このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

北京めざして (4)
浦江飯店で少し休んだ後にまず向かったのが郵便局。背中のバックパックはさすがに重くてこのまま列車やバスでいくつもの都市を回るのはしんどそうなので、取りあえず必要そうな荷物だけ手元に残して後は北京に郵送することにしたのです。ホテルに近い上海市人民郵電局(ここも租界時代の遺構らしい)に荷物を持ち込んでバックパックごと送ろうとして秤に乗せてみたら27kgもあり、重量もサイズも国内普通便の上限を超過。そこで荷物を紐解いて段ボールを二箱(計36元くらい)買って分けて梱包し直したらOKが出ました。郵電局の職員は親切で手続きは思ったよりも簡単でした。料金は二つで70元(900円)程度でした。これで身軽になりましたが、宿に残してきたバッグの中も10kgくらいはありそうだから、今回中国に持ち込んだ荷物はしめて約40kgもあることになります。これが一年後にはどれくらいになるんでしょうね。また自分で担いで帰ることを考えるとゾッとします。

いつの間にか外は激しい雷雨で、この郵電局でしばらく雨宿りをしてみたけど一向に止まず、やむを得ずタクシーに乗りました。行き先は会社の先輩が所長を務める事務所で、到着したら顔を出すように言われていたのでお邪魔しました。一年以上ぶりに事務所に踏み入れると入り口で中国人社員に「すいませんが、あなたは...」と誰何されてしまいました。言われてみれば私は無精ヒゲを生やしてインチキ眼鏡をかけ、短パンにTシャツ姿で中身が空になった大きなバックパックを背負っているし、一戸君も似たような格好。それに二人とも雨でびしょ濡れでヨレヨレときては外資系のおしゃれなオフィスで働く中国人からしたらどう見ても不審です。なんとか入室を許されて先輩に挨拶をしてコーヒーなど頂き、ちゃっかり回線とパソコンを借りてメールなどをチェックさせてもらいました。

雨が止んだので3時過ぎに事務所を後にして、先輩に教えてもらった会社近くの「滄浪亭」という中国式の麺の店で上陸後初の食事。高菜入りの汁ソバが8元くらいだったかな。とにかくうまかった。腹ごなしに事務所のある陜西南路の駅のあたりから人民広場を経由して繁華街の南京路まで歩いたら40分くらいかかって汗だくになってしまいました。出張で上海には何回か来ていたけど、南京路は5年半ぶり。かつて車で渋滞していた道も今や歩行者専用道路になって写真の通りのきれいな一角になっていました。
南京街、外灘と見た後に地下鉄に乗って静安寺近くの劇場で雑技団を見ようと思ったら今日は別の所であるとのこと。窓口で尋ねてみたらタクシーなら5分の距離とのことで、ギリギリ開演には間に合いそうだったのでその窓口で60元の一番良い席の券を買いました。タクシーで駆けつけてみたらその劇場(「蘭心劇院」)は花園飯店の近くで、我々二人は最初に訪れた事務所の近くまで戻って来たのでした。

思っていたほど激しいアクションがあるわけでも無いのですが、静かながらもよく考えるととんでもない曲芸が次から次へと...自転車に10人で乗ったり、小さなテーブルの上でローラースケートを履いた二人がくるくる回ったり、うーん書いていて全然すごさが伝わらないですね。まあとにかく見て下さいな。中国は初めての一戸君はもちろん、私も雑技団は見たことがなく楽しみにしていたのですが、一見の価値はあります。

雑技団の後に地下鉄で人民公園の方まで出て、たくさんのレストランが軒を連ねるあたり(黄河路というのかな?)まで歩きました。陸に上がってから初めてのちゃんとした食事ということで、青島ビール2本、エビのニンニク炒めを半斤(250g)、じゃがいも炒め、鴨の前菜、キュウリの薄切りの前菜を貪るように喰いました。腹一杯になって二人で99元(約1300円)。ちょっと贅沢をしました。

食後もまた南京路を歩いてホテルに向かっていたら大きな横断歩道橋の下でギターの弾き語りをしている人がいました。たしか英語曲だけだったかな。そんなに上手いわけでもなかったけど、しばらくの間は人垣ができていました。そういえばやはり上海でゲリラライブを敢行した日本人がいらっしゃいましたっけ。

この日は二人で一日中よく歩き、夜中の零時頃にホテルに戻って久々の「揺れないベッド」でよく寝ました。

うーん、初日の行動だけでこんなに書いてしまった。これじゃあ北京にたどり着くまで何枚もページを作らなくてはいけないので以後は簡単にしましょう。
さて本来ならば18日には宿を出て済南で韮玉、じゃなかった王菲のライブに行くはずだったのですが、どういうわけかどの便の航空券も手に入らず上海にもう一泊することにしました。事務所を訪問した折りに先輩から「18日は出張で蘇州に行くからついでに来たら?」と誘われていたのを思い出して、私たち二人はお言葉に甘えることにしました。

写真は翌18日、朝8時頃の外灘の光景です。やはり曇っています。外白渡橋の上で婆さんから1元で買った茶蛋(お茶でゆでた味付き卵)を食べながら徒歩と地下鉄で8時半に先輩の事務所に到着。ここからは会社の車に同乗させてもらって蘇州へ向かいます。先輩である所長、かつての出張の際に何度か会ったことのある事務所の運転手、一戸君、私、に加えてもう一人の同行者がいました。藤沢の山奥の学校に通う女子学生で、上海の復旦大学に留学して帰国するまでの間に「インターン」(って言っていたけどようするに「見習い」ですよね)として事務所で仕事をしている人でした。このメンバーで我々は蘇州へ向かいました。
上海市内から蘇州まで高速道路を経由して車で約一時間。所長と見習い嬢はそれぞれ仕事と調査で開発区へ行き、車を降りた私と一戸君は観光客が必ず立ち寄るという明の庭園「拙政園」へ行きました。園内の池に蓮が連なっている様子が壮観だった以外は、うーん、こういう庭園って飽きてしまうんだよなあ。その後、迷路の様な庭園が面白い(けど疲れる)「獅子林」を見た後、「松鶴楼」という200年以上の歴史を誇る(と「地球の歩き方」に書いてあった)蘇州三大レストランの一つ(らしい)で食事をしました。蟹ミソの料理などもあってとにかくここはうまかった。
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