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16年の歳月と約1400億円の投資をした「混雑緩和」の成果は如何に?
- 東急田園都市線・大井町線 二子玉川〜溝の口間複々線完成の現場を訪問して -
TAKA 2009年10月19日
東急田園都市線・大井町線インフラ改善の象徴 大井町線急行と新型車両6000系 @二子玉川 |
☆ ま え が き 〜インフラ産業たる鉄道事業の宿命である「設備投資」だが・・・〜
人口1000万人を越える世界有数の大都市で有る「東京」の主要交通機関が「鉄道」で有る事は間違い有りません。その東京での「鉄道輸送」において『民有鉄道』所謂私鉄が果たして居る役割は非常に大きいと言う事が出来ます。実際東京(首都交通圏)における平成17年度の旅客輸送人員の分担率は「JR22.5%:JR以外の鉄道34.3%:自動車43.2%(数字で見る鉄道2008より)」となっています。要は民鉄及び公営鉄道は首都圏の旅客輸送の約3分の1を担っている重要なプレーヤーなのです。
又日本では都市の形成に民間鉄道事業者が「鉄道輸送」以外にも大きな役割を果たして来ました。日本の民鉄は(世界の中で稀有や例と言えますが)都市の営みの中で「鉄道輸送」だけで無く「住宅開発・都市開発・公共自動車輸送(バス・タクシー)・流通・建設」など都市の形成・運営に重要な事業を鉄道輸送事業と合わせて行い、これだけの巨大都市の形成において大きな役割を果たして来て居ます。
実際、日本における都市の形成と発展に寄与し、それを企業の収益源として成長を果たして来た日本の民営鉄道事業者ですが、その都市の形成と発展が「事業の発展と収入向上」と言う成長の側面に寄与して来たのと同時に、輸送量の増加が鉄道事業において「混雑緩和対応の為の輸送力増強投資」を迫られる事になりました。
鉄道事業とは「インフラ産業」です。鉄道事業は巨額を投じインフラを構築し鉄道と言うシステムを動かす事で旅客(もしくは貨物)を運ぶ事で収益を得るビジネスです。それが故にインフラは構築すると一定期間後には劣化が始まり維持の為に更新投資が必要になりますし、キャパシティを越える利用量が発生した場合、それに対応する為に新たな設備投資を行わなければなりません。企業収支において設備更新投資は「減価償却費」として織り込まれて居るので中立的で有るとも言えますが、輸送力増強投資のような「新規投資」は新たに投資資金を捻り出さなければならない物で有り、企業経営においては「負担」となる物で有ると言えます。
その点から考えると、実を言えば鉄道事業の場合「投資を減価償却費の範囲内に抑え」ながら「輸送量が増えない中で原価を維持or微減させながら収入が維持or微増させる」と言う状況が安定的に収益を確保出来る状況で有り、安定的な企業経営的には理想の状況で有ると言えます。
そういう意味で、「需要を創出する形での設備投資」でなく単に「輸送人員の増加を後追い対応する設備投資」は、鉄道会社の経営的には必ずしも歓迎出来る物で無い事は確かと言えます。しかも今までの日本の「成長の時代」であれば、輸送力増強投資が人口その物の増加と都市への人口集中による鉄道輸送人員の増加で結果として回収出来たのですが、現在のように「人口減少時代」となり都市鉄道輸送が頭打ち(平成2年⇒平成17年で東京→約6%増・京阪神→約7%減・名古屋→ほぼ横ばい)と言う状況になると、設備投資が輸送量増加による収入増でカバー出来無くなり、しかも運賃値上げがほぼ出来ない経済環境下では、(通勤が主体の)鉄道事業における新たな輸送力増強投資は段々ペイしない状況に陥りつつあります。
その中で、民営鉄道において未だに「輸送力増強投資」の圧力が掛かって居る路線が有ります。それが未だに混雑率が190%を越える小田急小田原線(192%)・東急田園都市線(198%)・東京メトロ東西線(199%)の3路線です(混雑率数値は「数字で見る鉄道2008」より)。東京圏の鉄道の混雑率に関しては、国土交通省は「当面主要区間の平均混雑率を全体として150%以内とするとともに、すべての区間のそれぞれの混雑率を180%以内とする」ことを目標に据えて居ますが、民鉄・メトロの各路線の中でこの3路線が最混雑区間で混雑率180%を越えて居ます。
その混雑率にかんして未だに改善の必要性が高い3路線の中で、小田急小田原線は「
東北沢〜和泉多摩川間複々線化工事
」が今や最終段階の工事が進んで居る東北沢〜世田谷代田間の工事のみにまで進展しており、2013年複々線完成はほぼ確実で根本的な解決が見えて居る状況にあります。又それにたいして3路線の中で最悪の混雑率の東京メトロ東西線は「インフラ改善は完全放置プレイで抜本的解決策が現状で全く打たれて居ない」状況に有ります。
その3路線の中で、小田急小田原線の様な路線の複々線という「直接的輸送力増強策」とは一線を画しつつ、東京メトロ東西線の様な「インフラ投資は完全放置プレイ、平行ダイヤや
ワイドドア車の再投入開始
と言ったソフト的施策で対応」という消極的ともいえるソフト的施策も取り入れながら、混雑緩和の道を探ったのが東急田園都市線と言えます。
東急田園都市線の場合、小田急小田原線の様に「ターミナル新宿をパスする対都心相互直通路線」を持たず「ターミナル渋谷で東京メトロ半蔵門線と直通運転」と言う形態の為根本的輸送力増強の為にはターミナル渋谷液までの複々線化が必要になるが、田園都市線は既に地下線でありそれが困難なのと同時にターミナル渋谷駅が地下駅で狭小ながら拡幅困難であり根本的なインフラ改善策で打つ手が限られて居る厳しい条件を抱えて居ます。
その中で東急電鉄が取った「田園都市線輸送力増強策」が、二子玉川で接続して居る大井町線を南武線から乗客が流入してくる溝の口まで延伸する形で「
田園都市線を複々線化と大井町線の速達化の為の急行運転対応工事
」をすると同時に、「
6ドア車の増結・急行の準急化による田園都市線二子玉川以東の平行ダイヤ化
」という田園都市線でのソフト的対応策の併合策による混雑緩和策と言う施策です。
今回首都圏有数の混雑路線である東急田園都市線で行われていた「混雑緩和策」ですが、一昨年の「
田園都市線ダイヤ改正
」「
6ドア車増強
(
現在では編成3両にまで増強
)」や昨年の「
大井町線急行運転開始
」に続いて、今年7月11日に「
二子玉川〜溝の口間複々線化
(大井町線溝の口延伸)」が完成して、1993年から16年間掛けて進めてきた田園都市線の輸送力増強策で有る「大井町線改良・田園都市線複々線化工事」がやっと形となる事となりました。
今まで、弊サイトでも「田園都市線輸送力増強策」及び「大井町線急行運転に伴う改良工事」に関しては、下記の様に何回も取り上げて来ました。この一連の工事に関しては「等々力問題(住民の反対で等々力駅の地下化・待避線建設が未着工)」が有る為未だに「全て完成した」とは言え無い状況ですが、「上野毛駅への上り待避線建設・完成」と言う代替策で当初目的の輸送力増強施策が殆ど機能する形で今回完成する事となりました。
その状況下で、7月11日の二子玉川〜溝の口間複々線完成から約1ヶ月後の8月13日の朝に田園都市線渋谷駅を含めた「二子玉川〜溝の口間複々線区間」の状況を、(夏休み最中の平日で必ずしも混雑状況は正しく反映して居ないが)見る事が出来たので、此れを枕にして16年の歳月を掛け約1400億円の投資をして実現した「東急田園都市線」の輸送力増強施策が果たしてどんな効果を挙げたのか?をチョット考えて見たいと思います。
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● 参考HP ・
東京急行電鉄HP
・東急電鉄 -
大井町線が溝の口まで延伸
- ・東急電鉄の取り組み -
大井町線改良・田園都市線複々線化工事
-
TAKAの交通論の部屋(東急田園都市線・大井町線 沿線関連記事)
・
民営鉄道の乗り越えられない「壁」とは?
(田園都市線ダイヤ改正) ・
「東急」という名の「焼き鳥」の「串」を訪ねて
(大井町線)
・
渓谷は本当に泣いているのか?
