といひ出たれば、
| 辰巳のかたに明る月影
| 去来
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能因が詠歌はさらなり。津守何がしが關までゆかぬ白川さへはるか北の山里なりと千子が難じぬるを、七夕つめに宿からんと聞ゆるたぐひ、感興おなじかるべしといひはべり。大津へ出るほど、馬車行かひ句作るべくもあらず。松本より船路へ心よせて汀にとゞまる人多し。
八月や矢橋へ渡る人とめん
| 千子
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| いひ捨てゆく
| 霧よりはこなたへ廣し鳰の海
| 同
| 秋風もこゝろまゝなり鳰の海
| 去来
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遠近の氣色にをかしくもいひ出す。
草津
に休らふに
姥 餅 曽 無 皺
あるじの女房、我が方にたらさしむけて、「是なん姥があもなる。唯今臼の中よりちぎり取りてつめたからず。」などのゝしる。千子がたえずやをかしかりけん、あるじに代りて、
紅粉を身にたやさねばいつとても皺の見えざる姥がもち哉 千子
日高く
石部
にとまりて足あらい物くいなどしけれど夜はまだ戌にみたず
秋の夜もねたらぬ旅のやどり哉
| 去来
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千子はじめて父母の国にわかれ来ぬる憐も大かたならねどもとかく言紛らかしつゝ
長き夜も旅草臥にねられけり
| 千子
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横田川
、朝のうちに渡るぞ冬のこゝちしぬる。水口過るほどは、ねふたくて物言ひ出でず。
津の町にしばし飢たすけて、雲津の川原にいづる。馬駕籠うちとゞめ舟よぶ人多かりぬれど、向にさしとめて見むかず。深川の翁のく
よし朝の心に似たり秋の風
。なさけなきにやありけん。船長がつらつきもをさをさおとるまじく憎ければ、聲高になりて
秋風に耳の垢とれわたし守
| 去来
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とかくして渡り、暮て松阪に着ぬ。里富人猛に見えしも、さすがにひなびたり。
藁たゝくひゞきによわる砧かな
| 去来
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けふは宮詣てせむと起出ぬれば、末の月ひがしにみゆ。
曉の三日月みたる途すがら
| 千子
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| 一ふしはいづれの虫もつかまつる
| 去来
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衣脱ぎかへ、かしらなど結ふて、
内外の宮
の御前にかしこまり、時うつるまで涙おとしぬ。百二十(もゝはたち)の社々、高天が原、天の岩戸、残りなく詣で。神路山、いすゞ川、目はなすべくもあらねど、石も木もありかたくのみおもえて、風景にこゝろよらず、日暮るゝまでめぐり、宇治の里にかへる。
根なし草の花もなく實もみのらす、たゝいやしき口にいひのゝしれるたはふれことなり。さるを
其角
ひとゝせ都の空に旅寐せし頃、向井氏去來のぬし、むつましき契り有て酒のみ茶にかたる折々、甘き、からき、しふき、淡き心の水の淺きより深きをつたへて、將に一掬して百川の味をしれるなるべし。今年の秋いもうとをゐて伊勢に詣つ。白川の秋風よりかの濱萩折しきて、とまりとまりのあはれなることゝもかたみに書顯して我草の戸の案下に贈る。ひとたひ吟して感を起し、二たび誦して感をわする。三たひよみて其無事なることを覺ゆ。此人や此道にいたれり盡せり。
東西のあはれさひとつ秋の風
| 芭蕉庵桃青
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嘉永3年(1850年)、『去来伊勢紀行
・丈草寝転草』(寄三編・
南々
校合)刊。
逸淵
・
西馬
跋。
向井去来
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