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セントラム開業で『TOYAMA INNOVATION』は加速するのか?

−2009年12月23日 富山市・富山地鉄「富山都心線」 セントラム開業−


TAKA  2010年01月05日


富山城天守閣をバックに停車するセントラム@国際会議場前


 ※ 本記事は「 TAKAの交通論の部屋 」「 交通総合フォーラム 」のシェアコンテンツとさせて頂きます。


 ☆ ま え が き 〜富山は色々な意味で「交通先進都市」か?〜

 近年日本でも「公共交通」が色々な都市で見直されて来ています。
 それは、一つに「地方都市で車依存の拡散型都市だと、都市の力として都市を維持出来ない」と言う問題が有り、その中で「中心市街地活性化」や「コンパクトシティ」という話が出てきた中でその移動手段として「公共交通」が見直されたと言う事が有り、もう一つは「Co2削減は必須で有りその為には輸送効率に対してのCo2排出効率を考える事が必要」と言う事で、輸送単位当りのCo2排出量が少ない公共交通特に軌道系の公共交通に注目が集まって居る為に、結果として都市に置いて「公共交通」が見直されてきて居ると言えます。
 しかしながら、日本は大都市に置いては「公共交通」は機能して居ると言えますが、県都レベルの規模の都市となると多くの都市で移動手段の「主役」は自動車であり、鉄道・バスと言う公共交通機関は「脇役」となってしまい、結果として大量輸送手段で有る「公共交通」が成り立ちづらくなり「採算悪化・路線廃止」などの問題が発生して来る事になります。

 今の多くの地方都市の「現実」として、「公共交通は見直したいが結局車が主役の交通から変えられない」という問題に直面して居ると思います。
 それは有る意味仕方が有りません。既に日本の地方都市の多くは、「車が主役」の都市構造になってしまって居るからです。自動車の普及と共に住民は土地の広い郊外に転出してしまい都市中心部の空洞化が進み、商業施設も郊外のロードサイド店やショッピングモールが中心となり都心部での商業が成り立たなくなり、都市自体が「中心部に纏まって居る」形態から「郊外に薄く広く広がる」形態に構造が変わってしまって居るからです。
 この様に「人口と商業の集積が郊外へ広がった」都市では、公共交通は成り立ちづらい状況になってしまって居ます。公共交通は基本的に車と比べれば「大量輸送機関」で有る以上一定の利用量が無ければ成立しません。「郊外に薄く広く広がる都市」では、公共交通は集客に苦戦して苦しい状況に追いこまれるのは当然の話です。
 この様な「郊外に薄く広がる自動車中心の都市」は、色々な問題を引き起こします。「都市の空洞化の問題」もそうですしCo2削減に関する「環境問題」もそうです。加えて車は運転出来る人には便利だが老人・学生・子供等の車の運転出来ない人達には不便で有る「交通弱者」の問題も発生します。
 今の日本の都市は、この様な問題を認識しながらその解決を迫られていて、如何に解決するか「もがき苦しんで居る」と居る状況です。

 この様な今の日本の地方都市が抱えて居る「交通に関する都市構造・環境・交通弱者対策」問題に関して、問題解決へ向けて「一つの道筋」を付けて努力をして成果を挙げつつ有る都市が有ります。それが今回取り上げる富山市です。
 「富山」と言えば、交通で言えば「日本初のLRTと言える富山ライトレール」を導入した事で有名であり、弊サイトでも富山ライトレールに関しては「 富山で路面電車の「過去・現在・未来」を見る 」で取り上げて居ます。
 しかし、富山の「都市と交通のイノベーション」は富山ライトレールだけでは有りません。私も富山ライトレールが出来た時には幣サイトで「This is revolution !?(此れは革命だ)」と書きましたが、確かに「革命的に凄いもの」で有り最初に見た時の第一印象は間違えて居ないと思いますが、今から見直せば「revolution(革命)」と言うより「innovation(変革)」であり、あくまで富山の都市と交通から見ると富山ライトレールは「新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し社会的に変化をもたらす自発的な社会の変革」の第一歩であり、その後の「変革の動き」は続いています。

 今回、又一つ富山で「都市と交通のイノベーション」が具体化しました。それが「富山都心線 セントラム」の開業です。富山ライトレールの時には「廃止問題が浮上した富山港線の現代的な輸送システムへの変革が実現した」のですが、セントラムの場合は「中心市街地の交通の便を改善する事で中心市街地の活性化を図る」事を目論んだ新路線といえます。
 2009年は何故か富山(とその近く)に2回も行く用事が有り、富山に関してセントラムの建設に関してはチョット注目をして居ました。本当は12月23日の開業日に富山に行こうと思って居ましたが予定の都合上果せず、チョット早い年末旅行に26日夜〜29日に掛けて北陸旅行に行った時に、開業したばかりのセントラムを見てくる事が出来ました。
 2006年の富山ライトレールを除けば、純粋な路面電車の路線新設は日本で本当に久し振りでは無いでしょうか?(1998年の「豊橋鉄道東田本線の豊橋駅前乗入」もしくは1982年の「豊橋鉄道東田本線井原〜運動公園前間延長」以来か?)。しかしセントラムは単純に「路面電車の延長」では有りません。富山都心部に都市内移動の利便性向上と中心市街地活性化の意図を持って建設された路線で、「公設民営」という上下分離の手法を用いた事等色々な点で只単純に「路面電車の延伸」と表する事が出来ない「先進性・革新性」を持った路線です。
 果たして「イノベーション」をもたらす革新性を持ち合わせた新しい路面電車路線「セントラム」はどんな路線なのか?興味津々で現地を見る事にしました。


本編執筆に関しての参考資料
参考サイト富山市HP  ● 富山地方鉄道HP  ● 富山地方鉄道富山市内軌道線 (wikipedia) ● 走り始めたセントラム (鉄道ホビダス:編集長敬白)
セントラム開業レビュー (以久科鉄道志学館)● 富山ライトレール ポートラム (交通とまちづくりのレシピ集)
参考文献●「路面電車新時代 LRTへの軌跡」(服部重敬 著) ●「路面電車ルネッサンス」(宇都宮浄人 著) ●数字で見る日本の鉄道 2009年版
富山市 資料市内電車・環状化計画に関する検討報告書 (平成18年5月) ● 市内電車環状線化事業の概要 (平成19年11月) ● 市内電車環状線化デザイン検討委員会報告書 (平成20年10月)
富山市交通政策課HP  ● 富山市路面電車推進室HP  ● 富山市中心市街地活性化推進課HP  ● 富山市都市再生整備課HP
TAKAの交通論の部屋富山港線訪問記 (04/05/22) ● 富山で路面電車の「過去・現在・未来」を見る (06/08/19) ● 第三セクターによる公共交通整備の「成功事例」を分析する (06/11/06)

富山市の概要
項 目面  積都市の広がり人 口世 帯 数DID人口密度
数 値1,241.85k㎡東西60.7km・南北43.8km420,804人145,821世帯4,329人/k㎡

