このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

高萩炭鉱、向洋炭鉱専用側線

〜高萩駅周辺〜

 

 

 

平成21年5月5日、午前9時。常磐線 高萩駅前。

 

今回は常磐炭田内に5つ存在した専用側線( 鹿島 関本神の山 重内山口 中郷 、高萩)のレポートの最後を飾るべく、ここ高萩市にはるばるやって来たのだ。さすがに遠かった。

 

高萩駅舎は始めて見るが、中々の洒落た佇まいだ。隣の交番も中々良い雰囲気の建物だ。

 

専用側線は駅の西側へ分岐していた。

 

高萩駅構内を一望できる場所に移動する。

 

 

 

 

高萩駅の広大な構内を望む。

 

昨年のダイヤ改正により、余剰車となって多数構内に留置されていた415系中距離電車は、幸いにもJR九州で予備車として現役を続ける事が決まり、数編成が遠く九州の地へ旅立っていった。彼の地での一日でも長い余生を期待したい。

 

そういう訳であるので、停車する電車の来ない高萩駅は静けさに包まれている。

E530系が一編成佇むのみだ。

 

かつて石炭の搬出で栄えた賑わいを感じることはできない。

 

 

 

 

高萩駅には多数の線路が敷かれているが、ホームのある本線以外を列車が通行する事はあまり無い。

 

ホームより西側の線路は半ば忘れ去られたような存在であり、ご覧のような有様だ。

 

かつてはここを C50型蒸気機関車 や8620型蒸気機関車に率いられた貨車が絶え間なく往来していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

草生した線路はそのまま常磐線と並行するように進む。

 

これは「日本加工製紙専用線」(全長4.5km:構内含む)の跡である。

 

日本加工製紙㈱が平成14年6月に倒産したのち、専用線はレールが撤去される事も無く、ご覧のような状態になっている。

 

かつて数機の入替機が忙しく立ち廻り、貨車を率い鉄道ファンを楽しませてくれた光景はもう2度と戻ってこない。

 

 

 

 

 

日本加工製紙専用線は、名目上「高萩炭鉱専用側線」から分岐する扱いの専用線である。

 

資料には高萩駅から290mの区間の線路の使用者は「高萩炭鉱㈱」と記されている。

 

そのため、日本加工製紙が倒産する平成14年6月まで「高萩炭鉱専用側線」は僅かな距離ではあるが生きていたのである。

 

常磐炭田内で最後まで残った運炭鉄道のレールと言えるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

一昔前は、専用側線の分岐が明瞭に残っていたと言うのだが、今ではご覧のように整地されどこに線路があったのか判然としない。

 

手前の工場が常磐線の線路に対して斜に構えているので、工場よりそう遠くない場所に線路があったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

跨線橋を降りて、側線跡を探す。

 

幸いな事に側線跡はすぐに見つかった。

 

画像の分岐で右に分かれる道路が専用側線跡である。

 

現在では高萩市道102号線(地元の方でこの呼び方をする人はいないだろうが)となっている。

 

 

 

 

 

 

 

これは良い側線跡。

 

市道はいかにも的な鉄道カーブを描いていた。

 

向いている方角こそ違うものの、お隣の十王町(日立市十王)に存在した 高萩炭鉱櫛形鉱専用線

を思わせる風景だ。

 

駅前から安良川地区へのショートカットに便利な為、このような道路でも通行量は結構多い。

 

 

 

 

 

 

…?

 

ふと道路の左手に目をやると、そこには「馬頭観世音」いわゆる馬頭尊が鎮座していた。

 

危うく見逃す所だったが、この馬頭尊の立地場所はどうした事だろうか。どう見ても後ろの民家の敷地内にあるのだが…

 

昔から馬頭尊はここにあったのか、それとも何らかの事情でこの民家の敷地内に移動してきたのか…

 

とりあえず馬頭尊の文字を読んでみる。

 

 

 

「茨城炭鉱株式会社 運炭長共一同 大正五年 四月吉日」

 

馬頭尊にはそう記されていた。

 

馬頭尊が建立された大正5(1916)年の日本は好景気であり、

茨城炭鉱㈱(後の大日本炭鉱)も秋山(柳沢)鉱と専用鉄道を秋山炭鉱経営者の桑田知明氏から譲り受け、鋭意炭鉱整備を進めていた時期である。

 

「運炭長」とは何であろうか。馬車軌道(大正5年当時)の運行を管理していた親方衆のことであろうか。

 

 

 

 

側線跡は右カーブを続ける。

 

専用側線は市道と平行して敷設されていたようだ。

 

専用側線廃止後、側線は市道の一部に組み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

側線跡から左手を見ると、先程跨線橋から見えた日本加工製紙高萩工場の跡が見える。

 

平成14年6月、日本加工製紙は不幸にも倒産してしまったが、更なる不幸が高萩工場を襲った。

高萩工場は華人系(中国系)インドネシア企業「シナルマスグループ」日本法人に買収された。

シナルマスグループは内部の設備機器のみ搬出(輸出)し、工場本体を放置(専用線共)した。

 

工場跡は荒れるに任せ、廃墟と化した。高萩駅から電車に乗ると工場の恐ろしげな様が良く見える。高萩市に長年貢献してきた工場の哀れな末路である。せめて更地にならないものだろうか。

 

 

 

 

 

 

工場の煙突もそのまま放置されている様だ。

 

工場跡地では広大かつ荒廃した雰囲気を生かして(?)テレビや映画のロケが行われていると言う。

 

古いところでは「危ない刑事」シリーズ、最近では「仮面ライダー電王」などが撮影されていたそうである

 

 

 

 

 

 

 

長い右カーブを続けてきた専用側線は直進に転じた。

 

安良川地区で側線は新たな展開を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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