このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

 

 

PART2

 

● 2日目(午後) 【06.05.18】(ゲシェネン⇒ブリーク)

 

 ゲシェネンまではわずか7〜8分の道のり。エアストフェルドからヴァッセンに来たときのような峠道も無く、バスはゲシェネンの駅前に到着。バスを降りると足元にメーターゲージの線路が有る。ここゲシェネンからアンデルマットへ行くFO(フルカ・オーバーアルプ鉄道)の線路と気が付いた。線路は路面電車の軌道のようにフランジが通る部分意外はアスファルトが敷き詰められ、一段高くなったホームも無い。乗ってきたバスと並ぶように、赤い車体の列車が発車を待っていた。その横をすり抜け、ゲシェネン駅のホームに出る。島式のホームに上下の列車が発着するスタイル。次列車の案内表示がアナログ時計と手動の表示板というスイスならでわのもの。本物を見たのは初めてだ。ホームのベンチでしばし休憩する。目の前は絶壁の崖が連なり、落差3〜400メートルはある滝がところどころで落ちている。ホームの先ではゴッタルドトンネルが真っ暗な口を開けている。トンネルを抜けるとアイロロという街に出て、更に線路はイタリアへと延びる。ホームからトンネルに出入りする列車数カット、雨が本降りなので屋根の中で弱気に撮影。さて、これからどうするか。今日はこのゲシェネンかアンデルマット、もしくはFOに乗ってブリークまで行く手もある。宿は予約していない。アンデルマットまでは歩いても1時間なのでちょっとだけハイキングも考えていたが、この雨なのでおとなしく列車に乗ることにする。FOはユーレイルパスが使えないので窓口で切符を買う。


「グーテンターク。イッヒ、ファーレン、ナッハ、ブリーク。アイン、ファールカルテ、ビッテ!(こんにちは、私はブリークへ行きます。切符を一枚下さい。)」


 と、国営放送で習ったドイツ語を得意気に話したが、


「チケット! ワン、アダルト! セカンドクラス!」


 なぜか全て英語で返されてがっかり。


 ブリークまで2等、31スイスフラン。少々高い気がする。路面軌道に停まっていた4両編成の赤い列車の前から3両目に乗り込む。その後ろの4両目は荷物室付きの機関車。機関車が後押しする格好で進むが、先頭の客車には運転台が付いている。


 15:52、ゲシェネンを発車。すぐに列車はラックレール区間に入り、急勾配をよじ登る。歯車のかみ合う振動が微妙に座席に伝わる。しばらく登ったところで雪崩除けに入る。ここに交換設備があり、同じ編成の反対列車と行き違う。その先も雪崩除けとトンネルの連続で視界は開けないが、這いつくばるように登る感覚は何とも言えない迫力だ。トンネルを抜けた断崖絶壁に二本の橋が架かっている場所に出た。ここは悪魔の淵と呼ばれる難所。牧草が広がるスイスのイメージと違って険しい表情を見せている。この先は平坦な線路になって、列車はアンデルマットに到着。反対の線路には1等のパノラマカーが満員の乗客を乗せて待機している。アンデルマットの街は駅から少し離れているらしく、街の様子は伺うことはできない。冬季はスキーの拠点となり、多くのペンションが軒を連ねているとのこと。ここで10分ほど停車。背中に軽い衝動を感じる。車両を連結したらしい。

 

ゴッタルドトンネルに吸い込まれる貨物列車悪魔の淵に掛かるその名も「悪魔の橋」


 アンデルマットを発車。ここから目的地のブリークまでは有名な「グラッシャー・エクスプレス(氷河急行)」と同じルートを走る。我が列車は地域の足でもある各駅停車。「氷河“鈍”行」といったところか。氷河急行の名の由来は、この路線の沿線にあるローヌ氷河を望むことができることから付けられたが、残念ながら現在この区間はトンネルになり氷河を車窓から眺めることはできない。とはいえ緑の牧草が広がる丘に、背後には雪を頂いた山々。これぞスイス!といった風景に、しばし見入ってしまう。残念なのは小雨が降る不安定な天気。薄暗く色彩もコントラストもハッキリしない。街中なら雨の風情を楽しむところだが、雄大な風景を前にしては灰色の雲を恨んでしまう。これも普段の心掛けなのか。


 しばらく走ってホシュペンタールという駅に停車。この近くにも有名な鉄道撮影地がある。被写体は今乗っているFOを走る列車。もちろん氷河急行も、である。どんな場所だろうとしばらく車窓を見ていると、牧草地を右に左にカーブしているところに、ローヌ川を渡る中規模の石橋がある。周りは緑の牧草地で遮る物は無い。なるほど、絵葉書のような写真が撮れそうだ。