(等々力駅地下化問題) ・
新たな急行運転は東急の大幹線を救うのか?
(大井町線急行運転開始)
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☆ 完成した二子玉川〜溝の口間の複々線化(大井町線延伸)の状況は?(8月13日朝8時過ぎ〜9時過ぎ)
東急田園都市線・大井町線の改良工事は、1993年に着工の
二子玉川駅改良工事
から始まり現在やっと完成に至る非常に息の長い工事で有ると言えます。工事に関して大別すると「田園都市線二子玉川〜溝の口間の複々線工事」と「大井町線改良工事」に分けれます。その内「大井町線改良工事」に関しましては昨年大井町線の急行運転開始時に「
新たな急行運転は東急の大幹線を救うのか?
」で有る程度取り上げて居るので、此処では今回供用を開始した「二子玉川〜溝の口間複々線化」工事を中心に「どの様に変化したのか?」を見たいと思います。
現在でこそ多摩田園都市と東京を結ぶ田園都市線が走って居る二子玉川〜溝の口間ですが、開業は1927年(昭和2年)の
玉川電気鉄道
による玉川〜溝ノ口間(溝ノ口線)開業にまで遡ります。その後1943年(昭和18年)には改軌の上大井町線へ編入、昭和41年には多摩川専用橋完成・溝の口〜長津田間田園都市線開業と変化を遂げた上で、昭和41年以降は「東急が造った一大開発地」で有る多摩田園都市の動脈として機能する田園都市線の「根っこの部分」として重要な役割を果す事になります。
その後、二子玉川〜溝の口間を二子玉川で新玉川線と直通して都心〜多摩田園都市を結ぶ大幹線に成長した田園都市線に移管して路線を大井町〜二子玉川間に短縮した大井町線ですが、多摩田園都市の開発深化とそれによる田園都市線の混雑激化に対応して、南武線から旅客が流入してくる溝の口と大井町線経由で他の東急線or大井町経由JRに向けて流失する二子玉川の間の「乗客が増える多摩川を越える区間」の輸送力増強の為に、田園都市線を複々線化して再度大井町線を溝の口まで乗り入れさせて、渋谷口に次いで乗客の多い溝の口〜二子玉川間の混雑緩和と大井町線の速達化によるバイパス効果で田園都市線渋谷口の間接的混雑緩和を目指したのが、今回の「二子玉川〜溝の口間複々線化」工事と言えます。
左:昔の大井町線引上げ線を延伸して複々線に接続 中:複々線化された二子新地駅 右:外側を走る田園都市線がメインで停車の高津駅(二子新地駅も同じ)
その「二子玉川〜溝の口間複々線化工事」の区間は、二子玉川駅改良工事で二子玉川駅の発着線が外側線→内側線に配線変更された結果、多摩川橋梁の上に移設された大井町線の引き上げ線を延伸する形で始まって居ます。
その為、複々線区間では二子玉川駅構内の配線を伸ばした形で「田園都市線→外側線・大井町線→内側線」という配線になっています。二子玉川〜溝の口には「二子新地・高津」の二つの中間駅が有りますが、この2駅は外側線の田園都市線の線路のみにホームを設けて田園都市線が基本的には止まり大井町線は基本的には通過する形態となって居ます。
しかしながら、昼間の一部の大井町線普通(青普通)を高津・二子新地に停車するパターンも造っています。この2駅は利用客数が田園都市線で「下位」に入るレベルなので、今回の改良で「内側線のみにホームを造り停車路線を大井町線に切り替える」事で「少しでも田園都市線の利用客を減らす」という施策も考えられたと言えます。
左:微妙な曲線が苦労して用地を捻出した事を示す @高津〜溝の口間 中:溝の口駅西側の大井町線用の引上線 右:梶ヶ谷駅に新設の大井町線用の留置線
その様な施策が素人でも考えられながら、今回二子新地・高津の2駅の停車に関して「大井町線が通過で田園都市線が停車」という前提で外側にホームを据える改良工事が行われたのは、(まあ「旧例に準じて行われた」と言う単純な理由かもしれませんが)「溝の口からの大井町線の速達効果を上げる事で乗客転移を促進させる」という事と同時に「高津と二子新地の利便性を下げる事を引き金にプロジェクトに反対される事を未然に防いだ」側面も有るのかも知れません。
高津区内でも早い時期から開発が進んでいたこの地域は、比較的混沌とした開発が線路沿いまで進んでいて、昔沿線風景を見た事の有る私としても「良く此処で複々線工事が出来たな〜」というのが偽らざる心境です。二子新地・高津は未だ良い物の溝の口の駅周辺はかなり「酷い」状況でした。まあその様な状況下で用地買収はかなり苦労したのでしょう。高津〜溝の口周辺では複々線は見通すと微妙な曲線が入って居ます。その様な「複々線建設の苦労」が垣間見えたのかな?と感じました。
溝の口の駅は「二子玉川駅改良工事」と並んで1992年と言う比較的早い時期に工事が着手された為に、随分前から工事が完成していて朝ラッシュ時のみ田園都市線の交互発着に用いられて居ましたが、大井町線の複々線化に合わせて梶ヶ谷側に大井町線の引き上げ線が設けられ溝の口まで大井町線が入って来れる様になりました。同時に運用が増える大井町線の急行用の車両置場として、となりの梶ヶ谷に電留線が造られました。
この様な「田園都市線複々線化・大井町線改良工事」という「ハード的混雑緩和策&大井町線利便性向上策」に加えて、田園都市線で「
減速ダイヤ改正
」といえる「急行の準急化」と「6ドア車の追加投入による乗降時間短縮」などの「田園都市線の利便性を下げる施策」を合わせて行う事で、東急は田園都市線の混雑緩和を目指して居ます。
東急が其処まで努力して行われた「田園都市線の混雑緩和策」は、果たしてどれ位の成果を挙げたのでしょうか?。それについて以下で見たいと思います。
☆ 果たして「大井町線溝の口延伸」でどれ位大井町線に利用客は転移したのか?(8月13日朝8時過ぎ〜9時過ぎ)
さて、この様な「二子玉川〜溝の口間複々線化工事」を中心とした一連の設備投資を「16年の歳月と約1400億円の費用」を掛けて行った東急電鉄ですが、東急電鉄としてはこの設備投資の目的は田園都市線の混雑緩和であり「如何にして田園都市線渋谷口に流れ込む乗客が二子玉川から大井町線に転移してくれるか?」という事が、この一連の設備投資がどれだけの効果を持つのか?と言う事に直結します。
では、肝心要の複々線開業による田園都市線⇒大井町線の乗客の転移はどの様に進んで居るのでしょうか?。実際問題、既に大井町線の急行運転は昨年の3月28日から行われていて、急行運転開始後の去年4月に訪れた時の「
訪問記
」によれば、既に急行運転の結果「大井町線急行はそれなりに利用されて居る」と言う事が見られて居ました。ではその後もう一段進んで溝の口まで乗り入れた現在ではどの様に変化して居るのでしょうか?
二子玉川駅での乗換状況 左:普通列車を待つ行列は疎ら 中:田園都市線⇒田園都市線急行への乗換客も少ない 右:それでも普通列車をやり過ごす「急行指向」客も多い
現地を訪問した時に先ず最初に見たのは二子玉川駅の状況です。元々二子玉川は大井町線の始発駅で田園都市線との唯一の乗換駅でしたが、現在では溝の口まで延伸されたので分岐駅で溝の口と並ぶ乗換駅の一つに代わってしまいました。
その為、田園都市線溝の口以遠から乗り換える人達は溝の口で大井町線に乗りかえる様になり、二子玉川で乗り換える人は大部分が複々線で通過してしまう高津・二子新地の乗客と二子玉川より東に有る用賀〜渋谷間からの乗客に限定されてしまって居ます。
それでも、二子玉川自体がそれなりの乗降人数(約100,000人/日)を抱える駅と言う事も有り、それなりの大井町線への乗換客・乗車客が居ます。そのなかでも、普通を待ち急行を選択する乗客がかなり多く居ました。やはり朝はダイヤ上「急行1:普通2」で普通は上野毛or旗の台で急行に抜かれるので、特に上野毛待避の普通は避けられる傾向が強く、大井町線利用客の急行への指向はかなり強いと言う事が出来ると思います。
溝の口駅での乗換状況① 左:始発の列車を待つ行列が出来て居る 中:始発急行を待つ列は普通の場合より長い? 右:田園都市線から此処で乗り換える客も多い?
