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旭川2002年12月その4 ー雪のにおいー 

  3日目


ホテルの部屋から旭川の町の夜景。真っ白の雪の
道路にイルミネーションが映える。3日目は当初の
予定では、旭川駅より富良野線に乗り、美瑛から
美馬牛周辺を歩く予定であった。そして、美瑛から
空港へバスで戻るというプランだったが、雪と重い
荷物を背負って、さらに息子のことを考えるとちょっと
無謀かという気がしてきた。前もってインターネットで
調べたところ、旭川市内から車を借りて、空港で返す
というのはこの時期にはできないということになって
いたが、車でもさほど危険はなく走れることがわかっ
たので、朝食後だめ元で昨日の営業所にきいてみた
ら、空港返却もできるとのこと。あっさりと昨日と同じ車種
(だったが違う車だった)を借りることになった。身支度を
整え営業所へ向かう。
手続きのあと美瑛方面へ向かい車を走らせる。市内は
かなり雪が降っていたが、途中青空が広がった。しかし、
晴天も長くは続かず、美瑛駅に着くころにはまた激しく
雪が降り出した。

      美瑛駅
ひととおり写真を撮ったあと、地形図に従い線路際の道
を進む。美瑛は最近の北海道らしい小奇麗な町並みだ。
市街地を抜けると、この時期には真っ白の雪原が広が
る。ところどころで風景の写真を撮りながら、雑誌にあった
踏切のポイントに到着。その雑誌の写真は秋のものだった
が真っ白な雪景色というのもなかなかきれいだ。天気も
よくなってきた。気温はマイナス5度ほどだったが、連日の
寒さに比べるとかなり暖かく感じる。
下り線、上り線、1本ずつ撮影のあと美馬牛駅へ行ってみ
る。歩くはずだったところを逆方向に車を走らせる。かなり
の距離があった。「車を借りてよかった・・・」と思った。
線路を歩いていけばさほどでもないのかもしれないが、
何しろ美瑛は「丘の町」だ。その丘を迂回するように道路が
走っている。アップダウンを繰り返しながら道路は再び
踏切を渡り、美馬牛駅に到着した。

       美馬牛駅
駅前は小さいながらも商店もある町であった。駅の待合室
にもストーブが焚かれていて暖かい。駅から先ほどの踏切
に戻る途中に美馬牛小学校があった。前もって知っていた
ことだが、この小学校がなんともメルヘンチックであった。
美瑛の丘に映えるつくりをしていた。
再び踏切に戻り、上り列車を待つ。列車がやってきた。
通過する際に、雪煙をかぶる。最初に塩狩で撮影中に
雪煙をかぶってから、何回雪煙をかぶっただろうか。
つまり、撮影の回数だけ雪煙をかぶったことになる。その
最初に雪煙をかぶったときから、雪煙をかぶるたびに同じ
「におい」を感じた。それが何だったのか大して気にもとめ
なかったのだが、このときにその「におい」に気づいた。
確認するために撮影を終えたあと、近くの雪がたまったと
ころに行き、そこの雪を頭からかぶってみる・・・。そのにおい
こそが「雪のにおい」だったのだ。多分、今までにもそのにお
いを嗅いだことがあったのだろうが、意識していなかったため
に感じることがなかったのだろう。雪には「におい」がある
のだ。
場所を少し移動し、さらにもう1本の下り列車を撮影し、今回
の列車の撮影はすべて終了。まだ少し時間があるので、夏
には観光客でいっぱいになる美瑛から北美瑛に広がる丘の
方に行ってみる。さすがにこの時期観光客はいない・・・と
思ったが、なんとバイクで旅をしている人を見かけた。上には
上がいるものだ。雪がだんだんと強く降り出す。誰もいない
真っ白の雪原となった丘。そして、そこに寒さに耐えるように
立っている木々。「パッチワーク」のような夏の景色とは対象
的な「モノクロ」の世界。
雪が激しく降っている。外へ出て、深呼吸してみる。今までは
わからなかった「雪のにおい」がする。雪のにおいをじっくり
味わってから国道へ出て、旭川空港へ戻った。レンタカーの
営業所で返却の手続きをしたあと、空港ロビーへの送迎を
断り息子と二人歩いてみた。最後の旭川の「寒さ」を楽しむ。
到着時に「マイナス20.1度」と表示されていた電光掲示板
を見に行く。現在は「マイナス9.2度」の表示。その前で
息子と交替で記念写真を撮る。すると、どこかほかの地方か
ら年末年始をふるさと、旭川で過ごすために帰ってきたと
思われる若い女性が「撮りましょうか?」とバスを待つ間、空港
ロビーで待っていたところをわざわざ外へ出てきて声をかけて
くださった。「こちらへ帰られたのですか?」「いえ、これから
東京へ帰るんです。」という答えに対し「まあ、こんな寒いとこ
ろへよくいらっしゃいました。」と。確かに寒いが、暖かい心で
生活している、そんな北国の人たちだと思った。


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