このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

お気に入り読書WEB
あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や・ら・わ行 イラストでんしゃ図鑑 HOME


山本周五郎 (やまもと・しゅうごろう) 1903〜1967。




偸盗  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。「酷薄無残で血も涙もない大ぬすびと」だと豪語している偸盗(ちゅうとう)の鬼鮫だが、裏腹にいつもドジな失敗ばかりしている。中将の姫君である十五歳の少女・品子を身代金目的で誘拐するが、彼女は男好きで大食いで大酒飲みのとんでもない不良むすめだった…。「男ならちっとは男らしくしろ、なんだ意気地のねえ、こんなことでうろうろするんじゃねえよ、さあ、温和(おとな)しくあちしの云うとおりにしな、これをこうするんだってばさ、こう」。貴族の頽廃を嘆くお人好しな盗人を描いて面白い。誘拐事件の意外な顛末も笑える。

泥棒と若殿  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。継嗣問題に巻き込まれ、廃屋に幽閉されてしまった若殿・成信。餓死するか暗殺されるかの運命しかなくなった成信だが、そこへ何の事情も知らない泥棒・伝九郎が現れる。成信の惨状を見た伝九郎は、工事現場で働いた金で、成信の食事の世話をするようになる。伝九郎の親切に成信は人間らしく生きるとはどういうことかを知る…。人それぞれが果たすべき責任とは? 「いちどぐらいは、おれが煮炊きをして、伝九に食べてもらいたかった、おまえにはずいぶんながいあいだ、世話になったから」──。感動で涙が止まらない。

長屋天一坊  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。天一坊(てんいちぼう)事件に影響され、長屋の中にも天一坊のような人物がいるに違いないと考えた「六軒長屋」の家主・縄屋吾助。そんな吾助を迷惑に思う駕籠舁(かごか)きの銀太と金太は、偽の書付と短刀を用意して、吾助をだましにかかる。乞食の若者を大名の落胤(らくいん)だと思い込んだ吾助は、せっせと世話するが…。「本物の天一坊は偽者で、偽者の天一坊が本物だってよ。こいつあとんだ事になった」。はちゃめちゃすぎる展開が面白いドタバタ喜劇。男が逃げ出すほどH好きのおわき(吾助の娘)が凄キャラ。
→直木三十五「大岡越前の独立」 →浜尾四郎「殺された天一坊」 →江見水蔭「備前天一坊」

並木河岸  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。三度目もまた流産してしまった妻・おていに冷淡な態度を取る船大工の鉄次。なかなか子供ができないことで、夫婦仲がこじれる中、鉄次は居酒屋の女・お梶と出会う。少年時代の鉄次のことをよく知っているというお梶とすっかり気が合った鉄次は、彼女と川崎へ二日ばかり遠出する約束をするが…。鉄次とおていが逢曳していた深川の並木河岸の思い出…、親に捨てられた子供・長吉との心の交流…。「ねえ、見てごらんたら、小父(おじ)ちゃんちの小母(おば)ちゃんが来たよ」──。途轍もなく素晴らしいラストシーンに号泣。

なんの花か薫る  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。泥酔して喧嘩沙汰を起こした若侍・江口房之助を匿(かくま)ってやった遊女・お新。「おれは本気なんだ、本気なんだよ、お新」。刀を棄てる覚悟だという、初心(うぶ)で真面目な房之助のことを、本気で好きになってしまったお新。そんな彼女を応援し、夢を託す岡場所の妓(おんな)たちだが…。「あたしたち、こんなしょうばいをしているけれど、それでも、同じ朋輩の中から、お侍の奥さまが出るっていうぐらいの夢は、持ちたいと思うわ、あたしたちだって、そのくらいの夢は持ってもいいと思うわ」。遊女たちの悲哀を描いた秀作。

二十三年  (新潮文庫「小説日本婦道記」に収録)
短編。会津藩の改易によって浪人となってしまった新沼靱負(ゆきえ)。妻・みぎはと長男・臣之助を相次いで亡くし、幼い次男・牧二郎を抱え、窮迫する彼は、仕官の望みのある松山藩へ行くことを決意する。やむなく婢(はしため)のおかやに暇を出すが、彼女は崖から墜ちて頭を打ち、白痴になってしまう。望み通りにおかやを伴れて松山へ行くことにした靱負だが…。「……今日まで二十三年、新沼の家のためにおまえの尽して呉れた事は大きい、牧二郎が今日あることはみんなおまえのおかげだ、有難う」──。衝撃的な結末に涙。