単なる乗換駅になり比較的乗換客が疎らな二子玉川駅に比べて、実質的に大井町線の始発駅になった溝の口駅では大井町線への乗客が多数見られました。
見た目の感じでは、昔の二子玉川駅での大井町線乗客と現在の溝の口駅での大井町線乗客はほぼ同じ位に見えました。(まあ見た日が見た日なので・・・)そういう点から考えると、溝の口+二子玉川での大井町線への乗客数を考えると幾許かでも田園都市線経由から大井町線経由へ乗客の転移は発生したのかな?とは見た目で感じました。
又溝の口でも見る事が出来たのは、「普通をやり過ごして急行を待つ人達」の多さです。大井町線で急行運転を始めて約1年、やはり「対大井町では急行が先着列車」というのがダイヤの大原則として乗客に浸透して、急行の速達性が評価されて居る現われなのかな?と思います。そう言う点からは、今回の一連の改良工事で「大井町線の急行運転」を推進したのは成功だったと言えますし、急行は1両増結した6両編成運転で輸送力が上がり、急行が乗換駅のみ停車なので「急行→他線からの流入客:普通→大井町線ローカル客」と分離されて居るのも全体から見ればプラスなのかな?とは感じました。
溝の口駅での乗換状況② 左:大井町線が普通だと乗換客が少ない? 中:溝の口でも普通に乗らない「急行指向」客が居る 右:溝の口時点で急行は立ち客が少々居る乗車率
しかしながら、一つ気になるのは本来の計画では「二子玉川〜鷺沼間」だった複々線区間が今回の改良工事では「二子玉川〜溝の口間」に短縮されてしまい、田園都市線と大井町線との乗換駅の機能が溝の口駅に集約されてしまった事です。
元々、溝の口駅は南武線⇔田園都市線との乗換駅で乗客が集中する駅で、渋谷・二子玉川と並んで乗降に時間の掛かる駅でした。その為今回の複々線運用開始時の前は先に出来たホームを活用して「梶ヶ谷で急行待避→溝の口で交互発着」を行い溝の口での停車時間増加を防いで居ました。
しかし今回の複々線運用開始で、大井町線への乗換客が二子玉川→溝の口へ転移して二子玉川での乗降時間が短くなったのに対して、溝の口は交互発着が出来なくなったのに南武線との乗換客+大井町線への乗換客が増える事になり、溝の口での乗降人数がかなり増える事になりました。
溝の口での乗降に関する問題は、インフラ的には仕方ない事とは言え今や田園都市線は「6ドア車を3両も連結する超混雑路線」で有る事を考えると、今後此処で乗降時間が掛かる事で「ダンゴ運転」の発生によるダイヤ混乱が発生しないか?少々心配にはなりました。
☆ 16年の歳月と約1400億円の設備投資をした「大改良」で懸案の田園都市線混雑と言う問題は解決出来るのか?
さて、今回見た様に東急が「16年の歳月と約1400億円の費用を投資」して作りあげた田園都市線複々線化と大井町線改良工事ですが、果たして東急電鉄がそれだけの投資を行い努力を尽くして来ただけの混雑の緩和効果は有ったのでしょうか?。
実際の所、二子玉川〜溝の口間の複々線工事が竣工して7月11日にダイヤ改正を行って以来既に(原稿執筆時点で)3ヶ月チョットが経過して居ます。しかし今回に関しては、前の田園都市線準急導入時にはその効果について「
〜田園都市線の準急運転〜遅延を抑制する効果が表れています
」と発表していますが、今回に関しては未だ東急電鉄から正式な効果についての発表等は有りません。その為現地を見た状況から推測するしか有りません。
その「見た状況」から、今回の一連の整備の効果について推し量って見ると、結果的にそれなりの量の人が田園都市線⇒大井町線経由に転移して田園都市線の混雑緩和に寄与して居る可能性は高いのかな?とは推測する事が出来ます。
現実問題、一連の混雑緩和施策は2007年の「田園都市線減速ダイヤ改正&6ドア車増備」・2008年の大井町線急行運転開始・2009年の二子玉川〜溝の口間複々線完成と、五月雨式に改善策が実行に移されて居ます。その中で既に田園都市線での混雑平準化は効果が上がって居る事が東急から発表されて居ます。又大井町線急行は見た感じかなりの利用率が全時間帯に渡り有るのは間違い有りません。
その様な事から考えて、実際の所は正式な発表がなければ正確な数字は分からないにしても、諸状況や見た感じなどを含めて考えれば今回複々線で溝の口まで伸びた事で、今までの一連の施策と合わせてかなりの利用客の大井町線への転移が進んだと考えるのはほぼ間違い無いと言えます。
それでも田園都市線の問題は解消されない? 左:複々線になっても田園都市線電車は渋滞状態? 中:渋谷駅の混雑も打つ手が無い?
大井町線の残る工事は如何なる? 右:一連の工事で唯一、地下化・待避線新設工事が未着手の等々力駅
その様な一連の「大改良」は本来の目的で有る田園都市線の混雑緩和への効果を一定の範囲で果した事は間違い無いと言えます。しかし問題は「16年の歳月と約1400億円の費用を投じた大改良工事」が機能するレベルで完成した現在ですら未だに問題を抱えて居る事です。
一つは「等々力」問題です。「
等々力駅の地下化・待避線建設
」の工事は大井町線の改良工事の一環と位置づけられては居ますが、過去に「
渓谷は本当に泣いて居るのか?
」取りあげた事が有りますが等々力渓谷の地下水に与える影響が問題になり地元から反対を受けており「
等々力駅地下化工事技術検討委員会
」で検討は加えていた物の検討委員会も中途半端で終わっており、工事着工の目処は未だに立って居ません。
実質的に、後で追加された「
上野毛駅改良工事
」で上り線に待避線が出来て代替設備となり急行運転が可能になりましたが、下りに関してはダイヤ的に厳しい状況になり速達効果が少々劣る結果となります。有る意味「16年の歳月と約1400億円を投じた事業」に対して「画龍点睛を欠く」結果となってしまって居ます。
果たして、今後未着手の等々力駅の事業を如何するのか?待避線に関しても上りに関しては上野毛駅に造ってしまったので等々力駅の上り待避線は不用になりましたし、下りに関しても今ダイヤ的には成立して居るので別に巨額を投じて地下駅を造る必要性は乏しくなりました。投資のコストパフォーマンスを考えると、等々力駅の工事を今後如何するのか?は非常に難しい状況になったと言えます。
もう一つの問題は、今回の一連の大改良工事が完成したとしても「田園都市線の抱える根本的な問題は解決出来ていない」という点です。
確かに南武線から乗客が流入してくる溝の口まで大井町線を延ばした事で多摩川を渡る区間の輸送力を増強する事は出来ました。又大井町線を急行運転出来る事に依り田園都市線の有効なバイパスルートを構築する事が出来て、しかも田園都市線を朝ラッシュ時に「減速化」して居るので大井町線の急行運転の速達性が際立つ事になり、結果として田園都市線から利用客が転移し易い環境を作り出す事が出来て、田園都市線の「朝混雑時のピークカット」に貢献出来る輸送力増強は出来たと言えます。
しかしながら「多摩田園都市から渋谷を抜けて都心へ至る」大幹線で有る田園都市線そのものに関しては、今回の大改良工事で線路容量が増えた訳でも無く輸送力が増強された訳でも有りません。田園都市線が「唯一の多摩田園都市の幹線で有り渋谷経由で都心にアクセス出来る便利な路線」という点も代わった訳では有りません。
その中で東急は「減速ダイヤ改正で田園都市線を不便にして大井町線に転移を即す」と同時に、「6ドア車を増やして乗降に掛かる時間を減らしてダイヤの柔軟性を高める」施策を行い、利便性が落ちた田園都市線を急行運転で速達性が上がった大井町線を対比させる事で、輸送力増強と速達化が叶った大井町線に乗客を流して「何とか田園都市線の朝ラッシュを救う」事を「16年の歳月と約1400億円の費用」を投じて行ったのです。
しかし、この「大井町線への乗客の転移」が上手く行かなかった場合、既に限界状態の田園都市線渋谷口の朝ラッシュ輸送が破綻に近い状態に陥る可能性が有りますし、これ以上多摩田園都市の人口が増えて、多摩田園都市の入口に当る区間の田園都市線溝の口〜梶ヶ谷間の輸送量が大幅に増えた場合、今回は断念した「田園都市線の溝の口〜鷺沼間複々線化」にもう一度チャレンジしなければならない状況に陥る事になります。この2つの「新たなリスク」に対して、今回の大規模投資が効果を発揮し無い可能性も否定はで来ません。そういう意味では「危機」は未だ去ったと楽観視する事は出来ず「16年の歳月と約1400億円を投資した大改良工事も田園都市線の抱える問題を解決出来ていない」状況に有ると言えます。