富山の市内軌道のの基礎的数値
平成20年度営業キロ編成数輸送人員輸送密度(人/日・キロ)営業収益営業費用営業損益
富山ライトレール7.6km7編成1,876千人3,206人/日・キロ305,735千円372,664千円▲66,929千円
富山地方鉄道 富山市内線6.4km17編成3,643千人4,284人/日・キロ528,980千円370,815千円158,164千円
平成18年度営業キロ編成数輸送人員輸送密度(人/日・キロ)営業収益営業費用営業損益
富山ライトレール7.6km7編成1,945千人3,324人/日・キロ275,731千円377,045千円▲101,313千円
富山地方鉄道 富山市内線6.4km17編成3,570千人4,152人/日・キロ551,567千円401,062千円150,504千円


 ☆ 富山ライトレールに続く「TOYAMA INNOVATION」の第二幕『富山市・富山地鉄「富山都心線」 セントラム』を見る (09年12月27日〜29日訪問)

 今回12月23日開業の『富山市・富山地鉄「富山都心線」 セントラム』(以下「セントラム」と略す)ですが、本当は「12月23日の開業日に行く」予定でしたが残念ながら前日夜に仕事の打合せが入りチケットを取った夜行急行能登の時間に間に合わず「開業日電撃訪問」は叶いませんでした。
 なので私は、年末年始休暇の一環として丁度開業後直ぐの休日〜年内最後の平日〜仕事納め後となる27日〜29日に北陸(富山・金沢・福井)に旅行に行き、その期間中「駒切れ」では有りますがセントラムに試乗したり沿線を歩いたりする事が出来ました。

 『セントラム訪問期間:27日夜8時〜9時頃・28日午前中10時〜12時頃・29日朝9時〜9時半頃・29日午後12時半〜14時半頃(沿線歩きのみ)』

 時期的には「開業後の御祝儀乗車が有る時期」であり、必ずしも実態を表して居るとは言えないと思います。しかし3日も旅行に出るような休みは年末年始・GW・夏休みしか取れない私としてはそんな贅沢も言っていられません。と言う事で「実態を表して居ない」事を踏まえながら「休日夜・平日昼間・仕事納め後の実質休日の朝と昼間」出来るだけ多くの状況を見る事を心掛けながら、富山に新しく出来た路面電車「セントラム」を訪問して来ました。


 (1) 富山都心線「セントラム」の概要とは?

 セントラムは、元々富山都心部で市内線を運行して居る富山地方鉄道市内線「南富山〜富山駅前〜大学前間」において、過去に運行されていて1973年に廃止された西部線丸の内〜旅籠町〜西町間が経由ルートを旅籠町⇒大手モールに変更されて復活・新設された路面電車(トラム)です。
 路線延長自体は丸の内〜西町間の約0.94kmで、県道44号線(県道富山高岡線)・大手モール・平和通りの路上に単線で整備され、丸の内⇒西町方面に反時計廻りで運行される計画になっています。現在はその計画に従い概ね10分〜20分間隔で運行が実施されて居ます。
 セントラムは、富山ライトレールの時には「考え方を導入」であった(富山市が補助して居るが資産は富山ライトレールが保有)『公設民営』を、2007年10月施行の「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(地域公共交通活性化法)」に基き、富山市・富山地鉄が同法に基く「軌道運送高度化実施計画」を申請し、富山市が軌道・電気信号設備・車両などを整備・保有する軌道整備事業者、富山地鉄が富山市から施設や車両を借りて営業する軌道運送事業者として認定を受け、日本初の「公設民営の鉄道事業」として造られた物です。

『富山市・富山地鉄「富山都心線」 セントラム』に投入された3編成の9000形
  
右:9001号・白編成 中:9002号・銀編成 左:9003号・黒編成

 その為、セントラム用に富山ライトレールのTLR0600型とほぼ同じ新潟トランシス製の9000形が3編成導入され、富山地鉄市内線の南富山車庫の中に整備線も設けられて居ますが、これらも「公設民営」ですから富山市が建設・保有・保守をして、富山地鉄が借りて運行する形となって居ます。
 今回セントラムに導入された9000形は、写真の様に白・銀・黒を基本のカラーに用いて居ます。富山ライトレールもデザインに関して色々と工夫がされて居ますが、セントラムの場合富山市が設けた「 市内電車環状線化デザイン検討委員会 」において車両だけで無く電停・道路全体のデザインまでトータルに提案されて居ます。
 その様な「トータルデザイン」が行われた為、セントラムは車両だけで無く電停・走行空間などもデザイン的に非常に洗練された感じとなって居ます。

 
右:富山市内線から環状線の分岐点 丸の内電停 左:富山城お堀端の県道44号線の新設軌道区間

 先ずは、既存の富山地鉄市内線から分岐する「丸の内電停」です。電停自体も「デザイン検討委員会」で「アルミ、ガラス等の富山らしい素材を工業デザインの精度で構成した、軽快で透明感のあるデザイン」というコンセプトを打ち出しており、富山ライトレールの電停デザインに近い感じながら、ガラス・アルミを多用した現代的なデザインとなって居ます。
 又丸の内から大手モールに向かう間の県道44号線(県道富山高岡線)の区間は、富山城のお堀端を走る区間で、進行方向左手に富山城跡公園と富山城天守閣(模擬天守)が見えて非常に象徴的な景色となって居ます。似たようなシチュエーションを走る路面電車は他にも有るでしょうが、歴史を感じる城跡公園の風景と現代的なトラムが融合する様に上手くデザインされていて、しかも天守閣の「瓦の黒と壁の白」とセントラムの「白・黒・銀」の3色が上手くマッチして非常に綺麗な景色になって居ます。

 
右:国際会議場前電停と富山城天守閣 左:大手モールを行くセントラム

 国際会議場前電停から大手モールに入ります。丁度大手モールの入口の「国際会議場」と「ANAクラウンプラザ富山」の間の所にセントラムの「国際会議場前」駅を造って居ます。国際会議場は富山を代表する会議場ですし、ANAクラウンプラザ富山は富山を代表するホテルです。都市を代表する会議場とホテルの前ですから此処に電停を造るのは有る意味当然でしょう。
 又大手モールの区間は、歩道を一部狭めて南北1車線の車路を確保しながら道路の中央にセントラムの軌道を受け入れる余地を作り出して居ます。又車道部と歩道部と軌道部で同じインターロッキングを使って居る為、デザイン的に軌道が目立たなくなっており非常に綺麗に仕上がって居ます。大手モールは通過交通が通る道で無いので「車道にインターロッキング舗装」が使えたのでしょうが結構珍しい例かもしれません。

 
右:総曲輪商店街のアーケード出口に隣接する大手モール電停 左:総曲輪フェリオ(富山大和)前のグランドプラザ前電停

 大手モールの出口には、大手モール電停が設置されて居ます。この場所は写真に有る通り総曲輪商店街の西の端の出入口に当ります。総曲輪商店街は富山を代表する商店街ですが、今までは西町電停からしかアクセスで来ませんでしたが、今後は西町電停で降りて総曲輪商店街・総曲輪フェリオで買い物をしてグランドプラザ・大手モール電停に抜ける回遊(逆も有る)が出来る事になります。そういう意味では非常に考えられて居る電停の配置と言えます。
 大手モールを出ると、平和通りに入り国道41号線を越えた先、総曲輪フェリオとグランドプラザの前にグランドプラザ電停を設けて居ます。総曲輪フェリオとグランドプラザを造った「総曲輪通り南地区市街地再開発」は中心市街地活性化が進んで居る総曲輪地区で中核となる再開発で有り、そのキーテナントで有る富山大和は総曲輪地区の商業の核となっています。その目の前に電停を造った事は、富山市の中心市街地へのアクセスが改善される事になり大きな効果が期待出来ます。


 (2) 富山都心線「セントラム」の利用状況は?

