魚金」の娘・お梅から、相棒の悪口をそれぞれ言われ、腹を立てるが…。「六助はおれの友達だ、おれの友達のことを悪く云うつもりか」、「中次はおれの友達だからな、おれの前で友達のことを悪く云うのはよしてもらいたいんだ」。箱根まで客を乗せて行く顛末を描いた後半も、まるで落語のようで面白い。友情を描いた喜劇。

葦(あし)は見ていた  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。中老の家格である藤吉家の一人息子・計之介は、父の葬儀で江戸へ行った時、芸妓・おひさと出会い、愛し合うようになる。婚約者(友人・杉丸東次郎の妹・深江)がいるにもかかわらず、おひさとの愛に溺れ、どん底まで墜ちてしまった計之介だが、東次郎の友情によって救われ、見事に立ち直るのだが…。「ふん、これを書き遺して死んだんだな、──どんな女か知らぬが、ばかなことをしたものだ」。主人公の極端な変容を描くことで、人間の本質を浮き彫りにした作品。こんなことなら、果たし合いの時、斬っておけばよかった?

あだこ  (新潮文庫「おごそかな渇き」に収録)
短編。婚約者の金森みすずに逃げられてからというもの、出仕もせず、すっかり自暴自棄になり、遂には食べる物もなくなり、もはや餓死するしかないところまで落ちぶれてしまった旗本・小林半三郎。そんなある日、色の黒い見知らぬ田舎女・あだこがやって来て、半三郎の身の回りの世話をするようになる。これは友人・曾我十兵衛の差し金に違いないと考えた半三郎は、無気力な生活を続けるのだが…。「みんなおれのために心配し、奔走し、助力してくれた、これからも必要なときは心配し助力してくれるだろう、おい半三郎、これでもすべてがむなしいか」──。“生きようとする力”の偉大さ・絶大さを描いた感動の再生物語。涙が止まらない…。

雨あがる  (新潮文庫「おごそかな渇き」に収録)
短編。武芸に長けていながら、謙遜柔和な性格が災いして、なかなか仕官できずにいる浪人・三沢伊兵衛。長い放浪生活の苦労で、すっかり窶れてしまった妻・おたよのことを心苦しく思う。果し合いをする侍たちを、いとも簡単に仲裁してみせた伊兵衛は、藩の老職の目に留まり、仕官の機会を得るのだが…。「やあこれは、これはすばらしい、ごらんよあれを、なんて美しい眺めだろう」、「まあ本当に、本当にきれいですこと」。貧しい安宿の客たちに喜びと望みを与える伊兵衛と、そんな伊兵衛を立派だと信頼するおたよが素晴らしい。
→ 「雪の上の霜」

糸車  (新潮文庫「小説日本婦道記」に収録)
短編。実家が困窮していたため、依田家に貰われて育ったお高。寝たきりの養父・依田啓七郎と幼い弟・松之助の面倒を見ながら、糸繰りの内職をして家計を支えている彼女は、貧しいながらも幸せに暮らしていた。出世して裕福になった実家の生みの母・お梶が重病だと知らされ、会いに行くお高だが…。「大きくなればわかるだろうが、姉上はこの父やおまえのためにせっかく仕合せになれる運を捨てて呉れたのだ、自分のためではない、父とおまえのためにだ、……忘れては済まないぞ」。正攻法で普遍的なストーリーに感動の涙。

嘘アつかねえ  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。陰気くさい、ひどくうら寂れた下町の横丁。無愛想な爺さんが出す屋台「やなぎ屋」の常連客になった信吉は、屋台にやって来る暗い重苦しいかげをもった客たちとの交流を通して、人生の悲哀というものを痛感する…。「嘘アつかねえ」が口癖の男・松は、気の弱い父親が、気の勝った母親に罵られる姿を見て育った話をし、「女は殴りつけて蹴とばすに限る」と豪語するが…。「──おまえの云うとおりだよ、松さん、いいから酔おう、……酒だけはおれたちを騙さねえからな」。飲まないとやってられないおれたちの人生に乾杯。