日日平安  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。一食の銭を得るために、切腹のまねをしなければならないところまで逼迫した浪人・菅田平野。道で出会ったある藩の侍・井坂十郎太が、まもなく城代家老の婿養子になること、藩の悪政を正すために奸臣誅殺を計画していることを知った菅田は、十郎太を唆して、仕官を果たそうと企むが…。敵に拉致された城代・陸田(くがた)精兵衛を救う方法は? 「いまは軍師の位置についたのだ、これはもうたしかなことだ、あとはこのへぼ頭からどれだけの知恵が出せるか、しかもごく短時間のうちに、…これが問題だ、これだけが問題だ、ひとつ考えてみよう」。侍の良心と大義名分をユーモラスに描く。切迫した状況でも“日日平安”しちゃってる陸田家の人々が笑える。

人情裏長屋  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。道場破りを稼業としている浪人・村松信兵衛。いつも酔っ払っているが、困っている者の面倒を見ずにはいられない性格で、裏長屋の人々から「先生」と慕われている。若い浪人・沖石主殿が棄てていった乳呑児(鶴之助)を、自分の手で育てると決意した信兵衛。酒をやめて、隣家の老人の孫娘・おぶんに手伝ってもらいながら、鶴之助を育てるが…。「鶴坊を返すのは厭です、あたしだって抱いたり寝かしたりするんですから、どんなことがあったって返しゃしません、厭です先生、あたし厭です」。素晴しいラストに目頭が熱くなる。

野分  (新潮文庫「おごそかな渇き」に収録)
短編。新庄藩の若侍・楢岡又三郎。実は藩主の庶子である彼は、自分の意に反して、世継ぎ問題に巻き込まれてしまう。孫娘・お紋と二人で暮らしている老人・藤七の家を繁々訪ねるようになった又三郎は、貧しくても自分らしく自由に生きる町人の暮らしに憧れを抱くようになる。武士をやめて、お紋と一緒になる決心をするが…。「堪忍してくんな、わかっていたんだ、若さまの気持もおまえの気持も、おれにはよくわかっていたんだ、辛かったんだ、おれだって辛かったんだお紋」。武家の役割、江戸っ子の意地を描いて深く心に残る。

橋の下  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。「もう考える余地はないじゃないか、これでいよいよけりがつくんだ、もうなにも思い惑うな、なんにも考えるな」。ある決意のもとに河原へやって来た若侍は、橋の下で暮らす乞食の老夫婦を見かける。四十年前、一人の娘を得るため、果し合いで親友を斬り、その娘と一緒に藩を出奔した老人の身の上話を聞いた若侍は…。「はたし合を挑むほかにやりかたはなかったろうか、どうしても娘を自分のものにしなければならなかったのだろうか」。人生の先輩が得た教訓を若者が活かす姿を描いて素晴しい。 →夏目漱石「こころ」

晩秋  (新潮文庫「町奉行日記」に収録)
短編。岡崎藩主の用人として、冷酷・専断な政治を行った罪を問われ、裁かれる身となった老人・進藤主計(かずえ)の身の回りの世話を命じられた都留(つる)。実は都留にとって主計は親の仇であった。都留の父・浜野新兵衛は、主計の暗殺に失敗して切腹させられたのだ。母の遺愛の懐剣で主計を殺す機会を待つ都留だが…。「今こそ父上さまも御成仏あそばしましょう、そして今日まで都留の心の弱かったことを、父上さまのおみちびきだったと存じてもよろしいでしょうか…」。為政者の覚悟と責任を描いてぐっとくるものがある。

ひやめし物語  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。町でよくすれ違う佳人を見初めた柴山家の暢気な四男坊・大四郎だが、部屋住の身では嫁を貰うわけにいかず、自分の立場を思い知る。ひょんなことから藩の中老・中川八郎兵衛に気に入られ、婿入りの好機を得るが…。「お母さん、私も二十六になってしまったんですね」、「そうですよ。それがどうかしたんですか」、「ついこないだ気がついたんですが、さもなければまだ気がつかなかったかも知れません、人間なんてうっかりしたものですね」。道楽の古本集めから、思いがけず人生の幸福を掴む青年武士の姿を描いた喜劇。

