このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記2009年

日和山公園〜碑巡り〜
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石巻は宮城県第二の都市だそうだ。

多くの文人が石巻を訪れていて、 日和山公園 に歌碑がある。


石川啄木の歌碑


砕けてはまたかへしくる大波のゆくらゆくらに胸おどる洋

 明治35年(1960年)5月28日、 石川啄木 が盛岡中学5年生の修学旅行で石巻を訪れ、長浜海岸を詠んだ2首中の1首。

宮沢賢治の詩碑


われらひとしく丘に立ち
青ぐろくしてぶちうてる
あやしきもののひろがりを
東はてなくのぞみけり
そは巨いなる塩の水
海とはおのもさとれども
伝へてきゝしそのものと
あまりにたがふこゝちして
たゞうつゝなるうすれ日に
そのわだつみの潮騒えの
うろこの國の波がしら
きほひ寄するをのぞみゐたりき

 明治45年(1912年)5月27日、 宮沢賢治 は中学校4年の修学旅行で北上川を川蒸気で下り、石巻の日和山から生まれて初めて海を見た。

啄木の10年後になる。

釈超空の歌碑


海のおもいよいよ青しこのゆふべ田しろあぢしまかさなりて見ゆ

昭和23年(1948年)4月、石巻を訪れて詠んだ3首の中の1首。

釈超空の歌碑を見るのは、初めてだと思う。

斎藤茂吉の歌碑


わたつみに北上川の入るさまのゆたけきを見てわが飽かなくに

 昭和6年(1931年)11月13日、 斎藤茂吉 の長兄守谷広吉が亡くなる。茂吉は葬儀に参列した後、鳴子、 中尊寺 、石巻 、 塩釜 、松嶋、仙台を巡っている。茂吉が石巻を訪れたのは、この時だけだそうだ。

石巻の日和山より見ゆるものとほき渚にかぎろひたちぬ

わたつみに北上川の入るさまのゆたけきを見てわが飽かなくに

『石泉』

昭和63年(1988年)12月6日、石巻市建立。

斎藤茂吉記念館によれば、96番目の茂吉歌碑である。

新田次郎の歌碑


北上川の盡きるところのかすみにはなおとまどいの青き波かな

 昭和48年(1973年)7月25日、『アラスカ物語』取材のため石巻を訪問している。石巻は『アラスカ物語』の主人公・フランク安田こと安田恭輔の故郷だそうだ。

新田次郎が歌を詠むとは、知らなかった。

日和山公園の駐車場に 種田山頭火の句碑 がある。

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