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私の旅日記2013年

宇都宮城址公園〜関東七名城〜
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陽気もいいので、宇都宮城址公園に行ってみた。


宇都宮城を築城したのは 藤原秀郷 とも藤原宗円とも言われているそうだ。

清明台


 ここは、近世宇都宮城の本丸があったところです。

 宇都宮城址公園は、歴史資料や発掘調査結果に基づいた本丸の一部復元、中心市街地の活性化の拠点づくり、防災の拠点づくりを3つの柱として整備したもので、復元した土塁や堀、櫓、土塀は、江戸時代中期の姿を現代によみがえらせたものです。

 宇都宮城のはじまりは、平安時代の後期に築かれた館だといわれています。中世には宇都宮氏が500年にわたって城主をつとめ、戦乱の世を乗り切っています。江戸時代には譜代大名の居城として威容を誇りました。また、釣天井伝説の舞台、関東七名城の一つとしても有名です。

宇都宮市

 関東七名城は、川越(河越)城(埼玉県川越市)、 忍城 (埼玉県行田市)、前橋(厩橋)城(群馬県前橋市)、 金山城 (群馬県太田市)、 唐沢山城 (栃木県佐野市・田沼町)、宇都宮城(栃木県宇都宮市)、多気城(茨城県つくば市)あるいは 太田城 (茨城県常陸太田市)。

枝垂桜


 元和5年(1619年)、本多正純が 小山 から宇都宮に転封になる。

 天和元年(1681年)、本多忠平は 白河 藩から宇都宮藩に移封。

 貞享2年(1685年)6月22日、宇都宮藩から大和郡山藩に12万石で移封。

辛夷の花


 慶応4年(1868年)5月15日(4月23日)、土方歳三は宇都宮城攻城戦で足を負傷、会津田島を経て会津若松 「清水屋」 に運び込まれた。

平成19年(2007年)3月25日、開園。

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