 さてそのセントラムの利用状況ですが、今回3回に分けて利用状況を見ながらセントラムに試乗して来ました。
 結果的にセントラムの利用状況は、未だ「開業直後の御祝儀乗車」が多く見られた場面も有りましたが、基本的には「セントラムが何を目的に造られたか?」を明確に表していると感じられる程「利用状況の分布が偏った」感じになったと言えます。

 先ず日曜日の夜間・実質休日の朝である[1][3]は、「閑古鳥が鳴って居る」とまでは言えませんが、比較的低い利用率で有ったといえます。
 どちらも環状線区間では座席の3分の1〜半分程度の寂しい利用率でしたし、国際会議場前・大手モールでは「乗降殆どゼロ」という状況でした。市内線区間でもそんなに利用率は高く無く、市内線と環状線では「単車と連接車の輸送力の差」が有るにしても絶対的な利用数は同じ位で、決して「利用されて居る」とは言えない状況でした。
 まあ、だからこそこの時間は運行本数が昼間と比べて半分程度の毎時3本になって居るのでしょうし、8時台に至っては毎時2本しか有りません。そう見ると、セントラムはこの時間帯に「多くの利用客が有る」とは端から考えて居なかったのだと思います。

[1]12月27日 夜8時〜9時頃 環状線乗車状況
  
右:富山駅前電停出発時点 中:グランドプラザ前乗降時点 左:地鉄ビル前到着時点
[2]12月28日 昼10時〜11時頃 環状線乗車状況
  
右:富山駅出発時点 中:大手モール出発後時点 左:グランドプラザ前乗降状況
[3]12月29日 朝9時〜9時半頃 環状線乗車状況
  
右:富山駅前出発時点 中:大手モール出発後時点 左:桜橋到着前時点

 それに対して、目だって利用が多かったのは昼間の時間帯でした。普通の会社は「仕事納め」で有った筈の28日午前中は雨にも拘らず最低でも「座席が殆ど埋まる?」程度の利用客は有りました。又乗らなかった物の「仕事納め後で休みの人も多い」29日の昼間は立ち客多数が出て混雑で乗降に時間が掛かり一部列車が遅延する程の乗客が有ったのを目撃しています。
 利用客の大部分は、富山駅前⇒グランドプラザ前間・グランドプラザ前⇒市内線という客の流れでした。しかもグランドプラザ前で降りた客のかなりはグランドプラザに消えて行き、目的地が富山大和・総曲輪フェリオ・総曲輪商店街であった事は容易に想像出来ます。
 この時間帯は基本的に「10分間隔運転」の本数の多い時間帯と言う事を踏まえて、それで(見た日が特殊と言う事を割引いても)立ち客が多く出る状況ですから、基本的にセントラムは「日中〜夕方の富山駅前〜グランドプラザ前間の買い物客」が需要のメインで有ると言う可能性は高いと思います。

 この様な利用状況を見る限り、セントラムは富山市が考えて居る建設意義の内「二つの都市核(富山駅前・西町総曲輪地区)の連携強化」と言う目的は十二分に果たして居ると言えます。只「都心エリアでの回遊性向上」と言う点では「駅前と総曲輪・西街地区との回遊性向上」には寄与して居る物の、総曲輪地区内部での回遊性向上と言うのは総曲輪商店街の西側に位置する大手モール電停の利用状況を見ると未だ不十分なのかもしれません。
 確かに総曲輪・西町地区を見ると、富山大和・総曲輪フェリオと言う商業施設の集客力は富山中心部では際立って居ますし、色々なイベントが開かれるグランドプラザにも大きな集客力が有ります。そういう意味ではセントラムの乗降がグランドプラザ前に集まるのは仕方ないのかも知れません。
 このセントラムの利用の大部分を「総曲輪の大型商業施設」に頼る現状が今後どのように変わるか?が、セントラムの利用実績の今後を占うかもしれません。


 ☆ 富山都心線「セントラム」開業がもたらす効果とは?

 さてその様に順調に滑り出したセントラムでしたが、セントラムが富山にもたらしたものは一体何なのでしょうか?。
 富山市は、セントラム建設前に出した「 市内線環状化事業の概要 」というパンフレットの中で、市内線環状化の意義について『(A)二つの都市核の連携強化 (B)都心エリアでの回遊性向上 (C)南北接続後の路面電車ネットワークの形成』という3点を挙げています。
 この内(C)に関しては、富山市内線・セントラムと北側を走る「富山ライトレール(ポートラム)」が連携出来るのは2014年度の北陸新幹線開業の先、平成27年度に完了予定の富山駅付近連続立体交差事業が完成し富山駅前の駅前広場が整理され、それらの事業と一体で高架下に整備される富山ライトレール富山駅北〜富山地鉄富山市内線間の連絡線が完成しないと実現出来る物では有りません。そういう意味では「将来は意義の有る事業」ですが、現在では「将来構想の一環」という事になります。

 その様な事から考えると、「セントラム」が「何を富山にもたらすのか?」と言う事は、「(A)二つの都市核の連携強化 (B)都心エリアでの回遊性向上」というセントラム開業によりもたらせる二点の意義が、富山を如何変えるのか?と言う事になります。
 セントラムの意義の一つで有る「(A)二つの都市核の連携強化」という事は「富山駅前と西町・総曲輪の二つの都市核の連携を強化する」という事です。富山の二つの都市核のうち外から人が来る交通機関が有るのはJR・富山地鉄(郊外線)のターミナルで有る富山駅です。西町・総曲輪地区は「バスで来るor車で来るor市内線で来る」しか手段が無く加えて「ターミナルから歩く」距離にも無い為、セントラム開業によるターミナル富山駅からのアクセス改善は西町・総曲輪地区にとって大きなプラスです。
 又「(B)都心エリアでの回遊性向上」に関しては、西町・総曲輪地区では今まで東寄りの市内線荒町・西町電停しか有りませんが、セントラム開業で西町・総曲輪地区へのアクセスに使える電停が国際会議場・大手モール・グランドプラザ前・西町・荒町の5つになり、これらの電停を利用し西町・総曲輪地区の商業施設・商店街に徒歩でアクセスが出来るようになり、しかも西側地区へのアクセスがし易くなりました。

「セントラム」が目指す中心市街地活性化とは?
  
右:セントラムで大手モールの活性化を目指すのか? 中:セントラムで一番恩恵を受けたのは「総曲輪フェリオ」? 左:西町の2つの再開発加速がセントラムの意図の一つか?

 少なくともセントラム開業で、「富山の中心市街地」といえる西町・総曲輪地区への公共交通でのアクセスは格段に改善された事は間違い有りません。
 此れに寄り加速するであろうと思われるのは「中心市街地の再開発」です。富山市には「富山型コンパクトシティ」という市の方針が有りますが、富山型コンパクトシティは「公共交通活性化・地域拠点の整備」により「誘導的手法」で「住民にまちなか居住か郊外居住を選択」させる事でコンパクトシティを実現させるのが方針です。しかし富山市は「富山型コンパクトシティは一極集中型で無く多核型」と言って居ますが、実際問題「住民の選択で中長期的にまちなか居住を選択する住民の割合を増やして行く」為には、中心市街地を含む「都市の核」を「居住する魅力の有る街」にしなければなりません。
 その様な事も有り、西町・総曲輪地区では多くの再開発が行われて居ます。


 今回目の前にセントラムの駅が置かれて居るグランドプラザも「総曲輪通り南地区市街地再開発」で再開発が行われた場所で、此処はキーテナントに「富山大和」を据えて総曲輪フェリオとグランドプラザが配置されて居ますし、グランドプラザの隣は「西町・総曲輪地区市街地再開発」で出来た「西町・総曲輪CUBY」が開業しています。
 又西町交差点では、旧富山大和店舗跡では 清水建設か事業協力 をして居る西町南地区市街地再開発準備組合による「西町南地区市街地再開発事業(地上18階地下1階・総事業費約111億円)」が「2009年度中の計画策定」というレベルまで進んで居ますし、其処から西町交差点を挟んだ向かい側では「西町東南地区市街地再開発事業(地上20階・総事業費約42億円)」が準備組合を結成して動き出しており、都合2つの再開発事業が準備を進めて居ます。
 しかも、上記以外に富山西武跡の電車通りを挟んで向かい側で、SC・駐車場を核とする再開発を進める「 D北街区再開発準備組合 」が2010年度着工・11年度完成を目指して動いて居ますし、富山大和と国道41号線を挟んだ反対側の総曲輪西地区でも「 総曲輪西地区再開発準備組合 」が造られ、2012年12月完成を目指して20階建ての複合ビルに食品スーパー・ホテル・マンションなどを誘致する計画が動いています。

 この状況を見れば明らかな通り、今や富山の西町・総曲輪地区は「再開発ラッシュ」です。既に完成した「 総曲輪通り南地区市街地再開発 」「 西町・総曲輪地区市街地再開発 」と西町交差点角の「 堤町通り一丁目地区優良建築物等整備事業 」の3つの再開発の他に、準備中の西町南地区・西町東南地区・(中央通り)D北街区・総曲輪西地区の4箇所で再開発準備組合が出来ていて、セントラム沿線の狭い地域で近年だけでこれだけの再開発が実施・計画と言うのは正直驚きです。
 これらの再開発は、富山市による「誘導的施策」の効果が非常に大きいと思います。富山市は「 中心市街地活性化法 に基く 中心市街地活性化基本計画 」を一番最初に出した都市で有り、富山市では中心市街地活性化基本計画で『[1]公共交通の利便性の向上(目標 現在の路面電車利用者約10,000人を5年後1.3倍の13,000人にする)・[2]賑わい拠点の創出(目標 現在中心市街地の歩行者通行量約25,000人を、5年後1.3倍の32,000人にする)・[3]まちなか居住の推進(目標 現在のまちなか居住者約24,000人を5年後1.1倍の26,500人にする)』と言う3つの目標を立てて、その実現の為に施策を打って居ます。
 これらを見て考えると、セントラムも続発している再開発もどれもが「中心市街地の活性化」を目指して行われて居る施策が実りつつ有る状況なのだと思います。あくまでセントラムは「富山の中心市街地を活性化させるツール」であり、その「セントラム」というツールの廻りに「再開発」という『実』が実りつつ有るのかな?とは感じます。

 実際富山の中心市街地活性化は実を実らせてきて居ます。富山では中心市街地活性化基本計画の事項の実施主体として第三セクターのTMO「 株式会社まちづくりとやま 」を造り、 フォルツァ総曲輪 (映画館)・ 越中食彩にぎわい横丁街なかサロン樹の子 等の街の活性化の事業を行って一定の成果を挙げています。加えて前述の様に「大規模再開発施設」として富山大和・総曲輪フェリオ・グランドプラザ等の施設が出来て居ます。
 これらの施設は富山の中心市街地活性化に効果を上げ、実際2008年2月期で富山大和は「当初見込みの売上目標200億円を越える230億円の売上を達成し、金沢の名鉄エムザを抜いて北陸で第二位の百貨店になり、売上が300億円を割った金沢の香林坊大和との差も縮まった( 2008年4月22日:北國新聞 )」という業績を示して居ます。実際今回の旅行で金沢在住の妹に買い物をする為に富山大和・香林坊大和の二つの百貨店を覗きましたが、地方百貨店の割には富山大和の賑わいぶりには驚かされました。
 「総曲輪通り南地区市街地再開発」により百貨店の新店舗が出来た結果、「キーテナント」を持った大規模再開発が総曲輪の街を変えたのは一面の事実で有ると思います。しかしもう一面として「 富山大和・総曲輪フェリオが引き込んだ客が上手く総曲輪商店街で金を落とさない 」現実も又見えてきています。
 この状況を打破するには「富山大和・総曲輪フェリオだけに頼った街の活性化からの脱却」が必要で有り、その為には今後続く4つの再開発と(東京のアパマンホールディングスの子会社が保有して)今は動きの無い 富山西武跡地 の開発の促進が必要で有り、同時に「商業施設・マンション併設型の再開発」を行ってもこのマンションの住民だけで中心市街地の活性化に繋がる流動増は困難で有り、外から人を集めて来る為にも「ターミナルと中心市街地の結節強化」をもたらすセントラムの存在は非常に重要で有ると言えます。

 要は「セントラム」がもたらす物とは、富山の中心市街地の「再開発の促進」であり、それによる「中心市街地の活性化」であると言えます。
 富山市は少なくとも「とにかく再開発の為にセントラムを造った」という訳では無いと言えます。あくまでセントラムも一連の再開発も「中心市街地の活性化」が目的で有り、その為の「ツール」としてセントラムと一連の再開発が有ると言うのは間違い無いと言えます。
 しかしながら、結局の所街を活性化するには「各種施設を造る事」と「移動の足を確保する事」が車の両輪で有ると言えます。その両輪の片方の「移動の足を確保する」施策がセントラムであり、人の流動が起きるからこそ新しい施設建設への事業性が高まりどんどん再開発で新しい施設が出来て中心市街地が活性化され、結果として富山の「街としての魅力が向上」して今まで郊外・他都市・他県に流れていた購買需要が富山の中心市街地に戻ってきて富山自体の経済活力が向上するのだと思います。
 「セントラムがもたらす物」とは、その様な富山の中心市街地活性化にとって「活性化へのサイクル」が廻りだす第一歩なのでは?と思います。


 ☆ 富山の都市交通の先進性が指し示す公共交通の「課題」と「将来」とは?

