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松本清張 (まつもと・せいちょう) 1909〜1992。




証明  (文春文庫「証明」に収録)
短編。売れない作家である夫・信夫の、焦燥や絶望感などからくる精神異常に悩まされている雑誌記者・高木久美子。取材で女好きの洋画家・守山嘉一と食事をした久美子だが、嫉妬ぶかい信夫のいわれのない追及を恐れて、仏文学者・平井忠二と会っていたと嘘をつく。辻褄を合わせるため、平井の了解を得た久美子だが…。「おじちゃんは?」、「まだ眠ってるのよ、お蒲団の中でね。昨夜はお仕事で徹夜だったから、夕方でないと起きないわ」──。“嫉妬”と“自殺”を利用した完全犯罪(復讐)を描く。ラストの守山の心境が面白い。

女囚  (新潮文庫「憎悪の依頼」に収録)
短編。父親殺しの罪で服役している女囚・筒井ハツに興味を持った刑務所の所長・馬場英吉。どうしようもない無法者であった父親を殺したことで、一家が救われ、妹たちが仕合せになったことを喜んでいるハツに、馬場は大いに同情し、刑罰とは何なのかを考えさせられる。面会に来たハツの妹二人(スミ子と恵子)に話を聞く馬場だが…。「姉さんのやったことをあんた方は認めているんじゃないんですか?」、「そうなんですけれど」──。表面だけでは窺い知れない複雑な事情を描いた社会派小説。同情とは何かを考えさせられる。

書道教授  (文春文庫「松本清張傑作短編コレクション(中巻)」に収録)
中編。バーのホステス・神谷文子との不倫が泥沼化していく中、気晴らしのため書道を習い始めた銀行員の三十男・川上克次。書道教授をしている五十代の未亡人・勝村久子の家に通う川上だが、弟子同士を決して会わせようとしない久子の指導方針に疑問を抱くようになる。古本屋の妻・谷口妙子が殺害され、死体が相模湖畔で発見された事件が、書道教室の“秘密”と関係していることを突き止めた川上だが…。「そうはいかないわ。わたしは絶対にあの着物を諦めないわ。あんなに好きな着物はなかったんだもの」──。事件が発覚する偶然すぎるきっかけ(完全犯罪の崩壊)が面白い情痴ミステリー。 →松本清張「坂道の家」

白い闇  (新潮文庫「駅路」に収録)
短編。小関信子の夫・精一が、東北・北海道へ出張に出掛けたまま失踪した。精一の従弟(いとこ)・高瀬俊吉から、精一に女(青森のバーの女給・田所常子)がいることを知らされた信子は、ショックを受ける。その後、十和田湖の近くの原生林の中で、自殺した常子の白骨死体が発見されるが、精一の消息はまったく分からないまま、月日が経っていく。精一がいなくなった空虚感から、自然と俊吉と親密になった信子は、俊吉と東北旅行へ出掛けるが…。「ねえ、俊さん。わたし、やっぱり十和田湖に行ってみたいわ。せっかく、ここまで来たんですもの。その景色、見たいわ」──。失踪事件の意外な真相を描いたサスペンス小説。ハラハラ・ドキドキの結末の面白さ。

真贋の森  (新潮文庫「黒地の絵」に収録)
中編。学生時代に、古美術学界の権威であった文学博士・本浦奘治(もとうら・そうじ)に疎(うと)まれて以来、学界からはじき出されてしまった俺(宅田伊作)。相当な鑑識眼がありながら、五十半ばになってもしがない生活をしている俺は、九州の田舎絵師・酒匂鳳岳(さこう・ほうがく)を完璧な贋画(にせえ)作家に育て上げる。鳳岳に描かせた浦上玉堂の贋作(がんさく)をまとめて売り立てる計画を実行する俺だが…。「こんなのは美術史上で空前の大発見だというのです。岩野先生は、無論、推薦文は書く。その上、《日本美術》には特輯号(とくしゅうごう)を出させて、この発見について兼子さん以下がみんなで執筆すると非常に昂奮していました」──。贋物の画によって、贋物の人間(学界)を暴き出し、失墜させるという主人公の復讐の企てが痛快で面白い。権威に安住しているお偉さん必読!

