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外環道最近の話題
〜外環道レポート その2

西側都内区間(大泉IC−東名)での動きがあるようですが、ここでは既開通区間と東側事業区間のうち(三郷JCT−都県境)の話題を述べます。

三郷JCT−三郷南IC

特記なき写真は2005年7月および8月撮影


外環道専用部(高速道路部分)としては11年半ぶりの延伸となる三郷JCT−三郷南間4.1kmが、 2005年11月27日に開通 します。
夏頃に見た感じとしては、ほぼ完成しておりいつでも出来そうな反面、三郷JCT内で常磐道の下をくぐるあたりの整備がもう少しと言う感じであり、年内ではなく年度内の完成と予測していましたが、意外と早く開通しました。

三郷JCT内の様子。右側が外環道本線部三郷南ICへの分岐


●外環は千葉へ
千葉県内、特に市川市内での反対運動により建設が凍結されていた千葉県内区間ですが、とりあえず三郷JCTまで来た外環を県境を越えて松戸まで延長するところまでは建設が続きました。

生活道路を使わざるを得なかった三郷−松戸間ですが、同時施工となる中川流域下水道の建設遅れで「上物」になる外環道の着工も遅れたと言う話を聞いたことがあります。事実、ほぼ並行する建設予定地は当初から確保されていたように見えましたし、後にR298だけ暫定開通した当初の水準を考えたら、1992年11月の三郷開業の時点はともかく、そう遅くない時期に一般道部分だけなら片側1車線で開通は可能のように見えました。
結局、県道松戸草加線のルートがほぼ重なる三郷市高洲から鷹野の間、大場川を渡る区間を県道松戸草加線の一部として1998年11月に先行供用した後、1999年3月30日、三郷開通から遅れること約6年半でR298が松戸に達しました。

三郷南IC付近(2003年8月撮影)


●松戸近辺の推移
この間、松戸側のアプローチも細かく変更になっています。
旧水戸街道のルートでもある旧葛飾橋の金町方面車線として外環葛飾大橋の内回りは既に開通していましたが、R6方面からのアプローチはR6とR298の分岐となる矢切インターの建設に従って若干の変化がありました。
R6小山陸橋と矢切インターが連続する構造ですが、当初R6上りからの分岐は現在の反時計回りではなく、手前側から時計回りにR298に合流していました。このため小山陸橋からの合分流に充分な距離が確保できず、小山陸橋からR6には入れない時期が長く続きました。
つまり、県道松戸市川線からR6に入れない、旧水戸街道ルートで金町まで行って合流、という変則的なルートを強いていたのです。
ちなみに反対側(外回り)はR298がなく、旧葛飾橋から小山陸橋へ出て、R6や松戸市川線に向かっていました。

R6からR298への分岐矢切インター(2003年8月撮影)

R298の開通とどちらが先かを失念しましたが、外環葛飾大橋の外回り線の延長線に当たる区間の矢切インターまでの区間が開通し、旧葛飾橋経由と言う不完全な形態ではありますが、R6までつながりました。ただ、江戸川の前後で2箇所のクランクがあり、さらに松戸側ではR6に出るのも松戸市川線に出るのも小山陸橋経由のほうが早い有り様で、しかも旧葛飾橋の車線取りが悪く(左車線:直進して小山陸橋・左折して松戸市街、右車線:右折して矢切インター)、左車線が慢性的に渋滞するうえに、それでも矢切インターを経由しないほうが早いという理不尽な状態が続きました。

正面は外環葛飾大橋内回り。外回りはここで左折
(2003年8月撮影)
外環葛飾大橋へのアプローチ。この時代は対面通行
(2003年8月撮影)


