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阿曽隧道
(旧国道8号線)
福井県敦賀市
2007・10・28 来訪

2007年 夏。
僕は日本海の荒波へ落ち込む岬を進む国道を走っていた。
その岬を貫くトンネルに入ろうとした時、一瞬それは見えた。

穴だ。
しかもかなりレアッぽい穴。

旅を終え帰宅した後、あの穴の正体が知りたくネットを詮索。
そして、その正体は想像以上に大物の逸材であった。

あの穴に会いたくて僕は一晩かけて約600kmを駆け抜けた。

穏やかな入り江に面する阿曽集落。
その向こうには、海へと落ち込む巨大な山塊。
あの黒崎と呼ばれる険しい地形の岬にアイツは居た。
県都「福井」と日本海の重要港「敦賀」を結ぶ国道8号線。
この画像を見ても解るとおり非常に交通量が多い。
しかもみんな結構なスピードで飛ばしてくる。
まあ重要幹線道路としての役割をキチンと果たしている訳だが、如何せん断崖絶壁の山っぺりの区間となると流石に幅員に余裕が無くなる。
ただ単に、車両が行きかうだけなら十分な幅員なのだが、自転車や歩行者に対して十分なスペースがあるとは言えない。
うしろから大型車が来ようなら非常に恐怖感を味わう事になるだろう。

さて夏に訪れた際には、この黒崎の区間では工事が行なわれて
岬下の阿曽集落から数kmに渡る渋滞が発生していた
バイクと言えど道が狭いので
ひたすら時速一桁の鈍足進行に合わせるしかなく、
ゲンナリ状態でロックシェートの下を進んでいた訳だ。
どうやら海側路盤の補強工事だったらしく右側車線が通行止め。
延々中央線に並ぶカラーコーンを眺め、
「早く工事区間抜けないかなァ」
と恨めしく思いつつ現道、黒崎隧道手前まで来た。

その時、ロックシェートを支える赤い柱の向こうに何かが見えんですよ。
なんと言うか、そこだけ時間の流れが違っていた。
厳つい岩壁にポツンと開いた穴。





やべェ、すんげー気になる!

しかし悲しいかな、この大渋滞を起こしている狭い走行レーンにバイクを置いていける訳が無い。
とにかく工事区間を抜けバイクを置ける場所で待とう。
取りあえず一旦スルー。
そういうつもりであった。




しかし、結局2km近く過ぎた岬下の集落までバイクが置ける場所はなかった。
・・・うーん、ここから歩くのはしんどいなァ。
しかも工事作業している所を横切るのはやっぱ気が引けるぞ。

そんな訳で、ファ−ストコンタクトはチラ見だけのみで終わる




だが、奴をなんとか目の前で拝みたい!
悶々とした日々が2ヶ月程続く。

そうして夏が過ぎ、季節は秋となる。
冬が来る前に何とか決着を!
そう思い立ち、土日の休みを利用し福井へ向かう事にした

が、出発予定の当日に台風来襲。
夕方まで身動きとれず、台風が去った時にはもう夜。
正直、予定を変更しようかと思ったが、その後の休日の予定( 万世アタック とか)が埋まっていて
最早冬季の前に行くには今回しかない!

風雨がまだ止まぬ中、旅立ちを決意する。
夜の峠越えを避けるために名古屋まで海沿いを走る事となったが、
正直、こちらも恐ろしい道程であった。
海岸沿いを走る区間では突風が吹き荒れており、
横風で吹っ飛びそうになる事もあった。

何とか夜明け前に岐阜までに着きたかったのだが、
途中思うように飛ばせず到達予定時間がどんどん狂って行く。
(ちなみに行程8割は下道)
結局、岐阜に着いた時には空が白々と明けてきた頃だった。
岐阜にて仮眠を取るが、その後の予定を考えると2時間程度しか取れない。



つーか、たかだか『穴』の為にそこまで苦労する必要あるの?

・・・・。

ある。

それがオブ野朗の生き甲斐だから。

さてさて、千葉より途中仮眠を挟んで12時間近くかけてやってきたこの場所。
「黒崎隧道」手前、丁度セローさんが置いてある場所が旧道の入口である。
前記にも述べたよう交通量も多く流れも早いので、
車列の間に嵌ってしまうと、なかなかこの場所で停車する事が出来ない。
岬の前後を2往復してようやく止まれるタイミングが出来た。
ロックシェートの外に出ると、草叢に覆われているが明らかに人工的に造られた平地が岬の岩壁に沿って続いている。
旧道より敦賀方面に向かう現道を望む。
道を覆うロックシェートの上には大量の土砂が積み重なり
すでに山の斜面の一部と化している。
また路盤下部の斜面は頑強なコンクリ壁に固められ
一度悪天候ともなれば猛烈に叩きつけるであろう日本海の荒波から
北陸の動脈を守りつづけているのであろう。
福井方面へとのアクセスに関しては近年木ノ芽トンネルが開通し、
R476〜R365ルートというサブルートができたが、今だ一部には幅員が狭い部分が残る。
R8は敦賀〜福井のメインルートとしての地位は揺るがず、
特に敦賀湾沿いの集落の人々にとっては無くてはならない道。
強固な設備と強固な意志を持ってして、この道を守らねばならないのである。

要塞の如き守りに固められた現道を尻目に、草木に覆われた旧道を進む。
道は曲線を描き厳つい岩肌が剥き出しとなった斜面へと向かっていく。
そして、カーブを曲がった先に、あの夏の日に僕のハートを奪い去っていったアイツが待っていた・・・
会いたかったよ、阿曽隧道。

続く
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