信号  (双葉文庫「途上」に収録)
短編。A氏文学賞受賞作家で同人誌「内海文学」を主宰する流行作家・穂波伍作による「著書の量が身長に達した自祝の会」に出席した「同人」の七里庄兵衛や与名次郎たち。作家的実力がありながら、芽が出ずくすぶっている与名次郎は、穂波と同じA氏文学賞作家でありながら、泣かず飛ばずで落ちぶれている七里庄兵衛のことをボロクソに批判し、軽蔑するが…。「なあ、みなさん。どんなものでもええから、七里にも何か書かせてくれんかなあ」。小説の望みを捨てられない二人の男の姿を通して作家としての資格を厳しく問う。

雀一羽  (講談社文庫『増上寺刃傷』に収録)
短編。時は「生類憐みの令」を発布した五代将軍・徳川綱吉の世。実直な人柄から書院番組頭に出世した旗本・内藤縫殿(ぬい)だが、若党・嘉助が雀(すずめ)を獲って殺してしまった責任を問われ、無役に墜ちてしまう。綱吉の死を願い、老中・柳沢吉保を恨み続ける縫殿だが…。「人生の前途には、見えぬ暗い穴がいくつも掘ってある」という言葉が印象に残る。不合理すぎる運命を描いた時代小説。

すずらん  (新潮文庫「憎悪の依頼」に収録)
短編。画商「草美堂」の主人・藤野猛夫の愛人である若い女性・砂原矢須子が失踪した。警察の捜査によって、矢須子のカメラが札幌のカメラ店で見つかり、フィルムにはスズランの群生地で撮影された矢須子の写真が残されていた。しかし、矢須子が北海道へ行った証跡が掴めず、捜査は難航してしまう…。「この辺にスズランは咲きませんかね?」。新進画家・秋村平吉による完全犯罪(アリバイ工作)の思わぬ破綻を描く。推理小説としてはちょっと物足りなさを感じるが、たった七分間の隙が命取りになってしまう展開は面白い。

砂の器(上巻)』  (新潮文庫)
長編。上巻。
蒲田駅の操車場で身元不明の惨殺死体が発見された。駅前の酒場での聞き込みによって、被害者と犯人は顔見知りで、東北弁を話していたこと、犯人が被害者に「カメダは今も相変わらずでしょうね」と話していたことが分かる。
警察は「カメダ」という人物の特定に全力を挙げるが、捜査は難航し、迷宮入りしてしまう。「カメダ」は人物ではなく、地名なのではないか? そう考えた警視庁の刑事・今西栄太郎は、秋田県の羽後亀田に出張するが、徒労に終わる。
そんな中、ようやく被害者の身元が判明する。伊勢神宮へ参拝に出掛けたまま行方不明になっていた雑貨商・三木謙一が当人であった。しかし三木は東北弁とは関係のない岡山の人間で、しかも元巡査である彼は、仏さまのような好人物であった。そんな人が、なぜ用事のない東京へ来て、殺されなければならなかったのか? 事件はますます混迷の度を深めていく…。

「東北弁が東北以外の地域で使われていないか、というわけですね」
「そうです。もし、そういう地域があったら、と思いまして伺いに参りました」
「さあ、どうでしょうか」

「カメダ」と「東北弁」の謎が解明される展開が、「上巻」の最大の読みどころで、この小説を有名たらしめている箇所でもあり、その面白さに引き込まれる。

砂の器(下巻)』  (新潮文庫)
長編。下巻。
進歩的な意見を持った若い世代の集まり「ヌーボー・グループ」──銀座のバーの女給・三浦恵美子との関係の発覚を極度に恐れている利己的な若手評論家・関川重雄や、前大臣の娘・田所佐知子との結婚とアメリカ進出が決まっている野心的な前衛作曲家・和賀英良(えいりょう)たちと、蒲田操車場殺人事件との関連は?
秋田、出雲、伊勢、北陸、大阪…。今西刑事の執念の捜査によって、悲劇的な事件の全貌(犯人の暗い過去と、それに起因した殺害動機)が明らかになっていく…。

