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藤沢周平 (ふじさわ・しゅうへい) 1927〜1997。




にがい再会  (文春文庫「夜消える」に収録)
短編。女郎上がりである幼馴染(おさななじ)みのおこまと久し振りに再会した傘問屋の主人・新之助。若い頃、おこまを女房にしたいと思っていた新之助だが、岡場所に売られていく彼女を助けず、見捨ててしまった。その時のことをおこまに詫びる新之助だが…。「三十両あれば、そのひととは手が切れるんだけど」、「三十両は大きいな」、「でも、新之助さんのお家なら、そのぐらいのお金ははした金じゃないんですか」、「そうはいかないよ」。真に意気地のない男というのは、どんなに時が経っても、意気地なしのままのようで…(悲)。

虹の空  (新潮文庫「霜の朝」に収録)
短編。一膳めし屋で働いているおかよと夫婦約束が出来ている大工の政吉は、折檻された幼少時のわだかまりから長い間会っていなかった継母のおすがと再会する。木綿問屋で住み込みで奉公している年老いたおすがの姿を見て、過去のわだかまりが解けた政吉は、おすがを引き取る決心をするが、一緒に暮らすのは嫌だと反対するおかよと喧嘩になってしまう…。「十年も音沙汰なしでいて、急にたずねて来たと思ったら、今度は肩もんでやろうなんてさ」──。親子の情愛に感涙。幸福を象徴する虹の空…、流石の収束。

女人剣さざ波  (文春文庫「隠し剣孤影抄」に収録)
短編。筆頭家老・筒井兵左衛門の命令で、筒井の政敵・本堂修理の動向を探ることになった浅見俊之助。本堂が会合に使っている茶屋へ通い続けるうちに、芸妓・おもんと馴染(なじ)みを重ねるようになる。美人の姉がいながら、容貌が悪い妻・邦江を理不尽に遠ざけ、茶屋遊びに夢中になる俊之助だが…。「探索というが、半分は女と遊びたさにうかうかと引きうけたことだ。そのツケが回ってきたということだ」──。そうまでしてまで男を守ろうとする女と、こうまでしないと間違いに気がつかない男…。凄絶なる感動なる剣客小説。

盗み喰い  (新潮文庫「時雨みち」に収録)
短編。腕はいいが、労咳持ちで、生活がすさんでいる弟弟子の助次郎のことを、何かと気にかけている根付師玉徳の職人・政太。夫婦約束をしている水茶屋の娘・おみつに、高熱を出して寝込んでいる助次郎の面倒を頼む政太だが…。「二、三日で病気がなおるとでも思ったんですか」、「そいつは、おめえ…」、「あたしはご飯を炊いてやりました。部屋の掃除もしてやりました。洗い物もしてやりました。そうしてくれるひとがいなきゃ、あのひとの病気はなおらない…」。“奇妙な結末”によって気づかされる思いやりの真実性! 激痛。

驟り雨(はしりあめ)』  (新潮文庫「驟り雨」に収録)
短編。昼は研ぎ屋をしているが、盗っ人でもある嘉吉。古手屋・大津屋に忍び込むため、神社の軒下で雨宿りをする彼だが、訳ありのカップルが現れたり、やくざ者が喧嘩を始めたりと、重ね重ねの邪魔者の登場にイライラする。そこへ、男に逃げられ、幼い娘を抱えた病弱の女がやって来て…。世の中には、しあわせもあり、不しあわせもある。いましあわせな者もいつまでもしあわせではなく、不しあわせな者にもいつかしあわせがめぐって来るかもしれない──。人を救うということは自分が救われることなんだとつくづく思う。感動。

弾む声  (新潮文庫「龍を見た男」に収録)
短編。城勤めを息子に譲り、隠居所で妻・満尾と二人だけで暮らしている矢野助左衛門。弾むような元気な声で、いつも隣家の娘を呼びに来ていた十歳の女の子・おきみが、ぷっつり姿を見せなくなってしまったことを心配する二人。おきみの呼び声は、単調で灰色な日々を送る夫婦にとって、唯一の色どりであったのだ。おきみが家の借金のために奉公に出されたと知った二人は…。「でも、あの子を甘やかさないでくださいまし。あの子は、これからもっともっと辛(つら)い目をみなければいけないのですから」──。感動がじわじわ。