今や日本全体が「人口減少社会」に入り鉄道業界でも大手民鉄の多くの会社で既に「輸送人員が減少傾向」になって居り、今や鉄道業界は高度成長時代の様な「通勤・通学利用客増加とその対処療法としての輸送力増強」という経営のサイクルでは無く「減りだす輸送人員の中で如何に収益をあげるか?」という事に注力しなければならない時代となってきて居ます。
その様な一般の情勢の中で東急電鉄は異なる状況に有ります。東急電鉄沿線に関しては『沿線人口(17市区の人口)は、497万人(2005 年国勢調査)であり、過去5年間で5.8%伸びている。』『沿線の人口は、多摩田園都市や港北ニュータウンといった地域の人口増加により今後も増加が継続するものと見られ、ピークは2025 年頃になるものと推定される。』と人口が増加傾向に有り今後も増加を続ける事が確実の状況にあり、輸送状況も『年間の輸送人員は、9億9,566万人(2005 年度実績)であり、過去10 年で3,923万人(4.1%)増加している。』と言う状況(『』内の文章は
此方
より要約引用)であり、東急電鉄を取り巻く状況は社会全般・鉄道業界全般の「人口減少時代」とは一線を隔する状況に有ると言えます。
そういう点から見ると、東急電鉄に限って見れば他の大手民鉄と異なり「今後とも輸送力増強に取り組む必要が有る」数少ない鉄道会社と言えます。
しかし東横線に関しては「目黒線直通運転・田園調布〜日吉間複々線化」で「東横線を救う」輸送力増強は一段落しており、今後の投資はそのインフラ基盤の上に+αを加えてネットワークの中で新規需要を取りこむ方向に向かう事になり、「
副都心線乗り入れ・東横線優等10両化
・
東急〜相鉄直通線
」等は正しくその方向で進めて居る事業と言えます。
東横線がその様な状況の中で、今後とも人口増加に伴う輸送量増加の圧力が掛かり輸送力増強の焦点になるのは今後とも「田園都市線」で有るのは明らかです。
田園都市線自体は、此れからも人口増加が予想される多摩田園都市・港北ニュータウンを沿線に抱えながら、それらに対応するインフラ改善が「二子玉川〜溝の口間複々線化及び大井町線改良工事」「
横浜市営地下鉄グリーンライン開業
」など間接的なアプローチであり、渋谷・都心に直通という田園都市線の求心力である利便性に勝る「代替プラン」を沿線利用者に提供して利用転移を促進するには少々弱い状況です。
その中で、「新たなインフラ改善には長い時間が掛かる」「沿線人口のピークは約15年後の2025年」という中で、今後沿線人口が増加して利用者も増えて行くであろう今後15年間を、今のインフラで如何に田園都市線は捌いて輸送を完遂して行くのか?と考えると、今回の大改良工事で問題解決とは言え無い状況ですし有る意味正念場は此れからとも言えます。
その厳しい状況に如何にして対応して行くか?東急電鉄としては「16年の歳月と約1400億円の投資」を行い大改良を行い一応の完成を迎えながら、未だに難しい問題を解消できずに抱えて居て、しかも人口増加期間の今後15年間の間で有効な打つ手は殆ど無い厳しい状況に有ると言えます。
さて今後如何なるのか?混雑路線の東西線の改善を放置して居る東京メトロと違い、田園都市線の改良に対して苦労と努力をして居る東急電鉄なので、何とか困難を打開出来る方策を見出して欲しい物だと思います。
※「
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