「困った。なんとかならないかな」
「完全犯罪に近ければ近いほど、手がかりがないわけですね」
「仕方がない。証拠が集まらないときは、多少の術策はやむを得ないね」
「術策ですって?」

被害者・三木謙一が急きょ上京する動機となった伊勢市の映画館の謎が解明される展開が抜群に面白く、それによって読者に真犯人が誰かをはっきりさせる演出も素晴らしい。社会派推理小説の傑作。昭和三十年代を満喫!

「本人に逮捕状を見せるのは君の役だ。君がしっかり本人の腕を握るんだよ」
「今西さん……」
「ぼくはいいんだ。これからは、君たち若い人の時代だからな」

青春の彷徨  (新潮文庫「共犯者」に収録)
短編。親に交際を反対された佐保子と木田は、心中を決意する。死体を残さずに美しく死にたいと願う二人は、阿蘇山の噴火口へ投身することにする。しかし、自殺者の多くは、火口の出っ張りにひっかかって、火口の中に消えることはないと知り、心中する気が失せてしまう。すっかり耶馬溪の観光を楽しむ二人だが…。「やあ、どうも長らく失敬失敬。おや、なんの話をしていたのだ?」、「いや、劣等感が死神だったという話を聞いたところさ」。若い男女の心中の顛末をユーモラスに描く。美しく死にたいだなんて、虫がよすぎるのよね。

ゼロの焦点  (新潮文庫)
長編。
広告会社に勤める鵜原憲一と見合い結婚したばかりの禎子(ていこ)だが、金沢へ出張に行ったまま憲一が行方不明になってしまう。憲一の同僚・本多良雄の協力で、憲一の行方を捜す禎子。金沢に二年間在勤していた憲一が、下宿先を誰にも知らせず、秘密にしていたことを知った禎子は、憲一には女がいて、その女と生活を持っていたと直覚する。そして、憲一には、占領時代に立川署で巡査をしていたという意外な前歴があった! 失踪事件の核心に迫っていた憲一の実兄・宗太郎が、北陸鉄道の鶴来(つるぎ)で何者かに毒殺され、さらに、本多もまた同じ手口で東京で毒殺されてしまう…。

憲一と懇意だった得意先の社長・室田儀作や、室田の会社の受付係に採用された未亡人・田沼久子、投身自殺した久子の内縁の夫・曾根益三郎らと、憲一の失踪との関わりは? そして、犯人が殺人を犯してまでも防衛したかったものとは一体?

「かなり教養もあり、相当な学校も出たお嬢さんが、アメリカ兵のオンリーになったという話は、僕、ずいぶん聞きましたよ。あれから十三年も経った現在、当時、二十歳(はたち)ぐらいの彼女たちも、もう三十二三です。今、どうしているんでしょうね?」

失踪事件の意外な真相(終戦直後の社会状況から現出した悲劇)を描いた社会派推理小説の名作。寒々とした日本海の断崖が強く印象に残る。

戦国謀略  (新潮文庫「佐渡流人行」に収録)
短編。敵対する安芸の毛利元就(もとなり)のところへ諜者(スパイ)として家臣・天野慶菴を送り込む山口の陶晴賢(すえ・はるかた)。慶菴が陶の回し者だと瞬時に見抜いた元就は、逆に慶菴をダマしにかかる。陶の大軍を厳島におびき寄せ、軍勢の差(陶の軍は二万人で、毛利の軍は三千人足らず)を克服した元就は、「厳島の戦い」に勝利する。さらに強敵である出雲の尼子晴久を倒すため、元就は謀略を工夫する…。良将は戦わずして謀をなす──。田舎地頭から戦国大名にのし上がった毛利元就の才覚を描いた歴史小説。