 さて、セントラムの開業が富山市にとって「中心市街地の再開発の起爆剤になる」と言うのは前述の通りですが、少なくともセントラムが富山の公共交通にとっての「完成形」と言う訳では有りません。少なくともその先に目指す物が有る事は間違い有りません。
 果たして、今造る続けて居る物が積み重なった先に有る筈の富山市が目指す「公共交通の目指す形」とは一体どんな物なのか?。またその「目指す形」へ進む前に、私には富山の都市交通に取って「近々に解決しなければならない課題」が有ると考えます。
 此処では、富山の都市交通が抱える「課題」とポートラム・セントラムと言った「LRT・トラム」等の軌道系の交通システムだけで無く、(実験的な物を含めて)富山が色々と試みて居る新しい交通システムの実験・構築がもたらす「交通の将来系」の姿について考えて見たいと思います。


 (1) 富山の都市交通が直面する課題は「都市交通の運営形態を如何するか?」

 先ず私は富山の都市交通が直面する課題は「富山の都市交通の運営形態を如何するか?」という問題だと考えます。
 と言うのは富山市の公共交通機関は、北陸本線を中心とした長距離輸送を担うJR西日本と、鉄道・バス・市内線を(グループ会社を含めて)富山県内全域で展開し地域輸送を担っている富山地方鉄道に二分され、JR西日本は「特急による地域間輸送」が主力となって居る為、富山市の公共交通は鉄道線・バス・路面電車を運行する富山地方鉄道が専ら担って居ます。
 しかし富山港線LRT化に伴い、富山港線は富山市・富山県・地域民間企業が出資する富山ライトレールが運営するようになり、今度出来たセントラムは施設は富山市が保有し其れを借りて市内線を運営する富山地方鉄道が運行する「公設民営の上下分離」という運行形態になっています。
 つまり、富山では「革新的な軌道系公共交通」を創設して来た過程で、「富山地方鉄道が保有運営の市内線」「実質的な公設民営で補助金が投入されて運行されて居る第三セクターの富山ライトレール」「公設民営スキームで富山市と富山地方鉄道が協力して運営するセントラム」という三つの運行形態の軌道系公共交通が並立する形態になってしまっています。

 これ自体は富山が「時代の先駆者」で有った為、「仕方無く運行形態がバラバラになった」というのが実状で有ると言えます。少なくとも富山ライトレールを造った時には「公設民営」が制度的に担保されて居なかった為に、補助を合法的に入れるには「公設民営」は概念だけ取りいれて実質は第三セクターで運行せざる得ず、セントラムは「地域公共交通活性化法」成立後で有った為、軌道整備事業者・軌道運送事業者という「公設民営」の役割分担が出来たため、本来の上下分離で事業を行って居ます。
 しかし、今更富山ライトレールのスキームを本当の公設民営に変える訳にも行かず、しかも既存の市内線は「民営で大正2年に創業⇒大正5年に公営化⇒戦時統合で昭和18年に富山地方鉄道に統合」と言う歴史を辿って現在に至って居る為に、少なくとも簡単には「既存線の運営スキームを弄る訳には行かない」状況になっており、結果として富山市の市内路面軌道交通に「市内線⇒富山地方鉄道保有運営・ポートラム⇒第三セクター・セントラム⇒公設民営」という3つのスキームが並存する事になって居ます。

「セントラム」開業後に迫られる「過去の路面電車」の現代化とは?
  
右:市内線での新鋭低床車両と釣掛旧型車両でのサービス差を如何する? 中:富山地鉄市内線は「古い市内電車」 左:市内線で電停改良が行われて居るが・・・@地鉄ビル前

 富山の路面軌道交通に関しては、約3年半前に「 富山で路面電車の「過去・現在・未来」を見る 」を書いた時から、其処で指摘した「 市内線のインフラレベルに問題が有る 」という問題は未だに解決されて居りませんし、この時には「2014年以降のポートラム乗り入れ時にインフラ・車両の差が明白になってしまう」と書きましたが、その前にポートラムと同じインフラ・車両レベルのセントラムが開業した現在、市内線のインフラレベルの低さが明確化してきて居ます。此れに対して早急に手を打たなければなりません。
 けれども、富山地鉄も「手を拱いて居る」訳では無く、セントラム開業に合わせて「地鉄ビル前電停の改良」や「丸の内電停(富山駅方向)の改良」等も行われて居ますし、来年3月には「 3連接の低床車を導入 」をするなど、インフラ改善の努力は行って居ます。
 しかしながら、今のスキームでは「市内線の改善」に関して富山地鉄が「制度的に存在して居る各種補助」等を活用して行って居ますがその改善は不十分ですし、車両更新に関しても「県・市からの補助が8分の1ずつ」であり、富山地鉄の車両更新の負担はかなりの物になります。此れに対して経営的に「もっと補助の入れれる運行スキーム」に変える必要が有ります。
又富山地鉄が「最善の経営選択」をしてくれるとは限りません。今回の低床車導入でも何故か富山ライトレール・セントラムと同型の車両では無く豊橋鉄道と同型の車両を導入します。実際問題私の預かり知らぬ理由が有るにしても、富山ライトレールのTLR0600型が1編成約2.2億円と言われるのに対して富山地鉄の導入予定車両が1編成2.5億円で価格に差が有る事に加え、富山地鉄は富山ライトレールの車両整備を受託しセントラムではこの形の車両を運用して居る事から考えれば、富山市内線でも同じ車両を導入した方が合理的で経済的です。
 と言っても、ジャブジャブ補助を注ぎ込めば良い訳では有りません。実際富山ライトレールは会社として平成20年度で約6600万円の営業赤字ですが最終損益は黒字になって居ます。それは富山市から営業損出補填・固定資産圧縮損補填として「 平成20年度で261百万円の補助金 」が出て居るからです。要は富山ライトレールへ年間2.5億円を越える税金が投入されて居るのです。それに対して富山地鉄の富山市内線は「営業損益で1.5億円近い黒字」です。富山地鉄の場合その市内線の営業収益が市内線への投資では無く「郊外鉄道線・バス事業への内部補填」に使われて居る可能性が有ります。果たしてこの状況が好ましいのでしょうか?

