このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

   田口線跡地を往く
はじめに


 奥三河を生活にしている人やドライブにしばしば訪れる人にとって意外と耳にする田口線跡地。一部は道路に置き換わっており国道257となっている部位もありますが、鉄道時代の名残を色濃く残す部位もありとても面白い。  以前より何度も何度も走ったことはあったのですが全線がどうなっているのかが気になり少しずつ調べ始めてみました。徐々に更新予定です。    


概要


 田口線は段戸の木材を運ぶ目的で建設された全長22.6kmの線路です。途中には森林鉄道もありますが、田口線と言えば本長篠から田口を結ぶ線路を指します。 当時は観光などで賑わい(鳳来寺などは特に多かったようです)を見せていたが、交通機関が発達してくると鉄道を利用する人は減少してきます。さらに過疎化もあり、経営は困難となってきました。 地元の人にとってはとても貴重な交通手段であったので、署名などと集め何とか存続を願ったようです。しかし、その後台風により田口〜清崎間で甚大な被害を被り、結果として廃線に追い込まれてしまいました。
 その後一部は道路に整備され、バス化されていましたがそれも無くなり、現在の道路になったようです。また当時の車両は破棄されたものもあれば渥美線などで使われるものもあったようです。
 田口線の駅と停留所は

     ①鳳来寺口(現・本長篠)
     ②三河大草
     ③鳳来寺
     ④玖老勢
     ⑤三河大石
     ⑥三河海老
     ⑦滝上
     ⑧田峯
     ⑨長良前
     ⑩清崎
     ⑪鮎淵(季節に限って停留所)
     ⑫三河田口

 となっています。


歴史


1927年(昭和02年)11月06日
田口鉄道株式会社として発足
1928年(昭和03)05月11日
第一期工区(鳳来寺口(現・本長篠)〜三河海老の11.6km)の工事着手
1929年(昭和04年)05月22日
鳳来寺口〜三河海老の営業開始。同日より第二期工区(三河海老〜清崎の6.5km)の工事着手
1930年(昭和05年)12月10日
三河海老〜清崎の営業開始
1931年(昭和06年)07月18日
第三期(清崎〜三河田口の4.5km)の工事着手
1932年(昭和07年)12月22日
清崎〜三河田口営業
1945年(昭和20年)07月27日
豊橋の本社が戦火により焼失。鳳来寺へ移す
1955年(昭和30年)10月01日
豊橋鉄道に併合され、豊橋鉄道田口線となる
1963年(昭和38年)03月24日
豊橋行きの直通電車廃止
1963年(昭和38年)03月24日
豊橋行きの直通電車廃止。このころより廃止の話があがり、存続の署名運動などが始まる
1965年(昭和40年)09月18日
台風24号による甚大な被害。清崎〜三河田口のバス代行運転
1968年(昭和43年)05月06日
8月31日をもって廃止と決定
1968年(昭和43年)08月29日
台風10号による甚大な被害。田峯〜清崎不通
1968年(昭和43年)08月31日
田口線廃止


現在の状態(08年1月現在)




 それにしてもなかなか険しい。とてもじゃないが一日で探せるレベルではない。時間をかけてゆっくりとやっていきたいと思います。


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください