このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記2015年

長尾寺〜山頭火の句碑〜


さぬき市長尾西に 長尾寺 (HP)がある。


四国霊場 第八十七番札所である。

仁王門


仁王門を入ると道標が山頭火の句碑になっていた。


人生即遍路

山頭火 の行李のふたの裏に書かれていたそうだ。

高知市の 雪蹊寺 にも同じ碑がある。

「お休み処静」の前に山頭火の句碑があった。


春風のちよいと茶店ができました

補陀洛山長尾寺


開基は 行基

天平11年(739年)、創建。

天台宗 の寺である。

本尊は聖観世音菩薩。

本堂の左手に静御前剃髪塚があった。


 平安時代の武将源義経が愛したとされる静御前。

 静は舞の名人であった母磯禅師から舞を教わり、宮中で雨乞いの舞を披露した際に後白河天皇より“日本一の舞姫”と賞賛される。

 母磯禅師が東かがわ市小磯の生まれだった縁から静が晩年を過ごしたとされる旧長尾町や三木町には史跡が数多くあり、その一つがこの「剃髪塚」。

 静は奈良・吉野の山中で義経と別れた後、京へと帰ったが義経恋しさあまり病気を患い、郷愁を感じていた母と共に讃岐の地へ帰ることとなる。

 母と共に信仰の旅へと出た静は長尾寺へと辿り着き、住職の宥意和尚から「いろはうた」などにより無常さを諭され、二人は得度した。静は宥意和尚の一文字をもらい「宥心尼(ゆうしんに)」、母は「磯禅尼(いそのぜんに)」となった。

 その際に落とした静御前の髪が剃髪塚に納められているとされる。

さぬき市観光協会

靜御前の墓の右前に山頭火の句碑があった。


水ちろちろ柄杓もそへて

本堂右手の大師堂前の植え込みの中に山頭火の句碑があった。


てふてふひらひらいらかをこえた

昭和11年(1936年)7月4日、山頭火が 永平寺 を訪れ詠んだ句。

   永平寺 三句

水音のたえずして御仏とあり
てふてふひらひらいらかをこえた
法堂(ハツタウ)あけはなつ明けはなれてゐる


1月7日、長尾寺では「福奪い」の行事が行われる。

長尾寺 本坊膳所 に芭蕉の句碑がある。

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