 この様な富山の市内交通の運営・経営の状況から考えると、「今のままのバラバラの経営形態で良いのか?」「片方で補助金が注ぎ込まれながら片方で民間企業が収益を上げて居る状況で良いのか?」という疑問が私には湧いてきます。
 此処で選択肢が色々有ると思います。一つは「今の分裂した経営形態のままで運営を続ける」事で、もう一つは「インフラ・施設だけ市が全部買取保有し富山地鉄が運行を行う」というセントラムの運行形態を市内線・ポートラムに広げると言う方法で有り、三つ目は富山地鉄市内線・富山ライトレールを一つの会社に纏めて別会社にして市営or第三セクター化して市内の路面軌道輸送を一元化する方法です。
 少なくとも、富山市内線のインフラ改善が進まない状況は好ましく無くその改善の為には「経営形態まで踏みこむ」事は必要だと思います。又2014年以降にポートラムが市内線・セントラムに乗り入れて来た時に運賃形態は如何するのか?今の市内線とセントラムは運行が富山地方鉄道に一元化されて居るので運賃共通で市内線とセントラムで乗継の運賃処理も簡単に出来て居ます。しかしポートラムが乗り入れて来た時には「ポートラム・市内線・セントラムすべて200円均一」という訳には行かないと思います。この時に「運賃制度をどうするか?」という事も、将来の運行形態を考える上で必要かと思います。
 それでは、富山市内の路面軌道交通はどのような形で改革されるべきなのでしょうか?現状維持と同じ位好ましくないと思われるのは「公有化」で有ると思います。公有化しても今度は公的セクターの経営で「経営の無駄」が出てきて、市内線の経営効率が低下して市内線の上げる利益が減る可能性が有ります。そうなると一番良いのは富山地鉄市内線・富山ライトレールの施設・車両を富山市へ譲渡して、富山市が軌道整備事業者としてインフラ・車両に関して責任を持ち使用料を徴収する。運行主体は富山地鉄が市内線を分社化しその会社と富山ライトレールが合併して新運行会社を設立し、この会社が軌道運送事業者として富山市からインフラを借りて運行を行う「セントラムの上下分離を全体に広げる」事が一番良いのかと思います。
 何れにせよ、今後地方都市で公的資金が都市内交通のインフラ改善・運行補助に投じられる事が一般的になってくれば、今の日本の「収益を目的とした事業会社が交通を担う」運行形態では「収益会社に税金を投じるのか?」「公益性と収益性を如何両立するのか?」という問題が表面化して来て「新しい運行形態」を作り出さないといけない状況になると思います。その状況に富山は一足早く直面して居るのかも知れません。そういう意味では富山がこの問題を如何認識して如何対応するかが、今後の日本の地方公共交通の運行形態に対しての一つの「方向性」を示すかもしれません。


 (2) 富山が将来的に目指す「環境的に持続可能な交通(EST)」の実現とは?

 2006年の富山ライトレールの開業・今回のセントラム開業により、富山の市内路面軌道交通は格段の進歩を遂げたと言う事が出来ます。
 富山は、市の街づくりの基本的方針として「富山型コンパクトシティ」という考え方を据えて居るのは有名な話ですが、「富山型コンパクトシティ」の根幹は「公共交通を軸とし地域拠点を核とした『櫛と団子の都市構造』を造る」事であり「公共交通を活性化させる事で人々をまちなか居住に誘導する」事です。
 どちらにしても、富山市の「コンパクトシティ」を成立させる為に必要な、広域拠点である中心市街地の富山市内(富山駅前と西町・総曲輪地区)の活性化と、地域拠点である「岩瀬・南富山・大山・呉羽・婦中・八尾・水橋」の地域核拠点として強化の為には、公共交通を活性化させ「公共交通沿線居住促進地区」に済んで居る人達に公共交通による利便性の高い移動サービスの提供を保証する必要が有ります。
 その施策に沿って行われた「公共交通強化」の第一弾が、富山駅付近連続立体交差事業への対応で廃止が取り沙汰された富山港線の活性化「富山ライトレール」であり、次の第二弾が広域拠点に位置づけられて居る中心市街地の活性化の為の市内線環状化事業「セントラム」です。富山ライトレールにしてもセントラムにしても、富山市は「コンパクトシティの実現」と「中心市街地の活性化」を主眼に公共交通の活性化を行います。

 しかし今は環境問題が重視される時代で有り、地球温暖化の視点から「Co2削減」「低炭素社会の構築」が非常に注目を集めており、今政府ではポスト京都議定書で「Co2排出量90年比マイナス25%」を打ち出していて、Co2排出削減は今や非常に重要な問題となって居ます。
 Co2削減に関しては、全排出量の約2割を占める「交通分野」での排出量削減は非常に重要な問題で有り、特に交通分野では「自動車」のCo2排出量が大きく「自動車のCo2排出削減を如何減らすか?」が非常に重要な問題となって居ます。
 その交通分野での自動車が排出するCo2削減のアプローチに関しては、「自動車その物のCo2排出削減を技術で目指す」手法と「自動車からもっとCo2排出量の少ない交通手段への転移を促す」手法が有りますが、公共交通の世界では後者を働き掛ける事で公共交通の活性化とCo2排出量削減を果そうと色々な動きが行われて居ます。

 今回取り上げた富山市も、公共交通を使った「環境に優しい都市」を構築するのに非常に熱心な都市で有り、今や日本国内でも「環境的に持続可能な交通(EST)」の構築と言う点では先進的な試みを幾つも行って居ます。
 富山市は、2009年に全国で6都市選定された「 環境モデル都市 」の一つに選定されており、環境への取り組みにおいても全国の中でも環境への取り組みに対して「温室効果ガスの大幅削減・先導性及びモデル性・地域適応性・実現可能性・持続性」が有ると公的に認められて居る都市と言う事になります。
 実際に富山市は、環境モデル都市としてのCO2削減活動の目標として「CO2に関して2005年比で2030年で30%減・2050年で50%減」という目標を掲げ、その実現の為の取り組みの柱に「コンパクトな街づくり」「エコライフ推進」「エコ企業活動推進」を据えて居ます。
 富山市の環境施策の特徴は、都市計画の施策である「コンパクトシティ」を環境施策に結び付けて居る事です。確かに「コンパクトシティ」が構築されれば、人々の移動モードをCo2排出量の多い自動車からCo2排出量の少ない公共交通へ転移させる事が可能になり、結果として都市の構造を公共交通主体に変えれれば運輸部門のCo2削減を果す事が可能になります。
 実際に「コンパクトシティ」と「環境モデル都市」の両方を目指す富山市には、公共交通を中心とした「環境に優しい交通システム」が多く造られたり試みられたりしています。


 現在富山市で行われて居たり試みが進んで居る「環境に優しい交通システム」について簡単に纏めたのが上の図です。
 この図に書いて有る交通システムに関しては「(極めて近い未来だが)此れから実現するもの」や「実現して居るが実用性に乏しいもの」も有ります。又バス&ライド・サイクル&ライド等「別に富山だけでは無く何処でも行われて居るもの」も有ります。
 しかし、この中でも「 電気バス 」など「実用化すれば大きく環境負荷を減らせる」新しい交通システムも有りますが、富山の環境に優しい交通システムの核は富山ライトレール・セントラムの様な既存技術で出来る技術を使い「環境に優しい交通」を作り出した事で有ると思います。
 実際、富山ライトレールは「利用客の11.5%(平日)が自動車からの転移」であり、その結果「交通モードの変化により平成18年度では年間436トンのCo2削減の効果が有った」という温室効果ガス削減が果されています。富山ライトレールは既存技術を用いながら「使い易い鉄軌道システム」を造ったが故に想定以上とも言える利用客を集めて居ますが、富山ライトレールは住民に対して「交通モードの転換」を働き掛ける事となり、結果Co2削減をする事も出来たと言えます。
 要は、Co2削減には「革新的な技術」ばかりが必要では無く、既存のシステムでより「Co2排出量が少ない」交通モードに切り替える事でCo2削減は可能と言う事です。