 (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。嫂(あによめ)の純子が住む須磨の家の離屋に、もうふた月も滞在している青年・久良(くら)正三。動物園の豹(ひょう)が逃げ出し、犠牲者も出るなど、近所で大騒ぎになる中、正三は純子から、二年前に自殺した兄の真相を聞かされ、驚かされる。次の日の深夜、正三は純子の気配を感じて、眼を醒(さ)ますが…。「どうしました」、「いま裏のほうで妙な音がしたんです。豹が来たのじゃないかしらと思って」。題名の「豹」の本当の意味がわかる“オチ”が、とっても怖くて、とっても面白い。これは立派な“ホラー”小説だね(笑)。

風流化物屋敷  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。化物屋敷として有名な「柘榴屋敷」に引っ越してきた若侍の御座(みくら)平之助。夜中に幽霊たちが物音を立てて、平之助の睡眠を妨害するが、のんびり屋の平之助は、まったく意に介さず、逆に彼らの方が肝を潰す始末。化物屋敷に興味津々な隣人の娘・とみ嬢は、そんな平之助の態度にいたく感動し、恋するようになるが…。「…これは火傷(やけど)なんかじゃありませんよ」、「腫物(はれもの)ですか、面疔(めんちょう)というやつですね」、「一つ目小僧ですよ」。化物たちの意外な正体と、乙女の母性本能が面白い喜劇。

へちまの木  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。婿養子に出されるのが嫌で家出した千二百石の旗本の三男・池原房二郎。瓦版屋・文華堂の記者・木内桜谷と知り合いになった房二郎は、文華堂で働き始めるが、悪質な拵え話やあくどい記事ばかりの卑しい仕事に嫌気が差す…。お互いに化かし合っている文華堂の主人夫婦…、房二郎の世話を焼きたがる年上の女・おるい…。「へちまは木にはならねえ、か、僻んで考えると、おれのことを云われたみたようだな」。世間の実態と青春の挫折を描く。女がもとで芝居の作者になり損なった桜谷の人生の悲哀が印象的だ。

法師川八景  (新潮文庫「町奉行日記」に収録)
短編。側小姓・佐藤又兵衛という許婚者(いいなずけ)がいながら、藩侯の一門に列している久野家の息子・豊四郎と恋仲になり、子を身ごもった書院番頭・伊田勘右衛門の娘・つぢだが、豊四郎は急死してしまう。久野家の嫁と認められず、勘右衛門からも見放された彼女は、隠居生活を強いられる。信念のもとに子を産んだつぢは、思いがけず又兵衛の訪問を受けるが…。「どうぞお願いですから、もうここへはおいでにならないで下さいまし」、「いや、ときどき来ますよ」──。女主人公の確とした姿が立派で素晴らしく、ラストもいい。

ほたる放生  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。この声でくどかれると、あたしはすぐばかみたようになってしまうんだわ──。甲斐性なしの情夫・村次のせいで、江戸じゅうの岡場所を転々としてきた遊女・お秋は、船宿の若い船頭・藤吉の熱心な求婚も断ってしまう。しかし、新米の遊女・おせんと村次との関係を知ってしまったお秋は、村次にこれまで散々食いものにされた挙句、遂には江戸から追っ払われてしまうと悟り…。──死んでやる、あの人の見ている前で、あたし死んでやるわ。意表のラストに涙。籠(かご)の中の蛍(ほたる)が印象的。「柳橋物語」ばりの名作!

みずぐるま  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。旅芸人の一座で薙刀(なぎなた)の曲芸をしていた娘・若尾は、ひょんなことから岡崎藩の上士・弘田家の養女となり、義兄の和次郎を思慕するようになる。薙刀の指南役として、江戸邸へ召し出された若尾だが、和次郎の旧友・谷口修理につきまとわれてしまう。自分の素性が、和次郎の出世の妨げになると考えた若尾は、出奔してしまうが…。「蛙(かえる)の子は蛙、あたしはやっぱり岩本一座の人間だわ」──。和次郎の姉・深江の自殺の真相をうまく絡めながら、若尾と和次郎の心温まる“遠距離恋愛”を描いた完璧作。

むかしも今も  (新潮文庫「柳橋物語・むかしも今も」に収録)
中編。
愚直で不器用な性格である指物屋「紀六」の職人・直吉は、子供の頃に子守りをし、成長を見守ってきた「紀六」の娘・おまきのことを思い慕うが、彼女は利巧者で腕のいい相弟子の清次と結婚してしまう。清次の博奕(ばくち)好きが原因で、店はどん詰まりになってしまい、そして、地震が…。

「あたしのことを本当に心配し、あたしのために本気で泣いて呉れたのは、この世の中で直さんたったひとりよ、──眼が見えなくなってから、初めてそれがわかったの、なんにも見えないまっ暗ななかで、じっと坐って考えているうちに、だんだんそれがはっきりしてきたわ、……眼の見えるうちは気もつかないようなことが、見えなくなってからはよくわかるの、──あのひとを良人に選んだのは眼が見えたからよ、見えない今は声だけでわかるの、……なにもかもよ、直さん」

主人公の愚直で一途な生き方に深い感動を覚える。この作品を読んだことがあるか否かは、途轍もなく大きなことのような気がする。

麦藁帽子  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。温泉のある海村へやって来た斧田は、大きな古い麦藁帽子をかぶって、釣りをしている老人と出会う。自分の家の下男だった吾八が、猿の祟りで崖から墜ちて白痴になってしまったことや、自分の嫁になるはずだった娘が、嫁ぐ前に自分にくれた麦藁帽子のことなど、老人の思い出話を聞いた斧田だが、宿の女中から、老人の話は嘘で、彼がその吾八であることを聞かされるが…。「もう一生会わぬつもりか」、「老人には柿の実は毒だで」──。現実を超越した、真実以上に真実な、美しい純愛話に、斧田同様、感動させられる。

柳橋物語  (新潮文庫「柳橋物語・むかしも今も」に収録)
中編。
両親に死なれ、祖父・源六と二人で暮らす十七歳の少女・おせんは、大工の杉田屋を辞めて大阪へ旅に出る幼な馴染(なじみ)の庄吉に、「待っているわ」と約束する。杉田屋の養子となった幼な馴染の幸太の求愛を拒絶したおせんは、手内職をして、卒中で倒れた源六の世話をする。そんな中、江戸で大火事が発生し、幸太の命がけの救助によって、おせんは命拾いするが、幸太と源六は死亡してしまう。火事で孤児となった赤子(幸太郎)を拾い、育てながら、辛く苦しい日々を懸命に生きるおせんは、大阪から帰って来た庄吉と遂に再会するが…。

「幸太さんわかってよ、あんたがどんなに苦しかったか、あたしには、今ようくわかってよ」

様々な人々とのかかわりを通して、真実(ほんとう)の愛を悟るまでの苦難の日々を描いた感動作。これ以上の名作はもはや存在しない、再読する度にその思いは強くなる。

山椿  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。中老の娘・須藤きぬと結婚した作事奉行の梶井主馬だが、頑なに夫婦関係を拒まれてしまう。きぬには愛を誓った榎本良三郎という男がいたのだ。望み通り、きぬを自害させた主馬は、無能だと噂の良三郎と会うが…。「あの人は榎本良三郎のゆくのを待っている、然しこんなみじめな榎本を待っていやあしないぜ、榎本、証拠をみせろ、あの人を信じていた人間になれ、それまでは石にかじりついても死ねない筈だ、……そうじゃあないのか」──。シリアスな展開から一転、ダブル・サプライズなラストに感動の涙、涙、涙…。

夕靄の中  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。博奕打(ばくちうち)の親分・七兵衛の娘・おつやと駆け落ちするも、失敗に終わり、桐生に逃れた半七。おつやを横取りした代貸の金次を殺すため、江戸へ戻って来た半七だが、岡っ引に尾行されてしまう。墓地に逃げ込んだ半七は、見ず知らずの若い娘・おいねの新墓を見つけ、墓参りのフリをするが、そこへおいねの母親が現れて…。「私はおいねさんと夫婦約束をしていました」、「よかったねえ、おいね、おまえは仕合せだったんだねえ」──。何もかも心得た上での思いやりによって救われる主人公の姿を描いた感動作。

