このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

甦れ!! ミヤザキハダカ!!
北部九州ではちょうど今頃の季節。平野部では金色の穂が風に揺れている。これはJAの生産部会が大手のビール会社との契約に基づいて栽培される二条大麦で、収穫後は地域に点在するビール工場で用いられる。

一方、南九州ではどうなのか・・・と言う事なのだが、かつては宮崎県内でも大麦の栽培が盛んに行われていた。当時、県内で栽培されていたのは“
ミヤザキハダカ”という裸麦だ。県が定めた栽培指針(栽培する上で品種特性や施肥、施農薬、収量・・・といった内容が記されてある。いわばガイドラインのような物)にも県の“奨励品種”として名前を見つける事ができる。

しかし、戦後の世相の変化に伴い畑や田んぼから麦の姿はどんどん消えていった。一つは戦後の生活の急速な洋風化。これにより自家用の味噌製造が衰退し、麦そのものの需要が無くなってしまった。加えて、家畜飼料として利用するにも栽培管理や収量といった面からイタリアンライグラスやエンバクといった外来の飼料作物の普及もあったであろう。また、倒伏しやすい品種特性、湿潤な南九州の気候は大麦の栽培に向いておらず、赤さび病などの病害の発生に繋がっていたのも要因だという。

ともかく、麦の栽培そのものが宮崎県内から無くなってしまった。今日では児湯郡で焼酎製造用に栽培されている例はあるようだが、他は家畜飼料用に一部の酪農家が栽培を行っているくらいである。特にミヤザキハダカという品種については県の 総合農業試験場 において細々と採種目的の栽培が続けられていたが、それも数年前に事業そのものが終わってしまった。種子は試験場で保管されているとは言え、絶滅寸前の状態にあった。
だが、流れが変わる。

県内には30近い焼酎蔵があるが、その中で唯一、麦焼酎を専業としているのが都城市にある 柳田酒造 さんである。

柳田酒造さんの主力銘柄は国産の大麦を使用した“ ”。だが、近年では“ 赤鹿毛 ”、“ 青鹿毛 ”といった特色ある銘柄を発表し、根強いファンを獲得している。
宮崎県内の焼酎事情という物は特殊で、県民がほぼ挙国一致な状況でいくつかの特定の銘柄を消費しており、中小の蔵元は県外にベクトルを向けなければ存続も厳しい。前回のブームで全国的に焼酎の消費は高止まったが、それがいつまで続くかは分からない。このことは拙サイトにいらっしゃる皆様もご存知の事である。

同蔵の顔である
柳田正さんは『地に根ざした焼酎を造りたい』という夢を持っている。地産地消を地でいく焼酎を造りたいという思いから、数年前にも都城市内で麦(イチバンボシ)の栽培に挑戦した事がある。残念ながらこの時は(県下最強の鳥類である)カラスの食害にあり、思うような成果を上げる事が出来なかったそうだ。

2007年11月下旬。柳田さんは試験場に保管されていたミヤザキハダカの種子を入手した。

柳田さんが試験場で保管されているというこの品種の存在を知ったのは3年前。何度か種子を分けてくれる様にアプローチをかけた事があったが、採種から長い年月が経っており発芽が得られるか分からないこと、保存してある種子量が少量であった事、栽培を再開するにしても試験場で採種のための栽培を経てからということで時間がかかる・・・といった様に課題が山積しており、一時は入手をあきらめたという。

しかしながら、ねばり強い交渉の末、試験場は保管していた種子の全量を柳田さんに預け、栽培を託したのだった。
播種を行ったのは12月5日、7日。

栽培を行うほ場(10a)の確保は、三股町で 製茶業 を営む
上水漸氏の協力があったという。

なお、上水氏は柳田さんのご親戚に当たり、主力製品の
バイオ茶の製造元としてスポーツ(陸上競技)の世界では国内外でよく知られている。

氏は農業分野においても独自の技術を有しており、このハダカムギの栽培をバックアップしてくださったそうだ。
早蒔きと遅蒔きで差はあるが、通常、麦の播種は11月中に行われる。今回の播種は種子の入手時期が影響して遅めとなったのだが、天候に恵まれたために12月中旬にめでたく発芽。

この項のtopの画像は12月18日に撮影したもので、中央の黄緑色の爪楊枝みたいなものがミヤザキハダカの芽である。

播種の時点で、「(古い種子なので)発芽率は良くて5割くらいでは?」と県の普及センターの技術員の方から話があったそうなのだが、よほど土があったのか、90%に超えるような発芽率を得る事が出来た。
12月27日。

暖冬で暖かい日が続くが、都城盆地でもそろそろ霜の心配をしなければならない。

芽も生えそろい、葉の色もだんだんと濃くなっているようだ。
年が明けて2008年1月18日の麦の様子。

この後、麦の栽培にはお約束の“麦踏み”の作業が待っているが、1月13日に作業を実施されたそうだ。・・・ということは、麦踏み後の撮影となるのだな。

ちなみに、この作業。根を強くする、麦の分げつの促進、土壌を踏み固める事で霜柱による根の損傷を防止・・・といった事を目的に行われるとのこと。
3月8日。

しばらく仕事が忙しかった関係で様子を見る事が出来なかったのだが、草丈はあまり伸びていないですね。

ただ、麦踏みの作業の効果なのか、株の一つ一つが太くなっておりました。
4月2日。

気温の上昇と共に急に草丈が伸びましたねぇ。栽培ほ場に行ってみて驚きでした。

その様な中、麦には大きな変化が・・・。
おおっ!!

