このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

善光寺平かけあし一日周遊記

 

 

■序章

 それは KAZ様のメールから始まった。

「長電OSⅡが運用から外れるそうですね」

 ほほぅ、とは思った。まだ車齢が新しいというのに、もう引退なのか。とはいえ、私には同車に対する思い入れは特にない。写真も既に何枚か撮ってある。そのままではなにも起こらないはずだった。・・・・・・そのはずだった。

 メールに付せられた一言が、全てを決めた。

「OSⅡの最期を見たいなぁ。久々長野に行きたいし、旨い蕎麦も食べたいし」

 小さな雪玉が坂を転げる間に、大雪崩に成長したのであった。以下に記すのは、雪崩のような迅さで催され、最終的には 7名もの人数が集った「善光寺平かけあし一日周遊」の記録である。

 
 朝陽−附属中学校前間を快走するOSⅡ(平成15(2003)年撮影)。長野電鉄自社発注車という虎の子で、コイルバネ台車装架の2両編成が1本しかなかった。そのため、営団日比谷線から大挙転じてきた空気バネ台車装架3500系の前では、車齢こそ若かったものの、性能と使い勝手の点では一歩譲らざるをえなかった。そのせいかワンマン化も改造されず、平日朝ラッシュに須坂−長野間を1往復するのみであり、影が薄い存在だった。木島線の廃止などにより3500系に余剰が生じたため、運用から外れることは時間の問題でしかなかったが、全検切れの平成15(2003年)年 3月 2日の特別運転をもって引退した。スクラップするにはまだ惜しい車両なので、第二の職場を得ることを期待したい。

 

 

      ■その1  善光寺御朝事編

      ■その2  長野市内交通編

      ■その3  長野−(OSⅡラストラン)→飯山編

      ■その4  飯山−(上信越道)→長野編

 

      ■おまけ  OSⅡ写真集

 

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備忘録

 参加者(五十音順):打越健太郎様、 KAZ様、かまにし様、 551Planning様、とも様、矢切様、そして和寒。

 写真に関する注釈 :当日の写真だけでは記述する全ての事柄を網羅できなかった。
           そのため、2年前撮影から後日撮影のものを含め、手持ち写真をとりまとめて記事を構成した。

 

 

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