ゆうれい貸屋  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。底抜けの怠け者である桶屋の弥六。女房のお兼が実家に帰ってしまっても、仕事もせず、怠けたままだ。そんなある夜、弥六の部屋に、成仏できずにいる幽霊のお染が現れる。お染と夫婦の盃を交わした弥六は、毎晩、お染が持ってくる酒と料理を飲んで食べて、楽しく過ごすが、店賃を稼ぐ必要に迫られる。お染の提案で、雇った幽霊たちを貸す商売を始めるが…。「うーらーみ……はーらーさーでえ……おーくーべーきい……かー、あーらうらめしやな……」。底抜けに楽しい喜劇。中年男の幽霊の言葉が名言で心に残る。

雪の上の霜  (新潮文庫「人情裏長屋」に収録)
短編。武芸に長けていながら、お人好しな性格のために仕官できず、妻・おたよと共に放浪の旅を続けている浪人・三沢伊兵衛。知り合いになった槍術家・小室青岳の道場を手伝うことになった伊兵衛は、落ち着き場所が見つかったことを喜ぶ。馬子たちに駄賃を払おうとしない不埒な若侍たちを、とっちめてしまう伊兵衛だが…。「婿にならないって、なんのことですの」、「なんのことって、千草というお嬢さんを私の、いや私をその、…ええと、ああ、茶店がある」。貧しい弱い人たちを放っておけない主人公の性分から起きる騒動が面白い。
→ 「雨あがる」

よじょう  (新潮文庫「大炊介始末」に収録)
短編。剣術の達人・宮本武蔵に斬り殺された庖丁人・鈴木長太夫の二男・岩太は、借金と不義理を重ねた挙句、家を勘当されて、乞食になってしまう。「父の仇を討つため、宮本武蔵を討つために乞食になった」と思い込む世間の同情と尊敬によって、蒲鉾(かまぼこ)部屋で幸福な日々を過ごす岩太だが…。「まったく世間なんてものはへんなもんだ、なにがどうなるかわかったもんじゃねえ」──。思わぬ成り行きで夢をかなえる若侍の姿を描いた喜劇。スーパースター・宮本武蔵も、“山周”にかかれば、ただの見栄っ張りのじじい!?

夜の辛夷(こぶし)』  (新潮文庫「おさん」に収録)
短編。里子(さとご)に出している子供を育てるために、本当は二十四なのに十七だと年齢を偽って客をとったり、客として来た凶状持ちを岡っ引の政次(まさじ)に訴人したりしてまで、懸命に金を稼いでいる岡場所の女・お滝。いつも寝床を二つ敷いて、何もしないで眠って帰ってしまう馴染(なじ)み客の元吉のことを、不思議がりながらも、次第に情が移っていくお滝だが…。「あんたまだいちども寝てくれなかった、今夜だけはあたしのお願いをかなえて、ねえ、たったいちどよ」──。お滝と元吉の純愛が美しくも哀しすぎる。感涙。

若き日の摂津守  (新潮文庫「日日平安」に収録)
短編。知恵遅れでいつも涎をたらしている藩主・摂津守光辰(みつとき)を露骨に軽侮する重臣たち。交代で政治を支配し、横領を続けて来た世襲の重臣たちのせいで、窮乏する住民の姿を目の当たりにした光辰は…。精神異常で廃嫡された光辰の兄・光央(みつなか)の真相…、不幸な境遇から光辰の側室となったおたきとの交流…。「おれはたしかに知能もおくれているし、見るとおり、この年になっても涎をながす、誰の眼にもおろかにみえるだろうし、これは少しもよそおっているものではない、だが、初めからこんなふうではなかった、おれはこういう人間になろうと努めて来たのだ」。“自分のしなければならないこと”を自覚していく光辰の姿が立派で素晴らしい。



このページのトップへ      HOME





お気に入り読書WEB   Copyright (C) tugukoma. All Rights Reserved.   イラストでんしゃ図鑑


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください