このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

北京めざして (6)
黄浦公園から見た浦東側の夜景です。前日(17日)の夕食後は時間が遅すぎてライトアップを見られなかったので、北京ダックの後に再び来ました。上海港に着いたときは曇っていてよく見えなかった東方明珠塔が、この日は夜空に輝いていて美しかった、のに写真にしてしまうと美しさがちょっと伝わりませんね。フラッシュ無しで撮ってみたのですが、シャッタースピードが遅いのでどうしてもブレてしまいます。
同じく黄浦公園から眺めた外灘の租界時代の建物。

この後、女性一人を含む我々一行は夜の上海の街に繰り出し、「天満堂」という先輩行きつけのカラオケスナックで軽く飲んで零時半頃にそれぞれの寝床へ帰りました。

現在中国では「厳打」という字面からして厳しそうなキャンペーンが全土で実施されていて、スナックでも女性が横に座ることは無いと聞いていたのですが、ここは小姐が横に付いていました。まあ大人しい上品な店で、私好みでした、と一応言っておきます。

部屋に帰ったら昨日居た同室の日本人三人はおらず、代わりに韓国人の学生三人が居ました。彼らと夜中の2時くらいまでずっとビールを飲みながら色々な話しをして就寝。ところで、さび付いた韓国語で「中国料理はおいしいですか?」と尋ねてみたのですが、「口に合わない」との答えがあってちょっと驚きました。「特に香菜はダメ」だそうです。ふーん、そういうもんなんだ。ちょっと新発見。
さて19日。新鑑真号での二泊と上海での二泊を共にした一戸君は再び新鑑真号で二泊かけて帰国の途に就きます。私は19日にもひょっとしたら王菲のライブがあるかも知れないと勝手に期待を寄せ、無かったら無かったで同じ山東省の泰山(中国五大名山の一つ。世界自然文化遺産にも登録されているらしい)か煙台や青島などの海へ行けばいいや、と済南へ行くことにしました。

さて、一戸君はこの浦江飯店にチェックインする時に先に二泊分の154元を払っており、私は取りあえず一泊分の77元(1000円)しか払っておらず、チェックアウトの際にもう一泊分を追加で支払おうと思っていました。ところがホテル側の管理が悪いようで、鍵を返してデポジットの100元が返されたらそれでおしまい。一泊分はタダになってしまいました。

新鑑真号は正午出航なのでホテルの前で10時頃に一戸君と別れました。初めての中国は楽しんでくれたかな〜。さて、私は浦江飯店のすぐ隣の上海大廈で午後の航空券を買い、荷物を預けてしばらく市内をブラブラしたり手帳に日記を付けたりして、昼過ぎにバスに乗って上海浦東空港へ。去年の五月に出張で上海を訪れた際は市街地に近い上海虹橋空港しかなかったので、この浦東空港は初めてです。バスで1時間以上かけて着いた空港は写真の通りとても近代的なもので、ターミナル内にはレストランやファストフードの店、各種商店が入っており、しょぼかった虹橋とは大きな違いです。香港の新空港にしろ、北京の新しいターミナルにしろ中国の空港はきれいになりましたね。でも空港で食べた饂飩(ワンタン)はうまかったのですが、50元もしました。

済南まで1時間15分。自分でも気づかないうちに疲れていたらしく、乗った途端に寝てしまいました。

(写真提供:つんしゃんさん)
夕方に済南に着いてホテル(貴都飯店。一泊250元)のフロントで尋ねたら「菲は昨日だけです」とのこと。ちゃんちゃん。ホテル近くの夜市(屋台)で水餃半斤(250g)とビール1本という簡単な食事(でも腹一杯。餃子半斤は頼みすぎ)をしたら、全部で6元(約78円)。上海と物価が違う!翌日の昼も駅前で麺と包子(肉まん)3個で5元でした。ここは山東省の省都なのですが、田舎っぽい町でした。駅近くのタバコ屋で七星(マイルドセブン)を買おうと思ったら無かったので店を立ち去ろうとしたら、そのオヤジがわざわざ奥に居たオバサンに向かって大声で「おいおい、聞いたかい!今のやつ七星が欲しいんだってさ!」と山東訛(発音はほとんど同じだけど声調が違う)の中国語で話していました。そんなすごいことなんだろうか...