 確かに今のご時勢ですから「環境問題」は非常に重要かつ注目を集める問題ですし、「低炭素社会実現」や「省エネルギー社会」を造る事を社会は求めて居ます。しかも民主党鳩山政権は「90年比マイナス25%」を国際公約として打ち出して居る以上、Co2を中心とした温室効果ガス排出削減は必須で有ると言えます。
 その為、交通の分野でも「 環境的に持続可能な交通(EST) 」が注目を集め、富山もそうですが他の都市でも環境に優しい交通の導入へ向けて色々な取り組みが行われて居ます。
その中で富山は、将来に渡り都市として機能を維持する為の施策として打ち上げた「富山型コンパクトシティ」を実現する事で、環境問題に置いても「持続可能な都市」を造ろうとしています。実際富山市が掲げる「 ESTモデル事業 」では「LRTを核とした「お団子と串」型コンパクトシティのEST」を打ち出して居ます。要は「コンパクトシティに向けた公共交通活性化とまちなか居住推進策」で同時に交通的にも「環境的に持続可能な交通」の実現を図ろうとしています。
 富山で今行われて居る公共交通活性化策は、結局の所結果として「環境に優しい交通体系」を作り出す事にも貢献しています。
 今や富山の街中では上記の表の様に富山ライトレール・セントラム・富山市内線等の路面軌道交通が充実して居る為、車で移動する必要性はかなり低くなって居ます。又市内の端末アクセスに関しても2010年3月から富山市と シクロシティ社 による「 バイクシェアリング事業 」が行われ、貸し自転車で街中の移動が出来るようになります。
 これらは「コンパクトシティに必要な都心部の交通アクセスの向上」と言う目的で行われて居る施策ですが、結果として「環境に優しい交通」も造り上げています。富山市は「富山型コンパクトシティ」の実現を目指して居ますが、それは結果として「環境的に持続可能な交通体系」を造りあげる事になります。それこそ富山市が理想とし目指して居る「色々な意味で持続可能な都市」なのだと思います。


 ☆ あ と が き に 代 え て  〜富山の「イノベーション」は何故進むのか?〜

 さて、今回セントラム開業に合わせて富山を訪れてかなりの時間を割いてセントラムを中心に富山市内を見て来ました。
 其れ以外に昨年は6月と10月に富山を訪れており、既に富山訪問回数は累計で過去5回になり和歌山と並んで「良く行く地方都市」となって居ます。此の頃は基本的に「同じ都市に複数会行く事は殆ど無い」状況(此処10年で複数回行った都市は富山・和歌山・岡山・大阪しか無い)の中で、限られた中で3回も4回も行く都市である「富山・和歌山」は何か「見に行くべき変化が有る」と言う事になります。
 和歌山に関しては弊サイトでも何回も取り上げて居る「和歌山電鐵」の存在が私に何回も足を運ばせる要因ですが、富山に関しては「富山ライトレール(ポートラム)やセントラムの存在」が私に何回も足を運ばせる要因となって居ます。

 富山には2003年・2006年に各1回・2009年に3回訪問して居ますが、約3年毎に訪問して居ますがこの街の変化には驚かされる物が有ります。2003年の時には未だ「普通の地方都市」と言う感じでしたが、2006年の富山ライトレール開業時に訪問した時には「日本初のライトレール」と言える富山ライトレールを見て(海外のLRTを見た経験の無い私には)「LRTとはこう言う物なのか!!」と本当に驚かされましたし、今年3回富山を訪問して特に6月と12月の訪問時には総曲輪フェリオを中心に変わりつつある富山の中心市街地と富山の中心市街地の交通手段としてのセントラムを見て「本当に上手く街を造ろうとして居る」と感じました。
 その様に富山の町はここ5〜6年で本当に大きく変わって居ると言っても過言では有りません。しかもこの変化は未だ「現在進行形」です。富山市の中心市街地活性化についても此処1〜2年でセントラム沿線の西町・総曲輪地区に2つも「再開発準備組合」が立上り、再開発へ向けた動きが加速するとはとても考えられませんでした。
 今のご時勢で、人口40万人程度の都市で「中心市街地に再開発の計画が4つも進行中」なんて言う都市は一体他に有るのでしょうか?しかし富山には現実として其れが有ります。それには色々な理由が有るでしょう。富山市の「 まちなか居住促進事業 」等の優遇施策が再開発の後押しをして居るのかも知れません。又今回開業したセントラムによる公共交通の利便性向上が再開発を加速させる要因なのかもしれません。しかし其れだけでは無いと考えます。
 一番富山での再開発を後押しして居るのは「富山市の都市に対する明確な考え方」では無いでしょうか?。富山市の都市に対する「コンパクトシティ」「LRTが走るコンパクトなまち」と言う基本政策はブレが無く、今やその政策が中心市街地活性化や富山ライトレール・ポートラムの整備で形となってきています。
 この様に公的セクターが「都市運営に明確な方針を立ててその実現の為に政策を打つ」事を行ってその成果が目に見える形で挙がってきたからこそ、今度は民間活力による再開発が活況を示してきたのだろうと思います。

 富山市は「コンパクトシティ・LRTが走るコンパクトなまち」と言うイノベーションの種蒔きがやっと終わり、「民間活力による中心市街地再開発」というイノベーションの芽がやっと出始めた時期なのかもしれません。
 富山もかなりの長い時間を掛けて、やっと目に見える形でイノベーションの成果が見える所まで都市が進化して来たのだと思います。此れからは「都市が果実を収穫する」時期になったと思います。既に都市の再開発に関しては西町南地区再開発に清水建設が関与したり富山西武跡地をアパマンホールディングスの子会社が取得するなど、東京から民間資本が富山の中心市街地の再開発に手を出すまでになってきて居ます。
 結局の所、最終的には地方は東京から投資を引き込む様にならないと新たな都市のイノベーションを図る原動力はナカナカ生まれないと思います。富山市は行政がイノベーションの種蒔きを終え、それに民間活力が「投資」という名の栄養を送り込み一層の成長を目指せる状況にまで上手く誘導してきたのが、富山の「イノベーション」が此処まで進んで此れだけの成果を上げてきた最大の要因だと思います。
 富山は此処までイノベーションが進み、しかも「環境的に持続可能な交通」の様な「都市の問題を解決する」次のイノベーションに向けて着実に施策を行って居る状況が出来ると、又此処でビジネスのチャンスが生まれます。間違い無く今富山は「LRTが走るコンパクトシティ」においてもパイオニアですし、「環境的に持続可能な交通」という分野に置いてもパイオニアで有ると思います。パイオニアには投資が集まり投資が更なるイノベーションの原動力になります。実際日本初の「バイクシェアリング事業」が富山市の協力下で進んで居ますが、これも「地図や市政情報を提供するパネルを設置し併せて広告を掲出することで、広告収入を事業運営費用の一部に充てる」と言う(バス停整備では有るが)バイクシェアリングでは新しいビジネスモデルを造ろうとしています。
 この様にイノベーションが進み新しい形が出来て其処に投資を呼び込めれば、其れが呼び水になり新たなイノベーションを進める原動力となると同時に、新たなフロンティアを求めて投資が集まると言う「善の循環」が進む事になります。そのサイクルの成功が富山のイノベーションが進んだ理由ですし、都市開発・交通に投資が集まる理由です。
 私の個人的感想では、「富山のイノベーションは今後ともドンドン進んで、日本の地方都市の都市構造の新しい姿を今後とも作り出して行くだろう」と思います。此処で行われて居る「コンパクトシティ」「中心市街地活性化」「環境的に持続可能な交通モデル」の施策は、富山でノウハウを得られれば他の都市にビジネスとして水平展開も可能に成るのでは?と考えます。この様なチャンスが有る限り、富山の都市のイノベーションはドンドン進んで行くと思います。