出穂しているではないですか!?

この栽培をバックアップされているバイオ茶の上水園の上水氏の ブログ でも紹介されているのだが、出穂を確認したのは3月26日ということである。

いやはや。感動しましたね。作業はもちろん、仕事で近くを通りかかった時に観察する程度のことしかやっておりませんが、遂に来たか!と思いました。

これから花が咲き、籾の中に実が入り・・・と麦の栽培はこれでおしまいというわけはない。柳田さんも病気の発生や倒伏について心配されていた。
その後、草丈は120cmに達し、心配していた倒伏も発生する。そういったトラブルはありながらも麦の穂の成熟は進み、5月17日。遂に収穫の日を迎える事ができたのだった。

当日、畑に行ってみた私はその風景に驚いた。
ほ場が黄金色に輝いている。この画像の様にその先端にはぎっしりと実った穂。ミヤザキハダカの品種特性である倒伏性については、草丈が高いことと穂重の重さにも由来しているのだという。

県普及センターの技術員の方も「まさかここまでの成果を得られるとは・・・。」と畑を見て仰っていた。柳田さんもこの風景を感慨深げに眺めていたのだが、これまでの軌跡を思えばまさに柳田さんの努力と情熱の結晶である。県の試験場にわずかに残されていたいわば“幻の品種”が復活した瞬間であった。

いよいよ収穫作業が始まる。
作業は稲用のコンバインが用いられた。

作業を請け負ったのは集落で稲作の作業受託をされている組合のオペレーター(当然、農家の方です)。

わずか10aほどの栽培面積しかないのであれよあれよ・・・と収穫が進んでいく。
コンバインの後部から排出された麦の茎葉部分。

このまま畑に鍬き込んでしまうのも良いが、配合飼料の価格高騰が叫ばれる昨今である。

ほ場のある三股町は畜産の盛んな町でもあるので、耕畜連携といった取組の方法もあるかも知れない。
収穫と同時に脱穀されたミヤザキハダカの子実。こうして手に取ってみると一粒一粒が大きい。

収量としてはどれほどだったのだろうか。調べてみると大麦の収量としては大体300〜400kg/10aくらいの様である。素人目で、しかもかなりの贔屓目で見てしまうのだが、ほとんど初めての麦の栽培である事、長期間保存されてた種子を使用した事を考えれば、大成功と言った結果を得られたのではなかっただろうか。
収穫後、種子を乾燥させるために集落の共同作業場へと移動する。

収穫した種子は水分が高く、そのまま放っておけば当然ながら保存性が低下する。次回の作付けにおいて発芽率にも影響する重要な作業なのだとか。
栽培を主導された柳田さんはデジカメを手に持ち、作業一連の記録に余念がない。収穫した麦の状態を観察するのはご婦人の柳田恵子さんと上水漸氏だ。

収穫、脱穀の終わった籾はこのまま2日間ほど乾燥機にかけられる。

そうして、この記念すべき作付けは完了となるのだ。
今回のミヤザキハダカの栽培は主として採種を目的とした試験栽培の位置付けである。本格的な焼酎製造に結びつくのはもう少し先の事になるだろう。だが、次の作付けに向けた面積の確保や焼酎製造に向けた取組は始まっているのだそうだ。

柳田さんの夢が『地に根ざした焼酎を造る』事であることは先に述べた。

順調に種子が増えれば面積での栽培が可能となる。「栽培を請け負ってくれる農家とは相手の収入が確保できる様な契約を結びたい。」と柳田さんが話してくれたことがあった。仰るとおりだ。片方だけが儲かる様な仕組みでは栽培は長続きしない。継続して栽培が行われるには栽培する農家が倒れてしまっては元も子もない。

地域の特産としてミヤザキハダカの栽培が根付いた時、栽培した農家さんがこの焼酎を飲みながら、「こん焼酎は俺が作った麦で造った焼酎じゃが!」と誇りを持って言ってもらえる。柳田酒造が目指す地産地消の焼酎はこのような物なのだという。

今後、栽培の定着に向けての課題はたくさんあるだろう。とんとん・・・とは行かない事態も発生するだろうが、この麦の行く末が楽しみでならないのだ。
(08.05.21)
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