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なつかしの私鉄・地下鉄の車両たち3




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写真

タイトル

写真

タイトル

東急東横線8090系8098号
自由が丘 1987年12月20日

8090系は8000系列のマイナーチェンジ車として、1980年末にデビューした軽量ステンレスカー。東横線急行のエースだった。1988年末、5両編成化して、全編成が大井町線に移った。

江ノ電500形501号
鎌倉高校前 1997年8月31日

500形は、1956年8月デビュー。1989年にカルダン化を行ったが、構造上冷房装置搭載は難しく最後まで非冷房車だった。2003年1月迄に全廃となり、足回り機器等は新車20形に譲ることになった。

江ノ電500形502号車内
1997年8月

開窓時、室内に入ってくる潮風が江ノ電の夏の風物であった。木の床や扇風機がレトロさを感じさせる。

相鉄新6000系
いずみ中央 1998年2月2日

旧6000系のマイナーチェンジ車として、1970年にデビューしたのが新6000系。車体幅が広くなった事や、正面ライト・方向幕位置等が旧6000系と異なった。1998年度より廃車が始まり、2003年11月に全廃となった。1999年3月の湘南台開通前は、いずみ中央がいずみ野線の終点だった。

空港線3両で活躍していた
京急800形
京急蒲田 1888年3月

800形は1978年〜1986年に製造。初期車は3両固定編成でデビューした。1994年〜2001年に更新を行い、その際、全車6両固定編成化した。撮影時の京急空港線は、3両の電車が走るローカル線で、羽田空港駅も、現在のターミナル直下ではなく、空港から離れた地上駅だった。1998年11月、羽田空港ターミナル直下に乗入れ、本格的な空港路線になった。

営団(現東京メトロ)東西線5000系非冷房車

原木中山 1992年7月

5000系は1964年〜1981年に東西線用車両として新製(一部、千代田線北綾瀬支線車両として使用中)。1989年初夏より約半数の車両で冷房化工事を開始したのと平行して、1991年春より非冷房車の廃車が始まり1994年夏に非冷房車は消滅した。1996年4月に新規開業した東葉高速鉄道に譲渡された車両もいた。

営団(現東京メトロ)5000系非冷房時代の車内

5673号にて 1988年9月

写真は、1969年製の車両。5000系は製造期間が長かった為、室内もバリエーションがあった。1964年〜1966年製の車両は、車内強制換気対策として天井ファンデリアを設置。1967年以降の増備車は写真の大型扇風機を設置した。

更新前の京王井の頭線3000系
21編成
渋谷 1987年12月

3000系は1962年〜1988年にかけて5両×29編成新製。1995年末〜1998年春に、16〜29編成を更新。前面窓はワイドになった。01〜15編成は、2004年末迄に廃車となった為、現在は写真のような原形顔は見ることができなくなった

東急池上線3500形

雪ヶ谷大塚 1987年8月25日

池上線は1984年夏に7200形が入るまでは、全車両が3000系列の釣掛車だった。写真の3500系は、戦前製車両の改造車で、1989年春まで使用された。

東急目蒲線7200系7260号
大岡山 88年8月

7200形は、1967年〜1972年に製造。一部は、1986年春にVVVF化して7600系に改造。その他は、目蒲線・池上線を中心に使用された。目蒲線の運用形態が、目黒線・多摩川線に分岐した2000年11月に引退した。地上駅時代の大岡山駅も懐かしい

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