果し合い  (新潮文庫「時雨のあと」に収録)
短編。二十歳の時、果し合いをして、足に障害を負って以来、庄司家の部屋住みとして老いた佐之助。家の厄介者である佐之助の唯一の味方である庄司家の当主の娘・美也は、そんな大叔父に助けを求める。ひそかに言い交わした男・松崎信次郎がいる美也は、上士の倅・縄手達之助との縁談を断わるが、その腹いせに達之助は、撃剣の下手な信次郎に果し合いを申し込んできたのだ…。「なに、まあ一本勝負なら、なまじの若い者には負けはせん」。過去を引きずって生きてきた老年の男の人生のけりのつけ方が恰好いい。

初つばめ  (文春文庫「夜消える」に収録)
短編。十五の時から小料理屋で働き、弟・友吉のために苦労してお金を貯めてきたなみ。友吉が結婚相手・おゆうを連れて挨拶に来るが、おゆうは太物屋の娘で、いずれ二人が店を継ぐので、お金の必要はない、今日用意した酒や食事もいらないという友吉に、なみは酔っ払って悪態をついてしまう。生きる張り合いをなくし、独り身の淋しさに襲われるなみだが…。「家に帰る途中で、つばめを見たんだよ。あれ、今年の初つばめじゃないのかしら」、「つばめは、だいぶ前から見てるぜ」──。“初つばめ”がもたらす幸福感が喜ばしい。

春の雪  (文春文庫「長門守の陰謀」に収録)
短編。二つ年上の幼馴染・作次郎と茂太と一緒に、深川の材木屋「橋本」に奉公している十九のみさ。仕事ができて男らしい作次郎といつかは一緒になるだろうと漠然と思っている彼女だが、愚鈍で小男な茂太が近ごろ博奕に手を出すようになったと知り…。「だって、ああするよりほかはなかったんです」。男の気持ちを笑って見過ごすことができない女主人公のけじめのつけ方を描いて印象に残る。

悲運剣芦刈り  (文春文庫「隠し剣孤影抄」に収録)
短編。奈津という婚約者がいるにもかかわらず、亡兄の妻・卯女(うめ)と道ならぬ交わりを結んでしまった青年藩士・曾根炫次郎(げんじろう)。奈津の兄・石栗麻之助を斬り殺し、脱藩した炫次郎の討手(うって)に選ばれた炫次郎の剣友・石丸兵馬だが…。秘剣「芦刈り」の遣い手である炫次郎と対決する兵馬に果たして勝算はあるのか? 「芦刈りとは、立ち合う剣を、ことごとく折る」、「折る?」、「鍔(つば)もとから折る。不敗と申したのは、そういうことだ」──。決闘場面の凄まじい緊迫感に興奮を覚える。隠し剣シリーズの一編。

氷雨降る  (新潮文庫「橋ものがたり」に収録)
短編。店を息子・豊之助に任せて、何不自由のない生活を送る小間物屋「王子屋」の主人・吉兵衛だが、日々の生活に喜びはなく、虚しさを感じていた。大川橋の上で、心に傷を持つ若い女・おひさと出会った吉兵衛は、彼女の世話をすることで、心が癒されるが…。「人の一生なんてものはさ、そんな気の利いたもんじゃないんだよ、きっと。俺は満足だ、思い残すことがないなんて死ぬ奴は、この世に何人もいるもんか。みんな大概のところで諦めをつけて、死んで行くのさ、きっと」。人生の悲哀を描いて身につまされるものがある。

秘太刀馬の骨  (文春文庫)
長編。
六年前に起きた家老・望月四郎右衛門の暗殺事件のときに使われた秘太刀「馬の骨」。現家老・小出帯刀(たてわき)の命令で、その「馬の骨」の遣い手を探索することになった近習頭取・浅沼半十郎と小出の甥・石橋銀次郎。

「『馬の骨』の遣い手を突きとめることは、望月を殺したのがわしだなどという悪質なうわさを打ち消すためにも必要だが、それだけではない」
「………」
「敵から身を守るためにも、その男の正体はおさえておかねばならん。望月を倒した黒幕は、まだ正体が知れておらんのだからの。用心が肝要だ」

不伝流の矢野家に代々伝わる、まぼろしの剣法「馬の骨」。矢野道場の高弟五人の中で、「馬の骨」を伝授された人物は一体誰なのか? 高弟たちの弱みを握り、それをタネに次々と他流試合を挑んでいく銀次郎と立ち合い役の半十郎。しかし「馬の骨」の遣い手を見つけられないまま、藩内の血まなぐさい争闘に巻き込まれていってしまう…。

「気が変わって杉原派に籍を移す場合は、身辺に気をつけることだ、半十郎。そなたはわが派のことを知りすぎておるのでな」。

果たして「馬の骨」は正義の剣なのか、それとも邪悪なのか? 秘太刀「馬の骨」の正体は?