潜在光景  (新潮文庫「共犯者」に収録)
短編。少年の頃に近所に住んでいた小磯泰子と二十年ぶりに再会した会社員の私。保険の外交員をしながら、六歳の息子・健一を育てている泰子と、不倫の関係を持った私は、彼女の家へ足繁く通うようになるが…。母子家庭だった私の家にしょっちゅう来る伯父を嫌悪していた幼時の記憶…、どうしても私に懐こうとしない健一に対する怖れ…。「健一は、ほくを嫌ってるのかな?」、「そんなことはありませんわ。そのうち、きっと、なついて来ますわ」──。意表のラストに思わず驚きの声を発してしまうホラー・サスペンス小説の秀作。

憎悪の依頼  (新潮文庫「憎悪の依頼」に収録)
短編。「私って、そんなことのできない女なのよ。あなたが思ってらっしゃるよりは理性が強いのよ」。官庁の女事務員・佐山都貴子と一年半以上つき合ってきた会社員の私だが、キスどころか手を握ることさえ許さない彼女の態度に痺れを切らす。彼女に憎悪を覚えた私は、女蕩しの友人・川倉甚太郎にあることを依頼するが…。「恥ずかしがっていたが、結局、顔を僕の肩に伏せて立ちすくんでいたよ。まあ、あせることはない。時間の問題だ」。九万円のために殺人を犯した男の本当の犯意と、人間が持つ身勝手な感情の発露を描く。

捜査圏外の条件  (新潮文庫「駅路」に収録)
短編。銀行員・黒井忠男の妹・光子が北陸の温泉宿で狭心症を起こして急死した。光子と密会していた黒井の同僚・笠岡勇市が、不倫の発覚を恐れて、光子の死体を遺棄し、宿から逃げ帰っていたことを知った黒井は、笠岡に憎悪と敵意を抱く。笠岡の殺害を計画し、実行するが…。「光子の“リル”が、自分を落とした。やはり、あの歌はうるさかった!」──。七年という歳月をかけた完全犯罪の思わぬ“隙”を描いた犯罪小説。昭和二十年代に流行した歌「上海帰りのリル」を効果的に扱った展開が面白い。

喪失  (新潮文庫「或る「小倉日記」伝」に収録)
短編。相互銀行の営業の仕事をしている桑原あさ子と、妻子持ちの会社員・田代二郎の不倫生活──。銀行の同僚である初老男・須田の恩恵を受けて、何とか営業のノルマをこなして生活しているあさ子。そんなあさ子と須田の関係を嫉妬し、あさ子を打擲する甲斐性なしの田代だが…。「わたしと須田さんが歩くのがそんなに厭だったら今の勤めをやめさせてよ、あなたにわたしが養えるの、養ってくれるの、わたしは無収入になるのよ」──。危い平衡の上で成り立っている「愛情の平和」の崩壊を描く。この小説の結末は、ある意味、どんな犯罪小説よりも怖いものだといえる。

装飾評伝  (新潮文庫「黒地の絵」に収録)
短編。四十二歳で不慮の死を遂げた天才画家・名和薛治(なわ・せつじ)のことを小説に書いてみたいと思い立った私。名和のことを調べていくうちに、評伝「名和薛治」を書き残した無名画家・芦野信弘への興味も湧いた私は、芦野の娘・陽子を訪ねるが、拒絶されてしまう…。画家仲間たちが名和から離れていった中、なぜ芦野だけは名和と晩年まで親交を続けたのか? そして、なぜ名和は晩年に急激に衰退し、崩壊してしまったのか? 「だが、君、これはよそから聞いた話で、真偽は別だよ。だが、もし実際なら本当に芦野は気の毒だと思うだけの話だ」──。評伝の文章を読み解き、親友だった二人の意外な関係を浮き彫りにしていく展開が本当に巧い。