で、夜が空いてしまったので(←言い訳)、大阪でつんしゃんさんに教えていただいた「スナック東京」へ行ってみました。「厳打」の影響でこっそりと営業中らしく、日本人の店長も日本に帰国中で、カラオケの機械を操作する人も居なくて歌は無し。日本語を勉強中(かなりうまかった)の万さんという小姐と1時間ばかり話をして帰りました。80元だったかな。(「明日はカラオケあるよ」という言葉に惹かれて、翌日も行って歌いまくったのですが、それでも120元でした。え、二日連続で行くなって?)

この小姐は日本への留学が半ば決まっていたようなのですが、ちょうど中国で「中国人留学生の日本での日々」みたいな番組がやっていてあまりにも過酷な生活が取り上げられていて、ご両親が猛反対して中止になったそうです。ご両親も何故かロシアなら良い、ということでロシア語も多少出来るらしいので来年からロシアに行くそうです。この万さんは菲の大ファンで前日のコンサートの様子を教えてもらいました。どうも前の方の席の人たちが興奮して、あの光る棒(「サイリューム」でしたっけ?)を菲に投げつけて、菲は最後から二曲目の「我願意」の前に「これ以上やったらすぐに帰るからね!」と一喝したそうです。うーん、98年の11月に北京のコンサートに行った際も一部の観客がレーザーポインターで菲の顔を狙っていたし、上海公演でも同じ事があったと聞いたのですが、こっちではこんなもんなのかなぁ。
結局済南には二泊して200km離れた泰山に登る機会を狙ったのですが、あいにくの雨で諦めて、山がダメなら海へ行こうと思って直通バス(所要時間6時間)で同じ山東省の煙台へ向かうことにしました。バスは済南駅前のバスターミナルから青島、北京、上海など多くの都市に出ており、21日午前11時半の切符(90元)があっさり買えました。夜中1時半に出る列車の切符(立ち席券で38元)も買っておいたのですが、出発時間は悪いし、立ち席(一応空いていたら座ってもいい)で5時間はキツイでの払い戻ししました。

韓国大宇自動車製のバスはとても快適で、エアコンも効いているし車内のテレビではVCDのプロジェクトAを放映しており、退屈しませんでした。定刻通り17時半に煙台のバスターミナルに到着して、そこから鉄道の駅まで出て、駅前の「煙台飯店」に飛び込んでみました。写真の様な二人部屋で相部屋だと50元、一人で占有すると100元(1300円)とのことで、リッチに一人で泊まることにしました。トイレもシャワーも共同ですが、鉄道の駅にもバスターミナルにもフェリー乗り場にも近いので便利です。しかしここのトイレは汚かった。以下、食事中の方は読まない方が良いでしょう。大の方は、溝が一本、仕切りなし。しかも溝は浅く、水も流れないので他人の「その物」が自分の尻下三寸でとぐろを巻いているのです。トイレウォッチャーの私もさすがにここでの排泄は断念して、歩いて20分もかけて四つ星ホテルまで行ってそこで用を足しました。シャワーも時間が決まっていて、私は浴びられませんでした。
もう夕方だったので海へ行くのは明日にして、屋台の出そうな所を訪ねてみたら大正解。勝利路という道路に色んな屋台が出ていて、そこで羊肉串6本、いかげその串焼き2本、小麦粉を練って焼いたパンみたいなヤツ一つに生ビール一杯で11元でした。海辺の街だからって一応海鮮として「いかげそ」を頼んでしまうあたりが単純。でもおいしかったし、屋台街も賑やかで楽しかったです。

左の写真は煙台飯店の私の部屋からの眺めです。駅前のロータリーにパラソルがいくつも立っていてここでも食事ができるようです。疲れていたので食事の後は日記をつけて早めに寝床に入ったのですが、夜の11時くらいまでずっと駅前でカラオケ大会が開かれていて、ぜんぜん眠れませんでした。男性が気持ちよさそ〜に大声で歌っているのですが、これがまたすごい音程の外れ方で部屋で一人笑ってしまいました。さて、夜中にトイレ(小の方)に行きたかったのですが、遠いし、汚いし、真っ暗で何も見えないし、面倒だし...ふと目の前を見ると昼間に買ったミネラルウォーターの空ボトルが...いやぁ、こんな使い方があったとは。日々学習ですな。
北京めざして  (1)   (2)   (3)   (4)   (5)  (6)  (7)   (8)   (9)   (10)  

「北京短信」の表紙に戻る

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください