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東シナ海不審船事件について
〜領域警備法制と装備の充実を〜

中島 健

1、はじめに
 海上保安庁は昨年12月22日、鹿児島県奄美大島沖約240キロの東シナ海の我が国排他的経済水域内で、国籍不明の不審船を発見。漁業法(昭和24年法律第267号)違反容疑で停船を命令したが逃走したため 海上保安庁法 (昭和23年法律第28号)に基づく威嚇射撃を実施して強行接舷を試みた(海保は巡視船25隻・航空機14機を出動させた)。しかし、不審船は一旦は火災を起こして停船したものの消火して再逃走を開始し、更に同日午後10時頃巡視船に対して自動小銃、機関銃、携帯対戦車ロケット砲で攻撃したため、結局日中中間線を越えたところで巡視船「いなさ」の正当防衛射撃が行われ、同船は午後10時13分頃、奄美大島の西北西約390キロの海域で爆発・自沈した。なお、海上自衛隊もイージス艦など護衛艦2隻を出動させたが、 自衛隊法 (昭和29年法律第165号)に基づく海上警備行動は発令されなかった。
 この事件で、海上保安庁の巡視船「あまみ」「きりしま」「いなさ」の3隻が被弾海上保安官2人が負傷した他、不審船の乗組員15人が海に投げ出され、溺死又は自殺した。遺留品や防衛庁の資料等からこの船は北朝鮮(自称「朝鮮民主主義人民共和国」)の特殊工作船又は麻薬密輸船と見られ、政府は不審船の引き上げや今後の法改正等の対応策を検討している。
 沈没した不審船は100トン前後で、左舷に中国の漁船を偽装するためか「長漁3705」という船名が書かれていたが、いずれの国の国旗も掲揚せず(但し、途中で乗組員が鉄パイプと中国国旗を振っていた)、集魚灯のみ装備して漁具は全く搭載していなかった。また、潜入工作用の小型ボートを格納するためか、エンジンが船体後部ではなく前部にあり(海保の赤外線スコープによる観察)、1999年の能登半島沖不審船事件で発見された北朝鮮工作船に酷似していた。

2、適法・適切だった船体射撃
 今回の事件で海上保安庁は、武装不審船に対して武器を使って何度も射撃を行ったが、これらの射撃は、国際法上もまた国内法上も適法・適切だったということが出来る。

※国連海洋法に基づく海域の分類
(排他的経済水域はここに表示されていない)

領水(内水と領海)

 そもそも 国連海洋法条約 によれば、我が国は自国の沿岸(正確には領海の基線)から200カイリの 排他的経済水域(EEZ) において水産業や鉱業等の経済的権利に関する管轄権(主権的権利)を持ち、領海外であってもそれらを保護する国内法令を制定し、違反外国船舶を取締ることが出来る( 海洋法条約第55条以下 )。従って、我が国としてはこの武装不審船を漁業法違反の容疑で臨検・拿捕することは適法であるばかりか、例え武装不審船が我が国経済水域から公海や他国の経済水域に逃走したとしても、継続追跡権海洋法条約第111条 )を行使して他国領海の手前まで追い続けることが出来る。今回海上保安庁は、国内法との整合性の観点から、国際法上はこの立場をとっているものと見られる。なお、国際法上、臨検visit)の際、容疑船舶に停船を命じても応じないときはまず空砲を発射し、それでも停船しないときは船の前方に向けて威嚇射撃を行い、臨検して容疑が確定すれば拿捕seizure)する(軍艦の乗員を派遣するか、国旗を下げさせ随行させる)ことができる。

※我が国の領水及び経済水域

我が国の領水及び経済水域

 
領土Territory
領水Territorial Waters:内水+領海12カイリ)
接続水域Contiguous Zone:基線から24カイリ)
経済水域Exclusive Economic Zone:基線から200カイリ)
それ以外(公海、他国領水)
他国領土

 加えて、99年の能登半島沖不審船は日章旗を掲揚し領海(または 直線基線 内側の内水?)内を航行していたため船舶法(明治32年法律第46号)を適用する余地があったが、国旗を全く掲揚しない今回の武装不審船は無国籍船(大量の武器を所持していたことからすると海賊船の疑いもあろう)と推定され、無国籍船に対しては例え 公海 上であっても(全ての国に)臨検・拿捕の権利が認められている公海海上警察権 )( 海洋法条約第110条。従って、少なくとも我が国周辺諸国としては、今回の我が国海上保安庁の国際法に則った対応を批判することは出来ないし、また他国に脅威を与えるものではないことは言うまでもない。今回の事件に関して一部評論家は、漁業法違反といった軽微な容疑で、しかも領海外の公海で船体射撃を実施したことを批判するが、国際法的には何れも不当な主張である(中国の経済水域における武力行使に「懸念」を示した中国政府も同様である)。
 ところで、これは余談だが、今回の事件で武装不審船は国旗を掲揚せず、また北朝鮮当局も関与を否定する声明を出しているが、もし同船が我が国経済水域で北朝鮮国旗を掲揚し、政府公用船舶か軍艦の地位を明示していたら、海上保安庁や海上自衛隊は個別的自衛権を発動でもしない限り手を出せなかったであろう。何故ならば、 国連海洋法条約 では、例え公海海上警察権の対象となり得る行為があったとしても、外国軍艦や非商業目的の外国政府公用船舶は警察権から免除され、近接権や臨検の権利の行使は認められないからである。
 他方、我が国国内法としては、海上保安庁が根拠として援用した漁業法及び 海上保安庁法最も適切な根拠法となろう。何故ならば、現行法上 国連海洋法条約 が認める無国籍船・海賊船に対する臨検をする権限は海上保安庁には与えられておらず、また99年の能登半島沖不審船事件と異なり領海外・接続水域外を航行していたので出入国管理及び難民認定法」(昭和26年政令第309号)は国内法上も国際法上も使えないからである。ただ、先の法改正で可能になったはずの危害射撃が、領海外での出来事であった今回の事件では出来なかったと説明されているが、 海上保安庁法第17条・第18条・第20条 を素直に読む限りでは、領海外であっても根拠法さえあれば危害射撃が出来ないわけではない。ただ、(前述したように) 国連海洋法条約 に基づく海上警察権を認める国内法が存在しないために、結果として危害射撃の要件である 同法第20条第3項 の基準に「漁業法違反」容疑が満たず、ために 第20条 が適用できなかったのである。

         
 公 海それ以外旗国主義原則
海上警察権
     
 排他的
経済水域
基線から
200海里
 経済水域関連
の国内法令
(★)   
 接続水域基線から
24海里
  入国管理関連
の国内法令
   
 領 海基線から
12海里
   全 て
の国内法令
(無害通航) 
 内 水基線の
内側
    全 て
の国内法令
 
         

国家管轄権が及ぶ範囲(概念図)
:黄緑色の部分は国内法上「危害射撃」が出来ない部分。
法改正すれば国際法上は可能だが、入管法を根拠に経済水域で射撃する(★)と国際法違反。

 なお、巡視船「いなさ」の 警察官職務執行法 (昭和23年法律第136号)第7条但書に基づく射撃(正当防衛射撃)は、武装不審船が対戦車ロケット砲「RPG-7」まで装備していたことを考えれば、 刑法 上の正当防衛( 刑法第36条 )の要件を満たしており適法と考えれる。また、事前の威嚇射撃にしても、不審船が北朝鮮の高度に武装・訓練されたものである可能性が高かった以上、過剰とは言えまい。

※参考資料
海上保安庁法第17条
 海上保安官は、その
職務を行うため必要があるときは、船長又は船長に代わつて船舶を指揮する者に対し、法令により船舶に備え置くべき書類の提出を命じ、船舶の同一性、船籍港、船長の氏名、直前の出発港又は出発地、目的港又は目的地、積荷の性質又は積荷の有無その他船舶、積荷及び航海に関し重要と認める事項を確かめるため船舶の進行を停止させて立入検査をし、又は乗組員及び旅客に対しその職務を行うために必要な質問をすることができる。
 ②海上保安官は、前項の規定により立入検査をし、又は質問するときは、制服を着用し、又はその身分を示す証票を携帯しなければならない。
 ③海上保安官の服制は、国土交通省令で定める。
海上保安庁法第18条
 海上保安官は、海上における犯罪が正に行われようとするのを認めた場合又は天災事変、海難、工作物の損壊、危険物の爆発等危険な事態がある場合であつて、人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害が及ぶおそれがあり、かつ、急を要するときは、他の法令に定めのあるもののほか、次に掲げる措置を講ずることができる。
 一 船舶の進行を開始させ、
停止させ、又はその出発を差し止めること。
 二 
航路を変更させ、又は船舶を指定する場所に移動させること。
 三 乗組員、旅客その他船内にある者(以下「乗組員等」という。)を下船させ、又はその下船を制限し、若しくは禁止すること。
 四 積荷を陸揚げさせ、又はその陸揚げを制限し、若しくは禁止すること。
 五 他船又は陸地との交通を制限し、又は禁止すること。
 六 前各号に掲げる措置のほか、海上における人の生命若しくは身体に対する危険又は財産に対する重大な損害を及ぼすおそれがある行為を制止すること。
 ②海上保安官は、船舶の外観、航海の態様、乗組員等の異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、海上における犯罪が行われることが明らかであると認められる場合その他海上における公共の秩序が著しく乱されるおそれがあると認められる場合であつて、他に適当な手段がないと認められるときは、前項第一号又は第二号に掲げる措置を講ずることができる。
海上保安庁法第20条
 海上保安官及び海上保安官補の
武器の使用については、 警察官職務執行法 (昭和二十三年法律第百三十六号) 第七条 の規定を準用する。
 ②前項において準用する
警察官職務執行法第七条 の規定により武器を使用する場合のほか、第十七条第一項の規定に基づき船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜずなお海上保安官又は海上保安官補の職務の執行に対して抵抗し、又は逃亡しようとする場合において、海上保安庁長官が当該船舶の外観、航海の態様、乗組員等の異常な挙動その他周囲の事情及びこれらに関連する情報から合理的に判断して次の各号のすべてに該当する事態であると認めたときは、海上保安官又は海上保安官補は、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる
 一 当該船舶が、外国船舶(軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であつて非商業的目的のみに使用されるものを除く。)と思料される船舶であつて、かつ、
海洋法に関する国際連合条約第十九条 に定めるところによる無害通航でない航行を我が国の内水又は領海において現に行つていると認められること(当該航行に正当な理由がある場合を除く。)。
 二 当該航行を放置すればこれが将来において繰り返し行われる蓋然性があると認められること。
 三 当該航行が我が国の領域内において死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮に当たる凶悪な罪(以下「重大凶悪犯罪」という。)を犯すのに必要な準備のため行われているのではないかとの疑いを払拭することができないと認められること。
 四 当該船舶の進行を停止させて立入検査をすることにより知り得べき情報に基づいて適確な措置を尽くすのでなければ将来における重大凶悪犯罪の発生を未然に防止することができないと認められること。
警察官職務執行法第7条
 警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、
武器を使用することができる。但し、 刑法 (明治四十年法律第四十五号) 第三十六条 (正当防衛)若しくは 同法第三十七条 (緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。(以下略)

3、今後のために
 では、今回の事件から何を教訓とすべきであろうか。
 一つは、以上見てきたように、現在の我が国国内法には、海上保安庁に 国連海洋法条約 が認める無国籍船・海賊船に対する臨検権限が無い。これは、抽象的には国内法と国際法の衝突を巡る問題であり、また必ずしも 国連海洋法条約 に従った法整備を一義的に義務づけられている訳ではない。しかし、権限が無ければ折角の 海上保安庁法20条 も宝の持ち腐れであり、我が国周辺の公海に無国籍船・海賊船を跋扈させることにも繋がりかねない。現行の 船舶検査法 (「 周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律 」。平成12年法律第145号)は海上自衛隊に公海上での臨検を認めるが、「 周辺事態 」があって、しかも国会承認を要する基本計画に実施を規定しなければならず、しかも武器使用は護身目的でしかできない(危害射撃は 正当防衛・緊急避難 の場合しかできない)。我が国が自身の安全を確保するためにも、また我が国周辺海域における航行の安全を確保するという国際的な責務を果たすためにも、領海警備法の制定を含む早急な法改正が求められよう。

ヘリコプター2機搭載巡視船「やしま」

 今一つは、不審船に対処する巡視船の装備の問題である。報道によれば、今回銃撃を受けた巡視船「あまみ」は、他の巡視船と異なり防弾装備が無く、機銃弾などは船を貫通してしまったという。実際、このような事態に備えて防弾装備が施されているのは、能登半島沖不審船事件以降に建造されたごく少数の新型巡視船のみであり、やや大袈裟に言えばその他の巡視船の船体は商船と同じ厚みしかない。無論、防弾装備があっても対戦車ロケット砲弾の直撃には耐えられず、そうなるとこれはもはや海上自衛隊の出番となろうが、いずれにせよ装備が貧弱であったことは否めない。第一、巡視船に登載されている20ミリ機銃も、実は 海上保安庁法第19条 にある「海上保安官の携帯する武器」という位置付けに過ぎないのである。領海警備は単なる警察的活動ではなく準軍隊的な機能が要求されるのであるから、それを踏まえた海上保安庁の装備の一層の充実が必要であろう。
 加えて、今回の事件では、21日午後4時に海上自衛隊のP-3C哨戒機が武装不審船を発見していながら、予算不足で画像の電送装置を登載していなかったため通報が遅れ、結果として対応の遅れを招いたという批判がある。不審船かどうかの判定に時間がかかり、防衛庁から海上保安庁への通報に9時間費やしてしまったのは致し方無いにしろ、防衛庁・自衛隊のIT化の遅れが気になる。防衛予算を見なおしてしかるべき装備を整えるとともに、一定程度の権限を現場に与えて全ての事案を電送せずともすむ法制度(ROE、交戦規則=部隊行動基準)を早急に構築すべきである。
 北朝鮮はこのところ、朝銀信用組合事件に関連した在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)本部の家宅捜索や我が国のテロ対策特別措置法に基づく自衛隊派遣に反発して態度を硬化されており、日本人拉致疑惑に関連した「行方不明者」調査の全面中止を発表したりしている。また今回の事件を踏まえて、今後は我が国沿岸に出没する不審船・工作船の武装を強化(例えば携行対空ミサイルの追加装備)し、これまで以上に追跡が困難になることも予想される。テロは、対岸の火事ではないのである。

(※なお、海洋国際法と国連海洋法条約については、本誌2000年8月増刊号「 国連海洋法の解説 」を参照されたい。)

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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