遭難  (新潮文庫「黒い画集」に収録)
中編。銀行の同僚で、登山仲間の江田昌利と浦橋吾一と一緒に、鹿島槍ヶ岳に登った岩瀬秀雄だが、天候の悪化が原因で遭難し、凍死してしまう。遭難現場まで案内してほしいという岩瀬の従兄・槙田二郎に同行した江田だが、浦橋が山岳雑誌に発表した遭難の顛末の手記の通りに行動する槙田に怖れを感じる…。なぜ岩瀬は登山の最初からひどく疲れていたのか? 「あなたの類推は、偶然の現象ばかりを取りあげている。偶然では、どんな考えをもっていても、計画的とは言えませんよ」、「期待性の堆積は、偶然ではなく、もう、明瞭な作為ですよ」。不可抗力だと思われた遭難事件の意外な真相を描いた山岳ミステリの傑作。サスペンスな展開が超面白い!

大黒屋  (講談社文庫「彩色江戸切絵図」や、角川文庫「蔵の中」に収録)
短編。穀物問屋「大黒屋」にたびたび出入りしていた遊び人・留五郎が惨殺された。留五郎は大黒屋の主人・常右衛門の妻・おすてに横恋慕していた。常右衛門の身辺を調べる岡っ引・惣兵衛の手先・幸太だが、なかなか手掛かりが掴めない…。落葉焚きの煙りと、死人の踵についた漆と、根津権現の囲い柵に使われた鍬の柄の謎…。「鍬と大八車か。何だか近づいたようでもあるし、まださっぱり雲の中を迷っているみてえでもあるな」、「あとは漆ですね」、「うむ」──。謎解きの面白さと、事件の意外な真相が楽しめる捕物帳。
→松本清張「三人の留守居役」

大臣の恋  (新潮文庫「憎悪の依頼」に収録)
短編。出世の階段を上り詰め、遂に大臣に就任した布施英造。毎日夥しい数の祝賀状が届くが、園田くに子からの手紙が来ないことに失望を覚える。四十年前に別れた少女・くに子との美しい恋の思い出を心に秘めて、大切にして生きてきた布施は、くに子と再会するため、彼女が暮らす九州・直方をわざわざ遊説先に選ぶのだが…。「私はあなたをどこかでじっと見ているわ。十年でも二十年でも、三十年でも。そしてあなたがご出世なさった時は、きっとお手紙出しておめでとうを申上げるわ」──。急転直下のオチが笑える悲喜劇。

高台の家  (PHP文芸文庫「高台の家」に収録)
中編。
ロシアの東洋研究書を蒐集していた青年・深良(ふくら)英一(二年前に二十六歳で死去)に興味を持ったH大の教師である法制史家・山根辰雄。南麻布の高台にある深良邸を訪問した山根は、重い糖尿病をわずらっている英一の父・英之輔と、親身になって英之輔の看病をしている妻・宗子(むねこ)、客間(サロン)に若い男たちを集めている英一の妻・幸子(ゆきこ)と面会する。
なぜ幸子は実家に帰らず、婚家に残って暮らしているのか? 幸子を目当てにサロンに集まる青年たちの顔ぶれが、頻繁に入れ替わっていくのはなぜなのか?
サロンの青年の一人であるデパート美術部員・堀口永久(ながひさ)が首を吊って自殺したと知った山根は、幸子に「拒絶」されたのが堀口の自殺の原因だと考えるが…。

「英之輔さん夫妻は、幸子さんの客間に若い人がくるのを何とも思ってないのですか?」
「何とも思ってないどころか、あの夫妻はそれを歓迎しているようですよ」

深良家に起きた惨劇によって明らかになる深良家の意外な秘密(欲得の闘争)が面白い悪女小説。美女のサロンに男どもが集まる小説として、菊池寛「真珠夫人」や三島由紀夫「鏡子の家」をちょっと思い出した。

たづたづし  (新潮文庫「眼の気流」や、角川文庫「三面記事の男と女」に収録)
短編。平井良子という二十四の女と知り合いになり、関係を持った官庁の課長である妻帯者のわたし。実は、彼女には恐喝傷害で服役中の凶悪な亭主がいて、まもなく出所すると知ったわたしは、邪魔になった良子を信州の山中で絞め殺してしまう。しかしその後、良子は息を吹き返し、記憶喪失者として上諏訪の喫茶店で働いていると知ったわたしは…。「わたしの前身がどんなものであっても、もう知りたいとは思わないわ。ここに居るのは現在のわたしよ」──。同一人物なのに“別人”という奇妙な“新鮮”が面白い保身&犯罪小説。

断崖  (双葉文庫「断崖」に収録)
掌編。北海道のエシキ岬にある宿泊センターで管理人をしている六十二歳の谷口彦太郎は、ある夜、断崖から飛び降りようとした自殺願望の若い女・滝下邦子を保護する。その後、彼女から礼状が届くが…。むっちりとした胸と太腿、若い皮膚の滑りと弾み…。「ずいぶん疲れているようだから、部屋へ行って寝(やす)みなさい」。罪の深さに疲弊する“善良”な老人の末路。皮肉な構図が特色の一編。

断線  (文春文庫「陸行水行」に収録)
中編。
藤沢の薬店の娘・滝村英子と結婚した田島光男だが、証券会社を辞めて、家を出て、愛人である赤坂のホステス・浜井乃理子のアパートに転がり込む。大阪の中年女・倉垣左恵子と知り合い、関係を持った光男は、邪魔になった乃理子を殺害してしまい、左恵子の庇護で、大阪に引き移る。薬品会社に入社した光男は、順調に出世していくが、パトロンに捨てられて一文無しになった左恵子が邪魔な存在になる。英子の実家の財産を入手するという野心も持った光男は、死体が絶対に発見されない、ある突飛な方法を思いつき、実行するのだが…。

「これでわたしもやっと安心したわ。もし、あんたがいやだと云ったら、あんたの云う通りほんとに自殺しようかと思ったの。でも、自殺はいやだわ。わたしはあんたが最後の男だから、無理心中でもして一緒に抱き込むわ。こうなったら、あんたが独りでわたしから逃げようたって逃がさないわよ」

旧姓の「田島」、本名の「滝村」、偽名の「友永」…。名前を巧みに使い分けながら、女から女へと渡り歩く男の勝手気ままな生活が軽快で面白い。犯罪者の視点・論理で展開される犯罪小説という点で、長編「わるいやつら」に相通ずるものがある。

断碑  (新潮文庫「或る「小倉日記」伝」に収録)
短編。才能のある考古学者でありながら、中卒という劣等意識と傲慢な性格ゆえに、人から憎まれ、学界から疎外され、孤立を深めていく木村卓治。学校の職を失い、教師をしている妻・シズエの収入で学問を続ける卓治だが、病魔(肺病)におかされてしまう…。「中学校卒業だけではばかにされるんだ。いまさら学歴が欲しいとは言わぬ。おれはフランスに行きたい。フランスに行っておれをばかにしている連中を見返してやりたい」──。反世俗的な夫・卓治のために犠牲となる妻・シズエの姿が哀れでならない。一種のモデル小説。

地方紙を買う女  (新潮文庫「張込み」や、双葉文庫「証言」に収録)
短編。地方紙「甲信新聞」をわざわざ郵送購読する東京のバー女給・潮田芳子。甲信新聞に小説を連載している作家・杉本隆治は、“愛読者”である芳子に興味を抱き、彼女のことを調べ始める。Y県で起きた心中事件に芳子が関係していることを突き止めた杉本は、彼女に接近するが…。「じゃ、このおすしに毒薬が仕込んであると言うの」、「そうだ」、「そうですか。それじゃ、毒薬で死ぬかどうか、わたしが、この折りのおすしを全部食べてみるから、見ていて頂戴」。心中事件の真相を、女の不幸な境遇を通して描いた推理小説。



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