子供を亡くして以来、心の平衡を見失ってしまった妻・杉江を、根気よく労わる半十郎──「馬の骨」を巡る推理小説的な面白さだけでなく、夫婦再生の物語としても素晴らしい。

必死剣鳥刺し  (文春文庫「隠し剣孤影抄」に収録)
短編。三年前、失政の原因となっていた藩主・右京太夫の愛妾・連子(れんこ)を、極刑を覚悟の上で刺殺した兼見三左エ門。しかし下された処分は寛大なものであった。そして、近習頭取として右京太夫のそば近くに仕えることになった三左エ門は、中老・津田民部から右京太夫の命を守る役目を命じられる。秘剣「鳥刺し」を編み出した三左エ門は、右京太夫と対立している藩主家の親戚・帯屋隼人正(はやとのしょう)と対決するが…。「思うにその剣を遣う者は、つまりそれがしですが、剣を遣うときには半ば死んでおりましょう」、「半ば死んでおる? 剣客という者は、不思議なことを申すものだ」──。も、物凄いものを読んでしまった…。隠し剣シリーズ、恐るべし!

人殺し  (新潮文庫「驟り雨」に収録)
短編。「日斜め長屋」に引っ越してきた揚げ場人足の伊太蔵は、圧倒的な暴力によって長屋の人々を屈服させ、横暴の限り(他人の女房を盗んだり、十六の少女を犯したり)をつくす。伊太蔵を恐れ、忌み嫌いながらも、家賃の安さから長屋を離れようとしない住民たち。そんな長屋の状況に業を煮やしたおれ(若者の繁太)だが…。「あたいのためなの?」、「みんなのためさ。おれのためかも知れねえ」、「あぶないことはよしてよ」──。正義感の履き違えや、暴力に対する諦念など、今日的な問題として、何だか考えさせられる作品だ。

秘密  (新潮文庫「時雨のあと」に収録)
短編。縁側で息子の嫁・おみつに髪を結ってもらった由蔵は、不意に封印していた若い頃の出来事(たった一度の悪事)を思い出す。筆屋「鶴見屋」の手代だった由蔵は、博奕(ばくち)に手を出し、のめり込んだ挙句、五両の借金を作ってしまう。金を返すあてもなく、追い詰められた由蔵は…。「あたしは誰にも言いません。あなたも、あたしに見られたことを忘れてください」──。円満だった夫婦仲の秘密を描いた時代小説。物思いにふける年老いた舅(しゅうと)を、子供をあやすように心配する嫁の姿が微笑ましい。

日和見与次郎  (新潮文庫「たそがれ清兵衛」に収録)
短編。政変に巻き込まれて、没落してしまった父親・藤江半左衛門の姿を見て育った与次郎は、藩内の派閥争いが激しさを増しても、日和見(ひよりみ)を決め込んでいる。藩主の意向で、江戸と国元を行き来していた中立派の番頭(ばんがしら)・杉浦作摩が、一家ごと抹殺されてしまったと知った与次郎。杉浦の妻・織尾は、与次郎が少年時代に恋い慕っていた三つ齢上の従姉(いとこ)であった…。「見たのはわたくし一人……、二人だけの秘密にしましょうね……」。政変の理不尽さと青春の終えんを描いた藩内抗争ものの一編。

吹く風は秋  (新潮文庫「橋ものがたり」に収録)
短編。博奕(ばくち)のいざこざから下総に逃れていた壺振りの弥平。博奕から足を洗う気で、久し振りに江戸へ戻って来た彼は、不幸な境涯の女郎・おさよと出会う。夫の慶吉が作った借金の肩代わりに身売りした彼女は、いつか慶吉が迎えに来てくれると信じていた。しかし慶吉という男は、子供の面倒を見ず、女を作って博奕狂いしている性根の腐った人間の屑だった…。三十年前に死んだ妻と同じ年頃の女の不幸を放っておけない主人公の生きた金の使い方が本当に格好いい。「そうさ、そうでなくちゃいけねえ」。感涙のラスト。

冬の足音  (文春文庫「夜の橋」に収録)
短編。間もなく二十(はたち)になる、錺(かざり)職の家の娘・お市は、三年前に悪い女にひっかかって家を出ていった職人・時次郎のことを、少女の頃から一途に思い続けている。そのため、叔母のおよしが持って来る縁談も断わり続けてきた。やむなく縁談で会った米屋の息子・竜吉に好印象を抱きながら、返事を保留したお市は、思い切って時次郎に会いに行く。満ち足りた気持ちになったお市は、心を打ち明けるが…。「そうなの。時さんを待っていたの」、「市ちゃん」──。思いどおりにいかない結婚という問題を描いて印象に残る。

冬の潮(うしお)』  (文春文庫「暁のひかり」に収録)
短編。息子の芳太郎が死亡し、やむなく嫁のおぬいを実家に帰した紙屋「碓氷屋」の主人・市兵衛だが、その後、おぬいが水茶屋で働き始めたことを知る。さらに、おぬいが滝蔵というやくざ者の男にひっかかって、女郎屋に売られてしまったと知った市兵衛は、おぬいを救い出すため、滝蔵と交渉するが…。「泊っていかないんですか」、「泊る? あんたとか」、「ええ」、「ばかなことを言いなさい」、「だって、あたしを抱きたいんでしょ?」──。妻子に先立たれ、一人の女に幻想を抱いた男の寂寥と破滅。これが男のエゴというものか。

冬の終りに  (新潮文庫「竹光始末」に収録)
短編。柳島の賭場(とば)から五十両という大金を持ち逃げした板木(はんぎ)彫り職人の磯吉は、賭場の人間たちに執拗に追われる中、子供と二人きりで暮らすお静という女の家に逃げ込み、匿(かくま)ってもらう。口やかましい母親・お徳との生活にうんざりし、二年前に別れた女房・おせんにも幻滅を覚えた磯吉は、お静に快い安らぎを感じ、次第に惹かれていくが…。「俺はやられるかも知れねえ。そのときは、お静と子供を頼むぜ」──。裏社会に睨まれる羽目に陥った主人公の男の恐怖と、その行く末を描いた傑作時代小説。

冬の日  (文春文庫「花のあと」に収録)
短編。偶然に立ち寄った居酒屋で、幼なじみであった女性・おいしと再会した古手屋の清次郎。奉公先の店が潰れたり、傷害罪で牢屋に入れられたりと、いろいろ苦労した末に、やっと店を出すところまで辿り着いた清次郎だが、おいしが今、不幸のただ中にいることを知り…。「まったく、何の不自由もなくずっと行くひとだろうと思ったんだけど、世の中はうまくいかねえもんだな」、「いろいろあったのよ」。二人共それぞれ人生つらいことがあったからこそ再会することができたのだろう。二人の再会は必然だったのだと思う。感涙のラスト。

臍曲がり新左  (新潮文庫「冤罪」に収録)
短編。稀代のへそ曲がりである御旗奉行・治部新左衛門は、礼儀知らずで厚かましい隣家の若侍・犬飼平四郎が、愛娘・葭江と仲良くいちゃついているのがどうにも気に食わない。四十年前の朝鮮出兵の時の無念と悔恨の出来事を引きずっている新左衛門は、家臣の娘を藩主に献じて権勢を拡大している家老・篠井右京の悪事を知り…。「責任をとらせろ、葭江。それは冗談で済む話ではないわ」、「どういうことですか。まあ、そのようにいきり立って」、「奴はお前を好いとるのだ」、「まあ、お父さま」──。新左衛門にお構いなくいちゃいちゃする葭江と平四郎の姿が楽しく、そんな平四郎のことを次第に見直して認めていく新左衛門の姿が微笑ましい。ラストは感動!

