このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

 古いものを大切にする…ドイツではその精神が一歩進んでいると感じる。500年を経て変わらない中世の街並みや、数多くの古城。それらに比べたら鉄道はまだ150年程度の若い技術である。と、ドイツ人は言うのだろうか。未だ、開業から蒸気機関車による運行が途絶えることなく続いている路線が、ドイツには残っている。それもひとつやふたつではない。そのひとつであるツィッタウ狭軌鉄道と、本線蒸気機関車のイベントを訪ねた。


■5月23日 ツィッタウ狭軌鉄道


 チェコから1両きりの国際列車で到着したツィッタウ駅は静かだった。街の中心部から少し外れているからかもしれないが、ここから数キロでチェコ、ポーランドの国境という交通の要所にしては少し寂しげである。ドイツ鉄道のツィッタウ駅の前に、ナローゲージの線路が横断している。駅舎を背にして左手が車庫、右手が狭軌鉄道専用の駅。この線路こそがこれから乗車するツィッタウ狭軌鉄道の線路である。発車まで20分。のんびり待っていたら、駅前広場を挟んだ位置にある車庫から蒸気機関車が6両の客車を連ねてソロリソロリと駅前広場を横断する。ナローとはいえ堂々たる編成である。ホームに据付けられたところで、先頭の機関車を観にいく。もちろんカメラを小脇に抱えて。ピカピカに磨かれた機関車は99−7型という、旧東ドイツ地域ではもっともポピュラーな狭軌鉄道の蒸気機関車。よく磨き込まれていて、狭いナローの線路には不釣合いな太いボイラーは黒光りしている。直径は小さいが動輪は5軸で、日本式に言うとE型の機関車である。


 ツィッタウを発車。街外れまで走ると、線路幅が2倍あるドイツ鉄道の標準軌の線路を、堂々と平面交差する。丘から駆け下りるように高度を下げ、今度はチェコへ向かう線路のアーチ橋をくぐる。橋の向こうはチェコか、ポーランドか。いずれにせよ、見ている範囲の何処からかは違う国のはずである。景色に緑は多いが、曇り空ではあまり映えない。しかし、こんな天気の日は蒸気機関車マニアにとって絶好の「煙」日和なのだ。先頭の機関車は、黒い灰と白い水蒸気が混ざった灰色の煙を勢いよく噴き上げ、列車のはるか後方までなびかせている。こうなるとじっとしていられない。旧式客車の両端はオープンデッキになっていて、ここから少しだけ身を乗り出すとカーブに差し掛かったとき先頭の機関車が働いている様子を見ることが出来る。右カーブでデッキの右に寄り、左カーブで左に寄る。威勢のいい煙の下では、ロッドにつながれた動輪が忙しなく回転している。電車やディーゼルカーが澄ました顔で動いているのに対して、蒸気機関車は随分と一生懸命だ。
 

ツィッタウ狭軌鉄道の機関車まもなく同時発車!!


 列車はベルツドルフに到着。この駅で今日最大のイベントが行われる。この駅から線路はふた手に分かれているのだが、なんと2方向に蒸気機関車が同時に発車するのだ。ホームを挟んで隣のヨンスドルフ行と、こちらのオイビン行。どちらもドイツ人らしからぬ、すらっとした男性の車掌。二人は乗降終了を確認すると、同時に出発合図を出した。機関士がそれに応え、列車を発車させる。2台の機関車が同じように黒煙を吹き上げる様は、鏡を見ているようである。発車するとすぐに線路は別れ、ヨンスドルフ行はあっという間に森の中に吸い込まれていった。
 


■5月24日 ライプチヒ→ダルムシュタット


 次の日、ライプチヒ午前6時前。ドイツの朝は早いが、土曜日のこの日は静かだった。昨日、到着した時は止めどなく流れていた車も無く、冷たい風が頬を撫でる。こんな時間にホテルから5分のライプチヒ中央駅を目指すには訳がある。ライプチヒ発、6:10。特別な列車が発車する。その様子を見に来たのだ。ライプチヒ中央駅は23本もの線路が横並びになっており、それを巨大なドームが覆う。まだ人影が疎らなホームからお目当ての列車を探す。この列車の運転はインターネットで調べたが、詳しい時刻は解らず仕舞いで日本を発った。もちろん発車番線など解らない。しかし、何本も並ぶホームのひとつに、深緑色の客車を見つけたとき、心の中で大きくガッツポーズをした後、早足でその列車に向かった。ライプチヒ中央駅12番線に据付けられたこの列車。最後部から深緑の客車、隣は白と緑のツートン、そして赤い食堂車、さらに2両客車が繋がり、その先頭には今日の主役、流線型の緑のボディーに赤く塗られた巨大な3つの動輪、白い息を上げ、これから往復400キロの旅の始まりを待っていた。18−201型蒸気機関車。旧東ドイツの奇跡的な機関車である。戦火を潜り抜けて残った試作的要素の強い機関車を組み合わせて造られた、最高速度180km/hの超高速蒸気機関車。3シリンダー、動輪直径は2300mm。ちなみに日本の最高速機C62で1750mmである。このたった1両しかない機関車を動く状態で保存し、しかも現役時代と同じように長距離列車を高速でけん引するというのだからたまらない。


 発車時刻が迫ると、煙突から吹き出る蒸気が強くなり、今にも線路を蹴り出しそうな迫力ある表情になった。そして6:10。自らの気笛を合図にして、ライプチヒ中央駅を発車した。ドーム屋根のはるか上まで煙を噴き上げ、シリンダーからは足元を演出するかのように白い蒸気を撒き散らす。3シリンダーはシュッシュッポ、シュッシュッポと重厚なワルツを奏で目の前を通り過ぎていく。この先は堂々と本線をフランクフルト近郊のダルムシュタットへと走り抜ける。スターが今も昔も変わらず花道を走っていくのである。

 

ライプチヒを発車する18−201号ダルムシュタットのお祭りにて



 ライプチヒで見送った後、ICEで追いかけた。途中のアイゼナハで追いつき下車。機関車は給炭、給水中で切り離されていた。食べて飲まないと動けないところも蒸気機関車の人間的なところかもしれない。再び発車を見送り、その後はダルムシュタットの蒸気機関車祭りを観に行く。ICEで先回りしたはずだったが、18−201号とほぼ同じ時刻に着いた。会場では数台の蒸気機関車が代わるがわる列車をけん引したり、転車台に乗って方向転換したりと、贅沢なイベントが目白押しで、ゲストで来た18−201号は一番人気。地元の新聞にもダルムシュタットに来ることが報じられたようで、大変な人気であった。


 本線を走る大型蒸機に、何台もの機関車が集まる蒸気機関車祭り。なんともうらやましい限りである。

 

 

NEXT● PART4 国際寝台列車のホントの話
 

 

PART1 プラハとアルフォンス・ミュシャ

PART2 プラハからツィッタウへ

PART3 ドイツ蒸気機関車の旅

PART4 国際寝台列車のホントの話

PART5 ポーランドの街と蒸気機関車

PART6 クヴェトリンブルク発、蒸気機関車の旅

 

EURO EXPRESS    2008 東欧・ドイツ旅行記

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