大炊介始末  (新潮文庫)
短編。十八歳の時、侍臣を手打ちにして以来、まるで人が変わってしまった藩主・相模守高茂の長子・大炊介(おおいのすけ)高央。酒に酔って乱暴を働き、女をさらい、商人を斬り…。このままでは藩の大事になるため、やむなく大炊介を討ち果たす命が下される。大炊介の元学友・柾木兵衛は、討手の役目を自ら願い出て、大炊介に会いに行くが…。「御学友に召されましたよしみを以ってお願い申します。いかなる仔細がございますのか、御心うちをお聞かせ願いとう存じます」。寵愛を受けた父・相模守の「意思」によって自分を「始末してもらう」ことが、唯一の償罪だと思うに至った大炊介の苦悩とは? 二人のハンパない友情が素晴らしく感動的だ。収束も鮮やか。

おたふく  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。腕は一流だが、酒好きの彫金師・貞二郎。自分のことをのろまのおたふくだと卑下する縹緻(きりょう)よしのおしずと結婚した貞二郎は、いつも側で面倒を見たがる彼女のことをいとおしく思うようになる。しかし、貞二郎が得意先の「鶴村」におさめた品や、高価な男物の着物が、おしずの箪笥(たんす)の中から出てきたことから、貞二郎はおしずと「鶴村」の主人・仁左衛門との関係を疑い、苦悶する…。「姉さんは恥ずかしかったのよ、姉さんは、──姉さんは、あなたが好きだったからよ」──。三十六まで結婚しなかったおしずの過去、おしずの一途でいじらしい生き方に自然と涙腺が緩む。

落葉の隣り  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。同じ長屋に住む同い年の参吉と仲良くなった少年・繁次(しげじ)。思いやりがあって、頭もよく、一流の職人を目指している参吉のことを尊敬してやまない繁次だが、向かいの長屋に住む幼なじみの少女・おひさと参吉が薪小屋の前で抱き合い、唇を吸い合っているところを目撃してしまい、ショックを受ける。「おひさは昔から参吉のことが好きだった。わかっていたことだ」と自分を無理に納得させ、おひさを諦めてしまう繁次だが…。「あの人はおつぎといったっけ、──もうすぐよって、こういう気持がわかるようになるには、学問も金もいらないからねって」──。思い通りにならない人生と愛情の問題を描いて哀感の青春時代小説。

おもかげ抄  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。愛妻家ゆえに、買い物も洗濯も何でも自分でしている浪人・鎌田孫次郎に、付いた綽名(あだな)は「女房に甘次郎」。剣術者である孫次郎に、息子の稽古を頼んだ藩の大番頭・沖田源左衛門だが、孫次郎から、実は妻・椙江(すぎえ)は三年前に死んでいたことを知らされ、驚く。妻の死を受け入れることができない孫次郎は、妻がまだ生きているかのように、振舞っていたのだ。孫次郎に仕官をすすめる源左衛門だが…。「お待ち申して居りました」、「何誰(どなた)でござるか、──?」。亡き妻に誠を尽くす主人公の再生物語。

かあちゃん  (新潮文庫「おごそかな渇き」に収録)
短編。一家六人が稼いで金を溜め込んでいるという噂を聞き、お勝の家に強盗に入った若い男・勇吉。そんな彼にお勝は、「けちんぼ一家」だと近所に揶揄されながらも、一家が貧乏しながら辛抱づよく稼いでいる意外な理由を話す…。「またおばさんに叱られるかもしれねえが、おらあこのうちの厄介になってから、初めて本当の親きょうだいと暮すような気持になれた、ほんとなんだ、叱られてもいい、おれにはおばさんが本当のおっ母さん、みんなが本当のきょうだいとしか思えない、ほんとなんだ」──。他人の世話を焼くために苦労をいとわない一家の姿を、絵空事だと片付けることはできない。何かとてつもない感動以上の「これだ!」と思えるような衝撃を覚える。

金五十両  (新潮文庫「町奉行日記」に収録)
短編。馬喰町の太物問屋「近江屋」の奉公人だった宗吉だが、十年かかって溜めた金を叔母に取られ、手代の清吉に騙され、店をクビになり、恋人・おたまにも裏切られ、すっかり世の中に絶望し、自暴自棄になってしまった。一文無しで浜松の旅館「柏屋」に泊まった宗吉は、宿の女中がしら・お滝の心の温かさに触れ、救われる。見ず知らずの若い武士から、頼まれた所まで届けてほしいと五十両という大金を渡された宗吉は…。「金じゃあない、金じゃあないんだ」──。世の中の広さ、人間の生き方の深さを描いて心に沁みる。