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 「富山」に関しては、交通に関して此れだけ革新的な取り組みが行われて居る事も有り、私は過去に富山ライトレール建設前の2004年5月( 富山港線訪問記 )と、富山ライトレール完成後の2006年8月( 富山で路面電車の「過去・現在・未来」を見る )の2回訪問して、幣サイト「 TAKAの交通論の部屋 」で記事にしています。
 しかし、今年は「富山都心線セントラム開業の年」と言う事も有るのですが其れ以外にも色々とイベントや用事が有り、今回の訪問の前に6月と10月の2回富山を訪問する事が出来て、その時にチョット珍しい写真を取る事が出来ました。
 それの写真を死蔵させてしまうのも勿体無いので、此処で「付録」としてその時に撮影した写真の一部を抜粋して掲載する事にしました。何かの参考にして頂ければ幸いです。
 なお、私は土木(軌道)も車両も多少知って居るつもりですが、専門では有りません。その為私のコメントはなるべく避けて簡潔に写真主体に致します。御了解下さい。


 ☆ 付  録 ①  〜富山ライトレール城川原車庫見学時の記録写真(2009年6月6日)〜

 先ず付録の「第一弾」は09年の6月に、富山ライトレールの城川原車庫を見学した時の写真です。
 この時は諸般の事情が重なり、6月6日〜7日にかけて偶々前に勤めていた某ゼネコンの労働組合の富山への研修旅行に参加する事になり、その研修旅行で富山ライトレール・総曲輪フェリオ・富山市に話を聞く機会が有り、その時に富山ライトレールの城川原車庫を見学する事が出来ました。
 この時は、車庫内で「撮影自由」でしかもピットに降りれたりキャットウオークに昇れたりと色々なアングルで写真を撮る事が出来ました。

  
左:富山ライトレール城川原車庫ピット内 中・右:富山ライトレール TLR0600型車両 屋根上状況
  
左:屋根上パンタグラフ状況 中:屋根上連結部状況 右:屋根上クーラー室外機状況

 富山ライトレールのTLR0600型はアドトランツ社(現在はボンバルディア)のLRVであるGTシリーズをモデルに新潟トランシス社が作った車両で、現在富山ライトレール以外に富山都心線(セントラム)・万葉線・岡山電気軌道・熊本市交通局でも採用されて居ます。
 特徴は「2連接の低床車」で、低床を達成する為に機器類の大部分を屋根上に纏め台車も車軸の無い台車を採用し、床をGL+300mm〜360mmと言う低床を達成して居る点にあります。
 本当はピットにも降りれたので台車の写真も有ると良いのですが、カメラのフラッシュ故障で撮影した写真が真っ黒になってしまい、見れる写真は屋根上だけになってしまいました。
 低床LRV車の技術的な「キモ」は床下と屋根上に有りますが、これらの部分はナカナカ見る事が出来ません。台車が有る床下の写真が無いのはチョット物足りませんが、普通では見れない屋根上の写真なので何かの参考に見て頂ければ幸いに思います。


 ☆ 付  録 ②  〜建設工事中の『富山市・富山地鉄「富山都心線」 セントラム』の記録写真(09年10月24日)〜

 続いて付録の「第二弾」は、建設中のセントラムの写真です。
 丁度セントラム建設の最盛期に当る10月24日に、「寄り道」でしたが富山に数時間滞在する事が出来ました。その時に見て撮影した写真の中から、私が見て「路面電車の軌道工事の内容が分かるかな?」「最新の技術の一部が分かるのかな?」という写真を抜粋して掲載致しました。
 又この日と翌日の土日を活用して、富山市内線は県庁前〜大学前間で運休・バス代行を行い、丸の内の交差点で富山都心線への分岐挿入の為の工事を行って居ました。路面電車の軌道工事は普通の所で見れる物では有りません。その為(私的に見て)結構珍しい写真を撮る事が出来たかな?と思って居ます。

 
右:既存軌道掘削・枕木及び砕石除去後状況 左:軌道用PC路盤設置状況
 
右:軌道用PC路盤設置状況 左:PC路盤への軌道敷設状況
 
右:PC路盤へ敷設前の軌道用の溝付レール 左:レール固定用の樹脂流しこみ状況
 
右:PC路盤周囲舗装復旧施工中状況 左:電停ホーム建設工事施工状況@グランドプラザ前
 
右:たわみ構造軌道 レール・枕木完成品搬入・敷設状況 左:たわみ構造軌道 レベル調整(右側)&路盤砕石投入前状況(左側)

 基本的には、工事の施工経過を中心にかなり貴重な写真を撮れたかな?と自分では思って居ます。

 自分が見て一番驚いたのは「レール固定用の樹脂の流し方」です。なんせ「バケツ」で流しこんで居ましたから・・・驚きです。(建築で使う床材の樹脂と比べて)かなり粘性の高い樹脂に見えました。樹脂は流し込み後1時間程度で養生を剥がして居たので速乾性で有る事は間違い無く、又あの高い粘性の固定用の樹脂を流し込んだだけでPC床版の溝に入れた溝付レールとの隙間に良く入るな〜とは感じました。
 又この写真を見れば、樹脂固定軌道の製作過程が一通り分かると言えます。既存のAS・石畳の路盤を剥がし、たわみ構造の軌道・砕石を取り除き、その後には不陸整正程度でPC床版を置いて、その後軌道敷設・樹脂流し込みまで、写真の工事状況から考えれば前日運行していた時間から考えると、作業員・機材の量の問題も有りますが18時間〜20時間程度で電車が走れる程度まで急速施工する事は可能で有るのが見れたのは驚きでした。

 少なくともこの写真と丸の内での切替工事を見た結果として、素人目にはPC床版と樹脂固定を用いた工法で既存線の改良工事も「日曜日1日程度の施工間合い(バス代行等)」を取る事が出来れば可能で有ると思えました。
 富山だけに係わらず、既存の路面電車の併用軌道は多くの所で痛みが激しい状況であり、「なるべく早い時期での改善」を今後求められて行く状況から考えると、軌道改修に関して「たわみ軌道での路盤改修」も一つの手ですが、施工間合いの確保が出来ればPC床版+樹脂固定も選択肢と言えます。
 あとPC床版&樹脂固定軌道の施工は、新設区間に関しては「 日本道路 」が施工して居ましたが、丸の内の交差点の既存線に絡む部分に関しては「富山地鉄建設(富山地方鉄道の子会社)」が施工して居ました。まあ軌道に関しては「鉄道会社の子会社」ですからそれなりの施工レベルは有ると思いますが、富山地鉄建設でこの工事が出来るなら「鉄道工事を行って居る上場会社クラスのゼネコンなら何処でも出来るレベルなのかな?」とは感じました。(下請で道路系の会社等の「専門的で規模の大きい会社」が入って居るのかも知れませんが・・・)





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