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紀行・日記



『銚子日記』(赤松宗旦)

赤松宗旦 は下総相馬郡布川村(茨城県利根町)の開業医。

 安政5年(1858年)3月21日、下総相馬郡布川村を船出して銚子に向かい、4月5日に帰るまでの日記。

龍正院 〜3月23日〜


 帰りに滑川山龍正院へ立寄
 風談数刻に及ふ
 今朝が淵行。寺より一丁斗り。

 神崎河岸へ揚り、真壁屋
 彦兵衛へ立寄。
  神崎明神参詣。
   神木 ナンジャモンジャ

廿四日晴
 押砂河岸赤門といふ
 俳名汎翠の宅へ立寄、夫より
 直に船を降し、東風にて
 やはり船おそし。

鹿嶋大神宮 〜3月26日〜


廿六日曇ル
 健蔵を召連朝とく立て
 鹿嶋大神宮へ参詣。
 大船津の河岸より神宮迄
 十六丁、石橋を渡りて神領
 なり。夫より坂を登りて程なく
 鹿島の町なり。
  鳥居を入りて一丁斗
 鹿島大神宮本社
  又一丁斗り行て
 元の宮
  是より坂をおりて
 御神水
 涼しさやむかしなからの
 水の音   松露庵 雪丈

 もとの坂を登りて三四丁
 南の方行て
 要石

丸石也地上一尺斗出て上少しくぼミ有

 碑



枯枝に鴉のとまりけり秋の暮

息栖明神 〜3月28日〜


   息栖海中に鳥居有。
   そのきわに瓶(かめ弍ツ)あり。

   けふは空晴て瓶よく見ゆ。
   壱ツの瓶ハ鳥居建替の時
   うつもれたりとて見へず。

 息栖明神   参詣

海上八幡宮 〜3月29日〜


 芝崎村
  海上八幡宮 参詣。
 同神主
  松本長門立寄。
 八ツ時頃より芝崎を出て銚子
 行。又松岸を通り本所出ル。

 夫より観音前の
  吉野屋平助へ泊る。

海上八幡宮 〜4月3日〜


三日雨 四ツより晴
 けふハ芝崎村の
  海上八幡宮の御田植祭有。
   至て賑ハし。

 そば高明神の下大倉新
 田江ふね寄て船の中に
 とまる。
  今夜空晴風なし。

津宮河岸 〜4月4日〜


四日晴 風なし
 朝日と共に船を出し
 程なく津の宮の河岸へ
 揚る。
   河岸の佐原や寄る。
   同 村田屋も寄る。
 船を佐原廻して我等ハ
 香取行。陸十八丁

香取大神宮 〜4月4日〜


香取大神宮 参詣
大鳥居建替、けふ棟上。
明日は御田植祭ニ而けふより
大に賑ハふ。

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