五辧の椿  (青空文庫)
長編。
薬種問屋「むさし屋」の婿養子として苦労した末に病死した父・喜兵衛を哀れに思う娘・おしのは、不行跡で淫蕩な母・おそのを憎み、家に火をつけて、おそのを焼き殺してしまう。

「お父つぁん、あたしに力を貸して」

喜兵衛の恨みを晴らすため、おそのと関係のあった性悪な男たち(法で裁かれない悪人ども)を、色仕掛けで次々と殺害していくおしの。凶器は、銀の平打(ひらうち)の釵(かんざし)、死躰の枕許には赤い椿の花びら──。町方与力・青木千之助の捜査が迫り来る中、最後の一人を殺害しにかかるおしのだが…。

──わたくしのからだがよごれていず、むすめのままだということを知っていただきたいからです。

「十八歳」という年齢の純粋な潔癖さがなければとうてい成し得なかった特異な事件を描いた異色の犯罪小説。女主人公の悲壮さに涙が出る…。

こんち午の日  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。豆腐屋の婿になった塚次だが、不行跡の妻・おすぎは、祝言して三日めに男と出奔してしまう。「いまにきっと戻って来ると思うが、そのときおまえはどうする」、「それは、──」。きまじめで働き者の塚次は商売に精を出すが、ならず者に因縁をつけられ、得意先も減ってしまう。商売敵の嫌がらせにしては度が過ぎていると思った塚次は、男の正体とその魂胆を知り…。「おれはこの家を守る」──。困難に目を背けず、対峙する主人公の姿に感銘を受ける。題名の「こんち午(うま)の日」の意味が判るエピソードも素晴らしい。

さぶ  (新潮文庫)
長編。
賢くて仕事ができ、女にもモテる栄二と、愚図でのろまだが、どこまでも気の優しいさぶの友情物語──。

経師屋「芳古堂」の職人・栄二は、得意先の両替商「綿文」の主人の「金襴の切(きれ)」を盗んだという濡れ衣を着せられてしまう。自暴自棄になった栄二は、無宿人として、石川島の「人足寄場」に送られてしまう…。

「金襴の切がおれの道具袋にはいっていたのはなにかの間違いだ、間違いでないとすれば、誰かが、なにかわけがあって、おれに罪をきせようとしたんだ、どっちにしろそれは、いつかわからずにはいないことだ」。

人や世間を憎み、すっかり心を閉ざしてしまった栄二だが、欠かさずに面会に来るさぶたちや、人足なかまとの交流、島での様々な出来事・経験を通して、人間どうしが生きていくことの大切さを学んでいく…。

栄二に会いに寄場へ行くことがバレて、「芳古堂」をクビになってしまうさぶ…、不幸な境遇でありながら、自分に正直に生きる小料理屋「すみよし」の女中・おのぶ…、「綿文」の中働きで、栄二の恋人のおすえ…、栄二が親のように慕う心優しい人足の与平…。

「──世の中には賢い人間と賢くない人間がいる、けれども賢い人間ばかりでも、世の中はうまくいかないらしい、損得勘定にしても、損をする者がいればこそ、得をする者があるというもんだろう、もしも栄さんが、わたしたちの恩になったと思うなら、わたしたちだけじゃなく、さぶちゃんやおのぶさん、おすえちゃんのことを忘れちゃあだめだ、おまえさんは決して一人ぼっちじゃあなかったし、これから先も、一人ぼっちになることなんかあ決してないんだからね」。

誰が何の目的で「金襴の切」を栄二の道具袋に入れ、無実の罪を着せたのか? 推理小説の要素も盛り込みながら、飾り気のないまっすぐな二人の友情を感動的に描いた時代小説。青少年期に絶対必ず読まなければいけない小説があるとすれば、この小説をおいて他にないのではないか。

寒橋(さむさばし)』  (新潮文庫「町奉行日記」に収録)
短編。夫・時三のことを愛してやまない袋物屋「田代」の娘・お孝(こう)だが、女中・おたみが暇を貰って実家に帰ったのは、時三との子を身ごもったからだと分かり、非常なショックを受ける。病気で死の淵にある父・伊兵衛から、意外な事実を知らされたお孝は…。「約束だから、この話は、おまえの胸ひとつにしまっておいてくれ、…みんながそのつもりでいるんだから、時三にも云っちゃあいけない、わかったな」。夫婦の愛情の問題を描く。ラストの台詞に真実味のない白々しいものを感じてしまうのは、私がひねくれ者だからかな?

三年目  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。大工の親方・伊兵衛の遺言で、親方の一人娘・お菊と夫婦になる約束ができていた大工職人・友吉(ともきち)だが、上方(かみがた)へ行っている三年の間に、お菊は弟分の角太郎と一緒になり、深川へ引っ越してしまったことを知る。長雨による洪水で町じゅうが大騒ぎになる中、匕首(あいくち)を入手した友吉は、やけっぱちになり…。「うるせえ、てめえのような畜生に兄哥(あにい)と呼ばれる覚えはねえ」、「待った、待ってくれ兄哥、おめえまさかお菊さんを」──。洪水と友情の取り合わせが絶妙。感動の愛情&友情物語。

しじみ河岸  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。恋仲だった若い左官・卯之吉を殺した罪で逮捕された二十歳の娘・お絹。「この娘は下手人ではない」という直感が働いた吟味与力・花房律之助は、再吟味に乗り出す。しかし、お絹は自分が殺したと言い張り、長屋の人々も事件について口を噤み、捜査は難航する…。中風で寝たきりの父・勝次と白痴の弟・直次郎を抱えるお絹の境涯…。「あたしはもう、疲れてました、しんそこ疲れきってました」──。事件の意外な真相(格差社会の弊害)を描いた時代推理の秀作。この作品を読んで何も感じない人間がいたら、それは嘘だ。

失蝶記  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。「少年時代からのたった一人の友、もっとも信じあった友を、こんなふうに自分の手で殺した。耳さえ不自由でなかったら」。親友である杉永幹三郎の婚約者・紺野かず子に恋慕した青年藩士・谷川主計(かずえ)が、恋の恨みで杉永を闇討ちにした…。そう噂された事件の意外な真相は?──藩論を王政復古に纏(まと)めるため奔走する主計や杉永たちだが、大砲の発射事故で主計は失聴してしまう。やむなく隠居していた主計は、佐幕派の真壁綱を暗殺する役目を買って出るが…。幕末という時勢の複雑さが生んだ悲劇!

霜柱  (新潮文庫「町奉行日記」に収録)
短編。藩の老職・繁野兵庫の小言に腹を立てる郡代支配の次永喜兵衛。しかし、繁野が自分に厳しく接するのは、自分を子供のように好いているからだと知る。繁野には勘当した放蕩息子・義十郎がいた…。「きさまは親が甘く育てたからこんな人間になったと云った、きびしく育てればきびし過ぎたと恨むだろう、臆病者、卑怯者はみんなそれだ、自分で悪いことをしておきながら、その責任を人に背負わせようとする、なにより恥知らずな、きたならしい卑劣な根性だ」──。不肖の息子を持った親のケジメの付け方を描いて印象に残る。

饒舌り過ぎる  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。無二の親友である長島藩の青年武士・小野十太夫と土田正三郎。いつも同じ娘に恋をしてしまい、娘のほうでもどっちが好きか判別がつかなくなるほど、二人は一躰同様であった。互いに妻帯し、子供も生まれ、三十二歳になった二人だが、十太夫が吐血して倒れ、死んでしまう。しかし、土田は十太夫が倒れてから死ぬまで一度も見舞いに行かなかった。それはなぜなのか? 「どうだ十太夫、みごとなものだろう」。奇妙で最上な友情物語。饒舌な十太夫が無口な土田に言う口癖「おまえは饒舌(しゃべ)り過ぎるぞ」が面白い。

十八条乙  (新潮文庫「深川安楽亭」に収録)
短編。藩内抗争で重傷を負った妻・あやの従兄(いとこ)・井原友三郎を介抱し、逃亡に手を貸した西条庄兵衛だが、その科(とが)で閉門蟄居(ちっきょ)となってしまう。時は経ち、藩政が改新され、井原が中老になったと知った庄兵衛は、これで赦免になると喜ぶが…。自分の不注意で妻に火傷を負わせてしまった過去…。「──おれの負けだ、その手はやはり高くついたな」。最上の夫婦小説。

