このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


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さて羽後町に到着し、スティックポスターを買い求め、
POP氏デザインのイラストマップを貰うと、
メインイベントである西又葵氏トークショーまでしばらく時間が空きます。

そこへレンタカーで羽後町入りした後輩ちゃんと落ち合い、
ちょっとばかし羽後町の町内を散策することに。
向かった先は、西馬音内から車で5分ほどの元西小学校です。
この小学校の近くに、昔湯沢と西馬音内を結んでいた
羽後交通の電車(デハ3)が保存されているとのことで馳せ参じた次第です。

当初の計画では、この倉庫を開放して車両内部も見学できる予定でしたが、
諸般の事情により内部の見学は出来なくなったそうです。

しかし、アングルに制限こそあれ窓越しに撮れそうだったので、
建物をぐるっと1周して撮影を試みてみました。
ガラス窓にはクモの巣があるのでピントを合わせるのに苦労しますが、
そこはマニュアルフォーカスで車両にピントを合わせます。

屋内で保存されているおかげか、車体はかなり良い状態で保存されていて、
しかも車内も同じように良い状態です。
これなら普通に走っている状態といっても過言ではありませんね。

これは保存に携わっている人の情熱が伺えます。
この羽後交通雄勝線は、沿革によれば昭和3年に西馬音内〜湯沢間が開通、
昭和10年に西馬音内〜梺(この車両が保存されている場所)の
開通によって全線開通となりました。

最終的には昭和48年に路線が廃止となって、今に至ってます。

wikipedia によれば、「電気代を払えず電気を止められた」という
記述もあり、末期には同じ羽後交通で廃止になった路線の
ディーゼルカーを走らせていたそうです。

そうはいっても地元の重要な足として、大切な任務を担っていたのでしょう。
デハ3が保存されている倉庫は
梺駅の構内だったのか、広いスペースがあります。
また、当時使われていたと思われる腕木式信号機も残っていて、
ここに鉄道が走っていたということをアピールしています。

今年は倉庫の中は見れませんでしたが、来年こそは中に入れるといいですね。

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