●外環道とR298の整備
専用部、側道も含めた幅広い用地に1車線ずつの一般道部分と言ういかにも暫定然とした姿でしたが、真ん中を仕切って専用部の工事が始まりました。
やがて側道とR298本線も分離され、工事の進捗により専用部の右左と迂回するような時期もありました。
予想外だったのは三郷−松戸の区間、鷹野小学校と谷口の各交差点にアンダーパスが設けられたこと。鷹野小学校はその先鷹野五丁目も一気にアンダーにしてしまったほうがうれしかったのですが、そこまではされませんでした。

鷹野五丁目から南を見るつくばエクスプレスとの交差部(2003年8月撮影)

当初は専用部の開通予定にリンクした格好で三郷南、というか鷹野五丁目を境に南側は見事なまでに専用部の柱一本立っていない手付かず状態だったのですが、やがて江戸川まで橋脚だけは立ち並んでいます。
しかし、そこからは千葉県内区間の進捗と歩調を合わせるように何もありません。江戸川の架橋も、現在の外環葛飾大橋の上下線の橋の中間に、R298より高いレベルの橋梁が通る予定(その先常磐線もR298のアンダーに対し、オーバーパスになる)になっていますが、既存橋梁の真ん中での施工という難しい条件に敢えて挑んでいます。

さっぱりとしていた高洲交差点(2003年8月撮影)だいぶ橋脚が並んできた高洲交差点


●産みの苦しみ
三郷市高洲から葛飾大橋へのアプローチは当初対面通行でしたが、アプローチ区間のみ外回り車線を1/2で先行開通させました。
余談ですが、この江戸川に向かうアプローチ部分で外環は埼玉県三郷市からいったん東京都葛飾区に入り、江戸川を越えて千葉県松戸市に入ると言う位置関係になっています。
この時、旧葛飾橋へのクランク区間の横行区間の距離が短くなり、対面通行時代ですら深刻だった外回りの渋滞がさらに悪化する懸念がありました。これは信号のパターン調節などで何とかしのぎましたが、2005年2月20日の外環葛飾大橋外回り線開通までの産みの苦しみとして記憶されることになります。
さらに 別稿 でも指摘してきましたが、外環三郷西ICを出たところの車線処理が変わり、流出車両を支障するケースが増えたことから、外環三郷西出口の渋滞が本線上に長く延びるケースが常態化しましたが、2005年11月27日の三郷−三郷南開通で解消の目処が立ちました。

完成した外環葛飾大橋外回り建設中の外環葛飾大橋外回り(2003年8月撮影)


●そして一般道部分が完成
2005年3月27日、R298三郷−松戸の4車線化が完成しました。
これに先立つ2月20日に葛飾大橋の外回りが開通し、これに伴いR298の代用を勤めていた旧葛飾橋はその任を解かれ、2月27日に10数年ぶりに対面通行に戻りました。

R6とは矢切インターで接続になりますが、その先を考えると中途半端な感じは否めず、小山陸橋経由と流動が未だ分散されている感じです。行く手には矢切の台地と工事中の区間が見えますが、その 松戸市川線までの整備 は2007年度を予定しているそうです。

対面通行になった旧葛飾橋


●次いで三郷南も
冒頭にも書いた通り、2005年11月27日に専用部の三郷JCT−三郷南の区間が開通します。
現在常磐道・首都高からのレーンとR298からのレーンに分かれている外環三郷西内回りの料金所は、現在R298からの車両が使っているレーンが本線になるため、現在常磐道などから直接乗り入れるレーンに統一されます。
この外環三郷西内回りの料金所を先頭にした渋滞が常磐道側に伸びることが多いのですが、これを解消すべく、首都高側からの外環行きと出口行きの交錯をなくすべく出口専用車線を建設し、三郷南開通と同時開通になるのですが、R298から来る車両が上乗せになるため、どこまで効くかは未知数なのが痛いです。

外環三郷西。右の2レーンは本線上の仮設
(2003年8月撮影)




その1・外環道埼玉区間がもたらしたものに戻る

その3・外環道千葉県内先行区間の近況に続く

その4・外環道千葉県内先行整備の状況に続く

その5・外環、いよいよ市川で開通に続く


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