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西行が白峯を詣でた順路
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そのかミ心さしつかうまつりけるならひに世をのかれてのちもか もにまいりけるとしたかくなりて四國のかた修行しけるに 又帰りまいらぬこともやとて仁和二年十月十日のよまい りて幣まいらせけり内へもまいらぬことなれハたなうの社にとり つきてまいらせ給へとて心さしけるに木間の月ほの々々と常より も神さひ哀におほえてよミける かしこまるしてに涙のかゝる哉又いつかハとおもふこゝろに (中 略) 四國のかたへ具してまかりたりける同行の都へ帰りけるに かへり行人の心を思ふにもはなれかたきハ都なりけり ひとりみをきて帰りまかりなんするこそ哀にいつか都へハ かへるへきなと申けれは 柴の庵のしはし都へかへらしと思はんたにも哀なるへし たひのうたよみけるに 草枕たひなる袖にをく露を都の人や夢にミるらん 聞へつる都へたつる山さへにはてハ霞にきへにけるかな 和田の原はるかに波を隔きて都に出し月をミる哉 わたのハら波にも月ハかくれけり都の山を何いとひけむ さぬきの國へまかりてみのつと申津につきて月のあかくて ひゝのてもかよはぬほとにとをく見えわたりけるにミつと りのひゝのてにつきてとひわたりけるを しきわたす月の氷をうたかひてひゝのてまハる味のむら鳥 いかて我心の雲にちりすへきミるかひありて月を詠ん 詠をりて月の影にそ夜をハミるすむもすまぬもさなりけりとハ 雲はれて身に愁へなき人の身そさやかに月の影ハミるへき さのミやハ袂に影を宿すへきよハし心に月ななかめそ 月にはちてさし出られぬ心哉詠る袖に影のやとれハ 心をは見る人ことにくるしめて何かハ月のとり所なる 露けさハうきミの袖のくせなるを月ミるとかにおほせつる哉 詠きて月いかはかりしのはれんこのよし雲の外になりなハ いつか我此世の空を隔たらん哀々々と月を思ひて (注:「詠」が4ヶ所出てくるが、「眺」の誤記であろう。) さぬきにまうてゝ松山と申所に院おはしましけん御 御跡尋けれともかたもなかりけれは 松山の波に流てこし舟のやかて空しく成にける哉 まつ山のなみのけしきはかはらしをかたなく君ハ成ましにけり しろミねと申所に御はかの侍りけるにまいりて よしや君昔の玉の床とてもかゝらん後ハ何にかハせん おなし國に大師のおはしましける御あたりの山に庵むす ひて住けるに月いとあかくて海のかたくもりなく見え侍けれは くもりなき山にて海の月ミれは嶋そ氷の絶ま也ける すみけるまゝに庵いとあはれに覚て 今よりハいとはし命あれハ社かゝる住居の哀をもしれ 庵のまへに松のたてりけるを見て 久にへて我後のよをとへよ松跡したふへき人もなき身そ こゝを又我住うくてうかれなハ松ハひとりにならんとすらん (以下 略) | そのかみ心ざし仕うまつりける慣いに、世を遁れて後も 賀茂にまいりける。歳高くなりて四國のかた修行しけるに 又帰りまいらぬ事もやとて、仁和二年十月十日の夜参 りて幣まいらせけり。内へも参らぬことなれば、たなう(棚尾)の社に取り つぎてまいらせ給えとて心ざしけるに、木の間の月ほのぼのと、常より も神さび、哀れにおぼえて詠みける かしこまる しで(四手、死出)に涙のかゝる哉 又いつかはと思う心に (中 略) 四國の方へ具して罷りたりける同行の、都へ帰りけるに 帰り行く 人の心を思うにも 離れ難きは都なりけり ひとり見おきて帰りまかりなんずるこそ哀れに、いつか都へは 帰るべきなど申ければ 柴の庵の しばし都へ帰らじと 思わんだにも哀れなるべし 旅の歌よみけるに 草枕 旅なる袖に置く露を 都の人や夢に見るらん 聞えつる 都へたつる山さえに 果ては霞に消えにけるかな 和田の原 はるかに波を隔てきて 都に出でし月を見るかな わだのはら 波にも月はかくれけり 都の山を何厭いけむ さぬきの國へ罷りてみのつと申す津につきて、月のあかくて ひびの手もかよわぬほどに遠く見えわたりけるに、水鳥 のひびの手につきて問いわたりけるを 敷き渡す 月の氷を疑いて ひびの手まわる味の群鳥 いかで我 心の雲に散りすべき 見る甲斐ありて月を眺めん 眺めおりて 月の影にぞ夜をば見る すむもすまぬもさなりけりとは 雲晴れて 身に愁えなき人の身ぞ さやかに月の影は見るべき さのみやは 袂に影を宿すべき 弱し心に月な眺めそ 月に恥じて さし出られぬ心哉 眺むる袖に影の宿れば 心をば 見る人ごとにくるしめて 何かは月のとり所なる 露けさは うき身の袖のくせなるを 月見る咎に負うせつる哉 眺めきて 月いかばかりしのばれん この世し雲の外になりなば いつか我 此の世の空を隔たらん 哀れ哀れと月を思いて さぬきに詣でて松山と申す所に院おわしましけん 御跡尋ねけれども、形もなかりければ 松山の 波に流れてこし舟の やがて空しく成りにける哉 まつ山の 波のけしきは変わらじを 形なく君は成りましにけり 白峯と申す所に御墓の侍りけるにまいりて よしや君 昔の玉の床とても かゝらん後は何にかわせん おなじ國に大師のおわしましける御あたりの山に庵り結 びて住みけるに月いとあかくて海の方くもりなく見え侍りければ くもりなき 山にて海の月見れば 嶋ぞ氷の絶え間なりける 住みけるまゝに庵いとあわれに覚えて 今よりは 厭わじ命あれば社(こそ) かゝる住まいの哀れをも知れ 庵の前に松の立てりけるを見て 久に経て 我が後の世を問えよ松 跡慕うべき人もなき身ぞ こゝを又 我住み憂くて浮かれなば 松はひとりにならんとすらん (以下 略) |
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1.今の山家集西行上人の手蹟そのまゝつたハりしもの とは見えさることあまたありされといつれをもて 正本とすへきなけれハ今の集はしめてすりし一本あり それをもてこたひの類題ハ書集ぬしかれハ文字仮名 もそのまゝにて誤れりとおほしきもたゝし侍らす 1.遁世の後ハ住所いつれとさためたまハさりけりとミゆる に大かたハ高野に住たまひけるよしなれと高野にての哥 も羇旅の部にくハへ置ける 1.みちのく つくしかた四國なとの修行も一たひのことゝも 見え侍らねど凡其國々にならへ出し置されハいつれ のことは書も本のまゝに出しぬ其心して見たまふへし (以下 略) | 1.今の山家集 西行上人の手蹟そのまゝ伝わりしもの とは見えざることあまたあり。されどいづれをもって 正本とすべきなければ、今の集初めて刷りし一本あり。 それをもって此度の類題は書き集めぬ。しかれば文字・仮名 もそのまゝにて、誤れりとおぼしきも正し侍らず。 1.遁世の後は、住所いづれと定め給わざりけりと見ゆる に、大かたは高野に住み給いける由なれど、高野にての哥 も羇旅の部に加え置きける。 1.みちのく つくし(?)かた 四國などの修行も一度のことゝも 見え侍らねど、凡そ其の國々に並べ出し置く。されば、いづれ の詞書(ことばがき)も本のまゝに出しぬ。其の心して見たまふべし (以下 略) |
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