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戦後の特装ボディの宣伝カーは昭和26年の森永エンゼル号に端を発します。戦後の混乱も癒えぬ中、これらの車たちの楽しさは多くの人に夢を与えたのではないでしょうか。

製菓会社の宣伝カーといえばカバヤのカバ型宣伝カー(昭和27年)にとどめを刺しますが、配送車さえも宣伝カー仕立てにした森永製菓など他のメーカーも力を入れています。

森永 エンゼル号
昭和初期、チンドン屋の強敵だった宣伝カーが26年に復活した。七月一日、森永製菓は森永エンゼル号をスタートさせ、全国をめぐりながら電気仕掛けの動物たちの演奏する音楽にのって森永製品をPR。以後ライオン・ヘルスカー、講談社アドカーなどが続々と登場する。

戦後の派手な宣伝カー群の嚆矢となる一台です。戦前の花電車的な宣伝カーに比べ、既にしっかりしたボディ架装になっています。

【 出 典 】昭和 二万日の全記録 第10巻
講談社/平成2年2月24日発行
森永製菓 ロケット宣傳自動車
ロケット宣傳自動車(昭和28)



昭和28年に登場したロケット型の宣伝カー。このままブリキの玩具になりそうなキッチュなSFデザイン。八木アンテナさえ未来っぽく見えます。

背中に粉ミルクの缶を背負ってますね。燃料という設定??



以下三台
【 出 典 】
森永五十五年史
森永製菓株式會社/昭和29年12月20日発行
森永製菓 宣伝車 (森永商事東京支店配送車)
移動PR自動車


いかにも昭和的な「コドモ」のイラストが描かれた宣伝車。
商品の配送にも使われていたようです。昭和30年以前の旧様式の8ナンバーがついています。

当時はまだマイクロバス的な車種が無かったので、トラック/バスシャシーに特装ボディを架装してこのような車を作っていたようです。
森永製菓 塚口工場配送車
森永商事株式会社配送車


ドアに書かれた所属は、森永製菓塚口工場となっています。配送トラックだと思われますが、スマートな特装ボディが眼をひきます。「コドモ」にとって夢の「お菓子」を運ぶ車がこのデザインってのは素敵です。


【撮影地点】大阪市 土佐堀川難波橋上
バックは北浜の証券取引所
明治製菓 宣伝カー
宣傳車

後部がセミデッカー式に高くなった明治製菓の宣伝カー。

「明治クリームキャラメル」のパッケージと同じ柄が描かれています。動物の絵もカワイイ。

車体デザインは五十嵐平達氏の手によるものとのこと。

【 出 典 】岩波写真文庫94 自動車の話
岩波書店/昭和28年9月30日発行

宣伝カー上のスイートシスターズ演奏


昭和27年に結成された明治製菓の専属楽団「スイートシスターズ」は、宣伝カーとともに全国を巡回してPR活動を行ったようです。

この時期に女性のみのバンドは珍しい気がします。バンド名もいいですね。ボーカルとエレキギター、アコーディオン、そしてマラカスが見えますが、どういう曲を演奏したのか、一度聴いてみたいものです。




【 出 典 】明治製菓の歩み 買う気でつくって60年
明治製菓株式会社/昭和52年9月発行

明治製菓の宣伝カーのシャシーはいすゞ、大型ボディーは東神工業の製品であり、お子様向けのおもしろいスタイルである。車内には小型の扇風機まであり、乗心地も申し分ない。ウィンドシールドは非常に大きく視野はよい。前半分は全部曲面ガラスであり、ガラス代だけで15万円。ボディーは600万円とのことである。


上のものと同一の車です。車体裾を一回りしたバンパー、屋根の換気口などのディテールがわかります。大卒初任給が8,000円という時代の値段なので、現代の値段に換算すると、ガラス代375万円、ボディーは実に1億5000万円!


【 出 典 】スピードライフ(誠文堂新光社)/1953年9月号
カトラスさん提供

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