このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

形式称号
〜新幹線電車篇〜

鉄道車両には必ずその車両を管理・運営するための記号や番号が付けられています。
これを形式称号と呼びますが、出鱈目に付いている訳ではありません。旧国鉄では規定に
従って、系統的に付けられていたのです。憶えておけば旅先でも楽しめる形式称号です。
※分割・民営化後は、JR各社によって変わっています。
また、私鉄各社は割愛してあります。ご了承下さい。


蒸気機関車電気機関車ディーゼル機関車電車新幹線電車気動車客車貨車


■新幹線電車(Trans Electric Car)
2 2 2 - 1502
(1) (2) (3)     (4)
※実際にはこれほど間隔は開いていません。
(1)第1位の数字
系式タイプを表す番号
0〜7
※0系の場合はつけません。JRになってからは当てはまらない場合があります。
0系新幹線・・・
「新幹線」と言うと、形式称号を知らない方でも思い浮かべるのは0系と云う方は多いでしょう。
NHK総合の名番組「プロジェクトX」で当時の開発の様子が描かれたのをご記憶の方も多いと思います。新幹線はそれまでの国鉄標準である軌間1,067mmより広い標準軌で設計され、当時の流体力学を参考にしたデザインで話題となりました。1964年(昭和39年)10月1日から東海道新幹線として12両編成で東京〜新大阪間の営業運転が開始され、東京オリンピックの旅客輸送に貢献しました。さらに1970年(昭和45年)3月1日の改正では万博開催に合わせた輸送力強化で16両編成化されました。その後は1972年(昭和47年)3月15日の改正で山陽新幹線の新大阪〜岡山間が開業、1975年(昭和50年)3月10日の改正には岡山〜博多間も開業し、山陽新幹線全線が直通になりました。この頃は新幹線開業の影響で東海道本線や山陽本線の名物特急が消えて行き、鉄道ファンからは快く思われていませんでした。
また、高速で走行する新幹線の騒音と震動が問題になり、沿線の住民からは「新幹線公害訴訟」も起されました。当時の田中角栄首相による“日本列島改造論”によって「整備新幹線計画」が策定されたのも、この頃の事でした。様々な問題を内包しながらも、長い間親しまれていた0系ですが、サービスの陳腐化や車内設備の老朽化が目立つようになり、1981年からは東北・上越新幹線の車内設備と同様にした2000番台が登場、JRに移行した後も騒音防止用のパンタグラフカバーが取り付けられるなどの改造が加えられ、黙々と走り続けました。
東海道新幹線は1999年(平成11年)9月18日に35年間に及ぶ営業運転から引退してしまいましたが、山陽新幹線では0系5000番台および7000番台の番台区分が与えられ、“ウェストひかり”や“こだま”などで現在も活躍しています。
※実際には多くの番台区分がありますが、割愛します。
(2)第2位の数字
用途を表す数字
数字意味
1座席車(グリーン車)
2座席車(普通車)
3食堂車・ビュッフェ車とその合造車
42階建て座席車(グリーン車)
52階建て座席車(普通車)
62階建て食堂車
72階建てグリーン・普通合造車
8・9空番
※JRになってからは当てはまらない場合があります。
(3)第3位の数字
車種を表す数字
数字意味
1制御電動車
2制御電動車(パンタグラフ付き)
3・4制御車
5・7中間電動車
6中間電動車(パンタグラフ付き)
8・9付随車
※JRになってからは当てはまらない場合があります。
(4)同一形式内での製造番号
製造順に1から番号を付けます。
ただし、用途や仕様の違いによっては番台区分する場合があります。(例:0系222000、200系225400 など)
この新幹線電車の場合は制御電動車の普通座席車で、1500番台の2両目に造られた車両、と言う事になります。

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