紅の記憶  (文春文庫「闇の梯子」に収録)
短編。藩の大目付だった殿岡甚兵衛の娘・加津と婚約し、殿岡家に婿入りすることが決まっていた、剣は強いが素行の良くない麓(ふもと)綱四郎。甚兵衛と加津の父娘が、君側の奸である香崎左門の襲撃に失敗し、斬り殺されたと知った綱四郎は、二人を斬った剣客・伊能玄蔵と対決するが…。「あなたさまの…、妻にして、下さいまし。いまあなたさまの、妻になりとうございます」。死を覚悟していた女の、ひとときのために粧った口紅の美しさ…。親が決めた婚約者に興味のなかった主人公が“亡妻”に思いを馳せる姿が感動的だ。

偏屈剣蟇の舌  (文春文庫「隠し剣秋月抄」に収録)
短編。主席家老・間崎新左エ門ら間崎派と、中老・山内糺(ただす)ら山内派との藩内抗争が激化する中、大目付に就任した山内派の切れ者・植村弥吉郎の暗殺を目論む間崎派の番頭(ばんがしら)・遠藤久米次だが、植村は無外流の剣の達人でもあった。秘剣「蟇(ひき)の舌」の遣い手である馬飼庄蔵は、遠藤にまんまと唆かされ、その気にさせられてしまう…。「坐ったまま、人を斬るそうです」、「偏屈者には似合いの剣じゃな」──。人が右といえば左という、偏屈すぎる庄蔵がラストで見せる、偏屈じゃない真実の告白が胸を打つ。

祝い人助八  (新潮文庫「たそがれ清兵衛」に収録)
短編。「おや、ほいと助八が来る。そばに寄らん方がいいぞ。臭いが移る」、「なにせ、殿お墨つきのむさい男だからな」。悪妻だった妻・宇根(うね)の死後、その解放感から、髭も剃らず、身体もろくに洗わず、うす汚れた身なりで気楽に暮らす伊部助八。元夫の暴虐に苦しむ親友の妹・波津(はつ)を、父直伝の「香取流」で助けた助八だが、それがために、中老を殺害した剣客・殿村弥七郎の討手を命じられてしまう…。コミカルな展開から、一転して寂寥感を描き、そして感動場面で締めくくる手腕がハンパない。まさに名人芸。

報復  (新潮文庫「霜の朝」に収録)
短編。権勢をふるう次席家老・都築頼母(たのも)による公金流用を追及した末、都築の屋敷で横死をとげた柚木(ゆき)邦之助。都築に辱(はず)かしめを受けることで、柚木家の跡目相続が認められた邦之助の妻・康乃(やすの)だが、すっかりやつれてしまう。「あとを頼むぞ」。敬愛する主人・邦之助に言われた一言が忘れられない柚木家の下男・松平(まつへい)は、自分がこれから何をしたらいいのかを考える…。──下男には下男のやり方がある──。自分の立場でできることを考え、実行する松平の姿に魂が揺さぶられる。

本所しぐれ町物語  (新潮文庫)
連作長編。本所しぐれ町(ちょう)に暮らす人々の姿(人生の哀歓)を描いた人情時代小説。

第1話「鼬(いたち)の道」……急に姿を消して上方に行っていた弟・半次が、うらぶれた姿で十数年ぶりに江戸へ帰って来たことに重苦しさを感じる呉服商「菊田屋」の主人・新蔵。半次が江戸から逃げ出した理由を知った新蔵は…。「そうや、ほかに道はあらへんのや」。兄弟のつながりとは何なのかを考えさせられる。

第2話「猫」……かわいい女房・おりつがいながら、浮気をやめられない小間物屋「紅屋」の息子・栄之助。子供を連れておりつが実家に帰ってしまっても、懲りずに、ひとの妾(めかけ)であるおもんと知り合いになり…。「いらっしゃい。やっぱり若旦那だったのね。うれしい」。つづく。

第3話「朧夜(おぼろよ)」……酔い潰れてしまった一人暮らしの隠居・佐兵衛は、茶漬け屋「福助」の若い女中・おときに介抱してもらう。世話を焼きに来るようになったおときの訪問を楽しみにする佐兵衛だが…。「ええ、おやじにそんな元気はないと思います。しかし、男ですから…」。幸福の代償は高いか安いか…。

第4話「ふたたび猫」……小間物屋「紅屋」の息子・栄之助は、仲人だった駿河屋宗右衛門から、おもんと手を切って、妻・おりつを家に戻すべきだと忠告されるが…。「別れるなんていやですからね。若旦那が来なくなったら、あたしの方からお店に押しかけます。おぼえておいてくださいよ」。つづく。