修行綺譚  (新潮文庫「町奉行日記」に収録)
短編。明るく活発な性格で、学問もでき、武芸に長け、力持ちでもある青年藩士・河津小弥太(こやた)。しかし、自制心や克己心がまったくないため、誰かれ構わずに、張り飛ばしたり、投げ飛ばしたりすることもしばしば。それが原因で、婚約者の伊勢との祝言もずっと先延ばしにされている有様。剣術の神様といわれる一無斎老人のところへ修行することになった小弥太だが、散々こき使われ、毎日のように災厄が降りかかってきて…。「まいど有難うさんで」。オチが面白いユーモア小説だが、人間の本質を描いていて素晴らしい。

末っ子  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。「あいつはあまったれの末っ子だ」と一族から言われて育った七千二百石の旗本の三男・小出平五。御家人の株を買うため、子供の頃からせっせと金を溜め込んでいる平五は、骨董(こっとう)の目利きという特技を活かして、骨董道楽の父親・玄蕃(げんば)の鼻を明かしてやろうと企むが…。「おれが家を出て一家を立てるにはまだ相当ときがかかる、三年かかるか五年かかるかわからない、そんな状態で婚約などできるもんじゃないさ」、「だから思いきって道具屋におなんなさいっていうんですよ」──。貧窮した武家の娘・細江みのに求婚するラストが出色。末っ子魂(だましい)で幸福を掴む青年の姿を小気味よく描いた傑作。超面白くて感動!

墨丸  (新潮文庫「小説日本婦道記」に収録)
短編。藩の重臣・鈴木家に引き取られた少女・お石。色の黒い彼女に“墨丸”というあだ名を付けて、妹のように可愛がる鈴木平之丞。美しく成長したお石に求婚する平之丞だが、彼女は「わたくし琴で身を立てたいと存じます、生涯どこへも嫁にはまいらないつもりでございますから」と言って、鈴木家を出て行ってしまう…。「…私は五十歳、あなたも四十を越した、お互いにもう真実を告げ合ってもよい年ごろだと思う、お石どの、あなたはどうしてあのとき出ていったのか」──。“翡翠(ひすい)の文鎮”に秘めた想いが心に残る感動作。

その木戸を通って  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。城代家老・加島大学の娘・ともえとの縁談が進行する中、見知らぬ若い娘の訪問を受けた平松正四郎。正四郎を訪ねてきた理由も、自分が何者であるかも、何も覚えていないという娘。縁談をこわそうとする者の嫌がらせに違いないと考えた正四郎は、娘を追い出し、そのあとを跟(つ)けるが…。「いまおまえは昔のことを思いだそうとしていたんだ。私が云うから眼をつむってごらん」、「いいえ。わたくしこのままで仕合せですの、昔のことなど思い出したくはございません」──。おとぎ話のような幻想的な結末が印象に残る作品。

ちいさこべ  (新潮文庫「ちいさこべ」に収録)
短編。大火で家が焼け、両親を亡くした神田の大工「大留(だいとめ)」の若棟梁(わかとうりょう)・茂次(しげじ)。自分の力で店を再建したいと意気込む茂次は、両親の葬式も出さず、同業の支援も断わって、仕事に精を出す。住み込みで店を手伝う幼なじみのおりつが、火事で孤児になった子供たちを集めて面倒を見ていることに、当初、反対だった茂次だが、次第に受け入れるようになる。自分に色目を使うようになった孤児の菊二のことを、いやらしいと感じて警戒するおりつだが…。「あたしのほうがみだらですって」、「おれは子供のことを話してるって云ったろう」──。ぶっきらぼうだが心優しい茂次と、勝気で多感な年頃のおりつとの交流が心暖まる。感動作。

ちゃん  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。流行遅れで売れなくなった、手間ひまのかかる「五桐火鉢」から、時勢に合った安くて売れる火鉢に乗り替えるべきだと、昔の同僚たちから言われた火鉢職人・重吉だが、職人の意地もあり、当世向きの仕事ができない。これ以上、女房のお直や四人の子供たちに迷惑をかけたくない重吉は、家を出て行く決心をするが…。「おめえたちは、みんな、ばかだ、みんなばかだぜ」、「そうさ、みんな、ちゃんの子だもの、ふしぎはねえや」。十四になる良吉、十三になる娘のおつぎ、七つの亀吉と三つのお芳──感涙の家族小説。



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