 フルカ基底トンネルの入り口、レアルプに到着。ここから出ている旧路線を使った保存鉄道、フルカ山岳蒸気鉄道(DFB)が気になる。先に触れたが、この路線は旧FOの路線で、フルカ基底トンネルの開通によって廃線となった線路を、愛好団体が復活させて蒸気機関車を走らせている。しかもその蒸気機関車も、この路線を走っていた機関車を再就職先のベトナムから買い戻して復元させたというのだ。そのスケールの大きさには感服させられる。残念ながら今日は運転日ではなく、少し線路が見えただけで、ブルーに磨き上げられているはずの機関車には会うことができなかった。


 我が氷河鈍行はフルカ基底トンネルに吸い込まれていく。座っているボックス席の窓には、日本の急行列車と同じように小さなテーブルが設けられていて、天板に沿線の地図が描かれている。「イマ、コッチデス。」と、車掌氏がフルカトンネルの点線を指差す。ガラガラの車内で突然の日本語。乗客の喜ばせ方を心得ている。このフルカ基底トンネルでは列車によるフェリー輸送も行っている。マイカーがこのフルカ峠を越えるには、列車に車を載せてこのトンネルを潜らなくてはならない。スイスでは各地で行われている環境対策の一環である。


 トンネルを抜けたところがオーバーワルト。トンネルの入口であるレアルプの標高が1538mでアンデルマットからブリークまでの区間では一番高く、このオーバーワルトが標高1366m。目的地のブリークは標高671m。900m近い標高差を下り続ける格好になる。トンネルを抜けてからは山間を縫うように走る。地形に逆らわず山を大回りして標高を下げていく。眼下にこれから走る線路が時折見えるが、列車があまりに方向を変えるのでどうやって辿り着くのか予想もつかない。たまに速度を極端に落とし、ラックレールにしがみつくこともある。トンネル、橋、ループ線、そしてラックレールと、いろんな手段を使って山を制しているのだ。


 列車が谷間を走るようになってから、ロープウェイが至るところに張り巡らされているのに気付く。展望台に登る観光用のものもあるが、中には定員5〜6人といったところの小型のものまである。どうもこれは地元の足、というよりはエレベーターのように使われているのではないのか、というものある。以前、とあるスイス旅行記の中で、ハイキングをしていたら小さなロープウェイの発着場を見つけ、管理人らしきおばさんが「乗らないか?」と話しかけてきたというのを読んだことがあるが、まさにそんなおばさんが出てきそうな雰囲気の小さな発着場も現れる。列車は各駅停車。谷間の無人駅からこんなロープウェイに乗り換え。なんて旅もスイスらしいかも。ただしその先に何があるかは行ってからのお楽しみ。

 

対向列車との行き違いブリーク駅に到着


 全線単線の為、途中何度か行き違いを繰り返し、18:02、ブリークに到着。FOのブリーク駅は、SBB(スイス国鉄)ブリーク駅の駅前にある。一見、路面電車のホームのようだが、客車を5〜6両従えた堂々の編成が発着する。走っているときには気が付かなかったが、アンデルマットでは後方に2両連結したらしく、6両で走っていた。増結したうちの1両は氷河急行にも使われる1等車で、団体の貸切車両のようだった。


 空は泣き出しそうな曇り空だが、日はまだ高い。さて、ブリークの街を歩こう。交通の要所であり、アレッチ氷河観光の拠点の街、ブリーク。日本から持ってきた黄色い背表紙のガイドブックを開く。が、無い。ブリークが無い。鉄道関係のガイドには必ずと言って紹介される地名なのに、一般観光客にはあまり縁が無いのだろうか。さて、この街へ来てやらなければいけないことが二つある。それは夕食にありつくことと、ベッドに収まること。衣食住の衣は間に合っているので、食、住探しだ。時間は18時過ぎ、宿探しには少々遅い時間だが、陽はまだ高い。街歩きをしながら宿の目星をつけることにする。

 

 とりあえず駅前のメインストリートを歩く。意外に庶民的な店が多い。シャツの安売りには思わず目を惹かれる。大胆な色使いというか、絶妙なラインの配置というか、日本ではあまり見かけないデザインだけに欲しくなってしまう。ブリークはスイスとイタリアを結ぶ交通の要所で、16〜17世紀頃から栄えていたという。オールドシティーは魅力溢れる石畳の路地が入り組んでいる。路地を進むとアーチを描く石造りの渡り廊下が目に入った。アーチを潜ると中庭のようなところに出て、何人かのグループがガイドから説明を受けている。中庭は美しいアーチの回廊に囲まれ、四角い敷地の四隅には、たまねぎ形のドームが乗った塔が曇り空に突き出ている。一体ここはどういうところなのだろう。塔や回廊があるから教会のようなところかと思っていたが、後で調べたら貿易で財を成した実業家の邸宅だという事が分かった。なるほど、交通の要所だけに商人が大きな存在となっていたわけだ。

 

ブリークの路地にて

 

 邸宅を後にしてオールドシティーの中心にある広場に戻る。この辺りはレストランが集まり、ところどころからいい香りが漂ってくる。そろそろお腹が空いてきた。まずは宿を探そう。先ほどひと回りしていた時に見つけたホテルを訪ねる。まずは広場の角にあった白壁のホテル。入口に料金表があって69スイスフラン。値段もまあまあ。設備もキレイそうだ。玄関が暗いので不安だったが、自動ドアに近づくとドアが開き、電気が点いた。小さなフロントに人影は無く、呼び出しのベルを押せとメモが書いてある。ベルを押す。しかし応答が無い。壁の向こうからは賑やかな声が聞こえるが、ベルの音に気が付かないのだろうか。カウンターの横の壁には重厚な鍵がぶら下がっている。もう一度ベルを押す。やはり応答が無い。待っているうちに外では雷が鳴り、土砂降りの雨が降ってきた。あきらめて他を当たろうにも外に出られない。小さなロビーのイスに腰掛けて待つ。もう一度押す。やはり応答は無い。小降りになったところでここを後にする。今度は広場正面のクリーム色の壁をしたレストラン兼ホテルへ。勝手口のような小さなドアを開けて中に入ると60歳くらいのおばちゃん…失礼、マダムが迎えてくれる。入ったドアはレストランの真ん中に繋がっていて、中は今日一番の書き入れ時であろうというほど賑やかだ。


「お食事?」


「いや、今晩、一部屋空いていますか?」


「ええ、ありますとも!朝食付き50スイスフランですよ。」


「OK!部屋を見せてもらえますか?」


 というやり取りの後、レストランの裏にあるホテルのフロントに案内され、鍵を渡される。4階の部屋だからと、鍵を渡されエレベーターを案内すると、マダムはまたレストランへ戻ってしまった。鍵は牢屋の監視官が持っているような重厚なものと、近代的なカード型のものがワンセット。エレベーターを降りると暗い廊下に出る。歩くと床が軋む。部屋を見つけて重厚な鍵を差す。時計回りに2回右に回すと、鈍い音を立てて鍵が開いた。中に入るとシングルベットが二つ、木でできた壁に囲まれたこぢんまりとした部屋。古びた家具と机、白い陶器でできた洗面器が部屋の隅ひとつ。シャワー、トイレは別。ほどほど味のあるこの部屋に決めた。レストランに戻ってマダムにOKの意を告げ、荷物を置いて街へ出る。このレストランで夕食でもよかったが、混んでいたので他を探す。


 ホテルに程近い石造りのステーキハウスに入った。早速ビールを注文。出てきたサーロインは薪で焼いた香りが何ともいえない。昨晩は飛行機が遅れてレストランでディナーする時間が無かった。この旅で初めてちゃんとした夕食になった。しばらくして隣のテーブルに座ったのは黒毛の大型犬を伴った若いカップル。立ったら人間の背程ありそうなワンチャンが行儀良くテーブルの下に納まる。足元に何かが当たった。私の爪先がワンチャンに当たってしまったのだ。


「あっ!ごめんなさい。」


 飼い主に頭を下げたが、笑って「いいよ。」の仕草をされる。テーブルの上ではメインディッシュが並んで楽しいひとときが過ぎていたが、ワンチャンは何事もなかったかのようにうずくまっていた。
 店を出てホテルに戻る。今日は歩き疲れたのか妙に酔いの回らが早い。部屋の外にある共同のシャワールームでひと浴びする。先に誰かが使ったみたいだが、共同でも清潔。終わって部屋に戻ると特にやることも無く後は寝るだけ。何と言ってもこの部屋には睡眠の邪魔をするあるものが無い。言葉も聞き取れないのにいつも一方的に話し掛けて来る四角い箱。そう、この部屋にはテレビが無いのだ。

 

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