第5話「日盛り」……若い男にだまされて家を出ていった母親・おはつと再会した十歳の少年・長太は、そのことを父親・重助に話すが…。「だって、おっかあは病気で心細いって言ってたよ」、「自業自得だ」。ひとつ年上の少女・おいとへの恋心を絡めた展開がうまい。子供を主人公にした藤沢作品はどれもピカイチ。

第6話「秋」……年のせいか、些細なことで妻・おたかと口論するようになった油屋「佐野屋」の主人・政右衛門は、幼なじみだったおふさに二十年ぶりに会いたくなるが…。「あたし、鯉はきらいなんですよ。それにもうおなかがいっぱい。そろそろおいとましないと」。自分の人生に疑問を抱いた人、必読。

第7話「約束」……二年前に母親を亡くし、幼い弟妹の面倒を見ている十歳の少女・おきち。のんだくれの父親・熊平が脳卒中で倒れ、借金を残して死んでしまう。金貸しもしている祈祷師・おつなに相談するおきちだが…。「それに、もう約束したことですから」。 →森鴎外「最期の一句」

第8話「春の雲」……桶屋「桶芳」の奉公人である十五の千吉は、一膳めし屋「亀屋」の女中・おつぎに恋慕するが、臨時雇いの職人・佐之助とおつぎが仲良くなったと知り、ショックを受ける。佐之助が女泣かせの遊び人だと知った千吉は…。「あのひとには気をつけたほうがいいよ、おつぎちゃん」。少年の成長を描いて清清しい。

第9話「みたび猫」……手を切ったはずのおもん(根付け師の妾)にまた熱を上げる「紅屋」の息子・栄之助だが…。「泥棒だって? このひとは小間物屋の若旦那ですよ」。つづく。

第10話「乳房」……夫の信助が同じ裏店に住む子持ち後家のおせんと浮気しているところを見てしまったおさよ。家を飛び出したおさよだが、女衒(ぜげん)の与次郎に付きまとわれてしまい…。「大方信助もおせんのでっかい乳にたぶらかされたに違いなかろうて」。貧乳コンプレックスを描いて面白い。

第11話「おしまいの猫」……女房・おりつと縒(より)が戻り、商いにも精を出す小間物屋「紅屋」の若旦那・栄之助だが、性懲りもなく、根付け師の妾・おもんの家に行き…。「いやとは言わせませんぜ、若旦那」。ユーモラスな浮気話のてん末。

第12話「秋色しぐれ町」……女郎屋に売られた少女・おきちのその後や、岡っ引の島七が捜査している夜盗の正体など、救いのある結末が素晴らしい最終回。「男と女のことは、とてもひと筋縄じゃいきません」。いろいろな人がいて、いろいろなことが起きて、だから世の中(人生)面白い。

孫十の逆襲  (文春文庫「夜の橋」に収録)
短編。村を襲い、人々を殺戮し、喰い物を奪い、女を犯して住みつく凶悪な野伏せりの一団が、自分たちの村に近づいていることを知った老人・孫十。戦に行った経験のある孫十は、野伏せり退治の指南役に選ばれるが、手立てがなく途方に暮れる。待っていてもやられるだけだと悟った孫十は、野伏せりが占拠する隣村へ仲間数人で乗り込むが…。三十年前、負け戦の中、恐怖でただ逃げ回っていただけの臆病者だった自分…。「くたばったところで、これでばあさんに叱られることもあるめえ」。襲撃場面の圧倒的な臨場感に驚く。

又蔵の火  (文春文庫「又蔵の火」に収録)
中編。羽州・庄内藩の藩士・土屋家の跡取りであった万次郎が、放蕩の果てに同族の丑蔵と三蔵に斬り殺された。この事実を知った万次郎の弟・虎松(後の又蔵)は、闘争心に火が付き、兄の仇を討つ決心をする。江戸で剣術の修業をした彼は、いよいよ鶴ヶ岡に帰って来るが…。「ここで言い訳を聞くつもりはござらん。事情がどのようであれ、兄が死んだ事実は変わりがない。それがしの心も変わらぬ。かれこれ言うのは無駄でござる」。極道者の兄のために、死を賭けて仇討を仕かける主人公の暗い情念を描いて凄いものがある。



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